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「いい感じだ。途中でヒヤッとしたがな、よく持ち直した」

 ショートプログラムを滑り終えたシンにイザークが声を掛けた。アスランには練習に付き合って欲しいと言ったが、そんなことはない、とっくに本選は始まっている。
 フィギュアスケートの大会はショートプログラムとフリープログラムの二つで演技で争われる。定められた技を盛り込んで演技するショートプログラムと、4分半という時間内を自由に演技するフリープログラム。今はショートプラグラムが行われていた。
 出場選手とリンクに掛かるそれぞれの曲がリンクに響く。
 そこにシンの携帯がいいタイミングで小さく鳴った。

「あっ、兄貴からだ」

 イザークが頷き、シンは携帯を握り締めた。

「登録と曲は提出してある。行けっ、ギリギリまで引き伸ばして連れて来い」
「分かってる」

 シンはリンクの端でイザークと打ち合わせをして、ブレードにカバーを付ける。携帯の着信には『いま付いた』と兄から連絡が入っていた。ジャージを引っ掛けて入り口に向かい、大きなデイバックを背負ったアスランを見つけて手を振った。

「シン!」
「こっち―――っ!」

 ブンブンと手を振るシンはとてもオリンピックを出場を目指すスケーターには見えない。そういうところがやんちゃ王子というあだ名につながるのだろうなと、アスランは苦笑して歩みを早める。

「お前な・・・今日は大会なんだからもうちょっと緊張感を持てよ。いくら、いつも使っているリンクだからって・・・な」
「あっ、これでもすっごい緊張してんだよっ!」

 頭をぐりぐりとやるアスランを引っ張ってシンはリンクへと向かうが、その通路は微妙にいつもと違っていた。関係者もまばらに、施設の裏設備がいくつもむき出しになっている通路を通る。

「なんだ、大会で入り口が変わったのか?」
「色々めんどくさいんだな、これが」

 アスランとてかつて一度は通った道である。今は弟の練習に付き合う程度にしか滑らないが、かつてはオリンピックへの切符を手にしたスケーターだったのだ。4年前の出来事を思い出して遠い目をする。

「俺の時よりさらに複雑になっているなあ」

 シンは感慨深く呟くアスランを後ろ目でチラリと伺って、人のいない休憩所で自販機のコーヒーを買う。壁にかけられた時計を見上げ、そして気持ち睨みつけていた。アスランによっては懐かしい思い出でも、シンにとってはそうではなかった。
 怪我で兄はスケートを止めてしまったが、それだって滑れなくなるほどの怪我じゃなかったのだ。ちょっと精神的なもので、シンにとって絶対だった目標がふいに掻き消えてしまった4年前。

 離婚した母が亡くなって初めて兄がいる事を知った、あの時から、常にシンの前にあった背中。憧れや反発だけで括れない存在だったのに。

 あっけなくスケートを止めてしまった兄が、腹立たしくて。
 リンクに連れ戻せない自分が、不甲斐無くて。

 ようやく、4年前と同じ位置に付けた。
 この4年間、随分と頑張ってきたと思う。自分のことでも、兄のことでも。
 理由をつけて少しでもリンクに立たせた。

 全てはもう一度、兄をオリンピックのリンクに立たせるためだ。
 兄弟揃って、表彰台に上る。

 できれば、俺が天辺に立って、横にいる兄貴を抱きしめたい。
 コーチのイザークと画策して今日、アスランに選考会で滑ってもらう。
 時計の針が打ち合わせした文字に係り、兄の順番が回ってくる。



 シンとアスランがリンクに戻ってきた時、会場内は少しだけ騒然としていた。シンにはそれがアナウンスがされたのになかなか氷上に現れない選手を気を揉んでの事だと分かっていた。
 その選手が4年前にスケートを止めたオリンピック選手ときたら尚更だ。しかし、アスランにはそれは分からない。

「久しぶりだな、アスラン」
「イザークも・・・シンを鍛えてくれてありがとう」
「何を言っている、勝負はこれからだ」

 コーチが顎をしゃくった先にはシンがリンクに下りて、ブレードをネジを絞めている。しかし、ガチャガチャと音がしてドライバーが氷の上に落下する。
「練習ごときで、ったく、腰抜けがっ」
「ウルサイッ!」

 拾うとして伸ばしたシンの指先が、ドライバーを弾く。

「お前、本当に大丈夫か? 手が震えているぞ?」
「今は昔と違うのっ!」
「何だとっ、規程からSPにカテゴリは変わったけど、基本ができなきゃフリーなんてできもしないんだぞっ!」

 個性的な技は勿論だが、フリーの演技も所詮は得点の高いジャンプやスピンなどを一つ一つ決める事で決まるのだ。

「そんな事言うなら、兄貴、やってみろよ! ちょうどタイミングよく今リンク空いてるし!」
「俺ができたって意味ないだろっ!」

 練習に付き合っているからアスランとてショートプログラムに織り交ぜるべき内容を知っている。『俺ならこう組み立てる』と助言したこともある。

「兄貴だって怖いんじゃないか?」

 シンはアスランのデイバックからスケート靴を取り出して差し出す。

「さあ!!」

 さすがにこれ以上待たせるわけにいかないと、イザークがため息を付いた。

「3分くらいすぐだ。滑ってきてやれ、アスラン」
「イザークまで・・・」

 ブレードのケースを外してリンクに降りたアスランを見送って、イザークが軽く手を上げる。リンクに流れだしたのはいつも練習場で流れていたBGMだった。

 ジャンプ3つ。
 スピンも3つ。
 ステップが2つ。

 情緒もなくひょいひょいと機械的にこなす。

 滑り終えたアスランを待っていたのは奇妙な静寂で、シンに向かって軽く一礼しただけでリンクから上がってしまった。イザークが選考委員に向かって頭を下げ、シンは慌ててアスランをリンクから連れ去った。

「おいっ、シン!」
「いいから、黙ってっ」
「ちょっと待て、一体、何なんだっ!!」

 さっきまで時間を潰していた休憩所で、シンはぜーぜーと息をついた。その様子をアスランは腕を組んで眺めて、眉を寄せた。

「お前、何か企んでいるな?」

 シンは鼓動が収まるのをじっと待った。
 たった3分の事なのに、目を奪われていた。シンだってオリンピックを狙うスケーターだから、兄の滑ったSPがどれだけのものか分かる。

「兄貴に分かるもんかっ。俺だって必死に頑張ったのに、すっげー悔しい」

 悔しいのに、自慢したい。
 自慢したいのに、取られたくない。
 俺だけの秘密にしておきたい。

 まあ、イザークは知っているけれど、あいつは別格だからいい。

「何を言っているんだ。お前のSPはこれからだろ?」

 そして後ろめたさを感じるほどには、シンは純情だった。
 全部全部、これは俺のわがままから来ているのだと分かっていた。

「もう終わった」

 額をつけていた自販機から頭を離して、アスランに向き直った。

「この後あるのは、フリーだよ。兄貴も滑るんだ」

 アスランが怪訝な顔して、目を細めた。シンの悪巧みに気が付いたのだろう、握り締められた拳が震えている。

「お前・・・何を勝手に・・・」

 怒鳴りつける一歩手前の様子にシンは身構えたが、タイミングよく休憩所に見知った姿が現れた。

「そうですよね、コーチ」

「イザーク・・・」




コメントはなしの方向で。まだ、何となく、イメージが・・・なぜか笑いが込み上げて来るんだよな~