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「俺はこの4年間ほとんどまともにやってないのに・・・何を考えているんだっ。お前は」

 胸倉を掴んで、アスランはシンを引き寄せた。

「今がどういう時期か分かっているのか。オリンピックを目指しているのは俺じゃない、お前なんだぞっ」

 しかし、シンも負けてはいない。咄嗟に手を振りほどくと、重心低く身構えて手でアスランを払いのけた。

「そんな事は分かっているっ。けど、嫌なんだ」
「どうしてっ」
「だって兄貴、最後までちゃんと滑らなかったじゃないかっ!」
「・・・なっ」

 言いかけてアスランは口を噤む。シンが間髪おかずに続ける。

「これで終わりにしていいのかよ」

 言いたいことは分かっても、今更どうすることもできないこともある。アスランが溜め息を付いて、力を入れていた肩から力を抜いた。兄弟の言い争いを黙って聞いているイザークなら理解できるだろうと、シンを説得するのを諦める。

「イザークもこの馬鹿に付き合って、こんな馬鹿な事をしたのか? そんな暇ないだろう。鬼コーチが聞いて呆れる」
「フン。俺は貴様と違って手を抜いた覚えはない」

 当てが外れて、アスランは目を瞠った。
 まさかイザークまでこの茶番に一枚咬んでいたとは思わなかったのだ。彼が関わっているとなれば、ここでいくら粘っても抗うだけ無駄と言うものだ。アスランは同時代を氷上で競い合い、恐ろしくマメで義理堅い彼を知っている。おそらく、全て綺麗に段取りされているに違いない

「ああ、分かったさ。滑ろというのなら滑ってやる」

 二人の思惑とやらに乗ってやろうじゃないか。
 シンとアスラン、二人の兄弟が睨み合う。

「だがな、フィギュアはそんな甘いものじゃない!」

 4年の歳月は長い。
 たとえ最高の演技をしたとしても、自分は所詮の過去の人間だと言うことを誰も良く知っているのは、他でもないアスランなのだから。



「で、イザーク。今の所の順位は?」
「シンは3位。お前は5位だ」
 問われたイザークが簡単にSPの結果を伝えると、アスランは少し考えるそぶりを見せて薄く笑う。
「なるほどね。で、あいつの調子は?」
「悪くもなく良くもなくだ。ジャンプには相変わらずムラがあるがな」

 シンの売りはスピードとジャンプであるが、少々ムラッケがあった。その日の気分で自慢の4回転も度々4分の1回転足りなくなる。そのシンは少しはなれたところでリンクの演技を見ていた。先程の言い争い依頼一言も口を聞いていない冷戦状態だった。

「つまり俺が焚き付けろってことか」
「それもある」

 リンクの中央で大げさに礼をしたスケーターがコーチの元に滑っていき、投げ込まれた花束を回収する小さなスケーターも姿を消した。

「フリーの曲は何だ?」
「4年前の―――」
「ストップ! 止めてくれ、曲なしでいい」

「おいっ」

 急に大声を出したイザークの静止も聴かずにアスランがリンクに飛び出し、審査員の横の大会事務局の前に滑っていって何やら伝えている。シンはその様子をじいっと見つめ、兄が滑り出すのを今か今かと待ち構えていた。


 曲も流れず、エッジが削る氷の音だけが淡々と響き渡る。
 最初こそどよめきが起こったが、すぐに収まり、咳き一つできない静寂がリンクを覆う。

 アスランは伴奏なしに5分のフリープログラムを始めた。



 シンはリンクの縁を掴んでいた手がジワリと汗ばむのを感じる。
 ジャンプの踏み切りで氷の粉が宙を舞い、フィギュアの衣装とは程遠いラフな外出着の青年が聞こえないリズムを刻んでいた。鼓動がどんどん早くなるのをすぐ耳の近くで聞き、仕舞いには息をするのも忘れた。



