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虹の切れ端






 途端に鋭い視線を送るアレックスをシンは見ていた。
 ハイネもふざけてはいるが、嘘で人口種石の名を口にはしないだろう。元より彼は帝国の研究所と王宮に忍び込んだ空賊である。賊としての腕ならアレックスよりも上かもしれない。

 散々俺が邪魔しちゃったからな。

 シンは、今一歩の所でお宝を手に入れそこなっているアレックスを思い出す。
 そのせいでハントをする羽目にもなったのに、その割に彼は財宝に執着しているように思えなかった。報酬報酬と事あるごとに口にするが、金銭にギラギラしているわけでもない。

「そんなものを手に入れても、金にならない」
「そんな事を言っていいのか。そっちの王女様は興味津々って顔だぜ?」

 言うまでもなくラクスがハイネを潤んだ瞳で見つめている。今までと違うのはその表情がどこか硬いと言う事だ。

「わたくしにはもう、必要のないものですわ」

 注目されて小さく笑った彼女は儚げだった。
 あんなに自信に満ち、王国の独立を願っていた彼女に何があったのだろうか。婚約者の形見のように大切にしていた種石すら見向きもしない。

 兄上が背中を押してくれるんじゃなかったのかよ。

 シンはラクスをまじまじと見る。
 王墓でラクスはアスランと再会して、アプリルを、種石を託されたじゃないか。

「諦めるのか。兄上はラクスを応援しているのに、ラクスが諦めるのかよ」

 シンは俯いて零す。けれど、考え込んで次の言葉を口にしたのはシンではなくキラのほうだった。

「ラクス。君はいつも誰かを見ていたようだけど、もしかしてそれは・・・」
「いつも、アスランがわたくしを導いて下さいました」

「アスランって・・・あの前に君の婚約者だった、アスラン・ザラ・プラント?」

 泣きそうだと思った。

 同じ思い出を共有し、亡き人を語ることができると思っていた。困難を共にするのとはまた違う。仲間だと思っていたのにシンは少し裏切られたような気がした。

「わたくしは間違っていないのだと思いたかった」

 ラクスは何も残らない地平の果てを見つめてポツリと零す。

「帝国を敵に回してでも、祖国の独立を勝ち取れと。わたくしに幻影を見せていたのかも知れません」

 幻影って・・・。
 じゃあ、俺に見えていたのは何だったんだよ。
 違う・・・幻影なんかじゃない。ちゃんと意思を持った・・・。

「シン・・・貴方のお兄様を辱めてしまう所でした」

 一歩、近寄るラクスが徐に手を上げて、シンの両手を掴む。

「ラ、ラクス!?」

「亡き人を理由に何かを為すことは止めにいたします。この時間を歩んでいくのはわたくし達ですから」

 死んだ人間では何もない大地に対して責任を取ることはできない。
 再び農耕ができる地をここに取り戻す為に、考え、行動するのは今を生きている自分達なのだと。力を求めた反動を受け取って初めて彼女は王国の復活を目指すという意味を悟ったのだった。

