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 剣と言う前時代も甚だしい武器に慣れていないせいか、プラントの護衛部隊は意外とあっさり三天使を逃してしまった。クルーゼが追わなくてもいいと言ったせいもあって、屋上は静寂をすぐに取り戻した。
「立てるかね」
「大丈夫です」
 そう言ったものの、かなりの労力を要した。ディアッカが被ったダメージがイザークにも及んでいるらしい。エアビーグルに乗り込むのも一苦労だった。それをクルーゼに気づかれているのも承知だったが、ここは我を張りつづけた。
「君は学生ということだったが、卒業したらお母上の後を継ぐのかね」
 そのつもりだと、漠然と考えているが、口には出せなかった。言葉にしたら最後、自分の前に1本長いレールが引かれるような気がして。
「まあ、そうだろうが。・・・君さえよかったら、少しプラントで勉強してみる気はないかね。この街から少し離れてみるのも、政治を志す上ではプラスになると思うが」
 向かい合ったまま男は勧誘を始めた。しかし、仮面の覆われているためにその表情は読めず、肩の力を抜く事さえできなかった。仮面の下で動く口だけが唯一の手がかりであるが、心情的に受け付けないものがあった。
「天使達と対等にやり合おうとしたら、政治力だけでは敵うまいよ」
 完全にシールドされたキャビンならではできる会話であった。一度仮面を凝視し、やはり真意を伺えないと知るや、イザークはそのまま霧雨に照らされていつもより明るい摩天楼に視線を向けた。
 母上は無事に評議会ビルまで戻れただろうか。
 ああ、ひどく汚れた格好だからキャビンを汚してしまっただろうと、今更ながら思い当たった。


 翌日は見事な晴天。青空の中心に太陽が燦燦と輝き、真っ白な雲が流れて地上に風を運ぶ。その風の生まれる所。天宮。
 二人の天使が長い回廊を歩いていた。左右に並び立つ純白の建物、どこまでも白い空には雲が幾重にもめぐり、見上げる果てに天使すら届かないと言われる神が座す最上天がある。
「このような事を報告する事になろうとは」
「雨空だというのが痛かったわね。高度を下げざるを得なかったから」
 久しぶりに天宮に上がったマリューの表情は宜しくない。前を歩くナタルの表情に到っては怒っていると表してもいい程きつい物だった。地上での作戦失敗をうけた上層部の指令を拝領に来たのだからそれも仕方が無い。
 第8軍天宮。列柱をくぐり、書類を受け取る。
「これはっ!」
 思わず声に出すナタルと同様、マリューが急いで命令書をめくる。
「ハルバートン司令官。本気なのですか。これは・・・」
 かつての指導官である司令官をマリューが見上げると、対する老いた天使も苦渋の表情を浮かべていた。天使は成長しない、しかし消滅はあるのだ。スピリッツのエナジーがそのまま姿となる天界においては、司令官の命数が残り僅かであることを示していた。
「それだけ、五月都市の穢れが進んでいるということなのだ」
「第8軍降下・・・」
 辞したナタルとマリューが地上へ戻る時、上空が急にざわめく。地上から見上げる空とは別の、天空の雲の間から漏れる淡い茜色の光。それがものすごい速さで西から最上天へと流れる。
「黄昏の天使様がご報告に行かれるのね」
「ローエングリン全機投入とは。我らが主は何を考えおられるのやら」
 めったに見られない最上級天使の顕現に跪いて祈りを捧げる周囲の天使達。二人も同じように光が消えるまで祈りを捧げ、8軍天宮を後にした。
「なんにしても、キラ君のことがお咎めなしなのはよかったわ」
「何をおっしゃいます。友人を助けるためとは言え、エンジェルコアを悪魔に差し出すなど。第7機動隊免職は勿論、厳罰に処した上での記憶剥奪ものです」
 キラは堕ちたフレイを生かすために、持っていたエンジェルコアを差し出した。あのままテラスに放っておいたら、ローエングリンの影響で消滅するのを避けられない。更に運良く助かったとしても、堕ちたばかりのフレイは悪魔としてあまりに未熟でその精神を散らせるのを待つばかり。
