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西へ





 飛行戦艦を飛び立ったセイバートリィの中では、帝国と並ぶ大国・コスモス連邦への旅もそっちのけで、ステラを皆で取り囲んでいた。コックピットでの番を命じられたヴィーノを残してカーゴスペースに全員が集まっている。

 皆の関心事は唯一つ。
 彼女が根拠の無い自信の持ち主だと誰でも知っている。問題はその前。

 ・・・・・・何をもう一つだって?

 シンはどう尋ねたものか考えあぐねている。
 そもそも、ステラは種石がどんなものかちゃんと分かっているのだろうか?
 シンの疑問を他所に、ステラに笑顔を向けて尋ねるのはハイネとキラだった。二人とも浮かべた笑顔が気持ち硬い。

「あー、お嬢ちゃん。もう一つ知っているとは、何をかな?」

 ほえっと見上げるステラが今度はハイネの隣のキラを見る。

「君は種石の在り処を知っているの?」
「おい、俺が先だぜ?」

 会話を横取りされたハイネと、口出しされたキラが睨みあう。
 シンはようやくできた隙間を縫って口を開いた。拾ったガラス玉のような暁の種石を取り出す。

「ステラ・・・種石ってこれだよ? 本当にもう一つ知っているのか?」
「だって、ステラあの女の人知ってるよ。ネオとね、キスしてるのみたもん」

 噛み合わない会話はいつものことだったけれど、どう解釈したら、こういう返事になるのかシンは分からなかった。それでも、ステラのおしゃべりは続く。

「夜ね、一緒にお泊りしてた! でね二人なのに一緒のベッドに寝てて、『あんあ~ん!』て―――」

「ちょちょちょっ、何を言い出すんだ、君は」

 慌てたアレックスが、ステラの口を塞いで抱え込む。なぜ抱きかかえられることになったのか分からないステラがキョトンと見上げると、ミーアのきれいな人差し指がステラのかわいい唇に当てられた。

「それ以上は言っちゃ駄目よ。アレックスは恥かしがり屋だから」

 気を取り直してシンは尋ねる。

「ネオって・・・」
「うん。アウルとスティングと一緒に夜、尾行して・・・・・・」
「じゃなくてさ。アプリリウスで俺、会ったよな。えっと、変な仮面した金髪の男」

「仮面に金髪?」

 ぴくりとハイネが反応するが、アレックスから怪訝な視線を向けられてすぐに居住まいを正す。

「そう言えば、ネオと言う名前だったわね」

 思い出したのはシンだけではなかった。ステラが誘拐された酒場でアレックスもミーアも会ったことがあったのだ。

 そしてシンはある可能性を思いついて、止める間もなく口を付いて出ていた。

「もしかして、ステラたちはコスモス連邦出身なのか?」

「うん!」

 嬉しそうに返事をされても、シンは笑顔を浮かべて喜ぶことができずにただ、ステラを抱きしめていた。

 ステラはコスモス連邦の人間だったんだ。

 マリューの恋人らしいネオも、アウルもスティングも連邦の人間なのだろう。帝国と連邦を行き来している商人というネオに引っかかりを覚えながらも、シンはそれを何と表現していいのか困っていた。ただ、アレックスもキラも表情を硬くしてステラを見つめていることに、なんとなくわざと気づかないようにしている自分に気がついてしまった。

「よし、じゃあ、お嬢ちゃんが道案内だな!」

「うん!」

 ハイネの明るい声に答えるステラがミーアに連れられて男連中の輪から連れ出される。カーゴスペースのドアの向こうに消える二人をシン達は見送って、二人が消えた後、今後の予定を話し合うことになった。

 一つ、連邦の議事堂へ向かうこと。
 一つ、種石を手に入れること。

 目的は帝国と連邦の衝突を止める為で。

「種石を追っている余裕はないぞ」
「分かっているよ。でも、種石を使われたら帝国に勝ち目は無いよ」

 ジロリとキラに告げられて、シンはアプリルの状況を思い出す。兵器として種石が使われたら、さしもの帝国が誇る高速飛行艦隊でも無事では済まされない。

「人工種石の成否如何だろうが・・・」
「俺の感触だと、完成一歩手前だな」

「ハイネ様はどうしてそのように思われるのですか?」

 ラクスの疑問にハイネは白い歯を見せながらシンを見て格好をつけた。

「帝都の研究所と王宮に忍び込んで無事だったのは俺くらいだってね。勿論、お宝もゲット」

 忘れてた。ハイネは研究所を荒らし、王宮で一緒に抜け出してきたのだ。最後の部分をアレックスに向けて誇らしげに宣言する彼を、アレックスは当然面白くなさそうに受け止めている。