 同時に、独立を阻止する側の帝国の立場を考える。
 阻止する為の軍団の前に、王子たるシンがいたのだ。

「いいえ・・・。貴方はもう、ご自分の足で歩き出しているのですね」
「いや、えっと、俺はただ、兄上とラクス達が戦争するの嫌だったから」

 それでは解決になっていないと分かっているし、こうしか動けなかった自分が情けなかった。ラクスが言うような立派な志があったわけじゃない。

「たいして俺考えてないよ。兄上に直談判して、駄目だったらラクス達に話を聞いて貰おうと思っただけで」

 シンは罰が悪そうに言ったが、ラクスはフルフルと頭を振った。

「だからですわ」

 落ち着くような笑みだった。 
 シンにはラクスの胸の内など測れるはずもなく、だが、もし、心の声が聞こえたならこう聞こえたに違いない。

 それが貴方の選んだやり方だと。

 ラクスがずっとシンの手を掴んでいるから、動くに動けずどうしたものかと思ったら。

「ステラも手、繋ぐ」

 ラクスとシンの上にちょこんと乗せられた小さな手。

「種石なくても、ステラがその分頑張る」

 二人の横には金色の髪を揺らすステラがにこりと笑って立っていた。

「じゃ、高貴な方々が落ち着いた所で、そろそろ出かけようぜ」

 ハッとして声がした方を見れば、ハイネがアレックスの肩に手を回している所だった。強引に引き寄せてセイバートリィへといざなっているが明らかにアレックスは迷惑そうだ。

「ひっつくなよ、暑苦しい」
「いいじゃないか、空賊同士仲良くやろうぜえ」

 その点、ハイネも負けておらず、肩から振り払われた手が腰に回る。

「おまっ、どこ触ってんだっ!」

「ぐふっ!?」

 見事に決まった肘鉄。よろめくオレンジ色の髪の空賊の横をすり抜けるのは、長い髪と長い耳を持つキャンベラで。相変わらず目がくらむようなプロポーションだった。

「いつまで遊んでるのよ、早く行きましょ」
「ミーア!」

 今度はミーアに腕を掴まれて深紅の飛空艇まで引きずられるように歩くアレックス。
 アレックスとミーアを見て、妙に懐かしく感じてしまった。

 また、ここに帰って来たんだな。
 ステラが相変わらずほんわか笑っていて、二人の後を追いかける。

「ラクス?」

 シンはその様子を見つめているラクスに気づいた。
 今までは王女と空賊という関係から、傍目に見ていい印象を持っていないのだろうと思っていたのに、空賊に寄せる視線が違う。

 なんだかラクス・・・感じが変わったな。

 しばらく会わないうちに、本当に何かあったのだろうかと、少しばかり首を傾げることになった。





 その頃、アプリル東部地帯の片隅で更地となった台地にイザークは降り立っていた。
 風紋を刻んだ見渡す限りの大地は白く沈んでいて、地上を漂うシードの名残が薄緑の淡い光を放っている。吹きつける風が、イザークの銀色の髪を揺らした。

「報告します。第13艦隊全滅。第2軍の損害は軽巡3、重巡1大破。飛行戦艦への損害は軽微ですが、高密度シードによる影響と思われる新型飛空石の活性化が多くの艦で発生しています」

「原因究明を急がせろ」

 視線は白い大地の彼方のまま振り返らずに聞いた。

「観測班によると膨大な量のシードがある一点に収束し、一度に蓄えられたシードが放出されたからではないかとのことです」

 シードが収束。蓄える。放出する。
 最近、どこかでその情報を目にしたことがある。
 ああ、ドクターの研究所で報告文書に記されていた事を、イザークは思い出す。

「ある一点・・・種石か―――」

 ・・・種石。また、種石か。

 イザークは徐に大地に手を伸ばして小石を拾い上げる。
 炭化を通り越して白くなったそれは、戦艦の破片か、民家の一部か、もしかしたら生物の骸かも知れなかった。

 イザークの指が摘み僅かに持ち上がった瞬間、形を失ってポロッと砂のように零れ落ちる。そして、大地に届く前に、吹いてきた風に攫われてしまった。

 ユニウスと同じ。

「散々たる光景だな。この光景をどう思う? シホ」

 7年前もこうして何もない地に降り立ち愕然としたのに、また同じ思いをしている。
 艦橋でサポートしてくれる優秀な部下はこの光景を目の当たりにしても、顔色一つ変えずに淡々と報告を行った。軍人としての鏡であるし、常々イザークも部下に、帝国軍人たれと檄を飛ばしていた。

 だが、これが戦争か?

 何も残らない地。
 報告によれば、作物も育たず、水を蓄えない、死んだ地である可能性が高いという。

 何の為の戦争だ。
 戦争はあくまで国威の発揚であり、何らかの利益を得る為の手段である。けれど、土地も人民も何もかも吹き飛ばす兵器になんの意味がある。これでは、唯、相手を滅ぼす為のものではないか。

 愚かだ。
 7年前は緑豊かだった自国の領土を前にして怒りを覚えた程だ。

 何かが・・・。
 研究所でも感じたもどかしさを感じる。
 何か目に見えないモノに踊らされているような感覚。それは全て種石が基点となって動いている。

「連邦の新兵器でしょうか」

 違う。

 確かに連邦は帝国を叩きたいだろうが、大地を根こそぎ吹き飛ばしたいわけではないのだ。両国は争っているように見えて天秤の微妙なバランスを保つに必死なのだ。そのバランスが崩れる時、大陸は荒れ、歴史が生まれる。

