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山河あり






 囲まれたと思ったら、急にハイネがターンを切った。もう少しで舌を咬む所を抗議しようとして、カガリに肩を掴まれる。

「口を開くな。ワイヤーに捕まったら逃げられない」

 上に下に飛空艇は濁流に揉まれる木の葉のように、帝国軍飛空艇から放たれる束縛ワイヤーを避けていた。操るハイネの腕に関心していると、スッと囲みから逃れることができたのが分かる。

「どうする?」

 地上すれすれを飛ぶ飛空艇の前方には大地の木々や家屋が物凄いスピードで迫って来て、あっという間に通り過ぎていく。後方の上空には臨戦態勢の帝国討伐軍。2個軍が反乱軍を前にして展開を始めていた。兄のいる白銀の飛空戦艦は後方に下がっていて、その前に分厚い戦艦の壁が築かれる。突撃艦が楔形に展開し、布陣を終えたら撃ち合いが始まるだろう。

「反乱軍へ行く」
「お前・・・まさか帝国を裏切るのか!」

 カガリが冷たい眼差しを投げて寄越す中で、ハイネが仰天して聞き返す。
 シンは全く心外とばかりに怒鳴り返す。

「な分けないでしょう! 帝国を止められないなら、あっちを止めるまでっ」
「止めるって、一体どうやって・・・」

 両軍の間に入って停戦を呼びかけたって、止められないことは分かっている。
 けれど、空中都市のバルトフェルト侯は思慮深い人物だったはずだ。この大軍を相手に勝算があるとは思えない、そこに賭ける。

「当たって砕けろか」

 ハイネの呆れた声。

「馬鹿だな」
「悪かったな! 馬鹿で」

「そんじゃま、いっちょ行きますかっ!」

 グンとスピードに乗って飛空艇が滑走した途端、前方に青白い光が浮かんだ。
 刺すような光は徐々に広がって中空を照らし出す。いつしか飛行の障害になる程の風が吹きつけていた。

「何が・・・」

 起こっているんだ。
 ただ分かるのは悪い予感と、頭の中で鳴り響く警鐘だけ。
 シンは飛空艇を操るハイネの操縦席にしがみついて前方の光を見つめていた。ドンと空気すら揺るがして風の向きが変わる。目に見える風の色はシンが今までに何度も見てきたものだった。

 これって、シードじゃ?

「やばいっ!?」
「お前ら今すぐ退避だっ」

「ってどこに!」

 レバーを操作するとコックピットの天井が吹き飛んで、シンは訳けも分からず猛烈な風の中に投げ出されていた。すぐに視界を冷たい鎧が覆い、魔法の気配がした。






 シードの濃さに息を止め、閃光に瞼を閉じたシンの遥か上空では、展開中の帝国討伐軍が慌しく回避運動をしていた。

「前方にシードの流れを感知。強力な力場が形成されつつあります」

 ヴェサリウスの艦橋に伝令が飛び交い、報告が矢継ぎ早に告げられる。
 イザークは視界を埋める青白い光と立ち昇るシードの渦に目を細める。

 前方に展開していた第13艦隊が光に飲まれる。
 力場に吸い寄せられるように陣形が崩れていき、艦橋を覆う装甲がみしみしと音を立てた。大きく渦を巻く青白い嵐が周辺の全てを巻き込んで成長していく。

「本艦の飛行にも影響が出ています。飛空石への干渉により出力系統の誤差拡大」

 空賊が乗る飛空艇も軍の飛行戦艦も航行の原理は同じである。
 シードを含み浮力を生み出す飛空石を動力源としていて、違うのはその数と規模だけである。勿論、その分大掛かりな制御機構が必要となる。

「安定させろ」
「ヘルダーリンより入電。本艦を盾にされたし?!・・・殿下!!」

 第8艦隊の代わりに急遽編成された新しい艦隊だというのに、初陣で痛手を受けることになろうとは。第13艦隊の旗艦ヘルダーリンからの通信が途絶える。

 眼前の嵐は収まる兆しもなく、光を内包したまま発達を続ける。
 明らかに不自然な現象に、イザークは拳を握り締めた。これがアプリル反乱軍の開発した新兵器なのか、それとも、超常現象の一つなのか俄かには判断が付かない。

