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ファンタジード 13

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残された希望







 溶かそうとしても、剣で叩き割ろうとしてもびくともしない種石を砕くことができる剣。その覇王の剣の所在を教祖から聞き出したラクス達。マルキオ教の本山を下山して、覇王の剣があるという遺跡を目指した。

 シンの抜けた穴を全員でカバーする為、ステラのラクスも自分の身は自分で守るしかなかった。図らずもラクスが言った通りになったのである。吹雪に襲われ、身動きできない時。風雪をしのぐ為に谷に残る何かの残骸の中でラクス達は休みを取った。

 勿論、凍えるほど寒く、炎の魔法で暖めても暖めても熱が奪われていく。

「一つ聞いてもいいか?」

 ステラを間に挟んでミーアと肩を寄せ合っているアレックスが顔を上げた。問いの先にいるのはミーアの横のラクスだったが、正面の冷たい壁に向かって呟く。

「覇王の剣、手に入れてどうするつもりだ?」

 種石を砕くのだ。
 そう、種石・・・けれど一体どの種石を砕くつもりなのだ?
 アレックスはそう尋ね、ラクスはそっと懐の暁の種石に手をやった。今も、ほんのりと暖かい美しい石。

「分かりません。ですが」

 力が手に入らないのなら、相手の力を削げばいい。
 常套手段である。

「手に入れるのが先決だよ」

 口を閉ざしたラクスの替わりにキラがアレックスに答えた。
 何にどう使うのかを考える前に、実物を手に入れなければ話にならない。

「なぜ、ジョージ・グレン王は種石を砕く剣を残したのでしょう」

 自らを危機に陥れることができる力を、子孫達ではなく、このような遺跡に残したのか。王墓に残されていた暁の種石といい、覇王の剣といい、実際の所は謎だらけだった。遥か昔に何があったのか今や誰も知らず、その力だけが残されている。

 種石の力の使い方を求めてこんな所までやって来たけれど、種石は願いを叶える夢の力ではなかった。

 迷っているのかもしれない。
 種石の力を求めることを、種石にこだわり続けることに。

 けれど・・・立ち止まることはできない。
 帝国から独立する為に今できる事を考えた時、最後は結局、力なのだ。何をするにも最後に必要になるもの。ジョージ・グレン王が覇業を成し遂げるのに、決して欠かすことのできなかっモノもそう。

「わたくし達が帝国に対抗できる力は、これをおいて他にはないのです。種石も覇王の剣も帝国に渡すわけにはいきません」

 口に出してしまえは、それが決意になった。
 決して諦めないと、アプリル王国を復興すると彼に誓ったのだ。その為ならどんな小さな希望すら見逃せない。

 もう、迷いはない。

 わたくしはキラやアレックスのように戦えないけれど、恐れはしない。
 ラクスは遺跡に辿り着くまで剣を振り続けた。




 遠く離れた帝都では、多くの侍従に囲まれたシンが自室でおとなしく帝都を眺めていた。だが、帝都中央でのんびりしていたのはシンだけで、後のものは1人残らず慌しく動き回っていた。

 皇帝の御座所へ繋がる回廊を足早に通り過ぎる彼ら、フェイス・マスターもそれは同じだった。

「この度の非常召集、貴方ならどう見る?」

 問いかけたのは金髪をカールさせた女性だ。だが、例外なく漆黒のマントに描かれているのはフェイスの紋章で、全身を覆うのは他に一つとない甲冑。そして隣を歩くのは、シンを帝都に送り届けたばかりのディアッカだった。

「殿下は陛下暗殺の咎で元老院を解散させたお方だ。当然、反発も大きいからな、フェイスをここで一気に掌握する腹積もりだろう」
「全く、元老院が陛下を暗殺なんて、どこをどう取ったらそうなるのかしら。場合によっては殿下に事情をお聞きしなくてはならない」

「7年前の事件の時は陛下がいらっしゃったから大事には至らなかったが・・・」

「帝国転覆など、あの方に限って有り得ないわ」

 兄が弟を殺すなど尋常ではありえない。
 表向きはアプリルと組んで帝国に害することを企んだからというのが理由だったのだ。誰が見ても、それは口実であったが皇帝さえもその言い訳を黙認した。

