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名を継ぐ者達 3

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第三話 魔石の呪い





 『魔石中毒』という病がある。言葉通り、魔石にあてられて中毒症状が起きる事を言う。老若男女、種族を問わず罹る病であるが、1つだけ、圧倒的に発病率の高い職業がある。

 ――魔術師だ。それは、一種の職業病と言えるのかもしれない。それ程までに、彼らの発病率は高かった。

 というのも、彼らは平時より『魔石』を身に纏う生き物だからだ。なにしろ魔術師にとって死活問題なのは、己の魔力。そして『魔石』とは魔力の結晶。身に帯びれば魔力を増幅させることも出来る。

 『魔石』には天然石と人工石が存在し、前者は主に、装着者の魔力そのものに対して作用する装飾品として用いられ、後者は魔術を補佐したり、魔術そのものを発動させる術式と、魔力を込めた装身具として術師の身を飾る。

 当然、魔術師でなくとも、お守り代わりとして一般人が身につける場合も多いし、鍛冶職人は言うに及ばす、戦いに身を置く騎士や傭兵達の使用率も高い。しかし、彼らはあくまでも単発的なものであり、自らの限界を試すような使い方はしない。
 よって、必然的に魔術師が『魔石中毒』を患う確立は高くなる。そして中毒と言われると大病ではないように思われがちだだが、それは時に、命に関わる事もある。





3-0


 旧ヘリオポリス市街。オーブ軍と睨み合いの続くこの前線基地は今、驚愕と恐怖に彩られようとしていた。

 突如開始された侵攻、そして駐留。その理由など何も知らされていない兵達は、遭遇した奇怪な現象も作戦の一部だと誤解した。揺らめきながら発光する魔石に、ついにオーブへの進軍が開始されるのだと、士気を鼓舞する指揮官すらいた。

 ドア越しにも伝わる城内の慌しさに、ロード・ジブリール、つまりこの城の主は顔を歪めて舌打ちをする。その音を拾って、膝の上で丸くなっていた純白のペルシャネコが主人を見上げた。

「何事だ!騒々しいっ」

 ドタドタと廊下を走る足音が近づいて、入室の許可を問う言葉が発せられる前に、ジブリールは叫んでいた。その剣幕に怯んだのは一瞬、入って来た男は礼儀も何もあったものではなく、一気に捲くし立てた。

「も、申し上げますっ。魔石が暴走し、兵達が狂い始めました!」

「何だと!?それはどういうことだ!!」

 分かりません!と青褪めた顔で即答する男に、持っていたグラスを投げつける。それに驚いた猫は、ニャアとひと鳴きしてジブリールの膝の上から飛び降りた。

「ええいっ。魔術師どもは何をしているのだ!?仮面の男はどうした!?」

「そ、それが、姿が見当たらず・・・」

「馬鹿者っ!何としてでも探し出せっっ!!」

 激昂のままに机を殴りつけ、ジブリールはぎりぎりと歯軋りをする。脳裏に今回の作戦を持ちかけてきた男の顔が浮かぶ。

「兵を集めよ!アレを奴らの手に渡しなるものかっっ!!」





3-1


 ヘリオポリス近郊の丘の上――。

「・・・・・・これが、今回の作戦だ。質問は?」

 掻き集められたといっても過言ではない集団。連合軍で生じた異常事態に、オーブや諸外国(正式なアナウンスはないが、むしろ連合)からの要請を受けたギルドが、手当たり次第に召集を掛けた傭兵やハンター達だ。むろん、その中にはマリューを初め、キラやトールの姿もあった。

「マリューさ~ん。もう充分ですよ」

「そうだよ、こんなに一杯装備したら動きにくいし、魔石中毒になっちゃったらどうするんですか」

「何言ってるの。殆ど自分の魔力で造った護符なんだから、中毒になるはずないでしょう?」

 そう言ってキラやトールを窘めつつ飾り立てていくマリューも、額飾りに始まり、指輪に耳飾り、そして細かく魔石を織り込んだマントと、普段からは想像も出来ないほどの魔石を装備している。

