※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

王女と王子と種石





「シン・・・まさか本当に・・・?」
「あっ、いや、だから!」

 シンは両手を振るが、違うと否定はできない。残念ながらうまく言い訳したり、誤魔化すことができるような歳ではなかった。本人の狼狽振りから誰もが、そうなのだと・・・シンがプラント皇帝の息子なのだと言うことを証明していた。

「ターミナルがどこにあったのかも知らない子供が、シン・アスカ・プラント・・・」

 シンは動転していて、アレックスの扱いがガキから子供にレベルアップしていることに気がつかない。ただの少年と王子のギャップを比較して、シンにフィットした方は何処にでもいる少年の方だったのだ。シンが衛兵に対して騒いだ時も皇帝の息子だとは微塵も思わなかった3人。

「王子様って世間知らずなのねえ」
「それだけ大切にされてきたってことさ」

 バルトフェルト侯が締めくくると、キラがアレックスに向き直る。

「君、大丈夫?」
「何が・・・」
「だって、色々失礼な事言ったじゃない? ガキとか、トロいとか」

「あーー」

 と頷いたのはミーアだった。やや遅れてアレックスが数々の不敬を思い出したようだ。いくら、自由人の空賊とて、帝国の王子相手に『このガキ』はまずいだろう。

「そっ、そうだな」

 明後日の方を向くアレックス。ミーアはミーアで指折り失礼な言動を数えている。
 シンは慌てふためくアレックスが見たかったのだろうかと、空賊の二人を見て思う。オーバーなリアクションを期待していたわけではない。けれど、少しも劇的でない展開に自分の名の重さをいぶかしむ。

「そういう将軍だっていいのか? 憎き仇国の王子だぞ、チャンスじゃないか」
「怖い事、しれっと言わないでよ。今、どうこうするつもりはないし、殿下だって分かっている。もう帰るでしょ、侯にばれてしまったのだから」

 ね?
 確認するキラにシンは自然と口をついて出ていた。

「俺、ステラをアプリリウスまで送っていくから! アウルやスティング達の所に早く帰りたいよな?」
「シン?」

 1人ステラだけが相変わらず話しについていけず、突然話しかけられてびっくりしている。シンは深く追求されても困るし、事実、問い詰められても困る。兄達や父は帝国の中枢で政治を動かしているがシン自身は何の権限もない子供なのだ。

 難しいことは分からないし、知りもしない。
 アレックスとキラの言うアプリル復興にしたって、それが帝国にとって好ましくないこと。程度の認識なのだ。自分が王子である。そのことにほとんど意味がないような気がして、シンはこれ以上この話題を続けたくなかった。

「セイバートリィにだって乗りたいよな!」
「送るのは、俺なんだか。シン、殿下」

 強引に飛空挺を持ち出せば、アレックスが一呼吸入れて言う。
 聞き慣れないフレーズに自然と眉を寄せていた。

「何だよ。急に止めてくれよ気持ち悪い。・・・シンでいい」
「しかし、ですね」

 この場にはバルトフェルト侯もいる。滅多な事は言えないのは分かるが、ひどく嫌だったのだ。彼から『殿下』と呼ばれる、その他人行儀さが。

「今更だろ。俺だって、その、丁寧な言葉とか疲れるし・・・」

 そうなのだ、王子として扱われるということは、シン自らもそのように振舞わなければならないのだ。生まれた時から上に立つ者のオーラを放っていたのではないか疑わしい兄達とは違って、シンはそれを堅苦しいと思っていた。

 できれば皆からも、自分も、今まで通りがいい。
 帝国の王子としては失格かもしれない・・・どうするべきなのか咄嗟に判断できずにいると。

「そうだな! お前がそう言ってくれて助かったよ。今更、プラントの王子として接するなんて無理だし、ああ、気が楽になった」
「そんなあからさまに安心しなくてもいいじゃない」

 シンは肩の力を抜いて、胸を撫で下ろしているアレックスとミーアを見る。同じように二人を見ていたキラと目が合って思わず苦笑してしまった。そして、急に表情を引き締める元将軍を見て、本当は彼がバルトフェルト侯に会いたがっていたのを思い出す。

