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信じているモノ



 正直、シンはレイと再会するまで、レジスタンスの彼らのことをすっかり忘れていた。
 コーディネーターの地位向上のために戦っている。
 監獄にいるシンにとっては身に染み込む話だ。それでいて、遠い世界の話でもあるように感じられた。
「どうかしたのか?」
 またローテーションが別れてしまったアレックスに問い掛けられる。これから就寝に入る彼に面倒をかけたくなくて、片言でなんでもないと告げると、シンは足早に作業現場に出て行く。自分でもうまく誤魔化せたか緊張してしまって、入ってくる仲間とぶつかってしまっていた。
 囚人服の袖口に何かが挟まっているのに気づいたのは、その少し後。布を破ったような歯切れにチャコールで何やら走り書きされている。
「一体、いつの間にこんなもの」
 あっ、ぶつかった時。
 シンは納得して、文章に目を通した。

 お前の力がいる。今日の夜番が明けたら最下層の充填口で待つ。R。

 思わず握りつぶして、周囲を伺う。シンは軽くため息を付いて、その歯切れを囚人服の内側に忍ばせた。


 ローテーションが交代した後、シンは監視の目を盗んで抜け出した。暗がりであることと、小柄な体躯が幸いして、スピードに乗れば監視達の目にとまることはない。むしろ、コーディネーターの仲間連中に『なぜここにいる?』と目をつけられることの方が怖かった。それこそアレックスにでも見つかれば、一巻の終りである。
 敵は内に有り。少し的外れなことわざを思い浮かべて、採掘セクションの充填フロアを目指した。そこは採掘されたメタンハイドレートを袋詰するところで、恐ろしく低温だった。氷点下もいいところで、吸い込んだ空気で肺が凍るよう。こんな所、確かに普通の人間が長居できる場所ではない。
 シンが『レイ』と呼ぶ声も真っ白な息で覆われた。


「お前なら、来てくれると思っていた」
「レイ。俺の力がいるって、一体何が・・・」
 レイがシンを即して人目につかないところに連れて行く。
「俺たちが脱出を計画していることは話したな。その計画が間もなく実行される。時間がない、俺はギルを助けたい。危険人物としてマークされてしまって、インテリ層を収監しているフロアにいるんだ」
 いつになく切羽詰った様子にシンは不意に出た名前に聞き返す。
「ギルって?」
「会ったことあるだろ。レジスタンスのアジトで。脱出計画が始まれば、真っ先に処分される」
 あっ、ギルって、あのギルバートって人のことか。歯を食いしばる程悔しいのか、レイが俯いて肩を震わせている。レイ達レジスタンスのリーダーだった男が、別のセクションに捕まっている。
「でもどうやって助けるんだ?」
「準備はできている」
 そう言って、足を進めるレイに、シンは待ったをかけることができない。作戦を一緒にこなしたことは少なかったが、冷静なレイの焦りが伝わって来るから、今更行けないとは言えないではないか。
 レイの作戦は単純で、燃料袋に隠れて、上部フロアに忍び込み、ギルバートが収監されている所を目指すと言うものだった。牢のロックは工具のバーナーで焼き切るとサラッと口にする。
 よくそんなもの、準備できたよなあ。
 レイについて辿り着いた場所に同志らしきコーディネーターが数人集まっているのを見る。無言で指し示される燃料袋。小柄なレイやシンくらいしか中に潜めそうではないではないか。
 うまく乗せられた気がして、シンは不安をできるだけ意識しないように滑り込んだ。