「ムウさんはいいんですか?」

 かつて、≪エンディミオンの鷹≫と異名を轟かせた凄腕の持ち主だから仕方がないと思っても、指輪を左手に一個しか付けていないのはやっぱりズルイとキラはぼやいた。

「そうなのよ、困った人よね。キラ君からも、もっとせっついてくれるかしら?」

 そう上目遣いにマリューに睨まれたフラガは、恨めしげな視線をキラに落とす。

「あのな、俺が着飾っても麗しくもなんともないだろ。それに、これでもマードックのおっさんに特注で造って貰った鎧なんだぜ?これ見よがしに魔石装備しなくても充分なの」

「あら、奇遇ね。私のコレもそうなのよ」

 満面の笑みを浮かべるマリューと、胡乱な視線を向けるキラとトールに、さすがのフラガもうっ、と仰け反った。

「潔く、負けを認めましょう」

 どうぞ、副長。とノイマンから差し出されたのは、艶消しされているとはいえ、見事なまでの金冠。マードック渾身の一品である。が、おもいっきりフラガの眉間に皺が寄る。

「っんだそりゃ!俺は孫悟空か!?」

「仕方ないでしょー。ムウの魔力が金色なんですもの。ああ、ほらじっとして」

 瞳の色が違うように、魔力にも人それぞれの色があり、気配に個人差があるように、魔力にも波動パターンがある。それ故に、優れた魔術師ならば、残された痕跡を辿る事も、そこから特定の人物を割り出す事も可能である。

 ちなみに、キラは俗にアメジストと呼ばれる紫色でトールは琥珀色だ。

「コイツはどうなんだよ、こいつはー。魔術師の癖に首飾り一個だぜ?良いのかよ」

「日頃の行いの差です。それに、今日は剣じゃなくて杖使いますから」

「それが普通だっ!!」

 戦闘準備をしているというのに、何だかんだと賑やかなひとときだった。





3-2


 様子見を兼ねた第一陣の戦闘を終えたフラガ達は、先程の丘に戻ってきていた。重傷者はテントへと運ばれ、それ以外の人々は傷の手当てをしたり、休息したりと次に備えての準備に余念がない。

「他に手が無いと分かっていても、やりきれないわね」

 二の腕に僅かに引っ掻き傷をこさえたマリューは、憂い顔で戦場を見下ろした。眼下では、彼らと交代した第二陣が獰猛な魔獣と戦っている。完全に変化しているのならば、まだ良い。しかし、中には原型を留めている者も大勢居た。

「奴らにとって、殺してやる事がせめてもだと分かっちゃいるが、本能的な部分ではキツイな。やっぱり」

 事の顛末から、この先制攻撃にキラ達ギルドの年少者は参加していない。人手不足故に召集は掛けられたが、やはり人情的にも能力的にも後衛の護りと援護射撃が関の山だろう、というのがギルドの判断だった。
 当然、その決定にフラガも依存は無い。何といっても、精神的に未熟な者達に、いくら魔獣化しているとは言え、人を殺せとは言い辛い。

「似てるな、あの時と・・・」

 そんなフラガの呟きに、嫌が応にも思い出されるのは1つしかない。三年前の、アラスカでの惨劇。大西洋連邦と同盟を組み、連合の名の元で行われた最初の戦い。魔力を増幅させる強力な磁場発生装置として、大西洋連邦側から鳴り物入りで投入された支援兵器は、なるほど、確かに人の持つ魔力を増幅させた。

 だが、させすぎたのだ。敵味方構わず兵を発狂させたそれは、今では『悪魔の兵器』と呼称を変えた。

「今回の一件も、実験だったとでも言うつもり!?」

「かもな。パレの報告に、最近連合に幅利かせてるジブリールって奴が居るってあったろ?魔石もそいつが持ち込んだらしいし、なんか、ヤバイ感じがするんだよね」

「連合は一体何がやりたかったのかしら。――違うわね、何をしようとしているのかしら」

 見る影も無い連合の陣営。ギルドの情報では、連合もこの事態を重く見ていて、遺憾の意を示したらしいが、それが何になる?どれだけの金がギルドに流れたのかは知らないが、兵士は使い捨ての道具とは違うと何故分からない?

 ギルド混成部隊が少しずつ魔獣達を押し始めた状況に、フラガの苛立ちが募る。そして、ある事に気づきふと顔を上げた。

「そういや、坊主達は?」

 戻って来た時には出迎えに来ていたのに、気が付けば彼らが居ない。首を傾げていると、癒し手として本部に残っていたナタルが返事を返してきた。

「あそこです、フラガ副長」

 そう言って彼女が指し示した先には、最近良く話題に上るようになった二人組み+αの姿があった。

「ふ~ん。あいつら・・・・・・ね」

「ムウ?」

 その何処となく引っ掛かりを覚える言い方に、マリューが発した問い掛けを背に受けて、フラガは歩き出した。

 俺的には、よっぽどあいつらの方が気になるんだけどな。と心の中で呟きつつ。





3-3


 それはあまりに突然の出来事だった。空間の裂ける音――とでも言うのだろうか、を伴い、大挙して押し寄せてきた軍勢は、人の形をしていなかった。

 本来安全域として機能するはずの本陣への直接攻撃に、さしものギルド部隊も苦戦を余儀なくされ、一時は短期終息も可能かと思われた戦闘は、未熟者や非戦闘員おも巻き込んでの総力戦へと姿を変えた。

