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Princes on Ice 5

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 思わぬ形でチャンスが巡ってきたことに、シンとイザークの頭はフル回転した。枠が一つ開いた以上、穴埋めが行われるのは必定。となれば、誰が3人目になるか、だ。
 幸いにも、直近の大会でアスランは4位だった。
 話題性もある。
 プラントのスケート連盟でも割合すんなり話が通ると予想される。
 問題は、本人にその気があるかどうか、だった。

「放っておいてもいずればれるし、ネタを嗅ぎつけたメディアが騒ぎ出したら元も子もない」
「何とか、兄貴に『うん』と言わせないと」

 これが最後のチャンスになるかも知れないから。
 次なんて待っていられない。

 シンは到着ロビーの荷物カウンターでアスランが出てくるのを待っていた。さすが開催国だけあって、選手や関係者だけでなく応援団や観光客で空港はごった返していた。




「俺には相応しくない」

 シンが思い切って実情を話したのに、アスランはにべもなく突っぱねた。決め付けモードの兄は正直言って厄介である。どう考えてもおかしい言動なのに、自分理論でねじ伏せに来るからだ。そこで下手に食い下がると鉄拳が飛んでくる。
 シンは打開策を探して口を噤んでしまったが、イザークは兄の荷物をさりげなく持って歩き出していた。シンとイザークが来た方向へと。

「おい、イザーク! ホテルはそっちの出口じゃない」
「貴様は馬鹿か? せっかくタダで泊まれる場所があるのに、身銭を切るつもりなのか?」

 期間中のホテル暮らし料金を考えただけでも恐ろしい。

「早くから予約してたから格安なんだけど」
「どうせ、食事も何も付いていないのだろうーが」
「そうだけど・・・うーん」

 決め手にかけて考えあぐねていた兄を見て、シンの頭に選手村のあちこちを巡回していた物体を思い出した。毎日家事をこなしていてる兄が3食自炊ごときで尻込みするわけがない。兄を釣るにはこれしかない。

「すっごく珍しい警備ロボットとかいて安全だし!」

「それは見てみたいかも」

 無料バスに乗り込んで選手村へと向かう。シンとイザークはアスランに見つからないようにこっそり笑い合った。昼でも夜のように明かりがつき、オリンピックドームがライトアップされている。

「調子はどうなんだ?」
「まあまあって所」
「まあまあって、明日公式練習じゃないのか?」

 あちこちで始まっている予選の熱気が街にも広がっていて、各国の選手団や応援団が街に繰り出している。

「正直、今大会、キラ・ヤマトが頭一つ飛びぬけているのは確かだ。後は2連覇を阻止するために、どれだけ迫れるかって所だ」
「シンはまだまだだとしても、ハイネはいい勝負すると思うけどな」

 ハイネはシンと同じフィギュアスケート男子シングルの代表で、アスランの先輩にも当たるベテランである。前回大会にも出場経験を持つ。

「ハイネと連合の若手はいい線行くだろうが・・・」
「なんだイザーク、シンの名前は出ないのか?」

 一向にハーラーダービーに顔を覗かせない弟をからかうアスラン。シンは突然自分の名前を出されて、ぎょっとする。気持ちではいつも表彰台の天辺にいるシンも、まさか自分がメダル争いに本気に加われると思っている程浮かれてはいない。

「ダークホースだ。滑りの感じはお前とは違って速さ重視、ある意味、奴と同じスケーティングだが、同じ土俵で勝負できるほどこいつには経験がないからな。4年前のことが無ければ、今最も奴に近い位置にいるのはお前だっただろう」

 アスランは窓に肘をつけてイザークの熱心な解説を聞き流していた。通りを行くのは万国博覧会な防寒具。

「どうして、皆して俺を滑らせようとするんだ?」
「そんなの・・・決まってるっ!」

 肝心な事を忘れているのだと、シンは自分がスケートを続けている理由を思い出す。スケートは見ているだけでも楽しい、素晴らしい滑りを見れば誰だって滑りたくなる。憧れだった、いつか並びたい、越えたいと思える美しい滑りなら尚更。