 そのバランスを崩す、何か。

「新兵器などと、フェイス達や王都は何も掴んでなかったのか?」
「中央に照会しております」

 兵器開発に余念のない兄やドクター・クルーゼが何も掴んでいないとは思えず、帝国の未来を憂う。過剰ともいえる種石の研究でも、もしかしたら、帝国は遅れを取っているのではないか。

 人工種石の研究はどこまで進んでいる?
 イザークは研究所でのドクタークルーゼの言葉を思い出していた。

 ・・・・・・歴史は繰り返す。

 種石を求めて国が覇権を争う時代が来る。
 間違いない。兄上はこの事態を予測していた。
 もしかしたら、天秤の支柱を揺るがす何かすら掴んでいるのかも知れない。プラント帝国とコスモス連邦の2大大国を煽って全面対決へと誘う歴史の手。

 そうさせないために、どれだけ苦労していると思っている!
 そう思うと、苛立ちが募って拳を握りこんだ。

「唯一の穀倉地帯がこれでは、アプリルには相当は痛手だろうな」

 そうとも、楽観視はできない。いつもいつも、最悪の事態を想定しておかねばならないのだ。一歩も二歩も先を見据えて置かねばならないのだ。たとえそれが誰かの思惑通りであったとしても。

『誰か』か。

 不思議なことに、苛立ちの対象を形ある存在だと決め付けていた。脳裏に浮かぶのはドクター・クルーゼであり、兄であった。イザークは即座にそれを否定する。国を治める者がこの惨状を望むはずが無いのだ。だとしたら、もっと別の・・・。

 俺達が立ち向かうべきは、そいつなのかも知れんな。







 ふと、研究所へ忍び込む手配をしたシホの気配を思い出して、下がらない副官に何か言おうとした時、イザークは先を越されていた。

「殿下、ご報告したいことがもう一件・・・」
「なんだ」

「シン殿下の護衛を命じた部隊から『任務を完遂できず』と報告が上がっております」

「そうか」

 つくづく、思い通りに行かないものだ。
 反乱軍討伐などとくだらない出征に加えて、シンの帝国送還も不首尾に終わる。弟の身の安否を思えば今すぐにでも動きたい気分だったが、この状況と立場がそれを許さない。

「弟君の消息についてはこちらでも探らせております」

 あの包囲を突破するだけの腕がシンにあるとは思えず、優れた助け手に感謝した。飛空艇単機であのシードの嵐を耐えられたとは思えない。その助っ人の腕に頼るしかない。

 後は・・・・・・奴の運に掛けるだけだ。

 ふと、そう思った自分を記憶の中に見つけてイザークは苦笑した。たしか、7年前も、今は亡き弟を助ける為に走り、無い知恵を絞って影武者を立てたりと隠蔽工作に奔走していた。しかし、結局、ユニウスは幽鬼が漂う死地となり、弟は死んだ。

 また、俺は間に合わなかったのか。
 まだ、そうと決まったわけではない。

「シンに天命があれば、また会えるだろう」

 イザークは腰に佩いた剣の柄に手をかけた。それは、今は無き父から賜った宝剣で成人の祝いに下されたもの。シンも来年、17の年に与えられるはずだった宝剣。

 一度天を仰いで、ヴェサリウスへ戻る為にイザークは飛空艇へと歩き出す。

 地上を離れたヴェサリウスが高度を上げ、隊列を組んだ所属艦が一斉に移動を開始した。数を減らしたとはいえ、大艦隊であることには違いない。哨戒機が無数に飛ぶ空は一分の隙も無い程の警戒網を張り巡らしていた。
 突如、艦橋に策敵クルーの声が響く。

「下方より、未確認の飛空艇接近!」
「数はっ!?」

 艦橋を物凄い速さで掠めて飛ぶ去るのは、肉眼でようやく捕らえることができた飛空艇。それはあろうことか空とは正反対の色をしていて、帝国軍の飛空艇を蹴散らして突っ切っていく。

