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エンジェルスレイヤー 12

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匿名ユーザー

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『まじですか!?』
「うるさい。大体なんで貴様、起きていられる!?」
『あれのおかげってやつ・・・?』
 衝撃がビルの谷間を駆け抜けるたびに、ガラスの破片が降り注ぐ。上体を屈めて、エンジン全開の風圧を軽減する。網の目に張り巡らされた大動脈が完全に機能を停止していた。煙を上げるエアカーで埋まったエアウェイを飛び越して、高層を目指す。赤い空を飛び交う天使達が我が物顔で翼を広げている。
「まあいい。今は何が起こっているのか確かめるのが先決だっ」
 空が赤いなど。レセプション会場の夜空にあった外輪は赤くはなかったはずだ。影響を受けるのも悪魔に限定されていた。それがどうだ、都市の機能は麻痺し、一般市民にまで影響が出ている。辛うじて動いている人々も少しいるが、猥雑なまでの都会の熱気が全く無い。
「天使どもが。今度はなんだ」
 アスランめ。
 貴様が姿を見せる時は決まって、大事件が起こる時だ。
 1ブロック先のビルの上で天使の攻撃を受ける姿を見つけて、右に大きく回りこんだ。相手にしている天使の数は3。
「あの天使・・・!?」
 雨の夜にレセプション会場内で攻防を繰り広げた三天使。間違いない。あの天使にしてはガサツで品の無い3体の凶暴天使が剣を振りかざして、黒いコート姿の男に迫る。対するアスランは片手に黒い槍のようなものでそれを受け止めていた。
 あれが奴の武器・・・騎馬槍。どいつもこいつも時代がかりやがって。
 突き出された剣をランスで受け、間髪いれずに後から迫る剣戟を横に飛んで交わせば、黒いコートの切れ端が宙に舞う。そこへ上空から急降下する影。
 イザークは躊躇なく銃を構えて引き金を引いた。その間、手放しドライブ。
 空気を切り裂く弾丸。
 赤い空の光を反射して、はじかれた剣が弧を描いた。勢い余って一直線に突き進むエアバイクのブレーキを急いで引けば、目を見開くアスランの顔をそぐそこで見ることができた。
「ぼさっとするなっ、貴様!」
 激突を避けて、黒コートごと引っ掴んでビルの屋上をスライディングする。アスランの手の槍が足元を穿ってコンクリートの剣山を作る。瞬きする間もなく背後で激突音がして、後を確認すれば、屋上が陥没してできた穴から三体目の天使が飛び立った。
「なぜこんな所にいる! この街はもうすぐ空間閉鎖されるぞ。早く逃げるんだ」
「貴様こそ、何をしている」
 立ち上がるアスランは宙に浮く天使の向こうの、赤い外輪を見上げた。
「6月都市のようにはさせない」
 この街の隣に位置する緑豊かな美しい街。いや、だった。
 6月都市は13年前に忽然と滅び――――――滅び!?
「どういう意味だっ!」
「来るぞっ」
 気が付けば、アスランはもう一方の手に赤い槍をもって、予備動作無しに赤い空に投げつけた。外輪を突き抜けて上空に消え、紅い稲妻が雨のように天から降り注ぐ。爆発音と共に上空の外輪もろとも天使の軍勢を寸断する。落ちる天使達のエンジェルコアを潜り抜けて、三天使が三方向から迫る。エンジンが咆哮を上げ、その場を離れようとイザークが半分ターンをきり。
 がくんと両手をつくアスランが目に入った。
 黒いコートの襟元から覗く、黒い刺青のような模様が頬にかけて伸びている。
 苦悶で顔を歪め、両の手で自身を抱えて肩で息をする姿は、間違いなく動けない事を現していて。反射的にターンする。その間数秒。空気の震える様をその青い目で捕らえる事ができた。
 くそっ。
 ひび割れたコンクリートに突き刺さる青い光線。
 巻き上がる瓦礫が四方八方に散り、音は耳が麻痺してしまったのか、ただの振動だけを頭に伝えた。飛び込んできたのはトリコロールカラーのエアバイク。
「ストライクッ!!」
 両手でハンドルを掴む姿は着地の衝撃に耐えていたようで、前方を見据えているようにも見えた。