 それなのに当の本人は中途半端に滑ることを止めてしまったのだ。
 まだまだ見ていたい、全然届かない。

「分からないな」

 アスランの独り言に、イザークが溜め息を付いた。



 選手村のシンの部屋に荷物を運び込んだアスランが荷解きもせずに、シンを置いて部屋を後にした。
 カフェテリアを通り過ぎ、コミュケーションセンターを横切る。少し離れたところから4年に1度の祭典の街を喧騒に耳を澄ました。

「どうした、貴様らしくないな」
「・・・イザーク」

 両手に湯気の上がるカップを携えたイザークが後ろにいて、片方の手を差し出す。

「相変わらずひどい味だ」
「仕方ないさ、会場内のドリンクは4年前と同じスポンサーだから」

 口を付けて、『熱っ』と舌を出すアスラン。

「イザークも俺にまたリンクに立って欲しいと思っているのか?」
「ここまで来て、まだ言うか。この臆病者め」
「ああ。俺は臆病なんだ。問い詰められるのが怖い、滑りきる自信がない、資格の無いものがオリンピックのリンクの上に立って何もないわけがない」

 魔物が住むのだ。
 銀盤に舞う勝利の女神は、裏を返せば残酷な女神でもある。

「4年前の事故。肩を切って貴様は滑れる状況にはなかった、誰も責めはしない」

 予選が終わった後の公式練習で、同じ時間にリンクにいた選手がジャンプで派手に転倒した。転倒したはずみで近くにいた選手にぶつかり、エッジでその選手は大きな怪我を負う。腕を固定して首からぶら下げる程の怪我では棄権するしかなく、4年前の大会はメダル候補が消えて波乱となった。

「でも、イザークはスケートを止めた俺に散々言ったじゃないか」
「当たり前だ。勝ち逃げされたんだからな」
「じゃあ、どうしてコーチになんか、しかもシンの・・・」

 氷のように冷たい手すりかと思いきや、熱線が入っているのかイザークが掴んだ手すりはほのかに暖かかった。

「貴様は俺と同じくらい負けず嫌いだ」

 同じフィギュアスケートの選手だったシンは、その頃からジュニアの大会でちょくちょく上位に顔を出すようになっていた。まぐれで4回転を飛んだこともあったのだ。

「気の長い話だな、それ」
「だが、目前だ」
「ひどいライバルで、すまない」

 歓声が聞こえる。
 何かの競技で大技が成功したのだろう。解説者やアナウンサーの興奮気味の声が聞こえてきた。




「ここにいたのかよ、鬼コーチ。あ・・・兄貴」

 息を切らせたシンがアスランとイザークを見つけたのは、自国のモーグル選手が金メダルを取ったことをコミュニケーションセンターで知った後だった。紙コップを片手に語り合う兄とコーチにシンは駆け足を急に緩める。

「モーグルで金、取ったって」
「すごい!」

 アスランは素直に驚き、その様子を見るためにカフェテリアに戻ろうとシンの横を通り過ぎる。すれ違う時にわざとらしく視線を合わせない兄に、唇をかみ締める。

「逃げるな」

 アスランが起こした風が止まる。

「みんな楽しみにしていたんだ。オリンピックは駄目でも怪我が治ったらって」

 シンは振り返って背中に叩き付けた。この気持ちをどうしてくれるのだと、胸に手を当てて言う。

「俺だってずっと見ていたかったのに、こんな中途半端なまま宙ぶらりんで取り残されてしまったじゃないかっ!」

 アスランは振り返らずに目を閉じる。耳を塞ぐことの代わりとして。
 また別の場所で歓声が上がる。あちらこちらで騒ぎ立ち、立ち尽くしたシンとアスランに目を留めるものなどいない。

「どんなに頑張っても、手が届かないんだ。雲を掴むみたいで・・・っ」

「何を言っているんだ。お前の上にはまだ何人もいるだろう。トップスケーターなら4回転なんて飛べて当たり前の時代だ。キラは4回転半を飛ぶんだぞ。俺を追いかけてどうする」