「では、本題に入ろうか」

 気づいていたのはシンだけではなかったようだ。向き直ったバルトフェルト侯は鋭い眼光をキラに向けていた。この一言で部屋の空気が1・2度下がる。

「バルトフェルト侯にお伺いしたことがあるのですが」

 キラも負けてはいない。
 伺いたいこと・・・滅びた王国で最後まで抵抗を試みた将軍が問いかけることなど一つしかない。囁かれている噂の真相。

「アプリル復興レジスタンスに協力しているという話は、本当ですか?」

 この場にシンがいるにもかかわらずキラは口を開いた。





 狐か狸かと問われればおそらく狸だ。
 明確な答えを出さず、しかし確かに助力をほのめかした壮年の男。どこか一番上の兄に通じるものを感じつつ、シンは空中都市に横付けしている帝国軍の艦隊を見る。

 プラント帝国軍第8艦隊。
 司令官はフェイスマスター・ディアッカ。

 侯爵の館で明かした一夜の内に出現した艦隊を指して、バルトフェルト侯はシンに『すまないね』と笑う。侯爵はシンの存在を帝国に通報し、朝からこの騒ぎとなったのだ。シン1人を連れ戻すために一個艦隊が空中都市にやって来た。

「それだけでもないがね」

 王子1人の護衛。最もな理由だが、帝国にもレジスタンスにも繋がっている侯はキラに向かって告げる。

「ある重要人物を護送しているという話だ。何でも・・・レジスタンスの首謀者らしいが、なぜ帝都からアプリリウスに送り返すのだろうねえ」

 レジスタンスの首謀者と聞かされて真っ先に思い浮かぶのはピンク色の髪の女。

「その人物を助け出せと?」
「おや。彼女の居場所を聞き出すのが君の目的じゃなかったのかな? ヤマト将軍」

 侯爵とキラのやり取りをシンはアレックスやミーアと一緒に見ていた。

「そうおっしゃるからには、手助けして頂けるのですね」
「まさか。私はヤマト将軍を名乗るレジスタンスを捕らえたと帝国に引き渡すだけさ」

 キラが目を瞠り、アレックスが笑った。
 ミーアが天井を見上げてため息をついてシンを見るから、首を傾げた。

「飛空戦艦に送ってやるから、後は自分でなんとかしろって事よ」

 ミーアの分かりやすい説明に、バルトフェルト侯が笑う。
 窓から見える第8艦隊、飛空戦艦の中でレジスタンスの首謀者を探して脱出する。そんな危険な事を侯はキラにあっさり振った。

「そんなの1人じゃ無理に決まってるじゃん」

 飛空戦艦は帝国の軍艦なのだ。中には山のように帝国軍が詰まっている。牢獄だって簡単に突破できるとは思えない。帰りはどうするのだ、脱出は。帝国軍の飛空挺を奪って逃げるのか?

「あれ、僕1人で行くわけじゃないけど?」
「は?」
「その子を助けるのに僕は協力したのにね、さすが、帝国の王子様は恩知らずで薄情だ」

 今度はアレックスとミーアが笑う。

「おい、連れて行くつもりなのか? 世間知らずのお子様じゃ足手まといだろう」
「アンタだって一緒に行くんですからね! 逃げる時、飛空挺を誰が動かすんですか!」

 アレックスがピタリと笑うのを止めて何か言おうとした時、ステラがシンの服を引っ張っていた。結局、最後まで笑っていたのは侯爵だけだった。こうして、バルトフェルト侯の手引きで、いや突き出されて、帝国軍の飛空戦艦に行くことになった。





 揃って営倉のあるフロアに連行された彼らは、3つの部屋に分けられて放り込まれる。ミーアとステラ、シンとアレックス、そしてキラ。

「お前、本当に王子なのか?」

 詮索されずにさっさと営倉に入れられたシンをアレックスが申し訳なさそうに見る。帝国の王子なのに、何の疑いもなく一緒に投獄されてしまったシン。言葉に詰まるシンを横目にアレックスは早速扉に近寄って、ゴソゴソと手を動かし始めた。

