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Princes on Ice 6

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「どう見ても小さいな」

 アスランは腕を伸ばして両手を合わせてみる。今、着ているのはシンの予備のコスチュームなのだが、手も足も10センチ程長さが足りなかった。その様子をシンも見ていたのだが分かってはいても面白くない。

「お前ら本当に兄弟か? 体型似てないなあ」
「これからでかくなるんです!」

 ハイネのからかいに反射的に答える。

「俺の予備を着てみるか?」
「あんな派手なのごめんです」
「じゃあ兄貴・・・服どうするんだよ。4年前のなんてもうないし、ジーンズってのはなしだぜ」

 スケートの選手が集まって急遽出場することになったアスランのスケートのコスチュームについて思案していた。靴については練習に付き合うつもりでいたから持って来ていたのだが、服はどうしようもない。

「スタイル良すぎるのも問題だよな」
「イザークは何か持ち合わせがないの?」

 そうは言っても彼はコーチであり、何より4年前ならいざ知らず今現在、アスランより背が高い。

「仕方ない。実家から取り寄せよう」

 シンは呟いたイザークを見た。実家とは海の向こうの大陸にあるわけで、そこから何を取り寄せるって、フィギュアシングルのコスチュームだ。
 今から取り寄せて間に合うのか?
 そこでシンは気が付いた。
 12ヶ国語を話せるコーチの実家はかなりの資産家で事業を営んでいる。ついでの事業が世界規模だったりして、シンは1度乗せてもらったことのある自家用のジェット旅客機を思い出した。

「・・・・・・自家用ジェットかよ」
「ええぇぇぇ!」

 聞きつけたペアの選手のアーサーがびっくりして声を上げた。



 公式練習2回目。
 アスランのメディアでの受け答えも慣れたもので、少し冗談を言えるようになっていた。1度舞台を経験しているからか、そしてさらにメダルを狙っていないせいか一番リラックスしているようだった。リンクの上でのびのびとしている。だが反対にシンは違った。

 兄がリンクに帰ってきた。
 自分と同じ氷の上に立ち、同じ勝負の土俵にいる。そう考えただけで心臓が鳴り、兄から視線が離せなかった。滑る姿、空中で回転する姿、自分が憧れた目標が目の前で滑っている。

「何を考えているんだ」

 イザークがシンを呼び寄せる。
 スピードが売りの彼が滑りに切れがない。得意の4回転がここに来て必ず4分の1回転が足りず、ぶれた足での着地。

「お前はお前の滑りをしろっ!」
「分かってますってっ」

 同じように滑ることができないことくらい知っているし、何が自分の持ち味なのか理解しているつもりだ。美しいスケーティングではなく、速さと高さのスケートだと分かっている。
 分かっているけど、頭から離れないんだ。
 同じ氷の上を滑っているのに、こんなに違う。
 もう明日にはSPがあるってのに!

 渋い顔をしたイザークとアスランに見守れながら、シンは氷の上で練習メニューをこなした。




 会場に流れるのはいつものスケートリンクで流れていた曲で、国の選考会を兼ねたあの大会でシンとイザークがアスランを嵌めたときに流した曲だった。

「まさか本当にこの曲で滑るなんて」
「準備する余裕なんてないから当然だろう」

 シンは驚きの中で兄が滑っているのを見ていた。イザークが4年前に来ていたコスチュームを改造して着ている。ぶっちゃけ光物や飾りを取っ払っただけなのだが、氷の上ではいやに映えた。

『僕は彼が帰って来てくれて嬉しいねえ』
『確かに彼のスケーティングは独特ですからね、フィギュア界が活性化されますね。4回転を飛ばなくてもこれだけ魅せる滑りはそうそうないですから』

 各国の放送局が席を構えているが、シン達がいる所にその放送の一部が聞こえてきた。解説者とアナウンサーと言った所だろうか。

『まあ、それもあるだろうがね。目の保養だよ、目の』

 ピクリとシンが反応して耳をそばだてる。隣のイザークも目はアスランの滑りを追いながら、微かに銀の髪が揺れた。

『手足がすらっと長くて、得した気にならんかね』

 シンはもう少しで声に出すところだった。得した気分とはどういう意味だと、振り向いて声の主を探した。しかし、解説者のコメントは止まらない。

『プラントもやるねえ。あのシンプルなコスチュームが彼の魅力を引き立たせていると分かっているのだろう。こう、匂い立つようなモノを感じるね』

 そんな風に兄貴の事を言うな!
 シンはその口を止めたくてじろりと睨んだついでに、両手をへその前で合わせて見えないように手のひらを向けた。

「何をしているんだ、シン・・・?」
「念を送っているんです。咳しろ、咳しろ~」
「アホか」

『いやあ、様になるといえば、イザーク・ジュールを思い出すねえ、彼も―――ブ、ブェ、ックショイ!?』

 ギョッとして見れば隣を見ればイザークがギンと青い瞳で睨んでいた。

「コーチも人の事言えないじゃないですか」
「集中しろ。〆に掛かってくるぞ」

 ジャンプして着地ざま膝を抱えてスピン、体制を変え、ポジションを換えまたスピン。この間一切軸がぶれずに、アスランがSPの演技を終えた。

「感心している場合じゃないぞ、すぐにお前の番だ」
「あっ、は、はい!」

 何度も滑り慣れた曲。
 何度コーチに叱咤されただろう、地元のリンクで兄と何度一緒に滑ったことだろう。その演技を披露しにシンはリンクに飛び出した。中央で一礼してポジションを取る。一瞬会場が静まりかえり、すぐに曲が流れ始めた。