「ヘルダーリン爆散! フーリエ、ボーンステイル・・・通信断絶」

 ただ、確実に分かるのは、この空域に留まれば艦隊に損害が出ると言う事だ。
 超強力な嵐に遭遇したと思えば話は簡単なのだが。

「軽巡は重巡の影に入れ」

 その場合、哨戒や掃空、進路確保の為の軽巡行艦が真っ先に被害に遭う。通常の飛行戦艦に比べて小回りが利くが何せ軽い。イザークの命が各艦に伝わったのか、暴風に翻弄されながらも陣形が変わるが、通常の第3軍に比べれば遥かに手際が悪い。

「もたもたするな!」

 これ以上、艦を失うわけにはいかない。
 より強力なエンジンを積んだ艦が前面で踏みとどまれば、軽い艦を庇うことができる。

「ヴェサリウスを前に出せ」
「なりません、殿下」

「シホっ!」

 イザークが怒鳴り声を上げた時、嵐の風が一瞬途絶える。
 中心から放たれていた青白い光が止んでいた。

「衝撃波、来ますっ!!」

 クルーの声が上がり、イザークは間髪置かずに叫んでいた。

「総員、対衝撃防御!」

 鋭い光の刃が嵐の中心から放たれる。
 シードを纏った衝撃と共に、今まで渦を巻いて集めに集まった力が一気に弾けた。







 なぜ。どうして。
 わたくしが求めた力は・・・。

 確かに帝国軍を退くことはできたけれど、これでは。

 ラクスは揺れる視界の中、キラに守られながら垣間見える惨状を見つめる。

 放物線を描いて落ちていくはずだった暁の種石は、光を放ちながら周囲の空気を巻き込む小さな台風の目に成長する。それ以上、ラクスは外の状況を追えず、セイバートリィはあらん限りの速さで上空へと駆け上がり、眼下の雲の渦が青白い光で満たされた。

 帝国軍の前衛部分が引き寄せられるように、種石の作り出す光に飲み込まれ、残った後方が回避をしていた。飛空戦艦の数がぐっと減って安堵したのもつかの間、光は収まらず、シードの風をいきなり四方に解放した。

「アレックスっ!」
「分かっているさ。ヴィーノ、ヨウラン。臨界まで上げろっ」

 アレックスが指示すると、二人が座席を立って慌ててコックピットから出て行った。その間にも雲が渦を巻いて集ってくる。飛空艇はその流れに逆らって必死に飛んでいた。
 ガタガタと激しく揺れて、先走った解放軍の飛空艇が分解されていく。

 破片を避けながらどれだけ耐えていただろうか。
 ラクスは恐る恐る目を開く。

 未だに嵐は収まっていないけれど、セイバートリィそのものは安定して飛空していた。ただ、その下でおぞましくも、帝国軍の飛空戦艦が種石の光に飲み込まれる。じわじわと収束していく光の下から現れた大地に息を呑んだ。



「・・・ああ。アスラン」



 貴方がくれた力はアプリルを救うのですか?

 どこにいらっしゃるのです?
 答えて下さい、でないとわたくしは。

 ラクスはガタガタと震える足に力を入れて、崩れ落ちないように身体を支える。上空を旋回するセイバートリィでは、空域が荒れた状態の中でも何とか現状を把握しようとしていた。

「エンジンは?」
『無事だけどさ・・・』
『帰ったら、みっちりメンテだぜ、アレックス』

 シートに深く腰掛けるアレックスが肩の力を抜いた。

「ちょっと無理させ過ぎたからな。ミーア、状況は?」
「帝国軍は3分の1くらい戦力を失って今は後退しているわ。解放軍も主力は無事ね、こちらも下がっているけど」

 アレックスもミーアもてきぱきと飛空艇のチェックをして、周囲にも目を配っている。その様子を目に留める余裕もなくラクスはただ呆然と前方に広がる光景に目を奪われていた。更地になった台地。痩せた土地でも畑が広がっているはずなのに、そこには辛うじて大地の起伏が残っているだけだった。

 アプリルの東部地帯が跡形もなく消し飛んでいた。
 もう少し範囲が広かったら、アプリリウスにまで被害が及んでいたかも知れない。

 転々としているのは飛行戦艦の残骸だろうか。
 急に腰の当たりで身じろぎするものを感じてハッとする。

「戦争、終わった?」

 いつの間にかステラに抱きつかれていた。そんな事にも気がつかないほど、ラクスは周りが見えていなかった。

 戦争は終わったのかと、ステラが尋ねる。
 見上げる少女に罪はないのに、無邪気な言葉に彼女の背に回した手に力が入った。胸が締め付けられて上手く言葉がでない。戦争を起こしたのは自分ではないけれど、この現状を作り出したのは自分なのだ。

 力を求めた私。
 その願いに答えてくれた貴方。
 貴方はこんな姿のアプリルを望んでいたのですか?