 ディアッカよりずっと年上の女性は当時の事を思い出したのか、顔を顰めた。

「それは今更さ。俺達は帝国を守るのが使命だからな」
「そういう貴殿はいいのかしら、イザーク殿下はアプリリウスに戻られたとか」

 いつもなら皇帝であるパトリックが居た部屋の扉が開き、二人のフェイスが部屋に入る。待っていたのは残りのフェイス2人とギルバートだった。

「遅いぞ2人とも」
「いいさ、レイ」

「ご挨拶ね、フェイス・バレル。この度の事で第4局はとても忙しいのよ」

 フェイス達はそれぞれ局を与えられて、それぞれが職務を分担していた。

「それはご苦労だったね、グラディス」
「いいえまだ片付いておりませんわ。殿下、皇帝暗殺の件でお話をお伺いしなくてはなりません。何ゆえ、元老院が暗殺したと言われるのか」

 グラディスは腰に下げた剣に手をかけ、すらりと抜き放った。
 フェイスが剣を抜く時は、その権力を行使する時。つまり、ここでフェイス・グラディスはギルバートを逮捕しようというのだ。

 1人は沈黙を貫き、今1人は頭を振りながら溜息を付く。
 しかし、それを黙って見ていなかったフェイスが居た。

「フェイス・グラディス、ギルバート殿下の仰られることが信用できないのか!」
「我らフェイスは帝国の法の番人。誰か1人の私利私欲では動きません、それは殿下もご存知のはず。ご同行いただけますか? ギルバート殿下」

 剣先が薄笑いを浮かべるギルバートに定められる。

「何を無礼な事を言っている!」
「何をするっ」

 危うく揉み合いになるところを、フェイス・バレルがグラディスを捕らえた。彼女の首を掴んで締め上げる。

「ああぁ」

 彼女より背の低い少年がギシギシと片手でグラディスを持ち上げる。いくら女性とはいえかなりの重量となる鎧を着込んでいるのだ。それを軽々と持ち上げる最年少のフェイスマスター・バレルにディアッカが目を瞠った。

「皇帝不在の今、ギルバート殿下が臨時独裁官となられ、元老院なき後、議会を管理監督する非常時大権を行使されることとなった」

 苦しそうなグラディスの息が次第に浅くなっていく。

「つまり今やギルバート殿下が帝国の法そのもの! その殿下に剣を向けたフェイス・グラディス・・・貴方こそ罪人となるのだ」

 心酔したように言葉を紡ぐフェイス・バレルがグラディスを放り投げる。甲冑がこすれあってガチャガチャと音を立てて床を転がる。もはや息も絶え絶えで、深く息を吸うこともできない彼女をギルバートが見下ろす。

「すまないな、タリア。この子はまだ手加減ができなくてね。だかこれで、誰が主か君も分かっただろう、フェイス・カガリ」

 一番遠くで一連の動きを見ていた、もう1人のフェイスへとギルバートは視線を投げた。同じ金髪でも、フェイス・グラディスのように美しくカールせず、跳ねるに任せたざんばらな髪。

 視線を受けて、カガリはついに来たなと身構える。
 グラディスが言ったようにフェイスは帝国の法の番人であり、皇帝直属の臣下である。しかし、事実上は皇帝、ギルバート、イザークと懇意にしている主が存在する。

「君は父上にあれこれ報告していたようだが・・・」

「いいえ、私が仕えるのは帝国です。そして今や帝国の頂点に立たれるのはギルバート殿下」

 伏したタリアの横まで歩み出て、臣下の礼を取る。
 ここで帝国から放り出されるわけにはいかないのだ。ここで膝を折るくらい、故国が受けた屈辱に比べれば何だというのだ。

 カガリを面白そうに見つめるギルバート。

「二度も主を変えるというのなら、君の忠義を見せてもらおうか」

 ふふっと小さく笑って視線の先を少しずらす。

「そこにいる罪人に止めを刺してやれ」

 顔を伏せたまま、カガリは唇を咬んだ。

 まず初めは滅んだ故国からプラント帝国へと仕える先を変えた。幸い、貴族社会と同じくらい実力社会の進んだ帝国では、カガリでも腕次第で出世することができた。剣の腕と持ち前の啖呵でここまでのし上がったのだ。

 皇帝に気に入られフェイスマスターとなり一個軍を与えられた。
 もう少しなのだ。
 もうすぐ復讐へと手が届くと言うのに。

 グラディスはカガリにとって先輩であり、少ない女性仲間だった。この時代のフェイスマスターの中で一番の年長なのだ。心内に抱えているものを最初に見破ったのも彼女だった。その時は軽く女性の勘よといわれて傷ついたのを覚えている。

『フェイスとして貴方のやることは何?』
『今、何をするべきなのか考えなさい。でないと先には進めないわ』

 すぐに突っ走ろうとする自分をやんわりと制したのも彼女だった。

 その彼女をこの手で殺せと?

