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Men of Destiny 25

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血の滲む腕



 それでも、このプラント全体を覆う揺れは砲撃が原因ではなかった。風穴が開いたことでバランスが崩れたのは確かだろうが、何かが違うとシンは思う。
「急げ!」
 ハイネが叫び、警備兵を蹴散らして進む。アレックスはと言うと、ひたすら攻撃を避けていた。それはそれで驚愕モノの動きだが、シンはなぜか腹が立った。
 この人は、力があるのに。
 俺たちは指示されたポイントまで仲間を守っていかなきゃならないのに。
「アンタは何をやってんです! 仕留めなきゃまた」
「足を止めるな、シン! 的になるぞ」
 ハイネに怒鳴られてしまった。そう、おしゃべりする余裕もない程、俺たちはピンチなのだ。いよいよ足元がやばくなり、プラント内部のあちこちに亀裂が走り出す。あの懐かしかった搬出セクションも穴倉も大きく縦に裂けていく。目の前の通路が盛大な音を立てて亀裂に陥没していく。
「飛べっ!」
 先を走っていたハイネがシンとアレックスに手を差し出して叫んだ。シンはアレックスを振り返らずに迷わず飛んだ。
 下はもう戻れなくなりそうな深淵。そこに何か光るものを見た気がした。
「早く!」
 差し伸べた手が遠い。ジャンプする彼を受け止める二つの手。
「新米が余計な心配するな。シンもお前の自称保護者もまとめて面倒見てやるぜ」
 支えきれずに派手に通路を滑ったシンとアレックスに、ハイネが視線は前方を向いたまま笑いかける。こんな些細なことでも、シンはアレックスがぶすっと笑ったのを見逃さなかった。


「どこまで登ればいいんだよ!」
 エレベータで一瞬だった行きとは違い、今は足で一段一段階段を上る。大勢のコーディネータの仲間が皆、階段を駆け上がる。全員がシンのようなタイプじゃないからそのスピードには差があって、ハイネをリーダーとするチームは彼らを守って上部セクションを目指すのが当面の目的だった。
 たまに襲ってくる自動警備ロボットなどは容易く片付けることができるが、アレックスがチームメンバーかどうかは今だ不明のまま。
 この階段がいつまで続くかも分からず、焦りが見え始めた頃、ようやく行き着いた。
「早く!早く!」
 シンとアレックスが彼らの背中を押して、ハッチの向こうで待っていたチームに引き渡す。
 懸命に誘導を続けるシン達と脱出を待つコーディネータの集団にレーザー光線が伸びた。
 アレックスより早くシンは誰かに押し倒されていた。そこにいた全員が押しつぶされるように臥していたから、シンは起き上がることもできずに、自分を庇う男を見た。
「アンタ・・・!?なんで」
 食堂で絡まれた人相の悪い男。確か殴りかかられた。
「詫びのかわりだ。これで恨みっこなしにしようや」
「何言ってんですか。早くハッチの向こうへ!」
 警備兵が下から上がって来ていて、ハッチのパトライトが回り始めた。衝撃を感知して自動的に閉まり始めたのだ。シンとアレックスが慌てて残された彼らを押し込む。最後の一人を押し込んで、シンとアレックスは警備兵を相手にするハイネを探した。マシンガンをぶっ放しながら、上がってくる。
「上へ行け。まだハッチがあるはずだ」