「全てを薙ぎ掃え!一人も逃すなっ!!」

 青紫のルージュと同色で彩られた指先が翻る度に、狼形態の魔獣やトロルよりも頑強なモンスターの棍が躍る。無数の叫びを飲み込み、あっという間に濃度を増した血臭を震わせて、ジブリールの高笑いが丘に木霊する。

「そいつらは魔族だっ!うかつに手を出すんじゃねぇー!!」

「ほう?人間とはやはり愚かだな。その言葉を言わねば、長生き出来たかも知れぬものを・・・・・・」

 放たれた殺気に、魔族の存在を先祖代々継いできた古参のハンターの額に汗が滲む。由緒あるバスターソードを抜く前に、彼は、固唾を呑む事すら出来なかった周囲の人々ごと消し炭になった。

「くっそったれ!!アタリかよっ!!二人とも、俺の側から離れるなよっ」

 と言ったところで、子供二人を庇って戦闘できるほどの余裕は、フラガにも無い。

 この純血の魔物は、崖下の一般兵が魔獣化したのとは訳が違う。況や、魔族相手では尚更である。二つ名を有するレベルでなければ、到底太刀打ち出来ない。

 人間とは本来、それ程までに『弱い』生き物なのである。

≪我が前に立塞がりし者 吹き飛ばせ! 疾風≫

 それでも人は、武器を右手に持ち、そして魔力を左手に戦い、この時代の覇者となった種族である。一体、また一体と、確実に魔物もその数を減らしていた。

「キラ!今だっ!!」

 トールの放った鎌イタチ状の風に煽られて陣形を崩した一画に、アメジストの軌跡を引く剣戟が叩き込まれる。一騎当千とはお世辞にも言えないが、彼らは彼らで、自分達に出来る限りの事をしていた。

 ワーグと呼ばれる猪と狼を足して巨大化したような魔物を倒したところで、キラの足元が鈍い振動を伝えて来た。驚いてトールの元まで一息に後退すると、大地が無数の錘状に盛り上がって、そのフィールドから逃げ遅れた者達を貫いた。

「うっ!」

 いくら若葉マーク付きとはいえ、それなりに修羅場にも遭遇してきたと思っていたトールだったが、さすがにこの光景には思わず目を背け、喉をせりあがってくるものを堪えるために口許を覆った。

 一方、キラはこの状況を冷静に分析している自分に気づき慄いた。

「僕・・・どうして・・・・・・?」

 円錐の規模、魔力の拡散範囲から敵である魔族のランクを無意識に推し量っていた。そして、魔族の出現に驚かないばかりか、『たかがこの程度』と全く平然とこの事態を受け止めている事も問題だ。経験値は直視出来ず青褪めたトールと大差ないにも関わらず、これではまるで、もっと大規模なものを見慣れているようではないか!

「僕、知ってるんだ・・・・・・。僕は、前にもこうして――、戦った事があるって!!」

 この感覚は以前にもあった。剣を手にした時、魔術を放った時、魔物を殺した時、そして、彼に名を呼ばれた時――。

 幾つもの曖昧なビジョンが浮かんでは消え、もう少しで、何かを思い出せそうなもどかしさに、キラは自分が今戦闘中だと言うことを完全に失念した。

「キラっっ!!!」

 それ故に、ハッと我に返った時に目にした一連の出来事に、成す術もなく、ただ呆然と目を見開く事しか出来なかった。

 それが何というモンスターか、キラには判らなかった。判ったのは、牙を剥き出して喜色を浮かべるモンスターの爪が迫っていて、それが、惚けていた自分の前に飛び出してきたトールの身体に吸い込まれたという事実。