「ミーア、そっちはどうだ?」
「・・・あと少し」

 向かいの部屋に入れられたアレックスとミーアが牢破りを試みていた。シンはその様子を黙って見ているしかなかったが、空賊が割りとあっさりドアを開けてしまうのを見て帝国の技術力に不安を持った。

「うわ、開いた」
「驚いてないで、そっち瞠ってろ」

 キラの部屋のドアが開いた時にはミーアもステラも通路に出てきていた。通報もされず、警報も鳴らずますますシンは不安になる。

 こんなに簡単でいいのだろうか?
 見張りの警備兵も気が付く気配がない。アレックスが苦笑してミーアと顔を見合わせる。これでは空賊に捕まったほうが余程厳重だと言うことなのだろう。

「弛んでるなあ、帝国軍も」
「この調子で、救出作戦もお願いしたいよ」

 唯1人の見張り兵を倒して剣を奪ったキラが零す。
 それはそれで大丈夫か、帝国!? とシンは思うのだが、それはこの際胸に留めて置くことにする。ステラの手を握って一行は重要人物が捕らえられているという最下層の営倉を目指した。

 飛空戦艦の中はさすが最新鋭の帝国軍なだけあって、近代装備が満載されていた。それがゆえに人員が少な目なのが幸いしている。出会う帝国兵は少なく、各個撃破できない数ではなかった。

 だが、それも最初のフロアーだけだった。

「あの、キリがないんですけど!」
「泣き言を言うな」
「本当にこのルートでいいんですかっ!?」

 飛空挺なんざどれも造りは同じだと言って、アレックスがルート選択していた。地上と違ってここは空中で巨大な飛空戦艦の中である。同じ飛空挺乗りの空賊の勘を充てにしていたのだが、先程から同じ壁ばかり。

「警報が鳴らないだけましだと思えっ!」
「うわっ、もうやけくそだよ、彼」

 空中とは思えない揺れのなさ、窓が一つもない巨大な建造物の中では地上も空中も何も変わらない。キラとシンが奪った剣を振り回し、アレックスが帝国兵から奪った銃で狙撃する。ミーアとステラが索敵し治療に当たる。

 しかし、これでは肝心の最下層にたどり着くまでに力尽きてしまいそうだ。
 少しずつ近づいて来てはいるのだろうが、さすがに中心部に近づいているだけあって警備も厳重になってきている。パトロールの帝国兵も増えてくる。

「どこかに最下層に繋がるシャフトがあるはずだ」
「どこかって、どこに!」
「だから、それを探しているんじゃないか」

 キラが溜息を付き、ミーアが腕を組んだ。

「ってことは、また迷っているのね・・・」
「さて、どうする。シン?」

 キラがステラと共に最後尾を走っていたシンに声を投げる。

「俺っ!?」
「何か知らない?」

 と聞かれても、知らないものは答えようがない。
 兄達なら答えられたかも知れない、悔しいけれどシンはまだ自分の艦隊を持たない子供だった。

「別に王子だからて、何でもかんでも知っているわけじゃないよ」
「黙ってっ!」

 急にミーアがが静止して、目を閉じる。その時にはアレックスも周囲を伺っていてステラがぎゅっとシンの腕を掴む。ガチャガチャとなる鎧の音に幾つもの足音。通路の前と後ろに帝国兵がいて囲まれていた。

 前方の帝国兵の一団を突破して通路の角を回る。背後から迫る帝国兵の攻撃がすぐ後ろの壁に炸裂する。稲妻が飛び散り、一瞬フラッシュに包まれたその攻撃。

「魔法攻撃!?」
「魔導士がいるのかっ!」

 剣や銃を獲物にせず、魔法を持って攻撃をする彼らを総称して魔導士と呼ぶ。魔法を使う彼らは、当然軍においても重宝されている。背中に感じた熱が炎の魔法だと知って、血の気が引く。