「ああ、そうだ。あの新型飛行石、早速使ってみろよ!」

 ハイネの話題の矛先がシンからアレックスへと移って、何のことか当然分かっている彼が尚更嫌そうな顔をする。どうやら、こういう賑やかなタイプが苦手らしい。しかも、そういう苦手なタイプに好かれるらしい。今も、無駄に肩に腕を回されて、顔を覗き込まれている。

「そんな、いきなり換装できるか! ちゃんと性能を調べてからじゃないとこいつには」
「大丈夫大丈夫。同じ帝国製どうし、愛称ばっちりだって」

 当然のように話すハイネに一瞬鋭い視線を向けるアレックス。
 キラもラクスもハッとして彼を見るから、シンも気がついてしまった。

 おそらく彼は、帝国の人間。

 シンは内心嬉しかったけれど、国を滅ぼされたラクスや敵国出身のステラのことを考えると素直に喜ぶことはできない。そもそも、空賊とは自由人なのだ、一度空賊として空に上がった者に国境線はない。

「分かった分かった。シン、操縦を教えるからお前も手伝え」

 ハイネにベタベタされて、アレックスが会話を速く終わらせたいのがありありと見えた。
肩の腕を外して歩き出す。そして、勝ち誇ったハイネが宣言した。

「それじゃ、まず俺の町へ行こうぜ!」






 ディオキアには帆を広げた船と、丘には飛空艇が停まっていた。
 入り江からなだらかに丘へと発展した町は随分と活気があり、青空に白いかもめが飛び、町並みは白く潮の香りがする、なんとも絵に描いたような港町だった。

 セイバートリィをターミナルに停めた後、シン達はハイネの案内で港町に繰り出す。

「ハイネさん! お久しぶりです」
「旦那、いい食材が手に入ったんだ。ちょっくら寄ってかねぇか」
「ハイネ。せっかく帰って来たんだ。また調停役を頼むよ」
「きゃー、ハイネー。かわいい子連れてるじゃない!」

 終いには黄色い悲鳴すら浴びているが、軽く手を上げて笑顔で応対している。とにかく、俺の町と言うだけだって、ハイネはどこでも人気者だった。ぞろぞろと連れられて歩くのか恥ずかしいほどに。

 分かんない人だよなあ。

 空賊なのに、町の人気者で。それでいて、どうも町の実力でもあるようである。シンはどうも慣れない視線の山にステラの手を引きつつも、一歩送れて、気持ちアレックスとミーアに隠れるようにして歩く。

「着いたぜ」

 シン達の前には港町で通り過ぎたどの店や家よりも大きな邸宅が待ち構えていた。なだらかな坂道の上にあるそこから後を振り向くと、港町が一望できる。

「まずは上手い飯と酒だな!」

 酒と聞いて途端に腹の虫が目覚める。シンは何となしに手をお腹に当てると、隣からきゅるるとお腹が鳴るのが聞こえた。ハズカシそうに、ちょっと怒ったように両手をお腹に当てるステラ。

 主人が留守にしていたとは思えない程整った邸宅の中で、並べられた料理にシン達は目を輝かせた。

 話はハイネのとり止めもない話題から始まって、すぐにもう一つの種石のことに移る。連邦へと乗り込むに当たって準備をするために立ち寄ったに過ぎないのだ。のんびり休暇を楽しむわけではなく、キラが口火を切り、ラクスが優しく尋ねる。

 けれど、ステラは一言短くこう答えたのだ。

「ステラ知らない。でも、ネオ知ってる」

 またネオだ。

「ネオ様ですか・・・ステラの育て親でしたでしょうか?」
「こんなことなら、マリューって人に聞いておけばよかったね」

 キラが眉を寄せる。

「あの時、それを聞くのは無理だっただろう」
「でも彼女も種石を知っていた。研究しているとも言っていた」

 キラの後悔を、詮方なきことだとアレックスが止めるけれど、キラも簡単には引き下がらない。やっぱり、空賊と元将軍はどこまで行っても仲が悪い。

「二人とも言い争っている場合ではありませんわ。わたくし達には時間がありません」

 ラクスは二人の間を仲裁しようとするほど、変わったのに。
 シンはアレックスとキラに話しかける彼女を見る。キラもアレックスも彼女の前でダラダラと言い争いをする気にはなれないらしく、言い合いがすぐに止まる。