3-4


「トーーール!!」

 鮮血を引いて崩れ落ちる身体を受け止めて、べったりと付いた血の色に、みるみるキラの血の気が失せる。

「トールっ!どうして!?」

「・・・キ、ラ・・・・・・よかっ・・・」

「喋っちゃ駄目だっトール!!動かないで、今助けを・・・」

 呼ぶと言う言葉を飲み込ませた影は、キラの目の前で真っ二つに割れた。

「ノイマン!!ナタル!!来てくれっ、大至急だっっ!!」

 気合1つで、トロルよりも大きなモンスターを一刀両断するという荒業を披露したフラガは、トールの状況に視線を走らせると、ギルド勢を分断する形で現れた魔物の向こう側で、マリュー達を戦っている二人の名を呼んだ。当然、この乱戦では肉声など届きようもないので、風の魔法を使っての事である。

「これはっ!」

 瞬間移動を用いてフラガの元へ跳んだ二人は、力なく横たわるトールの姿に息を呑んだ。状態をもっと詳しく知るために傷へと手を伸ばすナタルを他所に、フラガとノイマンの間で無言の遣り取りが交わされる。

 トールの傷はかなり深刻なものだ。いかにナタルが治癒魔法にかけては他の追随を許さない神聖魔法の使い手だとしても、かなり厳しいと見て間違いない。とにかく、一刻も早く然るべき場所での処置が必要だった。

 ノイマンの唱え出した詠唱に、ハッと顔を上げたナタルがフラガを見る。その視線はトール、キラへと向けられ、そしてフラガへと戻る。

「貴方も、お気を付けて」

「悪いな、頼んだぞ」

 キラをトールから引き剥がし、フラガは詠唱を終えたノイマンを見て頷く。

「直ぐ戻ります」

 そう言い残して、彼らはその場から消え失せた。本来ならば、キラも連れて行った方が良いとは分かっている。ノイマンが使った空間転移にしても、古代魔法の中でも高等呪に属するとはいえ、キラ一人増えた処で何ら問題はないものである。

 しかし、今のキラは異常だ。不安定に揺らぐ未知数の魔力が、何にどう作用するか分からない以上、彼を連れて跳ぶ危険は冒せなかった。





 千キロ近い距離を一瞬で越え、ナタル達は活動拠点であるチャンドラの別荘に、それも子供部屋に出現した。それは部屋へ運び入れる時間さえ惜しんだ術者の、集中力と抜群の制御能力の賜物である。

 慎重にトールをベッドに寝かせ、ナタルは邪魔な装備を外す。その頃になると、異変に気づいた居残り組みが慌しくやって来る。当然、そこにはミリアリアも居た。

「トーール!?そんなっ、何でっ!?トール!!」

 慌てて側に駆け寄るミリアリアだったが、瞬く間に赤く染まっていくシーツに立ち竦んでしまう。

「・・・・・・大丈夫、ですよね?だって、治癒魔法があるんだもの」

「最善は尽くす。だが、約束は出来ない。アルスター、君の力が必要だ。手伝ってくれ。アーガイル、マードックの元から――」

「もう見繕って来ましたよ」

 血に塗れた手で、ナタルはマードックが抱えてきた魔道具を受け取ると、顔色を無くしたフレイに手順を説明し始めた。彼女は名門の子女らしく神への信仰心が厚く、特に治癒系に優れた適性を持っていた。

 青褪めながらも懸命にナタルの言葉を聞くフレイに、心の中でエールを送ったサイは、その場から離れようとしないミリアリアの肩に手を置いた。

「ミリィ。僕達は邪魔になる。外で待って居よう、さぁ」

 だが、恋人であるトールが心配で堪らないミリアリアは、自分の言っている事が場違いだと分かっていても、叫ばずには居られなかった。トールは死んだりしないという確証がどうしても欲しかったのだ。

「どうして!?神様の魔法なんでしょっ、トールを助けてよ!!大丈夫だって、大した事ないって言ってよっ!」

「ミリアリア」

 困り顔のサイに窘められても、ミリアリアの勢いは止まらない。仕方なく、力に任せて部屋の外へ連れ出すと、パタンと閉じられた扉に、ミリアリアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「なんでっ、トールがっ!!トールが死ななくちゃいけないのっ!?」

「ミリィ・・・」

 一目で致命傷と分かるその傷の深さ。生命力の失せた土気色の顔色。良く笑って、ちょっと悪戯っ子で、でも凄く優しいトール。ミリアリアはサイにしがみついて嗚咽を洩らした。

「人の生き死には神の采配だ。だが、トールはまだ生きている。望みはある」

 そう言って泣きじゃくるミリアリアに、砕けたトールの魔力の欠片を手渡したのは、ナタルを手伝って部屋中に魔方陣を描いていたノイマンだった。彼は神聖魔法の使い手ではないため、お役御免となったのだろう。

