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何となしに思いついたのでメモメモ。





 俺がその店を見つけたのは偶然だった。

 突然振り出した雨は、瞬く間に豪雨となって頭上に降り注ぎ、頭から靴の先までずぶ濡れにする。かざしたカバンは運悪くメッシュのビニール製で、傘代わりにするのも限界があった。残業に残業を重ね、終バスがなくなるギリギリの時間に会社を出てきたらこの有様。挙句に雷まで鳴り出して、仕方なくどこか雨宿りをできそうな所を探した。

 ひさしの下から雷光を目で追った。
 空気が衝突する音にビリッと空気と身体が震える。
 稲光から轟音に備えて心の中で数を数えていた、その時。

 突然、カランっと背後で物音がして、思わず飛び上がる。
 壁だと思っていた背中は実は扉があって、中から人が覗いていた。
 見詰め合って数秒。

 ドアを開けたその人の前で、俺は運命の出会いとばかりに派手な音と空に走る稲妻を背負っていた。

 扉を開けたその人は、扉に掛かった『OPEN』と記された小さなプレートに手をかけていた。雨宿りで飛び込んだ軒下は喫茶店の入り口で。毎日通っていたのに、そんな店があったことを全く知らずにいた事に俺は驚いていた。



 全然、気がつかなかった。

 店内に招かれて暖かいコーヒーを入れてくれ、タオルを差し出された。メニューはどこにもなく、カウンターに置かれたサイフォンと、戸棚に並べられた色とりどりのコーヒーカップにここが喫茶店だと分かる。『OPEN』のプレートに記された営業時間を思い出す。朝の11時から夜の11時まで。

 気がつかなくて当然だ。
 シンの朝は早く、夜は疲れ果てて一目散にアパートへと帰るからだ。

「俺、シン・アスカっていいます。ほんと、すみません」
「ああ、いいって。ここは喫茶店だからな」

 同じようにコーヒーを口にする青年を見て、睫の長さに気がついた。余裕が出てきたのか、相手を観察することができるようになった。少し色の入ったシャツと黒いエプロンは今時のカフェにいそうなスタイルだけど、何せ店がダサすぎる。
 いや、店内ではない。外観がだ。
 店内はレトロ調で、でも、暑苦しくはないさっぱりした小さな喫茶店。
 しかし、外からはとてもそうは見えない、古い住宅なのか空き家なのか分からない店。

 中身がこれって、詐欺だろ。

 その際たるものが、この店のマスターだ。
 シンと対して変わらない美しい男は、古いカウンターの向こうでカップに口をつけていて。その唇に吸い寄せられるように息を潜めてしまった。

 柔らかそうだと、遠いファーストキスの思い出が浮かぶ。あの時は若く、無我夢中で感触なんて何も覚えていないのに。

「どうかしたか?」

 うあ。俺!?

「いえ、何でもないです!」
「そうか。雷も収まったみたいだし、早く帰らないとな。明日もあるんだろ?」

 その一言でシンは現実に帰った。
 どこか、夢見心地の気分が一気に醒める。
 残業後に家に帰る途中に大雨に降られて、思いがけなくこんな所にいるが、明日も会社があるのだ。社会人に成り立ての頭に、叩き込まれたばかりのビジネスマナーが浮かび上がった。

「はい。今日は本当にありがとうございました。いつか、今日のお礼をしますから」
「礼なんていいよ。また寄ってくれれば」

 変わった人だ。
 俺はお客なのに、まるで友達と言うか、先輩と話している感じで自然と慣れない敬語だった。

「じゃあ、絶対また来ますから!」

 カランと扉のベルが鳴った。
 シンが振り返った時、その人はまだ扉をあけて見送っていて、もう一度頭を下げる。手を振っているように見えたのは目の錯覚なのか、ボッと顔を赤くなった。

 なんだ?! 俺、恥ずかしい。
 気がついたら、走っていた。
 路上の水溜りに少ないネオンが反射していて、シンは水溜りに足を突っ込んだのを境に足を止めた。ふと気になってあの店を振り返る。

 真っ暗な闇だけが背後に繋がっていて。
 シンを招き入れてくれた、あの扉はどこにも見つからなかった。





日常に疲れて本当に彼の癒しが必要な人にだけ扉が開かれる喫茶店です。常連のイザークを初め、個性的な人物がここを訪れますが、地道に日々を頑張っていない人に扉は見つかりません。誰とは言いませんが、誰とは(笑)


カテゴリ: [ネタの種] - &trackback- 2006年06月03日 22:43:05

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