 上空から一直線に降下する天使を見つけて、キラはストライクを向ける。軸線上の最後に天使と攻防を繰り広げる人間を見つけて、アクセル全開にした。最高速に乗ったところで飛来物が目に入る。避けようもなく突っ込んで来る。
「痛てっ!」
 いきなりおでこに激突した塊に手をやれば、金属のこてこてしたペットロボ。キュイキュイとばたつく金属の鳥を引っ掴む。今はただ、一秒でも早く駆けつけたい。見覚えのあるそれをベストの内側に仕舞えば、もうビルの屋上が見えた。
 黒い姿と白い姿が何者なのか瞬時にひらめく。この情況で考えられる人物などそういない。
 アスランとイザーク。
 頬を風が切り、雨霰と突き刺さる雷撃の隙間を疾走するストライクの前方で、黒い姿が膝をつく。庇うようにイザークがエアバイクを盾にするように見え、三天使が迫る。
 二人ともやられるっ!
 突如スピードを上げるストライク。キラとストライクの背後に渦巻き、広がる大気はまるで一葉の翼のよう。直ぐ脇をエンジェルコアが上っていくのも気にとめず、キラはビルの屋上、一点だけを狙う。助けるとかそんなことは一切考えていなくて、自然と体が動いていた。引き金を引いた記憶さえ定かではなく、赤い大気にアグニの青い閃光が伸びる。
 間髪いれずにストライクを割り込ませた。
 かなりのスピードで突っ込んだおかげで全身に激突の衝撃が跳ね返る。それでも、一時たりとも気は抜けない。三天使を凝視し、黙って痛みに耐える。
 背後でスレイヤーが自分のあだ名を呼ぶ声が聞こえた。
「これで貸し借りはなしだよ」
「貸しだと?」
 思った通り、彼はさっぱりそんな気はなかったらしい。まあ、自分でもそんなつもりじゃなかったから。でも、無意識に助けたなんて口が裂けても言えない。
「この間のローエングリン」
 納得したようで覗き込む視線を周囲に向けた。
「それはこの窮地を脱したらの話だろ」
 キラは取り囲んだ天使達の位置を確認する。彼の言う通りだった。非常に面白くない情況で、金髪の天使が顎を上げて唇の端を吊り上げる。
「なんだよお前」
「邪魔する気か、テメェ」
 きっと、第8軍の本部にもこの光景が映されていることだろう。マリューさんやムウさんが駆けつけてくれると、捕らえると言う選択肢ができるのに。キラは衝動のままに戦闘に割り込んだいいが、事態を収束する術を全く用意していなかったことを後悔した。
「彼らは僕達がずっと追っていたんだ。横取りしないで欲しいな。取り調べたい事もいっぱいあるんだ」
「はっ? ばかじゃねーの。どうせこの街は再生されるんだから関係ないじゃん」
「そうそう、思考しない真っ当な人間としてさあ。テロも堕落もなくなって一石二鳥ってね」
 あざ笑うという行為が天使にこれほど似つかわしくないとは。それ以前に放たれた言葉の方が問題だった。本部で聞いたヒト再生レベルの意味するところだと直感する。考えない、感情を持たない生物として人間を再生させる。
 そんなことが。違う、そんなことをどうして。
 キラは動揺を表に出さずに睨みつける。
「何が真っ当だ」
 アスランがゆらりと立ち上がる。再び空気が渦を巻いて、赤い槍が出現した。きれいだった顔には黒い焔の模様の筋がいくつも走り、今ではもうあの時マリューさんが言おうとしていたことが感覚的に分かる。
 彼はヤバイ。
「おい、アスラン。それ以上、悪魔の力を使うな。乗っ取られるぞ」
 スレイヤー仲間の彼が言うのだから本当なのだ。
「分かっているのか? 悪魔と近しい者であればある程、融合が進む」
 淡々と彼は言うけれど、息を呑むほどキラには衝撃的だった。だとすればあの黒い筋は浸食の徴で、アスランは契約した悪魔と融合しかけているのだ。
 槍に刻まれた稲妻模様が発光して、紅い槍からバチバチと電撃が迸る。
「だが、叩き落とすしかない」
 一歩引いて、投げ放つ。ビルを中心に雨のように降り注ぐ赤い稲妻が上空の天使の軍勢を一瞬で消し去ってもアスランの厳しい顔つきは変わらない。
「もう遅いですよ」
 突如、頭上に湧く第4の声。上空を見れば背後に天使達を従えたアズラエルの姿があった。羽根の向こうに消えゆく赤い外輪。
「もう悪い事を考えなくても済むようにね、人間は生まれ変わるんです」
「空間閉鎖準備整いました。ヒト再生プロジェクト開始します」
 ナタルがアズラエルの後に控えて報告している。キラは咄嗟に軍勢のなかにマリューとフラガ、セブンスフォースの天使達を探した。天に登って行く天使達。勝ち誇った顔で見下ろす天使に負けたくなくて睨み続ける。見知った仲間がいないことだけが救いだった。
 消えた赤い外輪の向こうにあるのは青空ではなく、日が落ちる寸前の黄昏だった。
 ほとんどのモノが動きを止めた死に行く都市。
 地平線の彼方に沈む太陽。茜色が色を失って雲が薄くかかった空は桃色とも取れる色をして、宵の明星が浮かぶ西の空から一筋の光が流れる。
 反射的に顔を上げたのはアスラン。
「ちょっと見ない間に随分とお変わりになられましたわね、アスラン」
 ふわりとビルの屋上に降り立つ姿は可憐な少女。しかし雰囲気は成熟した女性を感じさせるもので、その背には空に溶け込むように透き通った白い翼があった。膝裏まで伸びた長い髪はピンク色、なのに物悲しく感じるのはなぜだろうとキラは思う。彼女は微笑んでいるのに。