 先程の解説者の言葉を借りるなら『動きが硬く、勿体無い』
 鬼コーチの第一声は『何度言ったら分かるんだ。自分の滑りをしろっ!』

 ジャンプのコンビネーションが一つ3回転半が3回転に落ちた以外はそれほど大きなミスはなかったのに、シンの得点は伸びなかった。
 SPが終わって、スカンジナビア男子フィギュアシングルの成績は、予想通りキラがトップ。次いで連合のオークレー、プラントのアスランと続き、シンは5位に留まっていた。

 競技後、キラはプレスに囲まれてもメダルへの意欲を示して余裕ぶりをアピールし、同じくらい多くのプレスにアスランも囲まれていた。フラッシュと矢継ぎ早に投げかけられる質問にも一つ一つ丁寧に答えている。

「フリーでは4回転ジャンプを飛ぶのですか?」

 アスランは取り囲むプレスが一瞬言葉に詰まるような台詞を放っていた。
 キラは不適に笑ってアスランに手を振り、同じくジャンプを得意とするオークレーはフンと肩を竦める。シンは少し離れた所でそれを聞き、迎えに来ていたルナとメイリンと一緒に足早に会場を後にした。



 選手村の自分の部屋で、イザークから渡された今日の演技を録画したものを見る。頭を冷やせということらしいが、シンの頭を素通りするそれは、同じ滑りをただ何度も繰り返している。頭の中で繰り返されるのは兄の答え。

「くるくる飛んで回るだけがスケートじゃない」

 俺からジャンプを取ったら何が残るんだよ。
 シンは自分の滑りをイメージして目を閉じたが、上手く最後まで滑りきることができない。

 全部上手く行っていたはずなのに。
 オリンピック行きを決めて、兄貴も復活して、後は思いっきり滑るだけなのに。
 調子が悪いわけじゃない。ジャンプだって問題ない。それでも、自分の滑りができたかと問われると、素直に「イエス」とは言えなかった。

「俺、どうしちゃったんだろ」

 ごろんとベッドに横になったのと同時に、部屋のドアが開く。顔を覗かせたのは、今のところシンよりも上位にいるアスランだった。

「シン・・・寝てるのか? 寝るならちゃんとベッドの中で寝ろよ。ったく、あー、もうーこのまま寝て」

 ずかずか入ってきて、テレビを切って足元から掛け布団と毛布を引っ張った。振動で動いたシンを見て手を止める。

「なんだ起きてるのか」
「別に、寝てない」
「なら、ちゃんと返事をしろ」

 溜息を付くアスランは、とても電撃復活を果たしたメダル射程圏にいる渦中の人には見えない。あんなに猛練習した自分をあっさり抜いて行ってしまった兄。

 当たり前だよな。兄貴なんだし、前の大会じゃあトップ争いをしてたんだから。
 俺が目指していたんだ、簡単に追いつけるわけないし。

 ごろりと寝返りを打ってアスランに背を向ける。

「お前らしくないぞ」

 分かっているけれど、改めて思い知ったと言うか。
 兄弟でもこんなに違う。
 俺は兄貴みたいにスタイルよくないし、あんな風に滑れない。

 シンは、恐ろしい想像にぞっとした。
 アスランがまた滑ることになってただ単純に喜んだけれど、本当にそうだったのかと。

「兄貴に何が分かるんだよ」

 弟として、スケートが好きな人間として確かに嬉しい。でも、同じスケーターとして本当にそれで良かったのか、と。俺はとんでもない事をしてしまったのではないか。
 ただ銀盤に立っているだけで観客を惹きつける。
 滑り出したら、その動きに釘付けだ。

 俺にそれができるのか?

 そして、あの言葉が蘇る。

 ―――くるくる飛んで回るだけ。





「このばか野郎!」
「イッ・・・てぇ」

 いきなり頭にエルボーを食らった。当然、相手は兄。

「お前、俺に言った事を忘れたのか?」

 ベッドが沈んでシンが横になる傍に腰をかけたのだと知れる。

「自分が信じるスケートをする。お前が言ったんだぞ」

 思い出すより早く、すぐ耳の傍で聞こえた声にシンはガバッと上半身を起こして振り返る。そこには同じように横になったアスランがシンを見上げていた。




やあ、なんと言うかお約束の展開なので!

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