「ネオがどこに居るのかステラは知っているのか?」
「ステラ別行動だから、ネオ達の行き先知らない」

 しゅん、と項垂れた彼女を見てシンはしまったと思う。彼女は仕入れに出かけてしまったネオ達に置いて行かれてしまったことを思い出した。

「心配しなくても、きっとすぐに会えるわよ」
「うん・・・」

 隣に座っていたミーアが慰めがてら、甘い飲み物をステラのコップに注ぐ。

「辛気臭い話はここまでにしようぜ。折角の飯がまずくなる、今日は英気を養って張り切ってネオ探しと行こうぜ」

 その後、主であるハイネのオンステージが敢行され、ラクスが歌って盛り上げた。二人がデュエットする姿をきつい眼差しで見つめているキラを見つけて溜息をつくと、同じようにアレックスも眉を潜めている。

 何だ?

 シンが暫く観察していると、キラとアレックス二人が同時に頷いてデュエットに乱入するではないか。酒が飛び、類まれなラクスの歌声にまるで合っていない拍子を取るアレックスにハイネとキラがすかさず酒をぶちまけていた。

 それは、嵐の前の静けさならぬ、嵐の前の祭り。

 ハイネとキラが意地の張り合いで飲み比べをしている横で、酔っ払ったラクスがアレックスに絡んでいる。眠りに落ちる寸前のアレックスに水を渡すミーアを見て、シンは妙に安心するのだった。






 翌日。出発は午後一番と決められた。
 昨日、夜遅くまで騒いでいたのだから当然である。

 飛空艇を失ったハイネも同乗しての大所帯。買出し組みになると思っていたシンは、ヨウランとヴィーノを従えたアレックスに呼び止められて、セイバートリィの換装を手伝うことになった。

 そう言えばそう言われていたっけ。

 ポン、と繋ぎを渡されて袖を通すとさっそく油の匂いが鼻をついた。言われるままに渡された飛空艇の部品を言われるままに置いていく。どうやら分解そのものはヨウランとヴィーノの仕事らしく、シンはアレックスと二人でせっせとパーツを布で擦りながら部品の説明を受ける。

「ひび割れとか、錆びや塗装が浮いている所があったら言えよ」

 一つ一つの部品に向き合うアレックスの目は真剣だった。エンジンと動力部が半分ばらされた所でヨウランに呼ばれて腰を上げる。

「アレックス! OKなんだけど」
「分かった」

 シンにはさっぱりのパーツが山のように目の前に並べられて、これ全部の埃や汚れ、油をふき取るのだと思うと気が遠くなる思いだった。よしっと、気を取り直して一番大きな装甲へ手を伸ばすと、いきなりアレックスに呼ばれた。

「ちょっと来い。シン」

 手招きされ、覗き込んだ機関の中心には青白く光る飛行石があった。

「普通の飛行石よりちょっとグリーンがかった色してんだよな。エメラルドブルーって奴?」

 殊更慎重に心臓部を指でなぞるアレックス。光を映しこんだ瞳が飛行石と同じ色になっていて、息をするのも忘れてしまう。

「しゃべってないで換装始めるぞ。シンもちゃんと見とけよ」

 本当に似ていると思う。
 普段は空賊である彼がこうして真剣な表情を見せると、記憶の中の姿とどうしてもだぶる。

 アスランが望んだ人生を生きる彼。
 帝都の空を見上げて、遠い目を向けていた兄。

 二人はとても似ていて、似ていない所もいっぱいある。けれど、一緒に居るとあの頃に戻ったみたいで懐かしさがどうしても抜けない。こうやって一緒に飛空艇を弄っている事なんて、本当に憧れた光景なのに。

「よし。接続OKだ。軽く回せ」

 気がついたら、飛行石の色が若干青みがかったものに変わっていて不思議な色を放っていた。低い振動が機体に触れている自分にも伝わってくる。物凄いエネルギーを生む場所なのに熱は伝わってこない。