 だから、キラは悪魔の延命を図るというエンジェルコアをフレイに持たせた。ごく弱い光でも、コアが放つエンジェルフレアは悪魔の糧となる。穏やかに眠るフレイにゴメンと呟き、彼女を抱きかかえるサイにも同じように謝って、キラはあの場を後にしたのだ。
「キラ君、平気なふりをしていたけど、つらいはずよ」
「しかしっ!」
「私達も変に慰めたり、詰ったりせずに節度をもって応対しましょう」
 すっかり指導官の口調に戻ったマリューに、ナタルも口をつぐんで天宮を飛び立った。降りるは守るべき穢れた地上世界。
 しかし、二人を追い越して降下する大部隊。
 ローエングリン発射体制を取りつつ陣を組んで降下する第8軍だった。


 カレッジの庭園からキラは街を眺めていた。
 一応はカレッジには来てみたものの、授業に出る気にはなれず、友人達に顔を合わせる事ができなかった。サイが来ているかどうかさえ分からない。鞄の中には一応本日の授業道具を揃えて家を出てきたが、それもただ親を安心させるためで。
 今は2限中で学生もまばら。
 庭園の一番端に立って、昼の大都会を見渡す。
 変わらない、この街は。
 人間が蒸発する事件が起ころうと、街の中心部でテロが起ころうと。赤いパトライトで遮断されたエアウェイと渋滞した空路。黄色いキープアウトで囲まれた封鎖された地区。喧噪だけ増えて、キラの周りでだけ時間が進む。見上げる青空に浮かぶ雲の向こう、天使達の大部隊が待ち構えている。
 今日で最後だ。
 握り締めた拳が白くなる。瞳を閉じて、深呼吸した。
 鞄を背負いなおして、エアバイクのスキットに足をかけた。すっかり身体に馴染んだストライクに乗り込んで、エンジンを回した。庭園にいた学生が何事かと、顔を上げたが気にせずに上空に飛び立った。庭園への直接乗り入れは禁止されているなんてこと、もはやキラには関係なかった。
 本日正午から、第8軍による72時間にわたる都市掃討作戦が開始される。
 ストライクは渋滞のエアウェイを抜けて、天使達の居城へとビルの谷間を駆け抜けた。
 既に出撃体制は整っていて、ビルの上空にはとんでもない数の天使達がいた。人の目にとまる高度にはエアバイクにのり、人の姿をとった天使達が。それより上空にはスピリッツとしての天使が隊列を組んで降下しているのが見える。
 ナタルや他の主天使を従える、上級の天使長は老いて見えたが威圧感だけはあった。フラガに聞けばあれが第8軍司令官のハルバートン天使長。
「歴戦の知将だ。正直これだけの作戦なんて久しぶりだよ」
「この作戦には彼らも参加するから、よろしく頼む」
 ナタルがフラガに紹介した天使達にキラは見覚えがあり、ただでさえ大きな瞳を目一杯見開いた。向こうも覚えがあるのだろう、キラに近寄ってくる。
「なにお前、協力者ってやつ?」
 金髪の青年。そう、まだキラと変わらない程の青年が3人が下卑た笑いを浮かべる。
「お前かよ、ストライクっての」
「たりぃ。人間じゃん」
 まるで不良のような言葉遣いに、これでも天使かと毒づいた。あの堅苦しいナタルが紹介する天使達にしてはキラから見ても行儀が悪い。何か言葉を返す気にもなれなくて、ただ睨みつける。
「その人間に一発食らっていたの誰だよ。ダセー」
「こんなのどうって事ねえよ。もう直ってるし」
 スレイヤーの一撃を食らってもコアを奪われないと言うのなら、彼らはマリュー達大天使よりも上級なのだろうか。
「お前達、協力者相手に絡むのもいい加減にしろ。アズラエル様に報告するぞ」
 ナタルが一喝しても、その態度を改める気にはないようで、こっそりため息を付くナタルを始めて気の毒だと思った。それを思えば自分はなんて素直な部下だろうと、フラガとマリューを見れば、やはり同じ事を思ったのだろう。こちらを見て苦笑いしていた。