「どうした?フェイス・カガリ」

 のろりと床に転がったグラディスの剣を取った。

 私は―――。

 誓ったはずだ、滅びた故郷を前にして。

 彼女は立ち上がる。そして、伏したタリアの傍らに膝を突いて仰向けにした。うっすらと開いた灰色の瞳を見つめる。

「私のことはいい。帝国をお守りして」

 私の望みが違う所にあると知っていて、貴方はそんな事を言う。
 カガリを目を閉じて柄を握り締める。

「すまない」

 脇の鎧の縫い目から剣を刺し込んだ。

 うっ。
 一瞬ビクンと跳ねる身体から力が抜けて行き、休息に瞳から光が消えていく。

「良かろう。君の言葉を信じるとしようか」

 カガリはただ無表情にギルバートの前に膝を着いた。
 一言でも口を開けば荒れ狂う胸のうちを声に出してしまいそうで、ぐっと耐えた。

「ではまず、シンの警護でも新たに頼もうか。もう二度とあれが帝都から出ないように、空賊の真似事などさせないようにな、君が危険から遠ざけてくれ」

 それは中枢からの締め出しを意味していた。
 帝都から出ず、帝都においてなんの権力も持たないシンに付くことは自由に動ける時間を失うと同義。カガリは唇が切れるほど強く咬み締めて告げた。

「拝命いたします」






 皇帝亡き後、長男ギルバートは皇帝位には就かず、この危機を乗り越える為と称して法には記されていても今まで誰も任じされたことのない独裁官という立場になった。そして、議会を押さえるため、まず行ったことが非常時大権の発動であった。

 皇帝、元老院、議会に分散されていた帝国の権力が、ここに一極集中することになったのだ。

 これでいいんだ。
 ギルバート殿下が失脚することはまずない。
 後は時が熟するのをじっと待つだけ、睨みあいを続ける帝国と連邦がいつまでも保つ筈がない。いつか緊張は熟れて爆ぜるだろう。

「気にするなよ。ちょっと危なっかしい奴だけどシンはいい奴だから、あいつを頼むよ」

 ディアッカに肩を叩かれる。
 末の弟の警護になってしまったが、考えようによってはそれでもいいのかもしれない。

「着任の挨拶にでも行って来るか」
「ああ。そうしてくれ」

 だが、カガリが訪れた先でシンはぼんやりと窓から空を見上げていた。
 その様子に、一瞬フラッシュバックする懐かしい記憶。




 青い空には白い雲が一つだけ浮かんでいて、窓から流れる風がカーテンを揺らしていた。
 もうすぐお昼になろうかという時間、机にしがみ付いて先生が出した問題に頭をひねっている少女と、とっくに解くことを諦めた少年が両手で頬杖を付いて空を眺めていた。

 こんないい天気なのに、勉強してるなんて勿体無くない?
 何言ってるんだ。だから今、せっせとやってるんじゃないか。

 部屋には2人の他に誰も居ないけれど、少女はこの部屋の隣で侍女が様子を伺っているのを知っていた。だから、誰も見ていないと思った少年のようにズルをすることができなかった。

「そんなの、別に覚えなくても困らないって。だってカガリ、大陸の疫病全部の名前を言えたって今日の天気は変えられない。あ~、勿体無い」

 やる気をそがれた少女も手を止めて一緒に空を見上げる。結局、2人とも覚えることができなくて先生にゲンコツを喰らった。



 バカだな、アイツ。
 フレイは私達が覚えられなかった病気で死んだのに。
 ちゃんと気づいていれば、オーブが滅びることはなかったのに。



「あのさアンタ、何か用?」

 耳に飛び込んできた声にハッとすれば、カガリをじっと見つめる真っ赤な瞳と目が合った。

 これでも帝国の王子か。
 今大変な時期のプラント王国において、王子であっても何の力も持たない子供が哀れだった。方や帝国の全権を手中に収め、方や誰にも相手にされない少年。それを目の前の少年も分かっているのか、声が目いっぱい強がっていた。

 真っ赤目が大きく開かれて、カガリは思い出す。

 ああ、この少年はついさっきまで、アイツと一緒に居たのだった。
 アイツの仲間で、敵として相対した事があった。たったそれだけで、シンの印象が気に入らなくなるのだから不思議だ。