「追いかけますか・・・」
「適当にあしらっておけ」

 蜘蛛の子を散らした様な空を一筋の青い光が一直線に伸びる。

「深紅の飛空艇・・・なんだあの色は」

 軍の飛空艇ではありえない、と言うことは民間か、もしくは・・・空賊。
 まるでいい標的だ。
 だが、なるほど。速い。

 狙ってくれと言わんばかりの飛空艇は、後姿に落とせるものなら落としてみろと不敵な雰囲気を醸し出して飛び去っていく。

「巷では『最速の空賊』や『深紅の空賊』と呼ばれているようですね」
「ふん。下らんな」

 イザークは空の彼方に消える飛空艇を見えなくなるまで追っていた。







「帝国軍!?」

 飛び立ったセイバートリィが雲を突き抜けると、そこには帝国軍の大艦隊が待っていた。

「みんな、捕まってっ」

 ミーアが叫ぶと同時に、帝国軍の哨戒機が束になって押し寄せて来た。縫うように飛んで、一気に加速が掛かる。一働きしたエンジンが再び唸りを上げて青い光の糸を引く。放たれるワイヤーや銃弾を避け、速く、高く距離を取る。もはや逃走のルートを考えている暇は無かった。

「ヴェサリウス!?」

 シンが叫ぶ。
 包囲を抜けた所に、白銀の旗艦ヴェサリウスが居た。

 そこには当然、シンの兄、イザークが佇んでいるはずで。
 一瞬に接近する艦橋。そこに居るはずの姿を、見えないと分かっていても探してしまった。

 その時だけ時間が止まったかのように、ゆっくりと艦橋横を過ぎ去る。
 帝国軍の軍旗がはためく、その向こう。

 ロールして離れていく白銀の飛行戦艦と深紅の飛空艇。
 あっという間に帝国軍を後にして蒼穹に上がるセイバートリィでは、興奮も冷め遣らぬ皆が水を口にしていた。

「それにしても危なかったな」
「ちゃんと見ておいてくれよ、ヨウラン」

 アレックスから注意が入るが、無事逃げおおせた安堵からか、ヨウランが頭を抱えて舌を出す。ヴィーノが水の入った水筒を奪って『笑い事じゃない』と小突く。
 飛空艇は高層を安定航行に移り揺れもほとんどなかったが、ハイネの一言に一瞬にして緊張が走った。

「あそこに見えるのって・・・艦隊じゃね?」

 種石の暴走によってなぎ払われた大地を抜け、眼下には砂漠が広がっていた。岩石の砂漠が作る山と山の間に身を潜めるように艦隊がいた。ミーアが早速、通信を拾う。

「どうも・・・『至急、お越し下さい』と言っているみたいだわ」

「で、どうする?」

 ハイネの少々暢気な問いかけにシンは一瞬『無視する』と言う答えを用意して考え込む。
 当初の目的は決起の阻止だったのだ。種石のせいで水を濁された形になっていたけれど、あれだけの数があればいつまた行動を起こすとも限らない。

「面会を申し込もう」
「わたくしもバルトフェルト侯にお話しなければならないことがありますわ」

 シンに続いてラクスが声を上げた。
 ミーアがアレックスを見れば、彼が苦笑して僅かに頷いた。

「仕方がないな」

 セイバートリィは大きく弧を描いて、アプリル独立を目指す艦隊へと向かった。今度は接近してきた哨戒機も手荒な歓迎はなく、先導すると短く伝えてきた。前回とは違って驚くほどスムーズな着艦にややアレックスが残念がって到着を告げる。出迎えも布陣も違う。