「どちらにしても、大作戦である事には変わらないわ」
「何せ、ほぼ無差別に悪魔やスレイヤーをやろうって腹だからな」
 そのための大量ローエングリン投入。
 都市の空をほとんど覆う程にに、あまたの外輪を広げて市民に紛れる悪魔達を炙り出す。しかも、今回投入されたのは、屋内でもある程度効き目のある改良型。
「ハルバートン指令より号令」
 どこからともなく、鐘が鳴り響いて正午を告げる。
 空にリングが広がっていく。


 都市を4分割して、それぞれ4大隊がローエングリンを照射する。
 昼間から人が蒸発する事件が起これば、メディアが駆けつけ、中継のエアバイクも飛び回る。空に浮かぶリング状の模様をしきりに街角のディスプレイは映し出すが、真相を知るものはおらず憶測だけが飛び交う。
「キラ! 次の拠点へ向かうぞ」
「はいっ」
 セブンスフォースは第8軍の一小隊として、悪魔やスレイヤー達の拠点攻略を請け負っていた。さすがに地下奥深くには作用できないから、地上へのあぶり出し係りである。以前キラが放っておいたウィルスプログラムから突き止めた、数々のギルドのネットワーク拠点を中心に、セブンスフォースが臨検だと言って駆けつける。
「抵抗しないで下さい」
 キラの声は穏やかだ。でも、目が笑っていない。アグニの銃口に一寸のぶれもなく、逃げ出したスレイヤーを打ち抜く。ともすれば地上に出るまでもなく、残酷なほど容赦なくスレイヤーを倒していく。
 自分でも不思議なくらい彼らの動きが読めて、身体を思った通りに動かせた。夕闇を過ぎて、スレイヤー達が悪魔の力を借りた時でさえ、キラは彼らを圧倒した。
 どうして、今頃になって・・・。
 キラの脳裏を掠めるのは、今まで散っていった天使達の光景、焦点を無くしたフレイの瞳。
 人殺しじゃないかと罪悪感を感じていたのも昔の事。アグニの光線がまたスレイヤーを一人闇に返していく。
 いつもより多いエアパトもサイレンの音にも、天使達の大攻勢が行われているなんて市民の誰も思わない。それでも、僕達は、毎夜こうして攻防を繰り広げているのだ。天使が勝てば、影が蒸発し悪魔が消える。スレイヤーが勝ては、エンジェルコアが夜空に上っていく。その夜はいつもより多くの星が輝き、夜の闇が薄くなって、それだけ命が消えた。
 補給のために立ち寄った本部ビルで、深夜零時の鐘の音が鳴り響いた。キラの周りで膝を付いて上空を見上げる天使達。数体の天使の中心に一体だけ服装の違う天使がいた。実体化すればその違いは顕著で、明らかに上級天使とわかるオーラ。
 マリューやフラガがいい顔をしていないのをこっそり盗み見た。
「おっさん、何しに来たんだよ」
「前線視察というやつをね、僕もしようかと思って」
 あのガラの悪い天使以上に、気に喰わない何かをその天使は持っていた。金髪碧眼の如何にも天使然とした姿と、地上で言うところのマフィアのボスのようなスーツが余りに似合っていたせいだろうか。個性というには強烈過ぎる嫌悪感だった。
「アズラエル様っ!」
 ナタルが慌てて駆け寄り膝を付いている。作戦前に絡まれた三天使が彼の傍に降り立つのを見て、黙して立つハルバートン司令に目線を映した。補給を終えたストライクを受け取って、夜の街を見据えながら他の隊員達が補給を終えるのを待つ。
 サイレンがひっきりなしに鳴り、あちこちで上がる爆煙が夜空を埋める。
 フレイはどうしているだろうか。銀髪の彼を思い出し、最後に、摩天楼に消える黒いコートの後姿を重ねた。


「君達うまくやっていますか?」
 聞きたくも無いのに、あのアズラエルとか言う天使の声が耳に入る。どうやらあの三天使は彼の直属らしく様子を見に来たようだ。
「これで大人しくなってくれるといいんですがね・・・」
「貴殿ご自慢の天使達も実によくやってくれている。何か不安要素でも」
 さらにハルバートンと対等に話す様子からかなりの上級である事が聞いて取れる。
