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蝶、あるいは夢






 研究所に忍び込んだ侵入者ことシン達は息を潜めて通路の右と左で警備兵を凝視していた。口に手を当てたハイネが大きく手を振って招きよせる。合図を受けてダダダと駆け出すラクスとシン。

 研究所内に鳴り響く警報に舌打ちして、走り去る警備兵を睨む。

「これが連邦ね」
「アレックスとミーアさんをお待ちになった方がよろしいのでは?」

 ラクスの提案にシンは足を止める。

「じゃあラクス、いつまで待っていればいい?」
「奴らの時間稼ぎには、俺達が楽にこの研究所に侵入できるように、ってのもあるんだぜ」

 ただあの森を抜ける為だけではない。
 森の中に警備兵や連邦の兵士をおびき出しておけば、それだけこの研究所が手薄になるという算段である。

「そうだったんだ」
「だから俺達は時間を無駄にできないわけ。OK?」

 連邦の警備兵は皆、肩から銃を提げ、帝国とは違う鎧で身体を覆っている。刀傷に弱く、銃撃に強いタイプのものだ。顔をすっぽり覆っている兵士は一見帝国兵のようにも見えるが、やはり見慣れないせいか奇妙に映る。

「こっちは銃が主体だからな、暗闇でも遠距離で狙ってくるぞ。気をつけろ」
「サポートはわたくしにお任せ下さいませ」

 ラクスが剣を腰の鞘にしまった。

「・・・ラクス?」
「これなら、わたくしも皆様のお役に立ちますわ」

 そういって、両手に集めたシードで防御魔法をシン達に施す。
 かつて、守られるだけでは駄目だと剣を取ったラクスが、剣を離す。

「君がそう望むのなら、僕達に止める権利はないよ」

 キラが心なし顔を歪めているが、シンには訳が分からない。

「では、参りましょう」

 彼女の心境の変化についていけなくて、ジッと見つめるばかりのシンもハイネに背中を叩かれてハタと気持ちを切り替えた。

 壁の案内板や警備兵の動きから推測して、シン達は研究所の奥へと進む。運悪く遭遇してしまった連邦軍の警備兵をなぎ倒して、警備の厳しい方へ、建物が厳重になる方へと進んだ。

 一つ、機械仕掛けの扉を潜った先に、見知った姿が待っていた。

 両側を玻璃で覆われた通路の向こう側に、小ぶりの銃を両手に構えたアウル。
 その斜め前にスティングがいて、2人の後にステラが立っていた。

「ステラっ!!」

 シンは叫ぶ。
 声が届かない距離じゃない。

 けれど、ステラは顔色一つ動かさずに、僅かに眉を潜めた。敵を見るそのものの視線で侵入者である、シン達をにらみ付けた。

「どーする? ここまで来ちゃったぜ?」
「どーするって・・・排除するに決まっているだろう」

 銃口が火を噴いて、盛大な音を立てて両側の透明な玻璃が粉々に砕け散る。
 通路の外には、低い振動を上げる怪しげな機械群が待ち構えている。

「ガラス狙ってんじゃねー!」
「だって、アイツやる気じゃん?!」

 シン達の前で舞い落ちる玻璃の破片の中に動く人影があった。一瞬のうちに距離を詰められて、何かが頬を掠める。
 つぅ。一筋流れるのは血。
 鼻腔を擽る血の匂いに気がついたときには、ステラの一撃をキラが受け止めていた。

「下がってっ!」 

 なぎ払った先で、きれいに空中で一回転して着地するステラの背後から、スティングとアウルの連携攻撃。ハイネが魔法で防壁を張って何とか凌ぐが、後手に回った攻防では前に進めなかった。

「俺だ! ステラ、止めるんだっ」

 シンにも同じように大振りのナイフを突き立てようとするステラに、シンは避けるのが精一杯だった。とても少女とは思えない身のこなしに、スピード。話をしながら避け切るにも限界がある。