「なんか変な感じだね」

 さすがのキラも飛空艇から降りて周囲を見回した。まるで貴賓を出迎えるような対応振りに、『実際、お姫様だろ?』とアレックスからツッコミが入る。

「王子様もいるしな~」

 シンの頭をわしゃわしゃとかき回すハイネがシンを引きずって、輪の中に混ざる。その様子をジロリとアレックスに見られて、慌てて頭の手を外す。

「子供扱いするなよっ!」

 アイツに馬鹿にされるじゃないか。

「お前なんて十分、子供だろ」
「なっ」

 ミーアとステラにまで微笑まれて余計に恥ずかしくなる。それでなくても、ラクスを出迎える為に勢ぞろいしている反乱軍兵士の前なのだ。

「そうだぞ。お前は王子じゃないだろ」
「アンタまで!」

 顔だけシンのほうに向けて腕を組む。久しぶりに見たアレックスのその仕草に、シンは嫌な予感が一瞬過ぎる。

「お前は、俺の子分。弟子。半人前の空賊見習いだ。一人前になるまで、王子を名乗られてたまるか」

「な、な、な・・・」

 ひどい。でも、なんだろう。ちょっと嬉しいかも。
 それは紛れも無く、ここに自分の居場所がある証拠だから。

「シンだけずるい。ステラも空賊半人前ーー」
「そうね、ステラのほうがシンよりずっと一緒に居たものね、ステラの方がシンより先輩ね」

 二人して何、笑い合っているんだよ。

 シンはステラとミーアを恨みがましそうに横目で見て、ふと、ラクスとキラが目に留まる。キラの表情はいつもの見慣れたものだ。空をとあまりよく思っていない表情で、今もアレックスとミーアに鋭い視線を送っている。けれど、ラクスはやはり、今までとは違った。

 なんだろう?
 そう思っていると、ざわざわとその場が騒がしくなる。
 兵士達の前に進み出てきたのは、今までに幾度と無く顔を合わせてきたこの反乱の首謀者であるバルトフェルト侯であった。

「よく来たねえ。ラクス王女。そしてシン王子」

 両手を広げて歩み寄る。

「それとも、空賊見習いの方がいいかな?」
「いや、えっと」

 変な風に言葉を放たれてシンは戸惑う。
 彼とまともに話をするなら、プラント王子の肩書きは必要なのだ。けれど、たった今、お前は空賊半人前だとアレックスに言われたばかりで。

「どっちでもいいよ、そんなの」

 兵士達の笑いを一瞬で冷やしたのはキラで、バルトフェルト侯も悪ふざけを止めて本題に入ることにしたらしい。

「まあ、そうだかね。他でもない、丁重に迎えたのは、君達に会いたいという御仁が来ているからなのだよ」






 通されたのは戦艦の中にしては整った部屋でシンは待っている人物をぼんやり見つめる。
 ミーアと張るくらいのナイスバディの女性は茶色の髪を肩まで垂らして、ラクス王女に柔らかい笑みを向けた。

「お初にお目にかかりますわ、ラクス・クライン王女」

 一同が、相手は誰だと戸惑っていると、バルトフェルトが軽く咳払いをしてから彼女を紹介した。

「彼女はコスモス連邦のハルバートン准将配下の軍人で、連邦の重鎮、ラミアス家の長女、マリュー殿だ」

 コスモス連邦の軍人!?
 じゃ、今回の反乱は連邦がやっぱり裏で意図を引いていたのか。

 シンは息を呑んだ。

「その方がなぜ?」

 ラクスの問いはもっともな事だったから、マリューと紹介された女性は少しも気にすることなく唇に笑みを浮かべた。とても悪事を企むように見えない表情である。

「貴方を連邦議会にお招きしたいと思ったからよ、ラクス王女殿下」

 ますますもってシンの頭の中は混乱した。
 一体全体、何がどうなったら、ラクスを連邦の議会に招く事になるのだろうか。

「人工種石・・・と言えば察しが付くかしら」

 シンはついに観念していつもの通りアレックスを見た。
 しかし、険しい顔をして何かを考えている横顔に、気軽に尋ねることはできなかった。その横に居たハイネですら雰囲気が違い、マリューという女性の言動に聞き入っている。

「種石の研究に精を出しているのは何も帝国だけじゃないの。連邦でも莫大な予算を組んで研究しているわ。大層な兵器になるのは分かっているから、議会も軍上層部も気が気じゃないのね」

 確かにあれだけの力を持つ石で、魔法にも、シードそのモノの力としても、その威力は計り知れない。かつては大陸を平定した覇王の力である。

「でもね、それはそれで疑心に駆られるのよ。唯でさえ、帝国は7年前に実験で領土を焦土にしているでしょう? それに、ここ最近の動き・・・主戦派を焚きつけるのにちょうどいい材料になってしまった」