 こんなものどうやって防ぐんだよ!?
 ステラが目を瞑って必死に走っている。

 ブロックを走り抜けてようやくシャフトにたどり着いた。しかし、シャフトの中から出てきたのは鎧の音を立てる帝国兵だった。後ろからも帝国兵が迫る。

「くそっ」

 シン達は武器を手に臨戦態勢を取ったが、眼前の帝国兵は手を上げて鎧兜を取った。
 見知らぬ顔だが、キラだけがその相手を知っていた。

「ダコスタっ!? どうしてここに」
「ヤマト将軍、貴方と同じようにバルトフェルト侯に頼み込みました」

 浅黒い肌に赤毛の男が話しかける。キラと顔見知り・・・と言うより。キラと同じようにと言うことはアプリル復興レジスタンスの関係だろうか。帝国には珍しい肌の色に推測する。

「ぐずぐずしている時間はありません。早くシャフトの中にっ!」

 雪崩れ込んできた帝国兵と間一髪でシャフトが下降し始める。

「君も彼女を助けに?」
「殿下は我らの希望です」

 アレックスがシンを見るが、どうやら違う人物を指しているようだ。キラとダコスタと呼ばれた男の間では会話が成立しており、アレックスとミーアが二人を凝視している。今、彼が救い出そうとしているのはレジスタンスの首謀者とされる人物。

 それをキラは彼女と呼び、相対する彼は彼女を殿下と呼んだ。

「彼はダコスタ。僕と同じアプリルの元軍人だよ」

 キラが紹介するダコスタと言う男はシンとステラを一瞥してアレックスやミーアを見る。
 彼から見たら実にまとまりのない集団だろう。シンとステラはまだ子供だし、アレックスは正体不明、ミーアは人間と一緒にいることがまずないキャンベラだ。

「ヤマト将軍、この者達は?」
「それって難しいなあ。何て言うべきだろうね」

 キラがシン達を見回した所でシャフトのエレベータが止まる。
 いよいよ最下層に到着したのだった。
 営倉にたどり着いた彼らを待っていたのは、シンが思い浮かべた人物だった。

「また会ったな、アンタ」
「前にも言いました、アンタは止めて頂きたいですわ」

 けれど、懐かしい挨拶を続ける前にダコスタが前に進み出て膝を折る。

「殿下、ご無事で何よりです。救出に参りました、すぐにここを出ましょう」
「ダコスタ、良くここまで」

「えっ、殿下って?」

 シンがラクーナとダコスタを見比べていると、ダコスタがすっくと立ち上がって彼女を庇うように立つ。

「こちらはアプリルの、ラクス・クライン王女でありますよ」

 ラクーナが王女。
 王国の地下水脈であった女リーダーがなんとアプリルの王女。
 あれ? とシンは頭をひねる。

「おいおい、ラクス王女は自害したんじゃなかったのか」

 疑問を口にしたのはアレックスだった。そう、アプリル陥落の際に国王は殺害され、王女は自害したと伝えられている。それを発表したのは何を隠そうバルトフェルト侯だったはずだ。

「僕だって死んでいた事になっていたけれど、こうして生きている。王女が生きていても不思議はないんじゃない?」

「そういう問題じゃないだろ」
「そうか、プラントの王子とアプリルの王女が揃っちゃったのね」

 びくっとしたのはレジスタンスの女リーダー改め、アプリルの王女ラクス・クライン。
 当たり前だ、プラントの王子と聞いて平常心でいろというのは無理な話である。国を滅ぼした敵国の王子。それはダコスタも同じでにわかに最下層の営倉の通路に緊張感が走る。
 そして、長いピンクの髪をしたラクーナがダコスタの背後にいる人物に目を留める。

「貴方は、ヤマト将軍・・・?!」
「はい。彼も殿下の救出に」

 ダコスタの言を聞いてか聞かずしてか、彼女は眉を寄せてキラを睨み付けた。

「よくわたくしの前に顔を出せたものですわ」

 彼女はまだ2年前の王国陥落の真実を知らないのだ。だから、キラは彼女にとって父である国王を殺害し、国が滅びるきっかけを作った裏切り者だった。

「殿下のお気持ちはごもっともですが、今、そしてこれから彼の力は必要です」
「裏切り者の助けなど!」

「そういう言い方はないんじゃないか? 仮にも自分を助けに来た奴に向かって。君は2年前の全ての真実を知っているわけじゃないだろう?」

「たかが、空賊に何が分かるというのです」

 意外な事に、真っ先に『そんな作り話を信じられるか』と言ったアレックスがラクスに抗議した。ダコスタが恐れ多いと言わんばかりの怒りの視線を彼に向けたが、アレックスは構わず続ける。王女や元将軍を前にして空賊の彼は少しも物怖じしていないようだった。

