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 送り出すアスランは笑って、『喧嘩を売るな』とか『迷子になるな』だとか、出発の荷物をチェックしながらお小言のオンパレードであるがどこか楽しそうだった。家中をバタバタ走り回って荷物をかき集めているシンは準備を楽しむ余裕はなかった。自分だけが荷造りする苦さなど、出発が迫った当日では自覚する暇などありはしなかった。
「だ―――っ、あと10分!」
「ったく・・・兄弟揃って寝過ごすかなっ。だから前もって準備しとけって言ったのにっ」
「これもっ、これも持って行くっ!」
 そう言ってシンが、アスランがパッキングする鞄に無理やり押し込もうとしたのは、いつもの抱き枕兼サンドバックのクッション。ソファーやベッドで気分のままに抱きしめたり、引っ張ったり殴りつけたりする便利アイテムだったが、シンの半分ほどの大きさがあった。
「入るか―――っ!」
 スッと伸びた手がクッションを投げ、放物線を描いて壁の時計に当たる。
「着いたら連絡しろよ」
 アスランが身体を乗り上げて荷物を圧縮してようやく鞄を閉じる。シンが大きなスポーツバックを肩から提げ、アスランがスーツケースをガラガラと引きずって玄関へと向かった。




 白夜の国、スカンジナビア。
 しかし、冬季オリンピック大会が開催される季節は逆に太陽が昇らない世界。

 自国オフィシャルパートナーのエアラインから降り立ったシンは、これまた提供されたオフィシャルパートナーの提供した防寒具に身を包んでいた。

「うわっ、寒ぃ!」
「当たり前だっ!!」

 間髪おかずにイザークに背中にあったフードを被せられた。
 空港からバスに乗り込むまでの僅かな時間であっても、寒さが忍び寄る北欧の国。
 開会式に出るアルペン、ノルディック、ジャンプ、カーリング、ホッケー、そしてスケートの代表選手達、大選手団が選手村へと向かう。
 道路には各国選手を乗せたバスが行きかい、雪を被った町並みにはオリンピックの旗が垂れ下がっている。巨大なドームを通り過ぎて、シンは曇ったバスの窓ガラスをぬぐった。

 冷たい窓ガラスの向こうには、同じように信号で止まった大型バス。窓は曇っていてどこの国かは分からなかったけれど、計ったように内側から窓をぬぐう手があった。手のひらが通った場所からバスの中が窺い知れる。

「げっ!?」

 向こうから覗いているのは現在フィギュアスケート界の頂点に立つ男だった。驚くシンとは反対に彼は、シンと目を合わせるや否や唇の端をゆっくりと上げる。そして、手を振った。
 条件反射で窓をバックで塞いでいた。

「何をしている?」
「何でもない!」

 隣に座るコーチのイザークが目ざとくシンの奇態を見つけて声を掛ける。明らかに動揺した様子のシンの向こうあったバスはスポーツバックに隠されている。シン達のバスよりもスピードを上げて走っていくから、後姿をフロントから見ることができた。

「ふん。キラ・ヤマトでも見たか?」
「なっ」

 んで、分かったんだっ!? 
 シンは咄嗟に飲み込んで目を丸くするが、イザークはあっさりと種明かしをした。

「あのバスに付いているエンブレムはオーブのものだ」




 選手村に着いて割り当てられた部屋に向かう前に、シン達選手団は老若男女様々な年齢の同じワッペンをした団体と遭遇した。冬のオリンピックを盛り上げようと市民から募ったボランティア達だった。各競技団体に2名ずつ引き合わされ、フィギュアスケートには若い少女二人組み。

「初めまして、フィギュアスケートの皆さんをお世話させていただく、ルナマリア・ホークです」
「メイリン・ホークです。宜しくお願いします」
「ホーク?」
 ファミリーネームが偶然同じなのに気がついた、シンがおうむ返しに呟いた。予想していたのか、ルナマリアがにっこり笑う。