「戻るのか?少し休んでからの方が・・・・・・」

 可愛がっていた愛弟子の負傷という事もあって、流石に顔色の悪いノイマンを気遣ってマードックが声を掛ける。だが、彼は疲れの滲む顔を横に振った。

「キラが心配です。申し訳ありませんが、子供達をお願いします」

 杖を掲げ、一瞬で掻き消えた姿を見送って、マードックは振り返った。

「さて、俺達にゃ、俺達にしか出来ない事をやるぞ」

 神の力の具現と謂われても、神聖魔法は、決して奇跡の秘術ではない。神は誰も救ってなどくれない。所詮人は、自らの身で自らを救うしかないのだ。
 しかし、それが分かっていても、人は神に祈る。人の生き死には神の采配とは良く言ったもので、結局、何も出来ない悔しさを、もどかしさを、悲しみに押しつぶされそうな心を護るために、結果がどちらに転んでも神のせいに出来るよう、祈るのだ。





3-5


 目の前でフラガが戦っている。こっちを向いて時々叫んでいる。だが、キラの双眸はそれらの状況を捕らえていなかった。

『キラ!危ない!!』

(友達になってくれた御礼。トリィって言うんだ。可愛がってあげてね)

 トールの切羽詰った声に被さって、幼い声が聞こえる。

「・・・・・・トール?」

 抱き留めた手を伝う、生暖かい、ぬるりとした感触。キラは恐る恐るトールの顔を覗き込む。だが、その姿はトールのカタチをしていなかった。

 緩く弧を描く、闇夜にも似た蒼い髪。光を失って、ただの鉱石と化した翠の瞳。

(今日はありがとう。また、明日ね。キラ――)

 辺り一面跡形もなく消失した大地に掻き消える、大切な、大切な____の声・・・・。

「うわぁああああーーーーーーー」

 その尋常でない叫びに振り返ったフラガが目にしたのは、粉々に砕け散った柄に嵌めこまれた魔石と、妖しく揺らめく紫色のオーラを纏って立ち上がるキラの姿だった。





「この波動は!?」

 ギルドの一団とは距離を置いた場所で、魔獣やモンスターを片っ端から打ち倒していたイシュカは、かつて記憶に刻み付けたモノとあまりにも似すぎた魔力に、思わず剣を振るう腕を止めた。

「キラ!?」

「おいっ!?ちょっ、待て!!」

 弾かれたように振り返ったかと思えば、そのまま駆け出していったアレックスを追って、悪態を付きながらもイシュカがその後を追う。

「あんのお人良しがぁっ!!待ちやがれっっ」





 後に残された大量の屍骸を吹き飛ばし、またしても響き渡った大規模な転移を告げる軋みに、今度は何だっ!?と、半ば恐慌状態に陥った悲鳴が上がる。

≪清浄なる大気よ。この汚らわしき澱みを吹き払い給え≫

 一陣の突風が駆け抜けると、其処には優美な戦装束を身に纏った一団が出現していた。

「精霊族だと!?」

 倒しても倒しても湧いて出るモンスターに押され始めていた身分としては、何よりもありがたい援軍だが、フラガは素直に喜べなかった。

 鬼神にでもとり憑かれたが如く剣を振るい、魔力を放つキラを見て、柄を握る拳に力が篭る。憤った所でどうしようもない事だが、何故今になって彼らが介入して来るのだと。どうせ来るなら、何故もっと早く来てくれなかったのかと・・・・・・。