 穏やかに話す内容はとても穏やかなものじゃなかった。

「確かに・・・不祥事が相次いだからな。それに加えて、今回のこの事態」

 ハイネの呟きに渋い顔をしたのはアレックスで。
 心配そうに肩に手を置くミーアの手に上からアレックスは手を重ねた。マリューの言う事が本当なら、シンにどれだけ理解できているか分からないけれど。

 戦争を始める気なのだ。

「だから貴方に、連邦議会を止めて欲しいの」

「そんな事、どうしてラクスにっ!」

 反論したのはキラで、マリューは顔色一つ変えずに受け流す。

「軍はもう開戦一直線だわ。申し訳ないと思うけど、貴方は国を失い帝国を恨んでいる身、その貴方が証言するから意味があるのよ」

「とても連邦を止められるとは思えない」

「ええそうね。でも、殿下にご出席頂きたいのは、種石の制御に関する公聴会なの」

 帝国は自由に種石を制御できない。

「でも帝国には人工種石がある」

 アレックスの言うとおり、帝国はコントロール可能な人工の種石を開発中だ。

「ではどうして、今回の事態に持ち出してこないのかしら。王子が出陣なさったのでしょう?」

 種石の放つシードの嵐に為す術も無く壊滅した帝国の飛行戦艦。一部とは言え、人工種石があるのなら、それを用いた何らかの手段を講じているはずだ。自分達がその力を制御しようとしているのだから、防ぐ手段も当然あるはずである。

「だが、それは、開戦しないことが条件だ。貴方は彼女に何をさせたい?」

 シンはアレックスを見る。
 ラクスもキラも彼を見た。空賊にしては違いすぎる雰囲気に飲まれなかったのは隣に居るハイネとミーア、そして、バルトフェルト侯達、人生を余分に生きた者達だった。

「演説の原稿は当日お渡ししようと思っていたのよ。参ったわね、確かに私達は開戦を止めるために、ラクス王女殿下―――」

 女性がラクスを見据えて、一呼吸置く。
 アレックスが問いかけなければ、ここまでは引き出せなかったかもしれない。

「貴方に祖国の独立を断念すると帝国に宣言して欲しい。そしてその上で平和を訴えて欲しいのよ」

 一室が静まりかえった。







 バルトフェルト侯の戦艦で密談が行われている時、帝都に戻ったイザークは王宮の廊下を1人歩いていた。ギルバートには今しがた報告してきた所である。今は連邦の動き次第でどう動くか分からない情勢なので、王宮を動くなと命じられたことを思い出す。

『第13艦隊は沈んだか』
『折角兄上より賜った艦隊を、申し訳ありません』

『あれらは十分役立った。持たらされた情報、何よりお前が無事ならばよい』

 執務室で顔を合わせる兄弟。
 机の前にフェイス・レイを立たせて、兄は執務机で目の前のイザークの言を聞いている。 

『しかし、連邦の新兵器とは』
『ラクス王女の持つ種石ではないかとの情報もあります』

 イザークの推論にギルバートは笑って答える。

『だとしたら愚か者の極みだな。守るべきその地を焼くのだから』

 兄の言う事はもっともだけれど、イザークはいささか件の王女に同情していた。まだ、王女の持つ暁の種石と決まったわけではない。まして、愚かだと身に沁みたのは灰と化した地で呟いた自身なのだ。

 王宮は相変わらず皇帝崩御の喪中で暗く沈んでおり、その中を歩くイザークは浮き上がって見えた。

 自室に戻る前に、ドクター・クルーゼの話を聞かねばならないと思っていた。
 歴史は繰り返す。その意味を。
 種石との関連、自身の胸の内にある推論を確認する為に。

 歴史は繰り返すのではない。

 歴史を、

 繰り返すのだ。

 明確な意思を持った何かが。
 意思を持つなら、もはやそれは『何か』ではなく列記とした『存在』である。

 そして、その存在と種石は密接な関係がある。
 覇王が大陸統一という歴史的快挙を成し遂げたそのわけが、種石にあるとしたら・・・? その存在がジョージ・グレンを覇王に祭り上げたと言う事になりはしないか。