「この感じを覚えておけよ。これからこいつの基本になるから」
「ちょっと、出だしもたつく感じですね」

 その微妙な違いはシンには分からなかったけれど、溢れる光がなんとなく種石に似ているような気がして身震いする。

「シンもちゃんと身体に刻んでおけよ。計器に頼らなくても機体の調子を肌で感じられるようにならないと、一人前の空賊になれないからな」

「分かってるよ!」
「こいつにはまだ無理かもなー」

 一歩先を行くヨウランやヴィーノが羨ましかった。
 ただ純粋に、空を飛んでいられたらどんなにいいだろうと思う。本当にこのまま空賊見習いのまま居られたら。

 けれど、シンはもう気づいてしまっていた。
 自分は帝国の為に、いつか、ここを離れて行く。

「もう少し回しておいてくれ。馴染むのに時間が掛かりそうだ。それとピッチも頼むぞ」

 指示を出してアレックスが飛空艇の中に消える。

「アレックス、めちゃくちゃ嬉しそうだな」
「まあな。これで、帝国の奴らに出し抜かれなくて済むわけだろ」

 マルキオ教や王墓でのことを言っているのだろう。
 従来は飛空艇が飛べない空域を突然飛行戦艦で乗りつけた帝国軍を、忸怩たる思いで見つめていたのかも知れない。

「あの人、スッゲー負けず嫌いだからな~」
「そうそう」

 そういえばアスランも相当な負けず嫌いだったと思い出す。下町のちょっとしたゲームの得点でさえ負けるのを嫌がったほどだ。

「でも俺は心配だよ。あのハイネって人さ、やたら慣れ慣れしいじゃん? この新型飛行石の件もあるし、ここの所不発続きだし、相当鬱憤が貯まってると見たね」
「ってことは・・・荒れるな」

 ヨウランとヴィーノが急に小声で真剣になる。

「空は快晴なのに、飛行は大荒れってね」
「ああ~、試運転とか言って限界までやりかねね~」
「ミーアが上手く手綱を引いてくれるといいんだけど・・・」

 と、思い出したようにヴィーノが顔を上げる。

「ミーアと言えば、あの王女様! アレックスに気があると思わね?」

 シンもヨウランもヴィーノの発言に目を丸くする。

「最近さ、ずっとアレックスのこと目で追ってるんだよ。あれは絶対恋しちゃったって瞳だね」
「ええっ、あの王女様、俺達空賊を毛嫌いしてたじゃん?」

 シンは突然の展開に口を挟むことができない。
 ちょっぴり、驚きつつも、そうかもしれないと思う自分がいて心中は複雑だ。二人が仲良くやってくれればいいに越したことはないけれど。

「ばーか。あの熱~い視線に気づかなかったわけ? そういう所にロマンスは生まれんだよ。なっ、シン!」
「は!?」

 何が何だって?
 ヨウランとヴィーノが納得して頷いているけれど、さっぱりシンには分からない。

 口をパクパクしたまま二人を見ると、接続した計器で飛行石の光度や振動、エネルギー伝達率などを調べている。下世話な話の中でもびっしりと書き込まれたメモリと数字にシンは目を瞠る。

 こんな僅かな違いが分かるようになるだろうか。
 ラクスの熱い視線とやらも分からなかったのに。

「シンも覚悟しとけよな。そんな鈍感だと何時までたっても半人前だぜ?」
「熱い視線は関係ないだろ?!」

 俺も半人前かよと抗議をするヨウラン。

 どうせ出て行くのだから別にいいんだ、とは思えなかった。
 俺も結構負けず嫌いだったなと、シンは幼心にも兄に追いつこうと必死だった頃を思い出した。






 天中を太陽が通り過ぎる時間。
 かもめの群れに混じって、セイバートリィは港町・ディオキアを飛び立つ。新型飛行石を確かめるように慎重に飛ぶアレックスがハイネの野次を完全にシャットアウトしている。行き先は帝国と連邦の航路や空路、陸路を考えて商隊が寄りそうな街に向かうことになっている。

 限られた時間内にネオを探し出せるかどうかは運次第。
 まず最初の目的地は、数年前に連邦に飲み込まれた新しい玄関口。





 そして、シン達がいよいよ連邦領空へと迫る時、イザークは帝都の北側の軍港で大きく武装を換装中の旗艦を見上げた。

「人工種石内臓か・・・」
「大丈夫なのかねえ」

 フェイスのディアッカと共に、巨大な軍事工廠を歩く。

 ヴェサリウスも補修の為ドックに入っており、次に出征があるとすれば今見上げている旗艦になるだろう。第2軍はいわばイザークに与えられた軍であり、帝国軍旗を戴いているものの、その軍事作戦は一個軍の域を出ない。