「アスランの奴・・・どこまでも強情な奴だ」
 イザークの呟きも耳に入らず、滑り終えて戻ってくる兄を見つめるしかできなかった。

 発表されたフリーの得点に場内が騒然となる。
 現在、総合1位。

「これでお前がオリンピックに行くのは難しくなったな」
「兄貴、どうして・・・」
「他人の心配などしている余裕が、お前にあるのか?」

 シンは滑るのはラストから2番目だったが、得点のレベルを一気にアスランが押し上げてしまっていた。
 どこか馴れ合いだった、下馬評どおりの選手権大会に突如巻き起こった波乱。始まる前からオリンピック出場選手が決まっているようなこの国のスケート界も、実質選考会を兼ねているこの大会の優勝者を代表選手から外すわけにもいかない。

 内定していた3人の内の誰かが落ちるのだ。
 それは、もしかしたら、シンかも知れない。

「腰抜けがっ、何をビビッているっ」
「ビビッてなんかいないっ!!」
 イザークはシンの肩を叩いて激励する頃には会場は異常な熱気で充満していた。トップを争う華麗さや成熟した滑りを売りにする選手でさえ、スイッチが入ったようだった。

「いつもどおりの演技をしろ。アスランの点は決して抜けない点じゃない。あいつは4回転を飛んでないからな、逆転のチャンスはある」
「はいっ!」
「全力で行って来い!」

 勢い良くリンクに出て行くシン。
 その身体は軍服のような飾りの付いた赤い衣装を纏っていた。

「がんばれよ、シン」

 アスランが呟く。
 リンクの縁から鬼コーチと今、リンクに立つ選手の兄が小声で会話をする。

「一躍トップに躍り出て、且つ、全力を尽くせば決して届かない位置じゃない点か?」
「これが俺の限界だよ。5分も全力で滑りきれないさ」
「トップ3の奴らは確実に180点台に乗せてくるぞ」
「しっ、始まった・・・」

 決して大きくはない身体を目一杯伸ばして、シンは鋭いエッジから景気づけの4回転を跳んだ。



 スケート連盟から連絡があって嬉々として電話に出たシンは最初こそガッツポーズをしたが、次第に肩を落として静かに受話器を置いた。
 エプロンを外す兄を見て泣きそうになる。
 オリンピックへの切符は一枚しか手に入らなかったのだ。
 沈んだシンとは対照的に、アスランはさもありなんとした顔で食卓に付く。

「お前な、俺があっさりオリンピックに出てみろ、この4年間がんばって練習してきた奴に失礼だぞ。ほら、気持ちを切り替えて、食べる!」
「でも、さ」

 選手権大会の上位3名が代表選手に選ばれたのだ。アスランは惜しくも4位に終わり、話題を一時的に提供したが、代表選手が発表される頃にはシン・アスカの兄という認識に変わっていた。

「シン」

 アスランがうつむいたままの弟を見た。
 背の低いシンは椅子に座っていても僅かにアスランに見下ろされるようになる。

「お前はこの国の代表選手なんだぞ、俺の事より自分の事をもっと喜べ」



 シンの国で代表選手が決定したように、各国で様々な種目のオリンピック代表選手決定のニュースが踊る。

「スカンジナビア行きおめでとう!」
「応援してくださって、ありがとうございます。バルトフェルトさん」

 濃いサングラスをした男が突然ハハハと笑い出す。かなり失礼なその態度も、笑われた相手にとっては慣れているのか、口を尖らせただけで済んだ。

「まあ、そうだな。君が代表に選ばれないなんて1パーセントも思っていなかったがな、応援はしていたよ」
「これでもかなり緊張したんですけど」
「4年間トップを明け渡したことのないフィギュアの帝王が何を言う。そう言えば・・・面白いニュースを耳にした」






間が開いていると駄目ですね。眠らせておいてもちっともよくならないし、う~ん、精進精進!