 ステラ。
 ぽやんとしていて、見ていないと心配になるような女の子がナイフを振り回している。

「みんな、殺すっ!」

 シンの記憶にあるステラと大きく違っているけれど、目の前のこの姿は現実で。
 俺は知らない事ばっかりだ。
 自然と彼女を目で追うが、アウルやスティングがそれを許すはずもなく、シンも身を守るために剣を振るう。

 どうして。
 アプリルで最初に知り合った少年達。
 田舎者とからかわれてムキになって反論していた頃が、嘘みたいな今。

 けれど、あの頃から比べれば確実に成長しているシンの太刀筋がアウルを傷つける。
 しまった。という思いと、胸のすく思いが交じり合って、一度距離を置く彼らに叫ぶ。

「何で・・・もう止めろよっ!」

 そこにはシンの暗い思惑があった
 彼らより自分たちは強いのだ、何人もの警備兵を倒して、研究所の奥深くまで侵入することができてしまった。このまま戦えば彼らを傷つけることになる。アウルもスティングも既に重症を負っているのだ。

「黙れ!」

 傷つけたくない。殺したくない。
 なのに、向かって来るなら、剣を振り上げなくてはならない!

「畜生!!」

 通路の向こうにステラ達が消える。
 玻璃の破片を踏みしめて、血が落ちた通路を奥へと進んだ。





 翳された腕から淡いグリーン色の光が零れ落ちる。その様子をじっと目を凝らして見ていたアウルが、口を半開きにしてステラを見た。

「お前、いつの間に・・・」
「帝国の白魔法って奴か」

 苦にがしく呟くスティングが、すっかり傷が癒えた腕や足を見て零す。

 いくら痛みに強くても、動くのに支障が出る程では戦えない。一旦奥へと引いて体制を立て直していたスティングはじめ、アウル、ステラ。ステラの魔法で再び動けるようになったスティングとアウルが銃にマガジンを装填する。

 シードを集める魔法は基本的に素養が大きく関係する。
 シンとステラでも習得のスピードが違うし、同じ魔法でも効果に違いがある。誰にでも使えるわけではないし、帝国軍においても魔導兵士は貴重な存在である。

 まして、魔法が使える人材が極端に少ないコスモス連邦では魔法に頼らない機械が大きく発達した。アウルやスティングが持つ連射可能な銃がそうである。

「来るぜ」

 3人が息を殺してタイミングを見計らった。
 飛び出すアウルを援護するスティングと、後方に下がってチャンスを伺うステラが、左手にシードを集めている。

 彼らの前に姿を現したのは、茶色の髪を振って大剣を片手で振り上げるキラだった。キラの紫の瞳がアウルに突き刺さる。

 間一髪の所で剣を交わすが、2撃目の剣圧で壁に吹っ飛ぶアウル。スティングが突っ込んできたシンと剣と銃の腹で顔を付け合せる。何度も弾き合って、ぶつかり合った。

「スティング!」
「いい加減、落ちろよっ」
「もう、止めろよっ」

 ハイネの重力魔法が3人に圧し掛かり、動きが極端に鈍くなった。それでも、ステラが懸命に治癒魔法を掛けようとする。

 シンはそんな時のステラを見てられなくて、でも、この時ばかりはいつものステラと変わらないような気がして胸が痛い。

「こんな事なら、あの子に魔法を教えなきゃ良かったね。すぐ方が付いたのに」

 キラがステラを睨みつけ、持ち上がる剣先がステラを狙う。

「アンタだって、ステラに助けてもらっただろ!」
「でも、今は敵だよ。彼女から狙う」
「キラ、シン。今は争っている場合じゃありませんわ」

 同じように、治癒に徹しているラクスが剣を腰から抜かずにシン達3人に防御の魔法を掛けなおす。シードの赤い光が身体を包み終わったが最後、キラとハイネがステラ達に踊りかかった。