「今はそんな事を言っている場合じゃない。ここを出るのが先決だ」
「急いだ方がいいと思うわ。足音が集まりつつあるもの」

 ともすればここで2年前の暴露大会が始まってしまいそうなのをシンも感じていた。本当は一刻の猶予もないのに、だ。ステラを鉱山で助け出し、ラクス王女を見つけ出した。もうここには用はない。 

「そうだよ。早く行こうぜ!」

 ステラを除けば、一番状況を分かっていなさそうなシンに催促されるラクス王女とダコスタ。その姿はあまり格好いいものではない。

「殿下、急ぎましょう」

 ダコスタが先導して今度は飛空戦艦の甲板を目指した。
 最下層の営倉を一歩出た途端、艦内に警報が鳴り響いた。





「どこから沸いて出るんだよ!」
「相手にするなっ! 走れっ」

 一々相手にしていたら保たないのだ。
 接敵しても逃げられるのなら逃げる。極力最小の抵抗でフロアーを上がる。勿論どうしてもルート上抜けなければならない所は戦うしかないが、キラとダコスタがラクスを守るために奮闘する。

「殿下、お下がりください!」

 シンは二人を見て忠義と言うものをはじめて知った気がした。
 そして、それが彼女に相応しいかも。ラクスは滅びたとは言え一国の王女で、今もなおアプリル復興の為に先頭に立っている。

「ダコスタ! 殿下を守れ。ここは僕が切り開く!」

 もし、帝国と王国との間で戦闘になったら帝国兵達は身を挺して自分を守るだろうか?
 フェイス達は帝国と王子とではどちらに重きを置くだろうか。答えは分かっている。だからこそプラント帝国は大きくなり、アプリル王国は滅びたのだ。

 じゃあ、目の前の光景は?
 なぜ、彼らは冷たい鎧に覆われた帝国兵と必死に戦っている?

「この先が飛空甲板です。飛空挺で脱出しましょう」
「頼むよ、アレックス。後は君次第だ」

「だと、いいがな」

 アレックスが銃を構え、ミーアがステラの手を引いて走り出した飛空甲板までの通路。出口の先に飛空挺までのタラップが見えた。左右のポートの左側は上がっていたが、右側は下ろされていた。

 一同はタラップの先の飛空挺を探す。
 そこはもう飛空挺の外で、雲と霞んだ地平線が見えた。風が巻き込んで髪を舞い上げる。

 しかし、誰もが息を呑んで急に立ち止まる。
 タラップの先にいたのは独特の鎧を纏った帝国兵だった。フェイスのマントが翻り、鎧の擦れ合う音が風に乗って響いた。

 フェイスマスター・ディアッカ。






「残念でした、ラクス王女」

「フェイス・ディアッカ」

 後ろからも帝国兵が現れる。囲まれてしまったシン達はタラップの先に飛空挺はなく、流れる雲だけを見る。前にも後ろにも下がれない。

「お約束が違いますが。確か、王女は平和の為に『黄昏の種石』をお渡し下さるとご提案なさった」

 種石。どこかで聞いた気が・・・シンはステラがびくりと震えたのを見て思い出した。
 空中都市の鉱山でステラが呟いた言葉。

「研究所で作ってるって奴か?」
「分からない」

 シンとステラが小声で会話しているのを聞きつけたのか、フェイスマスターが一歩踏み出す。

「そっちの紛い物じゃないくて、さ」

 ディアッカが続ける。

「グレン王が世界を統一した時に神から授かったと謂われる種石のことさ。覇王の末裔に伝わっているのは周知の事実だろう。王家の証として受け継がれているはずだ。その神授の種石の在り処を我らに明かすことを条件に、こうしてアプリリウスへと向かっているはずでしたね? ラクス・クライン殿下」