 ラクスが思い出せるのは、物作りが好きな彼の不器用な優しさで。彼の封土であるユニウス領は緑豊かな農耕地帯だった。手紙の中に弟と一緒にキャベツの収穫をしたと記してあったこともある。

 違う。

 直感的に悟る。
 今は亡き彼がこの結果を望むはずがないと。
 そう、アスランはもういないのだと今更ながら思い出した。

 貴方は誰。

 ラクスは今まで何度も自分を導いてくれた幻影に向かって問いかける。答えはなく、シードの光が漂う大地に向かって再び問いかける。今でも透き通って光を纏うその姿を思い出せるというのに、彼はアスランではない。

 お前は誰です?
 いいえ・・・お前に姿を与えたのはわたくし。

 わたくしはお前に、彼を求めていたのかも知れません。




「地上に誰か居るな」

 アレックスが何かを見つけたのか、深紅の飛空艇は大きな弧を描いて大地へと向かった。






 気がついた時、シンの目に真っ先に入ったのは膝を付くカガリと、その向こうにある破片だった。それが飛空艇の残骸だと知ったのはハイネが残骸を拾い上げて、空を振り仰いだからだった。

 上空にはまだシードの名残の色を含んだ風に雲が流されていて、ユニウスで見た黄昏と同じ時が訪れていた。今が本当に黄昏時なのかそうじゃないのかは分からない。視線を戻した大地から、細い煙が幾つもたなびいていた。

「まるで・・・」

 戦場だ、と言おうとしてシンは止める。
 今まで本物の戦場を経験したことはない。
 見渡す限りの荒涼とした大地が戦場の跡であるはずがない。つい先程通り過ぎたユニウス領と同じであるはずなど。

「無事だったか。俺も、お前達もつくづく悪運が強い」

 ハイネが辺りを見回して戻って来て、膝をついたカガリの背を叩く。気遣われて立ち上がるカガリがシンを見つけて歩いてくる。

「怪我は?」
「俺は大丈夫だけど・・・」

 他の皆がどうなったのか、シンには分からなかった。帝国の艦隊も反乱軍も見つからない。荒れ狂う雲の向こうなのか、それともあの光の前に・・・。

 消えてしまったのか。
 シン達は間に合わなかったのだ。両軍は激突し、一瞬で方が付いたのか。
 だとしたら、俺たちはどうして助かったのだろう。 

「二人して防御魔法を張った甲斐があったってもんだ。さすがフェイスマスター」
「そういう、お前こそ」

 シンはただ申し訳なくて、頭を下げる。
 無鉄砲な事をして取り返しの付かないことを何度も繰り返してきたのに、跡形もなく何も残らなかったのは初めてだった。あまりに周りに何もなくて、急に空っぽになってしまった。

 ぼんやりと視線を巡らすシンに、ふと光るものが目に入る。
 何も考えずに、とぼとぼとそれを拾いに行った。砂に半分埋もれたそれは透明なガラスの破片のようでいて、拾い上げたものを見てシンの目が見開く。

「これって・・・種石・・・」

 アプリリウスの王宮から盗み出した黄昏の種石も、ジョージ・グレン王の王墓にあった暁の種石もシンは知っている。

 まさか、種石がこの惨状の原因?
 種石一つで何もかもが失われるなんて。

 許せない。
 こんなもの一つで、命や大地があっという間に消えてしまった。一体誰が何の為にこんなものを作ったのか。大雨や雷雲のように自然にある物だとしたら、何の為にこんなものが必要なのだろう。

 太古の覇王ならばその答えを知っているのか。

 シンは手の中にある種石を握り締めて、飛空艇特有のエンジン音に顔を上げた。






 シンはどこかふらつく足のラクスに手にした種石を見せた。

「ラクス、これ・・・」

 彼女はいつまでたっても受け取ろうとせずに、じっと透明な種石を見つめたままだった。不意に視線を逸らして、その場で周囲を見回した。シードを含んだ風がピンク色の髪を巻き上げる。

 背後でガチャと鳴る鎧に視線を戻すと、後からキラがゆっくり歩いて来ていた。その視線はシンを通り越して後の人物に向いている。鎧の音はシンと一緒に帝都から抜け出てきたフェイス・カガリのもの。