 男子のジャンプは今や4回転半へと突入しつつあった。目にも留まらぬ速さで氷の上を回転する選手が纏うのは抵抗の少ない新素材のコスチューム、計算しつくされたエッジには今大会でも新技術が投入される。
 少しでも早く回って、遠くへ。

 フッと笑ったアスランが、仕方ないなと苦笑してシンを見る。
 吐露される本音の外壁。

「それに俺はスケートが楽しく思えなくなっていて、もう限界だったんだ」

「だったらっ」

 シンはぎゅっと拳を握りこむ。
 ほら、やっぱり、肝心なことに気が付いていない。
 皆がそんなのつまらないと思っていると勝手に決め付けているだけで、本当は誰もそんな事を言ってはいないんだ。

 少なくとも、アスラン・ザラのスケートをこんなに楽しみにしている奴がここにいるのに。それにコーチだって、きっとそうに決まっているんだ。もしかしたら、今トップにいるあいつだって。

「兄貴は自分が信じるスケートをすればいいじゃないか。何もせずに逃げるのかよ、そんなの俺は認めないっ!」

 シンの赤い瞳にアスランの細められた瞳が映りこむ。
 搾り出した声は歓声にかき消されてしまったけれど、目の前の兄には届いていた。

「つまらないままでいいのかよ。スケート好きだったんじゃないのかよ!」

 アスランの緑の瞳に必死に言葉を紡ぐシンが映る。
 周りの喧騒はシンの声が吹き飛ばしていた。

 スケートが好き。
 最初は見ているだけでよかった。

 でも、そのうち自分も滑りたくなって、皆が褒めてくれるからもっと頑張ってみようと思った。突然現れた生き別れの弟と喧嘩ばかりでも、自分が上手に滑ると本当に嬉しそうに自分を見るからもっと上手く滑れるようになりたかった。

 でも、何より、自分は氷の上をすいすい滑るのが楽しくて仕方がなかった。

「そうだな。俺のためだ。好きなように滑るのもいいか」





 全ての偶然が重なりあって、アスランは再びリンクの上に立つことになった。一回目の公式練習で姿を見せた彼をメディアが取り囲み、彼はあっさりした微笑でそれらを交わした。
 リンク中央に浮かび上がるオリンピックの公式ロゴの上でエッジを切る。
 数人の選手が決められた時間を練習に費やす中、アスランはリンクの中央で壁際をぐるぐる回るシンを見る。

 企みが成功して気が抜けたのか今一やる気が感じられないように見え、文句を言うために一歩踏み出した時だった。

「久しぶり、アスラン」

「・・・キラ」

 4年前のライバル同士の再会に、会場のどこかで少しだけフラッシュがたかれた。

「復活の噂は本当だったんだ」
「ああ、成り行きだけどな」

 棚ぼたと言えばそうだし、運命と言えばそうだった。
 リンクに住む魔物が彼を呼び寄せたのかも知れなかった。

「今回は楽勝だと思ったんだけど、そうは問屋が卸さないか」
「思ってもいないくせによく言う。4年間トップを守り続けてきた自信が透けて見えるぞ」

 軽く円を描いて腕を組むアスランと交代して、軌跡の上を寸分変わらずなぞるチャンピオン。対峙する二人を中心にして緊張が膨れる。

「勿論。こうしてリンクの上に立つのなら、ブランクなんて言い訳聞かないから」

 ライバル達の思いを踏みにじった4年間。トップを守り続けたキラと、自ら滑ることを止めてしまったイザーク。血の滲むような練習を重ねても、このリンクの上に立てない選手が山といることを知っている。

「分かってるさ」
「・・・でも君の弟君はあまり警戒しなくてもいいみたいだね?」




ここに来て1回分伸びそうなことに! 書きたいシーンを全部突っ込もうとしていると終わりません。ああ、もっとテンポ良く書けるようになりたい。

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