 一息で告げる内容は聞きなれない単語ばかり。
 グレン王は、かつてこの大陸を一つに纏め上げた最初で最後の覇王。その時に神から授かった物があったなどと、シンは初めて耳にした。
 まして、プラント帝国がそれを人工的に作ろうとしているなんて。

「貴方はアプリリウスの王宮に眠っていると言われた。女神像の宝石だと。おとなしく在り処をお伝え頂ければ、そっちのお仲間の命は見逃してやってもいい」
「種石を手に入れてどうするというのです。女神像の秘めた宝と呼ばれていますが、あれは唯の美しい宝石ですわ」

 女神像の秘めた宝?

 その言葉に反応したものが二人いた。
 シンと宝物庫で鉢合わせしたアレックス。

 ザッと近づく帝国兵。

「バカ。シン、止めろっ!」

 アレックスが止めるよりも早く、シンは懐から王宮の宝物庫から盗み出した石を取り出していた。それは赤とも黄色とも付かない光を宿していた。

「これは王子、既に手に入れてくださっていたとは」
「ちゃんと皆を助けてくれるよな?」

「ああ、勿論」

 種石がフェイスマスターの手に渡る。光にかざし、頭上に掲げて種石を眺める。
 シンもラクスも固唾を呑んでその様子を眺めるが、にやりと笑みを浮かべた顔が不意にラクスを捉える。

「これが神授の種石。確かにきれいだね、未知の力を秘めてる感じだ。でも、これが王家の証ということは、もうアンタに用はないわけだ。似た容姿の女を王女に仕立てて、友好を訴えればいいんだからな」

 ああ、やはり物事はこう運ぶのだ。
 王家の証があればいくらでも偽者を立てることができる。

「ディアッカ!」

 シンは思わず剣に手をかけたディアッカとラクスの間に割り込む。

「これが帝国の為だ。お退きください、殿下」

 シンはディアッカを見上げて首を横に振る。

 ディアッカが長々とため息を付いた。
 シンはイザークに良く付き従っている目の前のフェイスをよく知っている。あの兄とやっていける稀有な人物であることも、けれど、納得できないことだった。

「これが法の番人のする事かよ」
「より良く帝国を治める為には、状況に見て対応しなけりゃいけない事もある。分かっているだろう? これからお前も理解していかなきゃいけないことだ」
「でも・・・兄上達は誰もそんな事言わなかった!」

 なおも言い募ろうとするシンをキラが制した。

「シン、どいて」
「そうそうお前達の思い通りにいかせるか!」

 剣を構えたのはキラとダコスタ。
 そしてラクスまでがゆっくりと歩み寄る。

「わたくしはここで死ぬわけには行きません」
「王国復興なんて夢物語りだぜ?」

 ディアッカが軽く手を振ると帝国兵が皆を取り囲む。シンはラクス達を庇うように前に出るが、肩をアレックスに掴まれていた。

「前に出るな。お前は人質になる」

 囁かれた言葉に驚いて振り返るが、アレックスは笑いながらディアッカに視線を合わせる。目の前にシンを引き寄せて、ちゃっかりミーアがシンの首に狙いを定める。

「何すんだよ、アレックス!?」
「人質を取るなど、そのような卑怯な事は許しません。帝国の王子を離しなさい、空賊」

 正攻法で切り抜けようとする王女と王子とは別に、ここには空賊がいた。

「大切な王子様なんだろ? そっちの欲しいものは手に入ったんだし、ここは見逃してくれないかな」

「さすが空賊だねえ」

 ディアッカが面白そうにアレックスを見る。アレックスもシンの首を腕で絞め上げて、言葉を封じる。突然の展開に、キラとダコスタは振り上げた剣をゆっくりと降ろした。

「お宅の王子様が俺の報酬を横取りしたんだから、当然だろ? なあ、シン」

 報酬って・・・あの女神像の宝石!

