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夜明け前






「発端は彼、になるのだろうな。ドクター・クルーゼと出合ったのはもう10年以上前になる。あの時はドクターではなく、単なるラウ・ル・クルーゼと言う友人だった」

 10年前と言えば。まだその後の未来がこのような形になるなんて思いもしない平和な時。イザークにとっては歳も近い弟のアスランをただひたすら意識して張り合っていた。

「反逆者か。確かに反逆者なのだろう、歴史を操る力を持ちながら、それを拒絶し、我らに種石の秘密を明かしたラウはコーディネーターから見れば、立派な反逆者だろう」

「コーディネーター?」

 初めて聞く言葉だった。

「彼らは自らをそう呼ぶのだよ。歴史の調停者とね」

 まさに神気取りか。
 荒れ狂う胸のうちはおくびにも出さず、イザークは静かにギルバートが語るのを聞いている。

 彼らは自分達が定めた人間を1人選び、歴史の紡ぎ手に据える。
 その人物に種石を与え、奴らが望む世界を作り上げる。

「最初に目をつけられたのが、アスランだ」

 アスラン。
 3番目の帝国の王子。
 それが選ばれし者だったと? それがなぜ、与えられた力で死ななければならない。

「イザーク・・・コーディネーターにとって種石は分け与えるものではなければならない。神の力を人が自ら得るなどと言う事は、彼らには許しがたい暴挙だったのだよ」

 あの時から人工種石の研究を始めていたと言うのか。
 何も知らなかった自分に腹が立つ。

「アスランに課せられた使命は帝国の滅亡だ」






 勉学も剣の腕も、一つ下の弟と競い合っていた。
 弟は驚くほどの速さで物事を吸収してあっという間にイザークに追いついてしまったのだ。1年のアドバンテージがあるとどこか高を括っていたイザークは抜かれそうになって、慌てて大人しそうな弟を認識する。

 それまでのアスランは、自分よりも小さく、柔らかく、ずっと子供だった。実際、イザークも5つになったばかりの子供だったが。

「アスラン!」
「なんだよ、イザーク」

 遠方から来た空中都市の領主に呼び出されたアスランが、疲れたと侍女に連れられてパレスの庭に戻って来た。その時に領主から出た発言でイザークが早速からかうのだ。

「フフン・・・『可愛い王子様』?」

 父親と兄が見守る前で、庭に転がり出て取っ組み合いが始まる。毎日、くだらないことで言い争って、喧嘩をしていた。一見大人しそうで、親の手を煩わせることの無い弟でも、一旦へそを曲げると、とことん剥きになる。

「可愛いは女の子に言うんだぞ!」
「俺は女の子じゃないっ! 可愛いって言ったら、それはイザークの方だ」
「なんだと、俺は勇ましいって言われた!」

 5歳前後の子供が庭の芝生の上を転げまわっているのを、父も兄も笑って見ていたものだ。わんわん泣き続けるシンを、シン付きの女官が慌ててあやしているのをそっちのけで、噴水や木の根に頭をぶつけるまで、飽きもせずに眺めている。最後は頭を抱えてわーわー泣く二人を兄のギルバートが仕方なく連れ戻しに来る。





 その兄と弟が争った7年前――――――
 けれど、その真実は。

「ユニウスには種石があったのだ」

 暁の種石が暴走した後のアプリルとユニウスの光景は一致していた。覇王の末裔に伝わるという種石が同じ覇王の末裔であるレノア后の実家にあってもおかしくない。

「夜光の種石と言ってね」





 夜空を裂いてイザークとフェイス・ディアッカが飛空艇を発進させる。臨界まで上げられたエンジンをこれでもかと回して帝都を発つ。

「やばいぜ、帝都の精鋭1個連隊がユニウスに向かった!」
「アスランに連絡はっ」

 通信は封鎖されて、どうやっても繋がらなかった。ユニウスまでの中継点も全て押さえられている。

「まさか、こんな春の種撒きの季節を狙うとはっ」
「笑い事じゃないぞ、ディアッカ。もし、謀略通り謀反の証拠でもでっち上げられてみろ、帝国の恥だ!」

 素直じゃないイザークのセリフにディアッカが苦笑するも、事態は一刻も猶予が無い。

「忍ばせていた部隊が防ぎきれるといいが」
「焦るなよ、イザーク。打てる手は打った。後はアイツの運に掛けようぜ」

 しかし、その頃、ユニウスの離宮では既にアスランへの追手はすぐそこまで迫っていた。離宮を取り囲む帝国の兵と先頭に立つのは独特の甲冑を着込んだフェイスで、離宮の者達は覚悟をしていた。それでも、アスランは剣を抜いて退路を開こうとする。

 アスラン。貴方は逃げのびなさい。
 これを絶対にあの人に渡しては駄目よ。

 月明かりを受けて白く浮かび上がる離宮裏側のバルコニーで、淡い月光を宿す石を取り出した女性は、深い宵闇の髪とエメラルドの瞳を持っていた。

 レノア様。夜光の種石をお渡し下さい。

 お断りします。これは世に出てはならぬ力・・・まして、人工的に作り上げようなど、陛下はどうされてしまったのか。

 母上。
 貴方は早く行きなさい!