 背負われて穴倉の階段を上るのも初めてなら、エレベータで上がるのも初めて。緊張で手のひらに汗をかき、全神経を集中して外部の様子に耳を澄ます。そんなシンの気概は徒労に終わるほど、あっけなく目的のフロアに差し掛かる。
 打ち合わせどおりに燃料袋からはい出て、シャフトを支える鉄骨で一瞬闇になる瞬間にエレベータから離れる。そこからは機械化兵の後を縫い、警備兵の巡回ルートを避け、壁にへばり付きながら、ギルバートが収監されている場所を探す。都合がいい程、警備兵達が巡回ルートを外してくれたおかげで誰にも見つからずに辿り着けた。
「ここのはずだ」
 レイがバーナーを取り出して、覗き窓から中を見渡す。中でかすかに人が動く気配がし、確かに聞き覚えのある声が聞こえた。
「レイか?」
「ギル! ご無事で。今、助けます」
 ゴウッとバーナーの炎がドアを焼ききる。しかし、熱を感知するセンサーがそれを察知しないはずはなかった。辿り着くまでは沈黙していた監視カメラやセンサーが実はちゃんと作動していたと知らしめられる。
 警報が鳴り響いたのだ。
 3人は来た道を走る。角の向こうには警備兵の軍クツの音。立ち止まっていては、出てきた所に逆戻りである。シンが強行突破を考えた時、今までシンとレイに先導されるままだったギルバートが前に出た。
「ここは私に任せてくれたまえ」
 悠然と警備兵の前に姿を現す彼は、年齢のせいもあってか囚人服でもどこか威厳があるようだった。対面した兵達は発砲もせず、かといって銃口を下げるわけでもなくギルバートと対面していた。
「ごくろう」
「ハッ!」
 敬礼する警備兵にシンは目を丸くする。
「だが、脱走犯はこちらではないぞ。何をしている、早く向かいたまえ」
「あ、は、はい。了解であります!」
 あっけに取られたシンは今度は最後尾を走ることになった。少し送れて、これと同じ光景を最近見た事を思い出した。
 もしかして、俺って・・・実は充てにされてない? と素朴な疑問を浮かべるシン。
 その後、ギルバートがなんとかやり過ごしてフロアーの外に出れば、エレベータシャフトまで後少しと言うところで、3人を銃弾が襲った。
「行って!」
 シンは迷わずレイとギルバートの背中を押した。少し戸惑う仕草を見せたレイを連れてギルバートが走り出す。シンは二人を庇うように囮を買って出た。反対方向に走ってターゲットを呼び寄せる。


 やばいことに機械化兵まで出てきていた。奴らの火力は半端じゃない上、一方的だ。
 逡巡しているうちにエレベータが来てしまうし、奴らは発砲してくる。柱を抉ってシンに銃弾が迫る。いつまでも隠れているわけにも行かず、柱の影から飛び出したシンは、見を屈めてジグザグに走る。
 やられて溜まるか!
 シンの走った後に火花が飛び、機械化兵の銃弾に警備兵のマシンガンまで加わった。
 横の動きだけでなく、上にも銃弾を避けてシンは踊るように弾丸を避ける。最後は手を付いてバク転しながら、操作盤の影に隠れてエレベータを待つ二人のもとに滑り込む。
「その動き。すごいな、シン君」
 息を整えるシンにギルバートが零す。
「君はもしかしたら、翔べるのかも知れないね。優れたコーディネーターは物体を自在に操れると言う。ならば、自分自身も然りだろう?」
 エレベータが迫る。銃弾が操作盤のガラスを打ち破り、鉄製のコンソールテーブルに当たって甲高い音を立てる。
 タイミングを見計らって、エレベータまで走る。
 たった10メートルの橋げたがとてつもなく遠く感じた。最後尾のシンの足元で銃弾が撥ねる。ギルバートとレイが飛び移り、手を伸ばしたレイにシンが手を伸ばそうとした時、機械化兵の迫撃弾が橋げたとエレベータの連結部分を吹き飛ばした。
「シン!」
 レイが叫ぶ。
 橋げたを掴むシンは中ぶらりになり、このままでは的もいいとこ。エレベータは無常にも降下していき、身体を支える手に銃撃の振動が伝わってくる。警報はまだ鳴り止まず、銃撃はますます激しくなる一方。