「久しぶりだね」

「前にも会っただろう」
「そっか」

 兄弟の会話。
 敵味方に別れてしまった姉と弟の対面は、淡々と言葉を交わすところから始まった。シンもラクスも二人の様子を黙って見守る。

「帝国軍も随分とやられたようだね」
「みたいだな」

 二人が同じ彼方を見て言葉を交わす。二人の声は風に攫われて、お互いには届いていないかのよう。

「お前達もな。懐に何を抱えている」
「連邦の艦だったと言いたいんでしょ」

 ラクスがキラを振り返る。

「残念だけど、そうみたいなんだ。解放軍に連邦の工作部隊が紛れ込んでいたみたいで・・・今回はしてやられたね」

 どういうことだとシンは考え込む。
 アプリルの反乱軍になぜ連邦が絡むのかと、頭を巡らせて・・・ぽんと肩を叩かれた。振り返ればハイネが面白そうに口を開いていた。

「仕組まれていたってことさ。だろ、深紅の空賊」
「帝国が弱体化すれば連邦には願ったりだからな」

 キラやラクスの背後から面白くなさそうに、呼びかけられたアレックスが歩いてきた。シンを見つけて『久しぶりだな』と軽く言葉を掛ける。

 アレックスがシンに分かりやすく説明するとこうだ。
 連邦が今回のアプリル独立派に一枚咬んでいて、戦端を開かせたのだろうと。
 勝てなくても帝国の戦力を削げればよし、最低でも帝国内を混乱させることができればそれでよしと言う。

「近いうちにコスモス連邦が来るぞ」

 シンは息を呑んだ。
 アレックスはシンを見据えて、あっさりと背後関係を語った。

「そのような事・・・本当に・・・?」

 驚いたのはシンだけではない。
 失った領土に呆然としていたラクスも、震える声で問い返す。両陣営に挟まれたアプリルが戦場となるのは目に見えている。もはや独立を叫ぶどころの騒ぎではない。

「カガリにとっては願ったりの展開だね」







「復讐なんてつまらないよ」
「私は、決して忘れない」

 シンはカガリを見る。
 彼女は自分の護衛だが、それよりも優先して成し遂げたい事がある。つまらないと言われようとその為に奔走するのだろう。

「行くのかよ」
「殿下はどうされる」

 俺は。

 掴みかけている、この胸のつっかえの正体を知りたいを思った。
 何の力もない俺だけど・・・。
 種石一つに翻弄される現実をどこかで違うと感じている。得体の知れない力が一瞬で消してしまう。

 下手をしたら、今は揺るぎのない帝国だっていつまでも無事とは限らない。
 きっと目に見えるものだけが、脅かすものではないのだ。

「帝都には戻らない。兄上に上手く伝えてくれよ」

 かすかに頷いた彼女が目を細める。
 久しぶりに見る厳しいフェイスマスターの顔つきに、シンも気を引き締めた。

「だが、忘れるな。お前はプラントの王子だ」





 去って行った彼女がいた場所をいつまでもキラが見つめている。

「そろそろさ、ここ離れないか? 帝国軍だって調査に来るぜ」 

 重苦しい空気を打ち破ったのはハイネで、アレックスが嫌そうに彼を見る。空賊同士やはり仲が悪いのかと思うと、嫌そうにしているのはアレックスだけだった。

「噂の深紅の空賊がこんな奴だったなんて意外だなあ」

 馴れ馴れしく肩に手をやって、さりげなくアレックスに外されていたりする。ラクスがその二人を驚いた目で追っていて、その彼女を見つめているキラ。

「最速の飛空艇か・・・楽しみだぜ」

 ガシッと肩を組まれて、シンはハイネに圧し掛かられていた。シンはしつこく追いすがるハイネを見ていい加減な飛空艇の操縦を思い出した。

 冗談じゃない。

「絶対セイバートリィの操縦だけはさせないで下さい。こ・い・つ・に」

 俺だってまだ、操縦したことないのに。
 シンとハイネを振り返ったアレックスが、実に嫌そうに呟いた。

「どうして俺が男を乗せなきゃならないんだ。しかもタダで」
「報酬ならあるぜ?」

 ハイネはポケットから何かを取り出すとひょいとアレックスへと投げた。片手で掴んだアレックスが手を開くと、それは拳大の青い石だった。

「新型の飛空石だ」

 怪訝そうに伺うアレックス。

「それだけじゃ不満か。なら、サービスするか」

 ふざけたウィンクした後、すっと目を細めた。

「追加で・・・人工種石の情報なんて、な」







実はハイネの口調が分かりません。あまり砕けすぎると違うような気がするし、難しい。そろそろ転なんですが、なかなか進まない~。