 種石を渡そうと一歩踏み出した矢先、彼女を魔法の銃弾が貫いた。
 足を止めるための弱い魔法だったのに、胸を深く穿って一撃で倒れる。舌打ちするフェイスが慌てて攻撃中止を命じて、驚愕に目を見開いているアスランの前で、種石を拾う。宿した光がちかちかと点滅して、いつしかバルコニーにシードの風が吹き込んでいた。

 ・・・貴方だけでも逃げなさい。

 奇しくも遺言となった言葉に、身を翻す王子を兵達が追いかける。バルコニーから飛び降りる背中めがけて放たれる魔法、ぶつかり合う剣と剣。離宮を中心にシードの風が吹き荒れ、あれだけ煌々と照らしていた月が急に広がりだした雲に隠れていた。

 王子を探せ。
 アスラン様を探し出せ。
 西の対へ回れ。追い込んで上空を固めろ。決して逃がすんじゃない。
 油断するな、王子の護衛たちは腕が立つ。早く奴らの飛空艇を落とせ。
 馬鹿者、王子の方がもっと腕が立つんだ。魔法攻撃にも注意しろ!

 フェイス・マスターより各隊へ重力制御魔法の発動を伝達。
 目標は西の対。
 繰り返す、目標は西の対一帯。
 シードが不安定だ、各隊警戒を怠るな。

 魔法発動の為のシードだと思った風は、いよいよ人が立っていられないほどに激しくなる。離宮の窓の玻璃が音を立てて割れ、白亜の柱が根元から折れる。

 なんだこの離宮は、何が起こっている!?
 各隊連絡取れません!
 上空の本部に状況確認・・・ぐぉ・・・

 帝国兵が離宮を中心に広がったシードの渦に飲み込まれていく。直ちに散開する飛空艇と、上空に待機していた飛行戦艦が回頭する。

 ゴゴゴ・・・と闇の渦の中に光が点滅して急激に広がり、夜の帳を巻き込んで成長したシードの光の嵐が天空へと消える。跡に残されたのは、何もない地平と残留するシードの光ばかり。

「一体、何が起こったのだ」
「帝国軍も誰もいやしねぇ」

 駆けつけたイザークが見たのは、夜なのに立ち上る光の柱と虫一匹動く影がない有様のユニウス領だったのだ。

「アスランは・・・」

 その結末など一目瞭然だった。
 燃え尽き、白き灰となった台地が延々ユニウス領を埋め尽くしているのだ。
 退避に成功した飛行戦艦で事の成り行きを聞いたイザークとフェイス・ディアッカが、地上に降りて様子を探ったところで、より絶望を濃くするだけだった。

 帝都に戻るなり兄と父を問い詰めたイザークは、帝国の為だと繰り返す兄と父に疑心を抱く。

「父上もご存知のハズだ。あのアスランが謀反などと、そんな器用な事を起こすはずがない!」

 人一人殺すのになぜ領土ごと焼き払ってしまったのかと詰め寄ったが、父は軽く頭を振るのみで、ギルバートはずっと庭を見つめていた。





 決められた未来が帝国の滅亡で、その担い手のアスラン。

 そこまで分かればイザークにも背景が見えてくる。同じ覇王の末裔としての血を引くアプリルの王女との婚約、いずれアスランはアプリル王室へ入るか、王女が帝国に入るだろう。種石の力を持って内から帝国を切り崩していく。愚王となって帝国を滅ぼすか、新王となって新たに国を興すか、アプリルと結びついて国を分かつか。いずれにしても、帝国は滅びるだろう。

 それが、禁断の力を手にしようと目論む帝国に対する審判だとでも?

「我らは抗わねばならない」

 滅亡を阻止する為に。
 帝国を守るために、定められた未来を変えるために、兄・ギルバートがやった事。

 それは。

「貴方と言う人は・・・その為に実の弟をーーー」

 口にしておきながらイザークはその先を続けられなかった。
 天秤に掛けろというのか、兄弟と世界を。
 もし、自分が同じ立場だったら、恐らく自分も。

「父上はこの事をご存知だった・・・」

 沈黙が何よりの答えだった。

 あの日の言葉無く首を振る父と、何も発しない兄の背中が浮かび上がる。
 イザークは背中を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じていた。

 父はもう居ない。
 今ここにいるのは、兄一人。

 いや、もう一人いるではないか。





 ――――俺が。



 指先が僅かに震えている。どうにかしたくて、瞬きできずに兄を見つめている。橙色の視線と蒼い視線が絡み合う。そこには弟を見る眼差しはなかった。

 確かに、もう、後戻りはできない。
 弟一人を犠牲にして、ここまで来たのだ。今更引けるはずが無い。

「帝国は負けるわけにはいかんのだ」

 それがアプリルだろうと、連邦だろうと。
 彼らはコーディネーターに操られた定められた歴史の役者に過ぎないのだから。

「イザーク、すまない」
「兄上・・・これは私が求め、私が決めたことです」

 瞳を閉じるギルバートを残してイザークは懐かしい部屋を後にする。

 歴史を繰り返してなど、やるものか。







『それで本当に・・・平和に・・・なるのでしたら・・・』
『ラクス!』

 やっとの思いで口にしたラクスをキラが止める。
 戦争を止める。平和になる。
 力ではなく、言葉で。
 その誘いはラクスにはとても魅力的に見えたけれど、その為に犠牲になるのは祖国の自由と独立だった。

