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ただの幻



 海面に浮くプラントの破片の一つにシン達はいた。リビングを二つ広げたくらいの大きさのそこも、端から覗き込めば飛沫がかかる。ブロックの内部に相当空気を含んでいるからか沈む様子はなかった。
 シンが意識を取り戻した時、上空を飛ぶ救難ヘリや救助艇は去ってしまった後だった。アレックス(いまや本名ではない)が腰を落ち着けて、小さくなる艦艇を見つめていた。その膝を枕にして眠る物体にシンは目を疑う。
「ステラッ!?」


 残骸と共に大海を漂流するプラントの外壁の上の住人は3人。シンとアレックスと、ステラ。太陽は天頂に差し掛かったところで、シンはアレックスの前にできた影で眠るステラに詰め寄ることができずに、その異様な光景をただ凝視する。
「なんでコンナコトになってんですか。ステラが何で・・・」
「寝すぎて忘れてしまったのか? 一緒に崩壊するプラントから逃げただろう」
 背に太陽を受けるアレックスも、ステラも良く見れば傷だらけだった。そういうシンも身体の節々が痛い気がする。丸一日寝っぱなしだったことに加え、その前の怒涛の出来事が浮かんでくる。
 手の中のライトセーバーに気づいて、持ち手を変えた。硬く握りすぎていたせいか、手のひらに赤く痕まで作っている。
 反乱が起こったこと、ハイネが死んだこと、あの監視官フリーダムと剣を交えたこと。
 そうだ、プラント。シンは立ち上がって四方を見回した。
 あたり一面青い海。波間に浮かぶ大小さまざまな残骸が飛沫をあげ、海面には深く沈んだ残骸から漏れる空気が渦を作っている。見渡す限り陸は見えず、空に浮かぶ白い雲と青い海との間にたった3人。
 いくらなんでもこの情況はないだろう。
 あんなにいたプラントのコーディネーターや警備兵達はどうなったのか?
 絶望に沈みそうな意識がアレックスの首にかけられた小型ラジオのようなものを目に止める。
「信号は送ったから・・・運がよければ見つけてもらえるかも知れない」
「その前にのたれ死んだらどうするんです」
「見つけてもらえるほうに賭けるしかないな」
 もう少し切羽詰ったらどうかと、シンは思う。その安心感はどこからくるのか不思議で、胸のわだかまりがシンを刺激する。
「それは、相手を信じているからですか?」
 シンが視線を飛ばせば、軽くため息をつく。
「誰のことを言っているのか知らないが、お前は誤解しているよ」
 身じろぎするステラが、ごそごそと頭を浮かした。身体を起こしてアレックスを見上げるステラにシンは今度は胸が痛い。間には3歩の距離もない、それなのに彼ら二人の穏やかな顔が遠い。
「・・・アレックス・・・まだ?」
「まだ。休んでいていいよ」
 以外に打ち溶け合っているではないか。シンに気づきもしないステラに、眠り込んでいた間に何かあったのだろうかと、シンは怪訝な表情に拍車をかける。
「仲いいですね」
「なんだお前、嫉妬しているのか?」
「違いますよ!」
揶揄するアレックスにシンは間髪入れずに叫ぶ。喉が引くつって、自分が思ったより大きな声にはならなかった。
「そう言えば、彼女はシンの初恋の人だったか。まあ、君が休んでいる間、色々大変だったんだよ」
「いろいろ・・・あったの・・・・・・よかった」
 起き上がったかと思うと、アレックスに身体を預けて海を見つめるようにステラが眠りに落ちてしまう。彼女を優しく見守るアレックスに同じ視線を向けられてシンは言葉に詰まった。
 全く、自分が分からない。
 アレックスと肩を寄せ合うステラを見たくない自分がいる。


「他の人たちはどうなったんですか」
「救助されたり、海に沈んだり、嵐に流されたり、色々だよ」
 寝ていたシンが言えた義理ではないが、本当かと突っ込みたくなるセリフ。今は小さなうねりだけの海で嵐、崩壊による犠牲者は救助されたものを除けば全て海の底。
 あれ?
「俺達、どうして救助されなかったんですか」
 太陽は後から来ているのに、彼の瞳がいつもよりライトグリーンに見えた。
「別の収容所に送られると分かっていて、助けてくれと叫ぶのか?」
「でも、ステラは」
 シンはその先を続けられなかった。彼女はコーディネーターではない、かといって官警の人間でも軍の人間でもない。しかし、彼女が武器を携えてここに来たのは・・・彼女が反コーディネータ組織の一員だからだ。
「身分を明らかにできない女の子が無事でいられるほど、まだ世の中は安定していないよ」
「ファントム・ペイン・・・」
 コーディネーターを巡る二つの陣営、レジスタンスと反コーディネーター組織。シンは、自分がレジスタンスのメンバーになったことを思い出した。
 コーディネーターの未来の為に、戦うと言った。
 本来、二人は相容れない。眠るステラは歳相応の少女の顔をして、手を伸ばせば届く距離なのに、その髪に触れることもできない。もし彼女が目を覚ましたら、また、あの敵を見る眼を向けられるのだろうか。