 次の相手はコスモス連邦。

 そうなれば、複数の軍団を引きつれ戦場へ赴かねばならないだろう。作戦も大規模となり、ヴェサリウスでは任が重い。正真正銘、己の旗艦・ヴォルテールの艦全体を覆う通信設備がものものしい。虎の子の飛行要塞ゴンドワナも含めて、各艦が急ピッチで補修点検、武装強化を図っている。

 第13艦隊から得られたデータを元に、ついに実践投入される人工種石。
 主な用途はシードに対する防壁だと聞いた。

 目の前で次々にシードの嵐に消えていく友軍を脳裏に思い浮かべる。貴重な犠牲の元に帝国は技術を完成させた。あの艦隊を持って行けと言った兄の思惑がどこにあろうとも、優しさや正義感だけで国を治めることはできない。

「ご報告します」

 ディアッカの纏う鎧より幾分簡素な鎧の兵士が走って来て、さくっと膝を折る。

「アプリル東部地帯で発見された飛空艇の破片は、殿下が護衛を命じた飛空艇と判明しました」
「やっぱりか。ご苦労だったな」

 フェイスマスターに報告して、すぐに去っていく。イザークとディアッカの前に全身を鎧で覆ったもう一人のフェイスマスターが立っていた。

「何しに来た。貴様は、兄上からシンを守れと命を受けているはずだが」

 新調した兜で隠されているが、男のものとは思えない声だった。

「殿下。私はその役目を返上したいと臨時独裁官殿に申し上げに来た。勿論、承諾して頂けた」

 この女のふてぶてしさには定評があった。
 目的の為には手段を選ばず、向上心を隠そうともせず、ここまで上り詰めた異国の女。イザークはカガリのそういう所を認めていた。中途半端な情など、上に立つものには邪魔になるだけだと常々思っているからだ。

 だが、身内となると話は別だった。
 頭では分かっていても、弟を放り出して帝都に帰って来たという事実が重く圧し掛かる。今、帝国はこの女の力を必要としているのは確かだ。亡き陛下から与えられた彼女の艦隊を遊ばせておくわけにはいかない。

 分かっているから、感情の捌け口がない。
 たった今、シンの行方が途絶えてしまったというのに。

「ふん。連邦との開戦が近くて居ても立ってもいられないか。こちらに用はないが?」
「おい、イザーク・・・」

「せっかくシン・アスカ殿下のことをお伝えに来たのだが、聞きたくないと言うのなら、潔く引き下がるとしよう」

「カガリ、俺が代わりに聞くからさ」

 それは困るとディアッカが慌てて引き止める。

 イザークには兜の中でカガリが笑っている顔が予想できた。不器用で復讐しか考えていない女だが、妙に義理堅い所があることも知っている。任務を途中で放棄するにはそれなりに理由があってのことだろうとは予想がついたが、まさか、こんな理由だとは。

 弟君は『最速の空賊』と共に居る。

 最近、耳にした言葉だった。そう、シホが確かそんな事を言っていた。

「まさか、真っ赤な飛空艇に乗っていると言わないだろうな」
「・・・よくご存知で」

 灰燼と帰したアプリルの東部地帯で遭遇した紅い飛空艇。艦橋を掠めてあっという間に上空へと飛び去っていった空賊。

「なるほど。あれは挨拶代わりという事か、ディアッカ。お前が言っていた空賊とやらも同じか?」

「その件に関しちゃ、俺はお前に言わなきゃならないことがある」

 ディアッカがイザークに向き直る。
 言いたい事を言い終えたとばかりに、フェイスマスター・カガリが黒いマントを翻して去っていくのを待ってディアッカが口を開く。

「お前はアイツに会うべきなのかも知れない」
「アイツ? 誰のことだ」

 ディアッカは答えずに、換装中のヴォルテールを見上げる。

「確かめたわけじゃないさ。でも確証はある」

 だが、その実、本当はもっと先の空を見ているのかも知れなかった。らしくないディアッカの態度に、イザークは彼も口に出していいのか戸惑っているのだと悟った。

「・・・・・・深紅の空賊、だ」

 シンが弟子入りしていると言う、最速の異名をとる空賊。
 帝都の少年達が空賊に憧れているのは知っている。アスランもシンも口には出さなかったが、空を自由に飛びまわる空賊に憧れを抱いていたのに気づいていた。だからだろうか、余計に空賊という存在が面白くない。

 しかし、イザークはいつものように突き放すことができずに、妙な胸騒ぎを覚えるのだった。





新展開とは名ばかりの幕間が続きます。次こそは!