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滅びゆく世界


 戦争があった。


 世界は二つの陣営に分かれて争い、多くの血が流れた。終戦と同時に世界は復興へと大きく舵を取り、争いの芽を監視する平和秩序監視機構が創設される。もう二度と大戦を起こさないようにと人々は瓦礫の中で誓い合った。


  戦争終結後、4年たった今でも、ことある事に流れる非戦へのメッセージ。まだ傷痕の残るバラックが立ち並ぶだけの商店街。日が落ちて30分とたっていない 夕暮れ時に、光を放つ画面をぼんやりと見つめる少年がいた。テレビがものめずらしいのかと、買出しの人々は少年のみすぼらしい背中を見て通り過ぎていく。


「何が平和だ。餓えて死んでいく奴が大勢いるっていうのに」
  その少年、シンは画面に映るピンクの長い髪を見て、つばを吐き捨てた。店頭に並べられたモニタの前から逃げるように立ち去る彼を、商店街の買い物客は避け るように素通りしていく。素行の悪さもさることながら、黒髪に深紅の瞳が彼と道行く人との間の壁を作る最たるものだった。純粋な人が決して持ち得ない色は それだけで争いの種になり、彼は売られた喧嘩を受け流せるほど大人ではなかった。抱えた紙袋が引っ手繰られるようにシンの腕をすり抜けていく。
「余所見してんじゃねーよ、コーディネータがっ!」
 明らかにわざとぶつかって来て、紙袋を取られまいと死守したシンに難癖をつける少年達。彼ら3人の少年も大して変わらない貧しい格好をしていて、零れ落ちたりんごをすばやく拾って、後の少年に渡している。
「こんなところでうろうろしてんな、何でもできるんだろ?お前らは」
「それよこしなっ」
くだらない罵倒を浴びせるが、ただ睨みつけるシンに業を煮やしたのかついに手が出た。
 勝負は一瞬。
 ドサリと紙袋が足元に落ちる。
 1人の少年があっという間に地べたに転がり、シンは電気街の明かりを反射する紅い瞳で残りの二人を見回す。
「まだやるのか?」
  ウンザリと言わんばかりの口調に一人が懐からナイフを取り出して、汗ばむ顔をシンに向ける。挑発というには切っ先はぶれていたし、シンは落ち着きすぎてい た。恐れずに向かう彼らの行為は蛮勇に過ぎず、シンは小さくため息を付いてナイフを避ける。頭の横を通り過ぎた腕を押さえて、すばやく手刀を叩き込んだ。 落ちかけるナイフを左手で掴むや否や、鋭い軌跡が夕闇の商店街を走る。
 喉元を狙った一閃は寸でのところで止まっていた。シンの瞳がスウっと細められて、瞳だけ横を向いた。 


「そこまでにしたらどうだ?」
拳一つ高い所から見下ろす男が、絶妙のタイミングでシンの手を掴んでいた。意外と強い力に、力を抜いてナイフを放す。ナイフは彼の手の中に消えて、ようやく殺されかかったのだと気が付いた相手の少年が、恐怖と頼もしい助太刀の存在に気を持ち直す。
「お前、お前、今殺そうとしたなっ!こんな事をしてただで済むと思っているのか?!」
  遠巻きに見る人たちの間からどよめきが起こる。来るべき新世界に対応するようにと尋常ならざる反射神経、能力を持つ新人類をコーディネーターを呼んだ。戦 争は新人類コーディネータと現世の人類ナチュラルとの争いが端に発していたのだった。圧倒的に数に劣るコーディネータとナチュラルが数年に及び交戦状態に あった事が、それだけでコーディネータの優秀さを物語る。
 だから、終戦後の世界はコーディネータがナチュラルに私闘を行う事を禁じていた。シンが行った事も含めて、コーディネータはナチュラルに手を上げられない。
「ナイフを向ければどうなるのか分からないわけじゃないだろう」
 シンを見下ろす彼が口を開く。諭すようなとはとても言えない命令口調に、眉間に皺を寄せるシン。反対に劣勢を優勢に転じた相手の少年達。
「俺達が監視官に訴えればお前なんて豚箱行きだなんだ、大人しく殴られてろよ、ガキが!」
「君達にも責任はある。最初に彼にケンカを吹っかけたのは君らだろう?」
 味方だと思った人物の手痛い指摘に、彼らは息を詰まらせる。それくらいのモラルはまだ残っていたらしい。
「悪いと思っているのなら、お互いここで謝っておけ。幸い、大事にはならかったんだから」
 突然現れた男はその場の空気も読まずにお互いに謝罪しろと要求する。彼の手の中にあるナイフが光を反射する。どこの三文芝居かと思わせる、ぎこちない両者の呟きが、すっかり暮れた夜の商店街の騒音に混じる。
「すまなかったな」
 素直に謝ったのは、そこまですれていないからか、一分でも早くその場を立ち去りたかったのかは分からない。しかし、シンが口を開くまでには少し時間が言った。
「君も、だ」
暗闇と人工の明かりで彼の風貌まではよく分からない。ただ、影になった顔に浮かぶ緑色の瞳が目に付くばかり。
「・・・ごめん」
シンの声は掠れて辛うじて相手に届き、やけにうるさく聞こえるモニタの音にかき消された。そして少年達はテレビに映る平和の使者より、両者の間に立つ男の微かな笑みに呆然と立ち尽くしていた。
「よし」
その声は雑踏を超えて確かに彼らの耳に届く。金縛りから解けたかのように駆け出す少年達を見送ったシンは、足元にあるはずの紙袋がきれいさっぱり消えているのに今更ながら気がついた。そこにジャストタイミングで腹の虫が鳴る。


 なけなしの所持金で買った向こう一週間の食糧をなぜ手放してしまったのかと悔やんだところで仕方がない。貧しいのは俺だけじゃないと、シンは空腹の虫がいつづける腹に手をやった。
「よかったらうちに来いよ、夕飯ぐらい食わしてやるから。半分は俺のせいかもしれないしな」
 情けなく見上げたと思った。慌てて睨み返したが、相手は相変わらずの曖昧な笑みを浮かべていた。踵を返す肩が風を切り、向けられた背中が反論を許さないようで、シンは断るタイミングを無くした。