「ラクス・・・」
「はい。13年ぶりですわ。6月都市でお会いして以来ですわね」
 キラは驚くアスランと、微笑を絶やさない女性、ラクスと呼ばれた天使を見る。一歩踏み出すと、驚いた事に彼は一歩後退した。手にした赤い槍が霧散する。
「あら、私が恐ろしいですか?」
「どうしてここに・・・」
 微妙に丁寧語のアスランを怪訝に見ながら、チラリとスレイヤーのイザークを見た。探る視線から彼も事態を静観するつもりのようだ。本当は時間がないのに、何をどうしたらいいのか分からずに目の前の出来事を追う。
「あなたに会いに、と言ったら?」
 その一歩は小さなものなのに、顔をしかめるアスランがまた一歩下がる。その度に、薄いガラスがはじけるような、それでいてリーンと鈴がなるような微かな音が耳に届く。一歩の攻防を数回続けて、天使はキラとイザークのいるところまで来た。夜風のベールがあたりを被いだす。
「お父様にもお会いしたいですわ」
 ビルの端に追い詰められたアスランになおも近づくたおやかな天使。手を差し出して一層にこりと笑ったが早いか、アスランがぐらりと揺れる。
 足を広げて支える、その体の輪郭がぶれる。映りの悪い鏡のように。
 えっ。
 キラはアスランとその背後に見え隠れするもう一つの姿を見た。
 振られた頭と一緒に揺れる紺色の髪と、違う動きをする背後の闇。背丈を越えて広がる空間の歪みは目を凝らせば左右にあって、手を伸ばしている天使の背と重なってキラの視界に入った。
 それは羽根? でも色が。
 碧の瞳を閉じて、アスランが何かを断ち切るように腕を振り下ろした。空気中を波紋が走って、二重写しの像は消えていたが、はっとしてキラは隣の天使を振り向いた。が、既に姿はそこになく。
 今、くすって笑った?
 天使の背中の羽根がざわめいて一気に距離を詰められ、アスランが焦りともあきらめともつかぬ色を浮かべて後方に飛んだ。暗くて本当はどんな顔をしてたのかは分からなかったけれど、飛んだそこはもう既にビルの谷間。
 キラとイザークが慌てて駆け寄けて、二対の視線が上を向いて釘付けになる光景。ラクスと呼ばれた天使が舞い上がり追いすがる。捕まえたように見えた瞬間、アスランと天使の姿が消えた。文字通り暮れ落ちた空に掻き消えたのだ。
 それだけではない。朱色の筋を残す地平線から立ち上る蜃気楼が、ゼリー状の薄い膜のように漆黒の東へと覆っていく。
「ぐわっ」
 頭上まで来て、体が引き伸ばされる感覚を覚えた。キラはたまらずに肩を吊り上げて、ストライクにしがみ付く。シフトする感覚を人はめまいと言うが、キラは知らなかった。