『ごめんなさいね。酷い事を言っている自覚はあるの。でも、主戦派はそれはもう戦争を起こすのに躍起で。とにかくよく考えて、貴方から答えを聞きたいわ』

 時間を上げると言われて、ラクス達は戦艦の中の別の一室で休みを取っていた。ラクスは丸い窓から、岩石の砂漠を見つめてぼんやり座っている。誰も何も言わず、彼女の決断を待っているかのようで、答えが一つしか無いことを分かっていた。

 先程まで散々討論を交わしていたのだ。
 断固反対のキラと、現実を見たら?と言うハイネ。二人は将軍と空賊なだけあって議論はいきなり対決ムード。
 もっと別の答えがあるような気がする、けれど、考えがまとまらずにシンは口を挟めずに今に至っている。

 肯と答えればアプリル王国と言う国は本当に大陸から消えてなくなり、否と答えれば、帝国と連邦に挟まれたアプリルが戦場になるだろう。

 ラクスの髪が揺れて、肩から力が抜けた。
 部屋に居た誰もが彼女を静かに視線を送った時、裏腹に反対の扉がガチャリと開いてバルトフェルト候が立っていた。

「悪い知らせだ」

 ラクスが立ち上がる。

「たった今、連邦が動いたと連絡があった」

 それは戦争が始まると言う事なのか。
 突き刺さる視線を感じたのか、バルトフェルト侯は軽く手を上げて間を置く。

「まだ終わったわけじゃない。ラミアス殿は急いで本国へと戻られたよ、連邦議会で会いましょうと伝言だ」

 まだ可能性があるのなら。
 ラクスが行かないのなら、俺が。

 シンがそう言おうとして、ラクスの声が被さるように続きを話していた。

「私が参ります」
「ラクス・・・!?」

「キラ。心配してくださってありがとうございます。もう、わたくしに迷いはありません」

 労わる表情をしたまま彼女はシンへと頭を巡らした。

「シン。わたくしは自分が何者なのかをすっかり忘れておりました。貴方を見て取り戻せそうですわ」

 その視線はシンを通り越して、後ろの壁にもたれていたアレックスに注がれていた。

「わたくしは平和の歌姫なのです」

 背後で人が動く気配がした。
 振り返れば、アレックスが珍しく真面目な顔で彼女を見つめていて、隣のミーアが瞳を閉じていた。

「参りましょう。コスモス連邦へ」

 いつになく力強い声だった。
 それでいて、その声はとても美しかったのだと、シンは気がついた。

「ついに連邦か・・・!」
「ったく、緊張感なさすぎるんだよ、ハイネは」
「お前なあ」

 シンとハイネが一番に部屋を出て行って、ラクスとキラを見送る。先に出ようとするミーアがくるりと振り返って指を立てた。

「お父さんとしては、大事な子供が別の大人と仲良くするのが気に入らない?」
「は?」
「アレックス・・・貴方、顔に出過ぎなのよ」

 絶句するアレックスが一歩遅れて部屋を出た時、廊下ではハイネがシンに何事かを提案している最中だった。

「そんなこと無いぜ。だって俺達丸腰も同然で連邦へ乗り込むんだぜ、ちょっと準備していかないとやばいでしょーが」

 ハイネに言われるまでシンはすっかり忘れていたが、コスモス連邦とは大陸の西の端にある大国である。

 これからはシンにとって免罪符が通じない敵陣。今までもあまり効力はなかったが、いよいよ当てにすることもできず、下手をしたら兄達に迷惑をかけることになる。その上、種石の力は使えない。

 セイバートリィに乗り込む直前になって、急に湧き上がった不安に自然と足が重くなる。キラに抜かされ、ラクスの長い髪を見送って、頭を振る。

 しっかりしろ、俺。

「シン、心配ない」
「おい、ステラ!?」

 ぎゅっと腕を掴んでいたステラが嬉しそうに見上げている。

「シンの種石、もう使えないけど、ステラ、もう一つ知ってる」
「え」

「それにね、ステラ。人工種石より強い! ネオのお墨付き!」

 振り返ったラクスとキラ。
 ひょっこりハイネが搭乗口から顔を出していた。シンはと言えばステラの口から飛び出した言葉に動けなかった。






半分のぶった切った残りなのでちょっとまとまりが悪いです。んでもって短いです。でもこれ以上は書く気力が・・・というわけで次回から転に突入です。南場は半分くらい回っているはず・・・予定では。はあ、次の山場までの展開を考えないと。