 自分と目の前の二人の前に見えない線があるような気がして、シンは戸惑った。
 コーディネーターとナチュラルを隔てる境界線。それなのにアレックスは線の向こう側にいる。ステラのこともアレックスのことも、何が真実なのかシンには分からなかった。
「アンタ、本当は、何者なんです」
「知りたいのか?」
 知りたいけれど、知りたくない。
 初めてあったあの時から、彼は自分を騙していたのか。それを認めたくない。
「アスラン・ザラ。愚かな男だ。シンは彼の何を知っている?」
 知っているも、名前だけしか知らないと答えた。
 アレックスが遠い水平線を見やる。日の光を反射する海面に眩しく目を細めた。まるで何かを思い出すような表情。
「彼は――――――」


 コーディネーターにも平和な世の中がくると信じて戦い、友と殺し合い、友を失った。戦争が終わった時、彼の周りには何も残らなかった。家族も親友も婚約者でさえ・・・彼の周りには誰もいなかった。
 そんな思いをした戦争がもたらした戦後世界ですら相変わらず争い事は絶えない。伝説の英雄だなんて呼ばれた時は穴があったら入りたかったくらいだった、と。
 淡々と語る彼の声は落ち着いていて、本でも読むように続ける。
「俺がやったことは戦うことだけ。それにしたって、プラント崩壊の引き金になった。コロニーは地球に落ちて、彼はその時一緒に死んだ。だから、今ここに居るのは、アレックスだよ、シン」
 辺境の街でひっそりと暮らしていた青年。
 シンと街の少年達とのケンカに止めに入って以来、絶えず前にいる男がそんなすごい経歴の持ち主なら、叶わなくて当然なのだが、とてもそうは見えない。
 戦争で全てを失った、手を伸ばせば届く距離に居る、シンと同じ、コーディネーター。
「俺にとってはアレックスですよ。アスラン・ザラだって今更言われても・・・」


「アスランの名前、ステラ・・・好き」
 シンもアレックスも、呟いたステラを見た。向き合う二人とは対照的にずっと海を見ている彼女。水平線に連なるうねりが白く輝いて、その隙間から覗く海の色は深い深い青い色。それは彼の髪の色と一緒で。
「なんでアンタ、アスラン・ザラなんだよ」
 一晩は一緒に過ごしたとは言え、対してつながりのあった訳でもない彼女の言葉に動揺する。
 どんなに、否定しようが真実は真実で、シンが求める力を持つ存在。
 あっさり認められたら、シンだってこんなに苦労しない。ステラが羨ましくもあった。
 一人だけ取り残された気がして面白くない気持ちも、二人のどちらを視線で追っているのかも、なんだかはっきりしない。プラントでシンは彼女を助けなかったし、二人だけの昨晩に何があったのかいまだシンは知らない。
「心配するな、嵐の時、波にさらわれまいと懸命に君を抱えていたよ、彼女は」
 アレックスがシンに手を差し出す。意味が分からずじっとその手を見ていると、手を捕まれた。彼の顔に浮かぶのは見覚えのある笑顔。
「代わってくれ」
 ぐいっと引っ張られて、外壁と衝突する寸前で自由になる手をついてなんとかこらえる。立ち上がろうとする彼をみて、ようやくシンにも分かった。
「俺はちょっと寝るから、後、頼んだぞ」
 ステラを起こさないように、そっと二人が入れ替わる。
 そのたくらみは結局は失敗してしまったけれど。
「・・・シン?」
「あの人も休みたいだろ? ステラと俺はその間、頑張って見張りだよ」


 どれくらい漂っていただろうか。二人してうつらうつらしていた時も少なくなかったはずで、二人で慌てて周囲を見回したこともしばしばあった。眠りつづけるアレックスが起きる気配はなくて、ただ時が過ぎていく。
 ずっと海を見ていたステラが、髪を揺らす。
「あっ!」
 水平線に浮かぶ影が徐々に大きくなり、シンは立ち上がった。傍らに座るステラに差し出した手を躊躇なく取るステラも立ち上がる。
「ア・・・アスランさん、助けがっ!」
 起こすまでもなく立ち上がっていた彼の微妙な表情をシンは見る。驚きと落胆と少しだけ安堵の入り混じった無言の時間は、上空から降って沸いた声に破られた。
「うわぁ、本当に居た! 艦長~」
 窓から人懐こそうな男が身を乗り出していた。風圧でブロックが揺れ、潮風を巻き上げる。船体はえらくボロイが、誤魔化せないエンジン音はかなりの出力を予想できる。大きさだけなら護衛艦に匹敵する大きさの艦艇がシン達の上で止まった。ややグレーがかった船体に赤と黒のインパクト。
「シン、どうして」
「俺にとってはアンタはアレックスだけど、自分の名前を捨てるなんてこと俺、いやだから」


 ギコと音を立てて開いたハッチから、するするとロープが降りて来た。


汗汗。今週も怒涛のように忙しいんだよな、これが。毎日更新のはずが毎週更新がやっとだなんて、一回が長すぎなんだよ!>私 やっぱりこの回で認めちゃうことになりそう。