「いえ、何。これだけの作戦です。万が一もないでしょうけど、相手は我々の情報を掻い潜る悪魔ですからね」
 確かに、これだけの作戦を実行してもこの街から悪魔やスレイヤー達を一掃することはできないかもしれない。ギルドを潰せないかも知れない。
「それは問題ないのではないかな。ギルドの地下ネットワークにも今回は網を這ってある」
 僕のおかげだけどね。
 キラの情報収集プログラムから得られたデータをもとに今回は部隊配置が考えられているから、先手を打たれるとしてもまずあり得ない。その証拠に今夜は常に情報戦でセブンスフォースがリードしている。しかし、ハルバートンの話し相手は、鼻で笑う。
「ラジエル。アクセスされたようですよ。脱走時の記録がまるごと消去、されていたとか」
「うむ」
 声が一段と低くなってキラのところからはついに聞き取れなくなってしまった。意識を戦いが繰り広げられる摩天楼に向けたとき、不意に近くで声が再開した。
「君がキラ・ヤマト君だね」
「は、はい」
 ストライクにもたれていたキラは慌てて立ち上がって、上級天使を迎えた。連れ立って、陣中見舞いよろしく第7機動隊に激励に来たらしい。キラ以外の天使が慌しく敬礼して、また持ち場に戻っていく。
「がんばってくださいねえ、皆さん」
 ふざけた応援をするアズラエルにさえ、皆敬礼し、あるものは膝を折る。キラもいやいやながら敬礼して答える。一瞥して去っていく背中を見送りながら、深く息を吐き出した。早く意識を切り替えようとして、手にした栄養ドリンクを口にする。しかし、早く頭から追い出したいキラとは反対にハルバートンとアズラエルはキラのことについて話をしていた。
「私もね興味ありますよ。エンジェルコアを持ち運べる人間とやらに。どうしてそんな人間いるんでしょうねえ」
「確かに生まれながらに穢れを持つヒトにはあり得ない話だ」
「あのプロジェクトさえ成功していれば、我ら天使が人間に協力を求める事など起こらなかったのだ」
「第4研究所のメシアプロジェクトですか」
 腕を組んであざ笑うアズラエル。手を顎に持っていき、考える素振りをするが結論など最初から決まっているかのような口ぶり。
「貴方もメシアプロジェクト関係者でしたねえ。私はあんな子供だましでは常々手ぬるいと思っていたので、頓挫してくれてよかったと思っているくちなんですが・・・。せっかくの技術、使わない手はないでしょう」
「まさか、それがあの三天使だと・・・」
「そういうことです」
 上空に飛び立っていった三天使を目で追い、キラは部隊の補給が完了したと知らせを受けた。



 摩天楼に浮かぶエンジェルコア。路上で、空中で蒸発する悪魔やエンジェルスレイヤー達。各地で起こる事件・事故に都市の交通網と情報網はいつになく混乱する。それは評議会ビルでも同じ事だった。議員服をまとった議員達が与えられた執務室で全チャンネルのニュースを見、顔の利く頼みの機関や、秘書を通して情報収集をしていた。
「イザーク! ここを任せるわ。私は臨時委員会に出るから」
 あのままクルーゼにここまで送ってもらったイザークもなぜかここにいて、丸一日医務室で眠った後、エザリアの秘書まがいのことをしていた。さすがにあの服装のままではまずかったので、SPの黒スーツを借りている。
 多少面識があるくらいだったのに、このビルで支障なく過ごせる違和感を味わっていた。原因は直ぐに秘書やSP達の態度から知れた。
「イザーク様。外部からメッセージコールが届いておりますが」
 つまりは、母が自分のことをしきりに後継ぎだと喧伝して回っていたからに他ならない。このまま、なし崩し的に秘書に納まってしまう恐怖さえ感じている。
「誰からだ?」
 また、イザークの上に立つ物言いも原因の一つであった。他人に命令したり、傅かれる事に戸惑わなかったのだ。ディスプレイに向かうと、そこにはニコルからのテキストメッセージが届いていた。