「いいぜ、空賊。殿下はどうする?」

 ここに残って帝都に帰るか、ラクス達とアプリリウスに行くか。
 王国復興レジスタンスに興味はない、けれど、自分はステラを無事に送り届けると決めていた。このままアレックスやキラに頼んでも彼女は無事に帰ることができるだろう。
 けれど、元々は自分が言い出したことだった。

 王子として自分は何も知らず、キラやラクスの役に立てなかった。
 窮地を潜り抜ける術はアレックスやミーアに及ばない。
 女の子1人助けられない、そんな自分は嫌だった。

「俺はやり遂げないといけないことがあるから、まだ帰らない!」

 肩を竦めたディアッカが手を横に振る。それを合図にシンの拘束は外れ、踵を返して別の飛行甲板を目指した。フェイスマスターがさっさと行けと言わんばかりに横を向いたのだった。

「よろしいのですか?」
「仕方ないだろーが。どうやって手を出すんだよ」

 レジスタンスの首謀者である王女をみすみす取り逃がし、あまつさえ王子まで行かせてしまった。アプリリウスの執政官になんと言い訳しようか、ディアッカはやれやれと首に手をやった。







「今度はちゃんと飛空挺があるんだろうな!」

 ついさっきまでも同じように飛行甲板を目指して走っていたのだ、誰もが抱いていた不安だった。いざたどり着いてみれば何もない、では洒落にならない。

「グゥル型輸送挺を確保している」
「あんなポンコツ・・・主人公らしくない!」

 ダコスタの返答にアレックスが顔を顰めた。
 確かにたどり着いてみれば、輸送機以外の何者でもないデザインの輸送艇が一機ある。シンがいるから撃墜されたり、空中で爆発することはないだろうが、これはこれで大丈夫なのか? というほどのポンコツである。

 誰もそれは口に出さずに次々と乗り込む。最後、シンがステラを引き上げて、アレックスが機密を確認する時、彼がシンの肩を叩いた。

「さっきはすまなかったな」
「いいよ。ちょっと驚いたけどさ」

 キラが二人を出迎えて、ステラを先に行かせる。

「君、よくあんな博打、打てたね」
「何となく、さ」

 話しながらコックピッドに入れば、ミーアが発進のスタンバイをしていた。アレックスが状況を聞いて、パイロットシートに座る。シンは後ろからその様子を覗き込んだ。

「アレックス。ごめん、俺、約束していたよな」

 操縦に集中する彼から返事はない。

「それにラクスも・・・俺が盗み出していたからこんなことに」
「シンのせいではありませんわ」

 やんわりとラクスは否定したが、現実は厳しかった。

「しかし、王家の証を奪われてしまいました」

 ダコスタの言うとおり命は助かったものの、ラクスがクライン王家の王女であると証明するものがなくなってしまった。誰もが事態を重く見て黙り込む中、ラクスが少し考え込んで口を開く。

「王家の証である神授の種石は他にもあります。その在り処はクライン王家にしか伝わらない、いわばもう一つの王家の証・暁の種石」

 発進した輸送艇は本当にゆっくりと艦隊を後にする。
 まっすぐ空中としに引き返すことが、バルトフェルト侯を巻き込むことになると分かっていたが今はそこに向かう以外なかった。

「では暁の種石を手に入れられれば殿下の身の証が立つと」
「それは・・・グレン王の王墓にあるのです」

 大陸を統一し巨大な連邦国家を築き上げた伝説の王、ジョージ・グレン。
 彼の死後、子孫達に国家は分けられて今の国家の元となった。月日が経った今でも、覇王ジョージ・グレンの存在は謎に包まれていて、その墓さえ見つかっていない。

 その秘境中の秘境へ。
 帰り着いた空中都市の飛空挺ターミナルで、ラクスを先頭に進む。

「王墓へは私が案内します」

 ラクスはアレックスへ告げたが、反対に彼は足を止めた。苦笑交じりに腕を組んで、ラクスと後ろに控えるダコスタを見た。

「ちょっと待ってくれ。まだ俺は、一緒に行くと言ってないんだが」






急展開ですか、そうですか。導入部分がようやく終了です・・・当初の計画からだいぶ遅れております。