 二つ階をあがったところで、崩れた壁に塞がれて三人は別のルートを探した。プラントに開いた風穴は更に増えていて、縦に走る亀裂も増え段差ができている。何より。
「侵入されたのか!」
 コーディネーターだろうが警備兵だろうがお構いなく打ちまくる集団がいた。つまり飛行船に着陸されたと言うこと。となれば当然。
「アークエンジェルまで」
 巻き上がる海風と飛沫でどれほど近くにいるのか分かる。いまやプラント内部はコーディネータ反乱組織、それを阻止しようとする警備兵達に加えて、コーディネーター殲滅にやって来た反コーディネーター組織とそれを追いかけてきた平和維持機構所属アークエンジェルの4つ巴の戦いが始まっていたのだ。
 単純に言って敵の数が3倍である。
 階段は諦めてまた中央ドームに戻れば、上にも下にも通路にはうじゃうじゃといた。彼らがその陣営所属かと言うところまでは分からないが、指し当たって目の前の集団は敵だった。なにせ、問答無用で挑んできたのだから。
 ところが、その中にシンはステラを見つけた。
 いの一番にナイフを振りかざす少女をシンは避けつつ抱き留める。左腕に痛みが走ったが気にせず彼女の動きを止める。
「ステラ!俺だ、シンだ。分からないのかっ!」
「放せ。おまえ達は敵だっ」
 突然の脱落者にハイネが慌てて目前の敵と応戦する。よく見れば、ハイネの応戦相手は、街で会った、護送船を襲った彼ら。相手もそれに気づいたようだ。
「お前ら、あん時の!」
「ネオっ! どうする、アイツはやばい」
 彼らの後ろにいる仮面を被った男が、突然跳躍してステラを抱えるシンに迫る。それを許すハイネではなく、仮面の相手をする。至近距離からマシンガンを打ち合えるわけでもなく、銃身で打ち、払い、突く、原始的な戦い。
 しかし、シンには直も残りの二人が襲い掛かる。3対1。暴れるステラを黙らせる方法を思いつけず、ただ羽交い絞めにするシンに余っている手などない。
 銃を手にシンに迫る二人の前に立ちはだかるアレックスを見て、シンは胸を撫で下ろす。アレックスは特に何もしないが、ファントムペインの少年二人はそれ以上前に踏み出せず膠着状態になる。
「おまえ達はステラをなんとかしろ! ここは一旦引くっ」
 いち早く情況を判断した仮面が指示をする。
「そんなこと言ったって!」
「ごちゃごちゃとうるせーっ」
 ハイネの一撃が仮面に入る。よろめく相手に止めを刺そうとして、ハイネの銃が叩き落された。
 シンは目を見張る。
 たった今まで自分達とファントムペインしかいなかった場所に誰かが舞い降りてきた。青と白の制服は嫌と言うほど目に焼き付いていて、それこそ、彼の手に在るライトセーバーから目が離せない。
「いや・・・みんな死ぬ・・・死ぬ・・・死ぬのはいや・・・」
 ステラが錯乱して気を失う。
「おまえ達、引くぞ!」
 薄情にも彼らはステラを置いて撤退してしまった。それだけ、目の前の人物に脅威を感じている。そしてそれはシン達も同じだった。
「アレックス! これ持ってろ。俺の知り合いが来てくれる」
「ハイネっ!」
「頼んだぜ」
 ハイネがアレックスに向かって何か投げる。シンはステラを抱えたまま、3人の動きを目で追った。あの監視官はそれを黙って見ていた。少し細めた冷たい視線。
「早く行けっ、間に合わなくなるぞっ!」
「シン、彼女を抱えられるか?」
アレックスがシンに駆けより、ステラを一緒に抱きかかえる。気絶した身体はふにゃふにゃした未知の生き物のようで、あまりの軽さに二人とも顔を見合わせ複雑な顔をする。
「俺もすぐ行く!」
腰の後から引き抜いた銃を構えて、引金を引く。弾丸は全て避けられて、あっという間に懐に入られていた。『ぐふっ』とくぐもった声が聞こえて、ハンドガンがカツーンと通路に落ちた。
「振り向くなシン! ハイネの決意を無駄にする気か!?」
「行かせないよ」
 シンは唇を噛み締める。圧倒的な力に為す術もない自分。全身の感覚が慄いて、何か巨大な力の接近を肌で感じる。足を止めて振り向いた時には、すぐ後までライトセーバーが伸びていた。
 咄嗟にステラを後に庇って、本当はアレックスも庇いたかった。でも彼はシンの前に出ようとしていて間に合わなかった。


「ハイネ―――ッ!?」
 アレックスの叫び声がまるで悲鳴のようだった。
 いや、それはシンの叫びに他ならない。
 シンの前でライトセーバーに貫かれたまま膝を折る身体。オレンジの髪が力なく額に落ちる。ライトセーバーの先が胸から突き出ていて、口の端から糸を引いていた。伸ばした手は血に染まり、無造作にシンの頭に置いて髪をくしゃくしゃにする。
「・・・シン・・・生きろよ・・・」
「まだ動けたんだ」
 何でもない事のようにハイネの身体からライトセーバーを引き抜くと、剣先をシンにぴたりと合わせた。
「・・・キラッ!」
「絶対行かせないから、アスラン。君だけは絶対に宇宙に行かせない」
 うるさいよ、アンタも。こいつは敵なんだよ。
 目じりに熱いものがこみ上げて来て、フルフルと頭を振った。
 圧し掛かるプレッシャーに、ハイネの死を嘆く暇も与えないのか、と。
 シンは頭の中で何かが弾けて、ステラを抱えていることすら忘れて、彼に殴りかかっていた。ライトセーバーを持つコーディネーターに素手で立ち向かうなど、どれだけ愚かか百も承知なのに、シンには相手の軌道が見えていた。
 身体をひねって、一撃目、返す二撃目を避けた。
 足に力を込めて回し蹴りを放ち、外れたと見るや、裏拳で畳み掛けた。