 昨夜のうちに自分あてのメッセージコールを受け取り、転送先を設定しておいたのだ。ニコルからの暗号メッセージを解凍すると音声メッセージが現れた。インカムを耳に当てて、ボリュームを下げて再生する。
『昨日は災難でしたね。でもおかけでアスランの事少し分かりましたよ。イザークの言うとおり、レノア・ザラの息子の名前はアスランです。レノアという女性のデータも見ましたけど、本当にそっくりです。アスランってプラントトップの息子だったんですね! この街の市民データに無くて当然ですよ。プラントの本拠地はここにはないですもんねえ。詳しい情報はデータで送りますから』
 イザークは予想したとおりの結果に、自分のヴィジホンにデータを落として、あとはメッセージごと消去した。
 別に奴の素性が分かったからと言って、どうにもなるものでもないが。
 受け取ったデータを解凍して中身を覗く。イザークが知っているレノア・ザラの情報と言えば、今朝、母から聞き出した情報が既にある。前プラント総帥、パトリック・ザラの妻でパトリックとの間に息子が一人。パトリックが急死してから総帥に就任してプラントを率いる女傑。
 イザークはニコルが持ってきた有象無象のデータのある一文に目を留める。急死というのもだいたい頂けないが、その前日に影を失ったとあるではないか。あくまでうわさに過ぎない一行が妙に引っかかる。
 影を失うとは即ち、堕ちて悪魔になると言うことだ。
 もしその場に奴がいたとしたら。その死に天使が噛んでいたとしたら、有り得ない事ではない。プラントと天使は敵対関係にあるだろうから、奴の天使に対する容赦の無さも理解できるというものだ。
「だが、父親がそれを許すのか?」
 契約して、息子の一生を奪うなど。
 イザークはここまで考えて、思考を止めた。考えた所で本人達にしか分からないだろうし、第一、この推測があっている保証もない。医務室を出てからろくに座ってもいなかったとソファに身体を預けて、画面がコロコロと切り替わるニュースチャンネルを見る。
 臨時の委員会の議題は間違いなく、現在起こっている不可解な人間蒸発現象と頻発するテロ。即ち都市の治安問題で、イザークはそのうちの一つの現象の原因を身をもって知っていた。何気なしに見上げた夜空、窓の向こうに浮かぶ大量の光の輪に息を呑んだ。


 2日目を6時間飛びっぱなしで作戦を終えたキラは、補給場所でストライクに臥したまま眠りをむさぼった。
 疲れたというのが正直な気持ちで。終りの見えない攻防に後1日を乗り切るだけの体力が心配だった。心なし本部に詰める天使達にも疲れが見える。彼らに肉体的な疲労はないだろうから、あれは精神的な疲れから来るものだろう。
「・・・あと一日・・・がんばらなくちゃ」
 それなのに、耳に届く不届きな声。
「どうにも成果が出ませんねえ」
 なんだってっ! こんなにがんばっているじゃないか。
「雑魚ばかり倒しても意味ないんですよ、君達」
 言われているのはあの配下の三天使だとしても、高みの見物しているだけの天使に言われたくない言葉だ。かと言って、わざわざ彼らのいる所まで行って言い返す気力など勿論ない。
「一日待っても成果なし。もう潮時ですかねえ、ハルバートン天使長」
「まさか、アズラエル殿!」
「僕はその権限をもつ告知天使ですしねえ、やっぱりやりましょうか、再生」
 にわかに慌しくなった本部に、キラは顔を上げて一段高い本部を見上げた。アズラエルに詰め寄るハルバートンに刃を向ける三天使という仰天な光景が広がっていた。
 一体・・・何が。
「もう決めました。この都市は再生させましょう。ローエングリンの照射レベルを再生設定値へ」
 静まり返る本部。
 本部付きの天使達の手が止まっている。ローエングリンの照射レベルを変えることがそんなに問題なのだろうか。キラは内容を詳しく知ろうと話し合いの行方を見つめる。
「おや、聞こえなかったんですか? 天使長」
「しかし・・・ヒト再生レベルは」
 ヒト再生レベル? ヒト再生!?