「私達、姉妹なんです」

 なるほど、言われれば確かに姉妹に見えなくもないが、言わなければ分からない。そんな赤毛の若い女の子姉妹にフィギュアスケートの代表団は浮き足立った。シンもどう反応したらいいのか掴めずに、照れ隠しに口を開く。

「お世話って、一体何をやるんだよ・・・」
「えっと、この街の観光案内とか通訳かしら」
「残念、俺のコーチ、12ヶ国語ぺらぺらだぜ」

「えー、そうなんですか!?」

 驚くルナマリアやメイリンとなぜか自慢気なシンをイザークは見咎める。

「シン。いい加減な事を言うな。12とは何だ12とは、地方、方言も入れればもっとある」

 3人が一斉にイザークをきょとんと見上げ、口を閉じる。
 ルナマリアが肩を竦めてメイリンと顔を見合わせる。シンは肩から力を抜いて、顔を覆った。ため息が白い。

「短い間ですけれど、宜しくお願いしますね!」

 断ろうにも強引に手を引いて選手村内を案内を始める姉妹に、シンが抗えるはずもなかった。食堂や共同のトレーニングルーム、プレスセンター、コミュニケーションセンターなどなど、選手村は村と言うだけあって、かなりの大きさだった。

「プラントなら専用の食事に、極秘練習場ですか?」
「練習用のスケートリンクはどこでしたっけ」
「今から向かうところだ。あのバスに乗っていくのだろうが」

 イザークとルナマリア達が今日のスケジュールを確認していたが、シンは既にオーバーヒート気味だった。一気に説明されて、兄の『迷子になるな』と言う一言が思い浮かぶ。

 あれ?

 何か引っかかりを覚えて首を傾げた所に、一緒に説明を受けていたイザークから声を掛けられた。

「おい、シン。電話はいつするんだ?」
「はっ、電話?」

 早速、オリンピック会場に飲まれそうになっていたシンは、気持ち上を向いてポカンと口を開けていた。電話と言われてもピンと来ない。

「着いたら連絡を寄越せと言われて―――」
「忘れてたっ!!」

 最後まで聞かずに、シンはあたりを見回して電話ボックスを見つけると一目散に走って行った。兄から、『着いたら連絡するように』と言われていたのを忘れていたのだ。時計を見れば空港に着いてから半日は経っていて、あたふたとポケットから小さなメモ帳を取り出す。たどたどしい手つきでボタンを押したが、コール音が何回も続く。10回を過ぎてようやく繋がった。

「・・・・・・もしもし?」
「兄貴? 俺だよ俺、今、選手村っ」

 返事は一呼吸置いてから返ってきた。

「今、何時だと思っているんだっ! すぐ電話しろって言っただろ。この不良弟がぁ」

 受話器を耳から離すが時既に遅し、シンの右耳の鼓膜は何時までもリフレインを繰り返す。熟睡中のアスランを電話で叩き起こしてしまったシンは、時差のことをきれいさっぱり忘れていた。歩き方もどことなくぎこちない選手をコーチがそれとなく慰める。

「不機嫌だろうが、奴はちゃんと応援に来る」
「そうだけどさ、何を言われるか・・・ああ、兄貴が来るのが恐ろしい。俺、練習真面目にしよ。あの様子じゃ、練習に怒鳴り込んで来そうだ」

 ルナマリアとメイリンの不思議そうな顔を後に、バスから降りたシン達フィギュアスケート選手団は練習用にと借りた市内のスケートリンクで練習第一日目を開始する。着いたばかりで身体が本調子でない選手達は軽く一滑りして選手村に引き上げる。

 そして、二日目からトレーナーやコーチも混じって本格的に調整が始まった。
 公式練習までに身体を仕上げなければならないのだ、リンクには各選手のコーチの声が響き渡った。

 ハプニングは公式練習日前日の朝に起こる。

 男子フィギュアスケート代表選手の一人が出場を辞退したのだ。食あたりによる体調不良に起因するジャンプの失敗で足を痛めて。

 折りしも、その日はシンの兄が応援のためにスカンジナビアまでやって来る日だった。





ちょっと繋ぎっぽい話をば。こんな余裕ないのにさ、時間稼ぎです、はい。