 突拍子過ぎてイザークは自分で自分の推測を笑う。
 まるでその謎の存在とは神ではないか。

 自分専用の飛空艇に乗り込んで、帝都の研究所に向かう。
 馬鹿馬鹿しいと思っても、一度走りだした思考が止まらない。

「神の存在など」

 飛空艇から降りたところで、イザークは意外な人物に出迎えられた。
 金髪を風圧で揺らして佇んでいたのは、まさに訪ねようと思っていた人物その人。

「待っていたよ、殿下」

 通されたのは、あの時、散乱していた彼の研究室。今はきちんと整理されていて、足の踏み場どころか寝転ぶこともできるぐらいだった。

「君の言いたい事はわかる。何か面白い推論があるのだろう?」

 持って回った言い方をするのは、目の前の仮面の男の常だが、イザークには時間が惜しい。唯でさえ、王宮を離れるなと厳命されているのだ。

「端的に言おう。種石の力が暴走し、ユニウスと同じ光景を見た」

「ユニウスと同じ、そこまで来たか」

 人工種石を何に使うつもりだったのか。
 考えられるとしたら・・・ぶつけるつもりなのだ。種石には種石を。その為の人工種石ではないのか。

「貴方ではないのか?」

「ほう」

「人を操る、歴史の紡ぎ手とは?」

 面白そうに相槌を打つかつての師に畳み掛ける。
 疑問系でしか問い正せないのは、イザークの中にも疑問点があるから。種石を封じる為の力を得る手助けをなぜ、種石を持って歴史を操ろうとする連中がするのかである。

「中々確信を付いているが、残念ながら外れだ」

 立っていた彼がデスクに回りこんで、研究机の椅子に腰を下ろす。軽くため息を付いて組んだ手に顎を乗せイザークを見上げた。

「私は反逆者なのだよ」

 どういう意味だ。
 何から反逆したと・・・。

「聖都の中心で惰眠を貪る連中とは決別したのさ。詳しくは君の兄上から聞くといい」

 一つ扉を開けたと思ったら、またその奥にも扉があった。
 しかし、今度の扉は鍵は掛かっていないらしい。イザークは意を決して王宮へと急いだ。





 公的な執務室ではない、パレスの一室。
 イザークは壁に掛かっていた肖像画をチラリとみやって、ギルバートに切り出した。アデスには誰も通すなと厳命した上である。

「ドクター・クルーゼが兄上に聞けと」
「彼は何と言っていた」

 ギルバートもイザークから問われる内容を覚悟しているようだった。

「自分は反逆者なのだと」
「そうか。ならば、お前の問いに答えねばならないようだな」

 ずっと、兄の考えていることが分からなかった。
 弟を一人失い、父を失った時まで、帝国の為だと言い聞かせてきたが、実は納得などできてはいなかった。

「兄上を何を考えていらっしゃる?」

 皇帝の座に着くことでもない。
 連邦を征服することでもない。

 ギルバートはイザークからの問いに、緑の中庭に目をやって口をつぐんだままだった。イザークも同じように、かつて自分が幼い頃弟達と遊んだ庭を見やる。あの時から随分と時間が過ぎてしまった。自分が一番戯れた相手も、もういない。

「糸を断ち切りたいを思ったのだ」

 糸・・・?

「こう考えたことはないか? 我らがどう足掻こうとも、超えられない壁がある。何者かの手によってこの世界の運命は決められていて、大陸に生きる全ての生命は、見えない、遥か蒼穹から垂らされる糸に操られていると」

 妄想だと、笑えなかった。

「それが・・・種石をもたらす存在だと」
「知れば、後戻りできなくなる。いいのか」

「俺には知る権利、いや、義務がある」

 あの日、ユニウスに居た弟は、その見えない存在に消された。
 自分の懸命の行動をあざ笑うかのように、ユニウスを覆った青白い光が一瞬にして全てを吹き飛ばしてしまった。あれから7年。ようやくイザークは、歴史に隠された真実に辿り着こうとしていた。






どんどん長くなる~。ちょっと間が開いてしまったから、自分でちょっと読み返してしまいました。今回と次回とで本当は1回分です。長くなりそうだったので切ってしまいました。