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Princes on Ice 1

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 目覚ましをバシっと叩いてシンは布団の中からムクリと起き上がった。
 四つんばいになり、左手で身体を支え、右手で目覚ましを持つ。時計の針は6と5の間で仲良く支えあっている。朝の6時30分。
 目を擦って、ベッドから足を出した時、ふわんとした空気が鼻を突いた。

「まさか朝からっ!?」

 一気に覚醒した、と言うよりは油の匂いで目覚めるを得なかった。慌てて台所に駆け込むと、エプロンをして、金の菜ばしを手にした兄が天ぷらなべを突いていた。

「起きたか」
「起きたかって・・・朝からカツかよっ!?」

 天ぷらでもなく、エビフライでもなく、なぜカツかと言うのは追々分かるとして。

「験担ぎだ」
「朝から、んなもん食えるかっ!」
「なんだとっ、試合当日と言えばカツだろーが。元気をつけないと勝てるものも勝てないぞっ」

 クッキングペーパーを引いた皿に天ぷら鍋から引き上げたカツを上げる。こんがり狐色に染まったそれは、衣がさくさくとしてとっても美味しそうだ。シンがその様子を目で追い、ぷいっと顔を逸らす。

「あー俺はいつもと同じご飯と味噌汁で良かったのに、変なことすんな、このおせっかい兄貴!!」

「おっ、おせっかいだと・・・? だったら、食べるなっ、今後一切、お前の分の料理はしないっ!」

 売り言葉に買い言葉。
 テーブルの上にドンと置かれるカツが山盛りになった皿からは湯気がホカホカと上がっていた。両者はそれに負けない熱い火花が散った。台所のテーブルを挟んで怒鳴り合っているが、時間は朝の6時半である。

「あっ、嘘です。ちゃんと食べます。三食カツでもいいくらい、お昼はカツサンドにして下さいお兄様」

 テーブルを挟んだ相手の麗しい微笑に、シンはさぁーと背中を冷や汗が落ちていくのを感じた。食べ盛りのシンが食事を人質に取られては勝ち目はない。お小言覚悟であっさり非を認めると、肩透かしを食らった。

「元からそのつもりだ」
「へ?」

 シンはお椀に味噌汁を盛り付けてご飯茶碗を手に炊飯ジャーに手をかける背中を凝視した。なんでもないことのように種明かしをする兄は少し笑いながら言う。

「誰も朝っぱらから揚げ物を食べろとは言わないさ」
「兄貴っ!」

 ついさっきまで、怒鳴りあい、睨み合っていた兄弟とは思えない。

「勝手に勘違いしたお前が悪い。今日は絶対遅刻できない日なんだから」
「分かってるさっ。絶対優勝してやる」

 冬将軍が到来した12月。
 街の体育館で開催される選手権大会。
 そして、オリンピック最終選考会でもあった。

 シン・アスカ。19歳。
 ザフト・コーポレーション広報部の平社員。
 スケート暦14年。
 4回転ジャンプとスピードのあるスケーティングが売りの期待の新人。
 お茶の間を賑わす「やんちゃ王子」とは彼の事である。

「じゃ、行ってくるっ!」
「ああ。気をつけてな。後で応援行くから」

 見送るのは、兄のアスラン・ザラ・21歳。
 プラント大工学部3年。
 スケート暦14年。
 4年前の怪我で現在、学業、兼家政夫業専念中。

 アスランはシンを送り出した後に洗濯を干して、新聞に目を通して今日の大会の下馬評をチェックする。一息ついて家を出ようとして目に留めた、台所のテーブルの上に置きっ放しにされた弁当袋。

「あの馬鹿・・・!」

 早速、携帯に連絡すれば『持って来て』のメール。
 間髪おかずに『緊張して来た練習付き合って』とも。
 思わず苦笑して、荷物の中にシンの弁当袋を放り込んで家を出た。



「呼び出し成功しました!」
「よし。作戦を第二段階に移行する」
「了解!」

 シンがふざけて敬礼する人物は、銀髪を一直線に切りそろえたおかっぱ頭の男。

「では、時間まで規程練習だ」
「え~、まだやるんですか」
「つべこべ言わずにさっさとリンクに出ろっ!」

 一喝でシンを騙せるのは鬼コーチこと、イザーク・ジュール。
 シンのスケートを指導する人物でシン以上に存在感のある彼は、アスランと同時期にコーチ業に転向した元スケーターである。
 こちらもお茶の間で「銀のバラの人」と呼ばれて、一部で熱狂的なファンを掴んでいた。

「奴が通って、貴様がこけたら話にもならないのだぞ」
「分かってますって・・・!」

 シンとイザークの企み事。
 それはアスランをもう一度リンクに立たせることであった。





Go West! にはならなかったです。オリンピックも終わってしまったというのに、初っ端から周回遅れでスタートのシンアスです。

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