 途切れた意識が回復した時、目に入ったものは灰色の巨大な壁で空気がやけに埃っぽい。強い風が息をするたびに喉の奥を引くつかせるが、それよりもまず夜空に浮かぶ星の多さに驚いた。
 思わず眺め回す。知識として知っている星座を探し、記憶のままに瞬く様々な明るさの星を繋ぎ合わせていく。そしてはたと気が付いた。
 これは全部天使の・・・。
『キラ君』
 聞き覚えのある声、イントネーション。これはセブンスフォース所属の天使、マリューが自分を呼ぶ声。夜空を見上げていた顔を戻して、マリューを探した。目に映るのは銀髪のスレイヤーで。彼がエアバイクに跨っていてるのを見て、直前まで一緒にビルの屋上にいたことを思い出した。
「マリューさん。ここは・・・」
『街の外よ。私の力では、あなた達をここまで飛ばすのが精一杯だったの』
 さっきは気が付かなかったが、自分がいる所は地面で、コンクリートやアスファルトではない所に立っている。見たことはないがこれが砂だとか岩とか言うものだろうか。真っ暗なので確認はできないが、イザーク以外にも人の気配がする。
「飛ばすって」
『街が空間閉鎖されるの。閉じ込められてしまうといくら天使でも出てくることはできない。だから、閉じ込められる前にセブンスフォースで生きていいる人たちを街の外に運んでいたのよ。もう限界だけど』
 測ったようにフラガが降り立つ。背にはやはり羽。
「キラか。そうか無事だったんだな、よかった」
「・・・ムウさん。一体何が起こったのですか」
 視線を逸らすフラガは背後の巨大な壁を見つめ、黙って足元に視線を落とす。
「それは俺も聞きたい」
 イザークが沈黙を破って催促する。ため息を付いたのはフラガで、のろのろと口を開く。
 あの後、第8軍は都市ごと空間を閉鎖して、中に住まう人々の再生を行うのだという。再生とは言うものの、事実上、それは人の思考を奪う処置。もう二度と余計なことを考えないように、悪事を思いつかないようにと。
 しかし、思考能力を無くした人間が社会生活を営めるはずもなく。よって再生処置後の都市では天使による再教育が行われる。それは教育とは名ばかりのただの詰め込みだった。あるべき姿に向かって、毎日決められたことだけを実行する人間の形をした生物。
 故に、都市は滅ぶ。
「6月都市の再来か。何様のつもりだ、天使ども。神にでもなったつもりか?」
「それについては弁解するつもりはない」
 沈黙と砂埃を含んだ風の渦巻く音だけが3人の間を通り過ぎる。
 本当に、その通りだとしたら。セブンスフォースのして来たことは、街で天使がしてきた事は? 天使を守るために、人間の生活を守るために自分自身が都市でしてきたことは。キラは考えるのを放棄する寸前で現実に呼び戻された。
「イザークっ!?」


 駆け寄る少年の姿には見覚えがある。イザークのチーム仲間、ニコル・アマルフィー。リュックを背負った姿はまるでどこかに出かけるようで。イザークを見て一息ついた後、キラとフラガを見た。
「俺達の力不足だ」
 吐き捨てるようにフラガが言う。ばさりと広げられた翼が力なく彼を空中へと浮かび上がらせる。
『すまない。俺にしてやれる事がない』
「ムウさん!」
 苦渋に満ちた顔はおよそフラガらしくなかったが、動揺しているのはキラだけなのか残る二人は更に険しい顔で飛び去る天使を見上げている。
「彼に助けてもらったんですよ」
 ニコルが言うには、オロールの店で異変を感じて外に出たら、急に頭がぼんやりして、気が付いたらここにいた。隣にはあの天使がいたが直ぐに消えてしまって、どうしようかと思っていたところだったらしい。辺りはすっかり暮れていて、風音を頼りに声がする方に来て見れば、偶然にもここで出会うことができた。
「ムウさんが・・・」
 飛び去った西の方角もすっかり夜の色に染まっていて、頭上を埋め尽くす星が降って来るように迫る。
 街にはもう戻れないのだろうか?
 足を向けたところで、視界の端に入る明かり。
「まずは暖を取りましょう。まだ夜は寒いです」
 ニコルが火をおこして早速お湯を沸かしている。イザークって人も座り込んで、二人はここで野宿をする事に決めたようだった。
「あなたも座ってください」
 人懐っこい笑顔で言われても、キラはどうする事もできない。自分はセブンスフォースで、彼らはエンジェルスレイヤー。ついさっきまで敵対していたのだ。何事もなかったように一緒に火を囲めるわけがない。
「僕は・・・」
「今、動き回るのは得策じゃないですね。どちらにしても、街には戻れませんよ」
 ああ、やっぱり。閉鎖空間とか言っていた。
 どっと疲れが押し寄せてきて、立っているのが急につらくなる。
「さっさと座れ、ストライク」
 スレイヤー達に恐れられた、セブンスフォースのエース。落としたスレイヤーは数え知れず。戦利品のフルチューンされたエアバイク・ストライクを駆り、街では彼らにそう呼ばれていた。
「キラ。キラ・ヤマト。僕の名前です」
 キラはうまく笑えただろうかと、涙をこらえて膝を折る。
「イザーク・ジュールだ」
「僕はニコル・アマルフィーと言います。あっ、知ってますよね」
 差し出されたアルミのカップを両手で抱えて、夜空を見上げた。瞳に映る無数の星。
 この世では、もうずっと昔から天使と悪魔が戦いを繰り広げている。
 だけど、何のために?
 僕がこの街を守ると、あの時、宣言したのに。
 どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 苦しい。息苦しさにベストを緩めた途端、顎や頬を掠めて何かが飛び立った。トリィと鳴くそのペットロボットを彼の傍で見かけたのはいつの事だったっけ。
 アスラン―――君はこの結末を予想していたの?