 二人の目にも止まらぬ動きに狭い通路がギシギシと揺れる。ずり落ちそうになるステラのことなど眼中にないシンは、彼女を追ってアレックスが通路から手を伸ばしたことなど気づきもしない。それこそ、急がないと間に合わないなんてこと、すっかり忘れていた。


 バシィとそんな擬音が聞こえてきそうな、構図。
 シンの拳は監視官のライトセーバーの柄に防がれていた。
「君が邪魔をすると言うのなら、僕は」
 二本目のライトセーバーがブォンと音を立てて出現する。シンは両手をだらりと下げて相手の出方を待った。一瞬、相手の気がそれた。
「それを使え、シン!」
 通路の下の、搬出セクションのまだ下、冷たい暗闇から浮かび上がる光。
 足元から出現したそれは随分と冷たいライトセーバー。ステラやアレックスが視界にいないことにようやく気づく。腕一本でアレックスがステラを抱えて、通路にぶら下がっていた。
 しかし、このライトセーバーはどこから? まさか、あの地の底から?
 出現する光の刃の色はレッド。まるで血のような色。
 向き合う相手がスウッと目を細める。 
 もう殆ど分裂したプラントのドーム上の天井から何本か光の筋が指している。轟音は相変わらず続き、競りあがっている一角と沈みゆく一角に、シン達がいる通路もいつまで持ちこたえられるか分からない。
 間合いがじりじりと狭まり、タイミングが重なる瞬間。
 切り結ばれたライトセーバーが紫色の光を当たりに撒き散らす。
 バチバチと火花に照らされる。シンの深紅の瞳と相手の紫の瞳が絡み合って身体を放す。とても立っていられる状態ではなくなったのだ。
 競りあがると言うより、加速をつけ、冷たく白い蒸気を吹き上げて上昇する一角をシンは見た。海水が蒸発し、あたり一面を霧が覆う。音と言う音が掻き消えた。
 間に合わなかったんだ。
 霞む視界の中で見えた、飛び立つプラントの一角は縦られた円盤の形をしていた。


 崩れるプラント内部からどうやって外に出たのかは、よく覚えていない。アレックスがステラを抱え、シンは手を引かれていたような気がする。それを言うなら、アレックスとアイツが言い争っていた気もする。でも、全部夢だったのかも知れない。
 目がさめたら、相変わらずアレックスにたたき起こされて、プラントのまずいスープが待っていて。いや、それも夢だったら。
 潮の香りに目を覚ましたのが、何時だったかなんて、分かるはずもなかった。
 今もなお海面に白く染める空気の渦と波間を漂う残骸の上に、シン達、アレックスとステラはいた。シンの少しいかれた耳は、アレックスの呼ぶ声を丸一日経って伝えたのだ。


 指で軽く叩くだけで、首のリングは外れた。床に叩きつける者、ライトセーバーで焼き切る者、様々な反応だ。制御するプラントそのものがなくなってしまって、彼らを縛っている戒めも意味のない物となっていた。
「今回はあの裏切り者に礼を言うべきかな」
「アスラン・ザラ。本人でしょうか?」
 ギルバートとレイが瞬きしない星の海を見る。メインコントロールを奪取したコーディネーター達がそこをブリッジとして、宇宙へと上がっていた。太陽の容赦ない光と青い惑星とが暗黒の虚空に浮かんでいる。4年前の大戦の残骸と共に。
「人の目は誤魔化せても、機械の目は誤魔化せんよ。しかし、よく今までバレずにこれたものだ」
「もう一つ、報告が。ハイネとシンは間に合わなかったようです」
 何かを考えるようにして、ギルバートが席を立つ。
「死んではいまいさ」
 ブリッジから離れる彼に従うレイ。狭いコロニーの脱出船の通路をぶつかりもせず進めるのは、無重力空間にすぐに適応するコーディネーターだからこそ。
「ハイネが頼るとしたら彼女だろう。タリアに連絡を入れておいてくれ」

本当はここでキラvsアスを入れる予定でしたが・・・この話の監修である相方から「まだ早い」とお達しを受けたので変更になりました。ハイネは逆にもっと生き残る予定でしたが、ここまでになりました。うーん、難しいですね。

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