「ああもう、じれったいですねえ」
 アズラエルがインカムを引っつかんで、直接各隊に指示を出したようだった。やや遅れて、上空の外輪の色が変わるのが分かる。淡い青色から赤色に変えた時、キラはビルの谷間から上がる騒音に振り返った。ストライクを緊急発進させて、急降下する。
 空路をせき止めているの交通事故は一つや二つではなかった。完全に止まっている交通網。路上にうずくまる人々。キラは目を瞠る。彼らの足元に。
 影がない。
 上空から降り注ぐ赤光に落ちる影は無かった。自分の影もストライクの影も路上のどこにも見当たらない。愕然として、冷たい汗が背中を流れる。反転して、本部に戻ろうとすれば、爆発を起こすビルがそこかしこに煙を巻き上げる。青い空が赤く染まり、街が動きを止めようとしていた。
 キラよりも早くマリューとフラガが来ていて、既にアズラエルの前に盾のようにナタルが立ち構えている。
「キラ君!」
「影が・・・つっ!?」
 その場にいた天使達の視線が一瞬キラの足元に集まり、上空で起こった爆発音に一斉に上を向いた。無数に広がる赤い外輪の一つが絶ち消える。その中心で煙を吐いて落ちるローエングリンと消える天使達。
「なんですかあれは」
 アズラエルが三天使に向かえと指示し、ハルバートンが情況確認の指示を飛ばす。その間にもまた一つ外輪が消えて青空が回復していく。また一つ。故障などではない明確な破壊の意志がそこにはあった。


「視覚映像を出せっ」
 ナタルの声に反応した天使達が陣中を慌しく動き回り、空中に巨大なスクリーンを投影した。ぽっかり浮かぶ霧にように見えて、水の粒子が像を結ぶわけではないのに映像が現れる。ノイズが入って時折ぶれる。
「こんなに映りが悪いのって、まさか妨害・・・?」
「天使の視覚映像通信でか?」
 マリューとフラガの顔を交互に見て、霧の映像を見つめる。ローエングリン護衛中隊が上空からの紅い雷撃に貫かれて一瞬で消え、間髪おかずにローエングリンそのものが爆発する。煙に包まれてまた一つ。また一つ。
 唐突に真っ赤にビジョンが震えて何も映さない瞬間が一秒、二秒続いて、別の所から見ているだろう映像に変わる。
「映像が悪いですねえ。ああ、ようやう繋がりましたか」
 アズラエルが向かわせた三天使の誰かの見ている光景なのだろう。さっきよりずっとクリアな上空。赤い外輪とローエングリン、それを取り囲む第8軍の軍勢。
 左右から飛び出すのは三天使の内の残りか、空気を切り裂く跡を残して、形を変える雲の塊に突っ込んでいく。映像がものすごいスピードで動き始めた、見ている天使も戦闘に加わったのだ。その速さは目で追うには限界があった。
 向かってくる赤い稲妻。
 急降下して、街の全貌を上空から映す。碁盤のように敷き詰められたビルと赤い外輪を描く空の間を立ち上る煙が繋いでいる。そんな光景が一瞬にしてビルの屋上に変わる。
「何か見つけたようですねえ」
「スレイヤーか?」
 暗転する映像が一瞬、何かの先端を映す。赤く光る筋が入った、尖った錐のような何かが風圧と共に映像を揺らして途切れる。直ぐに回復した画面は黒一色で。
 キラは自分の影を忘れて、頭上の映像を食い入るように見つめていた。
 見覚えのある赤い槍。
 引いていく黒ははためいて、向こうのビルに飛び去る姿は人の形をしていて。
 瞬間的に詰めた距離から映される相手は、相変わらず無表情で碧の瞳を向けていて。キラの瞳がこれでもかと言うくらい見開かれる。体の中心から鼓動に合わせて熱が広がっていく。中途に半端に開かれた唇が、条件反射でその名を叫ぶ。