 閉ざされた都市の上空で、アスランは六枚の羽根を広げる天使と対峙する。6枚の羽根は最上天に住まう熾天使の証。万華鏡のように頭上に煌く天蓋は、しかし、人の思考を奪う天宮の兵器。降り注ぐオーロラ光を受けてなお、闇色の翼が異空間のごとく彼の背後にあった。
「いつまで争いを繰り返すのでしょう」
 ラクスの瞳の澄んだ空色はこの都市にとっては遠すぎた。穏やかに言葉を紡ぐが、人が聞けは憤慨するに違いない。
「父は申しておりました。あるべき姿に回帰すべきと」
「ふざけるな」
 震える漆黒の空間。アスランが搾り出した言葉はきっと目の前の天使には届かない。落とされた視線の下には無残にも熱を失った都市が佇んで、まるで墓所のようにひっそりと静まり返っている。自動制御されたライトが点き、辛うじて被害のなかったビルが見る者のいない摩天楼を演出する。点滅する非常灯。
「そしてあなたも。始まるのです。終末の時を呼ぶジェネシスが」
 アスランは目一杯見開いてそのセリフを放った天使を見た。見開かれた碧の瞳が揺れる。
 いつかそんな時が来るだろうとは思っていた。
 唯一、エンジェルコアを運ぶ第7機動隊の協力者。茶色の髪に紫色の瞳が印象的な彼。
「彼が・・・そうなのか」
「それはあなたが一番ご存知ではないのですか?」
 風もないのにさざめく長い髪を揺らして近づくラクスが手を取る。そっと手袋を外して両手で包み込む。
「私では癒せませんか?」
 アスランの手は顔と同じように手の甲や指にまで黒い模様が広がっていた。この冷え切った手を見ないで欲しいと思う。それなのにこの天使を振り払えないのは、彼女の力なのだろうか。やりきれなさで自然と目を閉じてしまう。
 そんなことをしても無駄なのに。
「まだこの街を救う気でいますの?」
「できることなら」
 アスランは最上級天使の前で少し笑った。
「させませんわ」
 閉鎖空間内の都市で大気が震撼する。


 街の外で初めて一夜を明かした。
 ストライクにもたれて、エンジンに残った熱を頼りに眠りについた。熟睡はできなかったけれど、疲れの少しは取れたかもしれない。目覚めた時には、どこかへ飛び立ったはずの鳥型のペットロボが肩でうずくまっていた。
 すきっ腹にコーヒーはつらかったけれど、貴重な水分だと言うことが分かるからキラはありがたく頂いた。
「じゃ、出発しましょうか」
「どこへだ」
 片づけを手伝うイザークが問う。荷物をリュックに詰め終わったニコルが歩き出した。
「近くに僕のいた集落があります。まずはそこへ向かいましょう」
 フンッと鼻で軽く返事を返して、イザークがニコルにエアバイクの後に乗れと言っている。銀色の髪が朝日に反射して眩しい。
「貴様もだ。早く来い、キラッ!」
 地平線から顔を出す太陽が、荒野を照らす。驚くほど何もない大地。キラは最後に背後の蜃気楼のように揺らぐ街を振り返った。
 これから僕はどこへ行くのだろう。
 スロットにかけた手に力をこめ、前を向いて紫の瞳に浮かび上がる朝日を映した。眩しさに少し目を細めて瞳を閉じ、エンジンキーを回した。肩から機械の鳥が羽ばたく。
 目を開けた世界の、明けの空を走る朝日の矢。
「今、行くよ」
 真実を探しに。

今回はつらかった。特にアスランとラクスが。この二人会話が噛みあわない。アスランが敬語になるからかなあ・・・。一応、前半のクライマックスのはずなのに、妙に淡々と進んでしまう! こう、もっと疾風怒濤、驚きの急展開の感じになる予定だったのに、あくまで予定だなあ。と言うわけで次回からギャグ月間、もとい、荒野編です(笑)

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