 そんなやり場のない怒りを、襲い掛かって来る魔獣に叩きつけるフラガでさえも近寄れなかったキラに、走り寄る人影があった。

「あいつは・・・・・・」

 それは、間接的にではあるが、キラをこの世界へ踏み込ませた張本人だった。



 はにかんで自己紹介をしてきた少年の面影はそこにはなかった。変わり果てたその姿に怯むことなく、アレックスは振り下ろされた剣を受け止める。

「しっかりするんだ!力に飲まれるんじゃない!!」

 ギリギリと鍔迫り合いをしながら、アレックスは何度もキラに呼びかける。虚ろな瞳が示す事は、完全に彼が我を忘れて暴走していると言うことだ。

「許さない・・・。よくもトールを・・・・・・」

「キラ駄目だ!!憎しみのままに力を使ってはいけないっっ」

 くるっと手首を捻って、アレックスはキラの剣を叩き落とすと、自分も剣を投げ捨てて肩を掴む。後ろでイシュカが何か罵っているが、今はそれどころじゃない。

 濃淡が混ざり合った不思議な色合いの翠玉が、キラの色のない瞳に映り、彼の動きが止まる。

「君の力は、こんな事をする為にあるんじゃない。心を落ち着けて、恐がらないで・・・」

「だって、トールが居ない。僕のせいでトールがっ!!」

「キラ!?お前のせいじゃないっ、駄目だっ!キラ!!」

 翠玉に魅入られて揺れ動いていた紫の瞳に、カッと憎しみの炎が爆ぜる。

「うるさいっ! あいつらは僕からアスランも奪った。殺してやる。魔族なんて、全員殺してやるっ!!」

 噴出した魔力にではなく、放たれた言葉に、アレックスは一歩後ずさる。与えられた衝撃に、上手く頭が働かない。

 彼は、今何と言った?

「キラ――」

 伸ばした震える指先が彼に触れる寸前、新たに出現した気配にハッと息を呑む。

「このような形で、貴方とお会いしたくはありませんでしたわ。アスラン」

「 ラ、クス・・・・・・」

 呆然と、自分と、キラとを隔てて立つ彼女の名を紡ぐ。それは、かつて婚約者として定められていた精霊族の姫。

「それ以上、近寄らないで下さい。キラはわたくしが癒します」

 凛として、半ば挑みかからんばかりの視線を向けてくる姫に、アレックスは何も言えず、ただ、キラと姫とで視線が揺らぐばかり。

「貴方がたが何の為に此処に居られるのかは問いません。ですが、世界の和を乱すことは、このわたくしが許しません」

「貴様は一体何様のつも――、ッチ!」

 まるで女王然として言い切る彼女に、一瞬で総毛立つ程の怒りを得て言い返したイシュカだったが、派手なピンクローズのオーラの向こう側に感じた気配に、苛立たしく舌を鳴らすと、決して引けを取らない一瞥を精霊族の姫に投げつけた。

 そして、ふんっ!と擬音が聞こえそうな程派手に顔を背けると、バサっと翻したマントでアレックスを覆い隠し、そのまま気配の欠片も残さず姿を消した。

 その銀色の残像を見送って、ラクスは暫く動けなかった。





3-6


 次々と駆逐されていく相容れぬモノ達の骸を、感慨も無く見ていた男の元に、一人の少年が近寄って来た。

「レイか。随分と早いな。もう済んだのか?」

 年長者の落ち着きを感じさせる声には威厳があり、彼が他者に命令する事に慣れている事を窺わせた。

「残念ながら損傷が激しく、使えそうな石はありませんでした」

「1つもか?」

「はい」

 肩口で毛先がくるりと弧を描く黄金色の髪を揺らして、レイと呼ばれた少年は強い意志の滲む瞳を男へと向けた。頭一個以上背丈が違うため、どうしてもそれは見上げるような形になる。少しでも彼の役に立ちたいレイにとって、見上げるという行為は、自分の未熟さを思い知らされる行為でもあるが、大好きな彼を見上げられるポジションに居るのだという優越感もあり、毎回なんとも複雑な気持ちになるのだった。

「“彼”の言葉を借りて言うと『負荷に耐え切れず自壊』した石が半分。残りは力任せに破壊された痕跡が認められました」

「成る程。さしものジブリールも、アレを野放しにして置くほど馬鹿ではなかったという事か・・・・・・。それで“彼”は?」

「いつもの如く」

「やれやれ。相変わらずだな」

 なかなかお茶目に肩を竦めた男は、不意に鋭い視線を彼方へと投げた。

「ギル?」

「あれには流石に目覚めたか・・・。だが、遅すぎたのだよ、貴方は――」

 事実上精霊族を統括する立場にある男、ギルバート・デュランダルは、口の端をくっと歪めると、踵を返した。

 彼女の元へご機嫌伺いに行くわけではない。今回の討伐隊を指揮する者として、首謀者を裁きに行くのだ。





 こうして、ヘリオポリス襲撃に始まる一連の事件は、ジブリールなる魔族の仕業とされ幕を閉じた。

 そして半月後、精霊族を仲介として、オーブと連合との間に停戦協定が締結された。ミレニアムの年まで、あと一年と迫った聖クライン暦999年の事である。




どーなるどーなる。早く続きが読みたいのに~。相方から続きが送られてこない! こうなったら、私が書いてしまおうか。でも、そうなったら全然違う結末になるのだろうなあ・・・。

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