「アスランッ!」
 三天使が同時に彼に迫る。
 彼に集う風が手元から形作るもう一つの黒い槍。三振りの剣と黒い槍がぶつかり合って、衝撃で映像を消し飛ばした。キラはそびえ立つ高層ビル街に向けてストライクのスロットルを全開にしていた。ビルの海から黒い稲妻が龍のごとく湧き上がり、轟音がキラの鼓膜を震わせた。


 衝撃は大気中を走って、都市の建物を震わせる。烈風がガラスの破片を引き連れてビルの谷間を駆け巡る。イザークはエザリアを急いでエアリムジンに乗せて、運転手に出ろと急かした。
 ついさっき入ってきたエマージェンシーコールは、都市を去ったはずのレノアからのものだった。
『エザリア。悪い事は言わないわ。いますぐ5月都市を出て! いえ―――』
 返答を待たずに切れたメッセージに、事の重大さを知った。空を見上げれば無数に浮かぶ赤いリング。立ち上る煙の向こうに見え隠れする赤と黒の稲妻。
 動かない幹線空路。路上にうずくまる人々。今まで一度も交通違反をした事の無い運転手の交通事故。
「何がおこっているのだっ! これは」
 エザリアの質問に、イザークは答える事ができない。だた、分かるのはこのままここにいることができないということだけで。急いで母を連れで外に出てみれば。思わずふらりと来る感覚。見に覚えがありすぎて、慌ててひさしのあるところに潜り込んだ。
「母上、大丈夫ですか?」
「ええ。ええ・・・大丈夫」
 歯切れの悪さに舌打ちした。
 進退極まったところに現れたのは、見たことのある装備を身に付けた護衛達。袖口に入る刻印でプラントの護衛だと気づいた。連れられるままに母をエアビーグルに乗せ、視界の端に入る黒い影に、はっと空を見上げた。相変わらず赤い外輪が浮かんでいて、何かが、それを横切る。ビルとビルの屋上を移動している黒い、コート姿の、人間。
 まさかっ。
「母上を頼むっ」
「イザークっ。どこへ行くのっ!、イザーク、イザーク!」
 ドアを閉めて、後を追った。滑り出したエアビーグルを確認して、自分のヴィジホンでニコルを呼び出す。三コール目で出たニコルはひどく慌てていて、街を出ると言っていた。今の情況のやばさが分かるのだろう。
『オロールの店で落ち合いましょうっ!』
 東48番街の外れの店。
「分かった。いつもの時間だ」
 こんな事をしていては、間に合わないかも知れない。
 それなのに、イザークは路上に放置されていたエアバイクに飛び乗って、ビルの谷間に飛び上がった。指の先が内部から爆ぜるような感覚に、スロットルを戻しそうになった。霞む視界。
 ディアッカ。聞こえるか?
 路上にエアバイクが落とす影はなく、舌打ちした。青空が見えないとは言え、今は真昼間。悪魔であるディアッカが呼びかけに答えるはずがない。加えてこの天使達の攻撃。
 ちょっと・・・イザーク、いいか?
「何だっ!?」
 震える喉を無理やり押さえつけて怒鳴る。
 裏・・・貸してくれ。
「は?」
 説明いている暇ないんで悪いな。実はもう借りてる。
「な・・・なんでもいい、無事なんだな?」
 まあな。ちったあ楽にしてやるから。
 ディアッカが伝えたとおり、身体にかかる重圧のようなものが消えた。手足の痺れも消えて、ずっとはっきりと今の街の情況が見える。
「奴を追うぞっ!」

結構クライマックスのはずなんですが・・・なんか、こう臨場感というか、うまく表現できていません。なぜだあーーっ!