「これは失礼、殿下。この度新しく殿下の警護を任されました、カガリと申します」

 彼も私を知っているから、何事かと身構えている。
 少しだけ、意地悪をしたくなる。

「どうして、フェイスマスターが俺の警護なんて」
「それは殿下が二度と王宮を逃げ出さないためです」

 くっと言葉に詰まる少年にカガリは追い討ちをかけた。

「せめて陛下の葬儀が終わるまでぐらい、おとなしくできるな?」

 我ながら主に対する言葉遣いじゃないなと思った。
 明日からの葬儀は滞りなく終わるだろう。
 けれどこの少年を閉じ込める柔らかな檻はずっと続くのだろう。

 カガリは少年の後ろに立って同じように空を見上げた。残念ながら雲に覆われ始めた帝都の空は青い部分がとても少なかった。




 雪の渓谷を越えた先にある遺跡は山間にひっそりとあって、遺跡を守護するマルキオ教の司祭達がラクス達を遺跡の中へと通す。

「グレン王の王墓と同じね」

 遺跡の中はミーアでなくてもシードが目に見える程溢れ、ラクスは頭の中にリーンと鈴が鳴り響いているのを感じていた。迷路のような地下道も気の遠くなるような深い階段を下る。

「・・・行き止まりだね」
「壁に仕掛けとかないか?」

 キラとアレックスが周囲を調査するが、あるのは火の消えた燭台のみ。
 燭台のくぼみに掘られているものが、王墓で見た文字と似ているような気がして、ラクスは歩み寄って手を滑らせる。

 覇王の剣を求めるものよ。
 証をこれにかざせ。

 不思議と頭の中で組み立てられていく文が、アスランに朗読されるような気がしてラクスは少しの間目を閉じてその余韻に浸っていた。

「種石ですわ」

 ラクスは言われた通り、暁の種石を燭台にかざす。
 ただの行き止まりだった壁に新たな通路が出来上がっていて、キラもアレックスも、皆がラクスを見た。

「行きましょう」

 理由を尋ねられても困るから、ただ先を急ぐことを提案した。
 亡くした人が教えてくれたのだと言ったら、彼らは信じてくれただろうか。ほんの少しだけ笑っていた彼女を、アレックスが眉を寄せて横目で見ていて、その様子をミーアがこっそり見ていた。そして、そんな2人をキラが見ている。

 さらに奥へと進んだ遺跡の底に、巨大な祭壇があった。
 光に彩られ、中央に封印されるように配置されているのは間違いなく剣。

「あれが・・・」

 アレックスが中央の祭壇を見上げる。太陽の光など一筋も届かない遺跡の地下だというのに、玄室はお互いの顔が確認できるくらいには明るい。それは全て、剣を封印している祭壇に流れる光の筋のお陰であり、一歩踏み出すと、まるで鼓動のように脈打った。

「間違いなく覇王の剣」

 誰もがその異様な姿の剣に足を止める中、ラクスが一歩づつ近づく。
 一歩、また一歩と近づくたびに光が溢れ、封印が少しづつ解けていく。

 まるで待っていたかのように。

 完全に目の鼻の先、手を伸ばせば触れられる所まできた時、剣を戒めていた封印が全て開放された。溢れていた光は剣に収束して、ふわりと覇王の剣がゆっくりと降りてくる。

 淡いグリーンの光がはじけるように小さな光のたまになって空中に散っていく。
 手を伸ばしたラクスの腕に収まると、本当に拡散してずしりと剣の重さが伝わってくる。

 これが、覇王の剣。
 かつての覇王、ジョージ・グレンが手にした力。
 わたくしはこの力を・・・。

 女の片腕で支えられるわけなく、ズシンと床へと穿つことになってしまった。

「すごい刃だね。こんな剣で本当に砕けるのかな?」

 覇王の剣の刃は剣先で二つに裂け、途中にも槍受けが幾つも出ている奇怪な形をしていたのだ。両手に力を込めて引き抜いたラクスはキラが言うとおり、おかしな造りの刃を見る。

 ただの剣ではないのかもしれない。
 まさか、種石と同じようにこの剣も手に入れただけでは意味がないと―――。

「砕いてみればいいじゃないか」

 何をとは言わない。
 アレックスが口にしたことが何を意味するかなんて、その場に居た誰もがわかっていた。

「どうせ使い方も分からない種石だ。今この場で砕いて、剣が本物かどうか確かめればいいじゃないか」

 その通りですわ。
 持っていても使えない種石。本当に使えるのか分からない覇王の剣がここにある。ラクスは床に種石を置いて、辻褄の合う提案に覇王の剣の柄を握り締める。今一度種石に視線を移して、あるはずのないものに驚いて顔を上げた。

 種石の上に置かれた手。

 青白い燐光を纏う手の持ち主が自分を見つめていた。
 微笑んでゆっくりと頭を振る。



 駄目だよ、ラクス。



 彼の声が聞こえた。









ちょっと中途半端です。今回予定をクリアできなかったよ、ああ、段々長くなる~。ちゃんと追われるのか不安になってきた。

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