 君はもしかしたら、翔べるのかも知れない

 不思議と飛べる気がした。
 何かに促されるように、シンは宙に身を躍らせる。両手で空間を掴むように、羽根のごとくエレベータの天井一点を目指して飛んだ。


 自由落下しているにしては、ずっと滑らかに着地するシン。
 驚嘆に浸る時間はなく、エレベータは直も下降する。
 セクションを一つ横切ったところで、またも銃弾が待ち構えていた。3人はエレベータから飛び降りて、見知らぬセクションを突き進む。こんなに警備兵や機械化兵がいたのかと感心するほど、わらわらと沸いて出る追手。問答無用に発砲してくる敵にはギルバートの話術も通じず、ひたすら逃げる。通路を右に左に階段を上に下に。
 薬品臭、異臭が強くになるにつれ、警備が厳しくなる。明らかに逃げる方向を間違えているとシンですら気づいた。監視カメラに奪った銃で発砲し、ドアをぶち破る3人が次に飛び込んだ部屋で、シンは驚きのあまり銃を取り落としそうになった。
 巨大な水槽。
 その中に到底飲めそうもない液体が張られ、人が横たわっている。更にその向こうには、目を逸らしたくなる程おぞましいものがあった。
 それが、人のパーツだと認識した途端、隣にいたレイが周囲に向けて発砲した。
 床に液体がぶちまけられ、ガラスの破片が散らばる。機材のLEDを反射してなんとも異様の光景が残された。
「レイ。同胞達の無残な姿に気持ちは分かるが、急ごう。我々はこんな所で捕まるわけにはいかんのだ」
 今度はシンの番だった。
 ギルバートは今なんと言った。確か、同胞と言わなかったか。
「同胞って・・・」
「シン君も、こんな所、長居する場所ではない」
 怖くて、聞き返すこともできない。研究セクションに送られた仲間達のなれの果てか、なんて。
 だけど、一体、何の為に。
 純粋な怒りと疑問がせめぎあってシンは混乱する。まるで思考を読んだかのようにギルバートが答えを寄越した。
「コーディネータに対抗する人間を造り出すため、とでも言えばいいのかね。このように尊厳を傷つけるような事、到底許されるべきではない。だから・・・我らは立つのだ」


 世界から隠されるように在る、海上の監獄。周囲を海に囲まれ、コロニーの破片で複雑な海流が、船でたどり着くことを不可能にしていた。従って、プラントへは行きも帰りも空を行くしかない。それは、囚人であっても、着任に沈む看守であっても同じ。
 今、大空を南下するの航空戦艦が目指しているのもプラントであった。
「未確認飛行体をレーダーがキャッチ」
「どこにでも沸いて出るわね、彼らは・・・」
 赤い光点が徐々に近づいている。艦長が哨戒厳を指示し、隣には眉一つ動かさず、解読された暗号通信に目を通して、頭上のハードボードに目をやる男。
「やっぱり、アスランはプラントにいたよ」
 監視官キラがじっとブリッジから雲間に覗く大海を見つめた。
「それともう一つ、気になる連絡があるんだ」
「何?」
 話し相手はやはり、この船・アークエンジェルの女艦長、マリュー・ラミアス。一呼吸置いて、沸き立つ雲を見つめたまま、キラが言う。
「きな臭いって」


 やや息を乱して、シン達はまた一つセクションを抜けた。相変わらず警備兵や機械化兵の数は増えるばかりだったが、搬出セクションを目前に散発する音。獲物はマシンガン。
「なっ!」
 シンは運搬用のかご車から身を乗り出して、何が起こったのか確かめようとした。フェンスは倒され、機械化兵が煙を上げている。よく見れば警備兵も数名倒れていた。プラント全体を覆っている騒音に混じって、聞きなれない重低音が響き出す。
「・・・ようやくか」
 シンの耳にはギルバートの呟きなど届かず、迫る搬出セクションに起こっている事態が何であるかようやく検討がついた。
 驚きの連続で、感覚が多少麻痺しているのかも知れないし、前にレイに聞かされていたからかも知れない。とにかく、シンは目の前で繰り広げられる光景を冷静に判断することができた。
 コーディネータの反乱が起こっているのだ。

あるシーンが差し替えになりました。段々一話が長くな~る。長くな~る。またまた、ちょろっと朝修正。