 シンもワンテンポ遅れて踏み出す。
 目の前にステラがいた。

 どうして、こんな。
 気がついた時には、キラの剣がステラに振り下ろされていた。

「油断するな。死にたいのかっ!」

「うあっ。あっ。かはっ」
「ステラ―――っ!?」

 叫んだのはアウルもシンも同じ。躍起になってスティング銃を乱射するが、シン達に届く前に重い空気の前に落ちる。
 肩を傷つけられたステラが肩を押さえて膝を突く。荒い息をしながらシードを集めようとするが上手く行かずに、キラをシンを睨みあげる。その瞳はかつて無い程に怒りに満ちていたけれど、目の前でドクドクと流れる血の前にしてシンは全ての音が消えた。

 ステラ。今、俺が助けるから。

 シンは集中してシードを集める。空気に混じるシードの光を感じて、目を開けた時。
 目の前に居たのは、半身を真っ赤に染めたステラ。
 バイオレットの瞳が恐れと怒りに満ちていた。

 シンの腕は固まったように動かなかった。彼女のナイフが光るのを見て、身の危険を感じていても、目の前の少女はシンの中では、守らなければならない少女には違いなくて、ゆっくりと時間が流れる。

 ナイフの上を流れる光の粒まで見えるほどに、彼女の奇声も聞こえなくて。
 何故だか兄達に謝っていて。
 自然と微笑が零れた。





 視界を覆う背中がハイネのものだと分かったのは、ガクンと揺れてから。ラクスの魔法とキラの魔法が目の前に降り注ぐが、崩れていくハイネに手を伸ばすこともできなかった。

「駄目・・・だろ? ・・・ステラ・・・」

 ハイネの声が足元で聞こえる。

 何が起こったのか、痛いほど分かった。
 指先が震えて、死を感じる。
 王宮で出合ってから、陽気でふざけていたハイネも腕は確かで、時にはアレックスを困らせる程の空賊ぶりだった。血の気を無くした顔、僅かに開いた唇の端から血の糸を引いている。あんなに眩しいと思ったオレンジ色の髪はこんなにくすんだ色だっただろうか。

「嘘だろ・・・ハイネ。冗談だろ・・・」

 ステラが目を大きく開けてシンを見ていた。

「―――シン」

 一筋、涙が零れ落ちる。
 それでも、ステラの背後から動きの止まったシンめがけて、アウルとスティングの放った銃弾が迫っていた。





 !?

 横から抱き込まれるようにして宙を飛んだ。

 シンの窮地を救ったのはアレックスだった。ミーアがアウルを一撃で沈めて、ハイネの傍らに座り込んで容態を調べている。

「ミーア!」
「分かってるわっ」

 ハイネの周りに魔法防壁を張って蘇生の魔法が掛けられるが、ミーアが首を振った。

「遅いよ、君っ」

 キラが応戦しながら文句を言うが、アレックスもキラも通路の奥を見ていた。スティングとアウルがステラを引きずって下がる。通路には彼女が流した血の跡が残される。

「そんな事を言っている場合か? 新手だ」

 金髪に仮面をつけた男が姿を現した。
 火を噴く重火器に通路が一瞬炎の海になるが、シンの目の前で防御魔法に守られたキラが突進していた。

「おいっ」

 炎を切り裂いて、ネオの銃を真っ二つにするキラ。
 どこか飄々としていた彼らしくない戦い方だった。

「何かあったのか?」
「わかんないさ! アイツはあんなだし、ハイネがっ!!」

 たった一突きでも、命を奪うには十分で。

 見上げるミーアの瞳が潤んでいる。言わんとしている事が分かって、アレックスもそれ以上は彼女に問わなかった。倒れて動かないハイネの周りでシードの光がわだかまっている。命を失った身体には魔法が作用しない。

 キラが容赦なくネオやスティング達を攻め立て、彼らが後退し始める。
 シンは一瞬、光が消え失せたキラの瞳が垣間見えた。

 壁にも床にも縦横無尽に銃撃の痕が残り、キラの剣圧の軌跡が穿かれる。シンはその攻撃から身を守るのに精一杯で、ミーアとラクスがハイネを取り囲んで涙しているのを見た。

「俺がもっとしっかりしていたら」
「お前のせいじゃない」

 彼らの武器が全てずたずたにされて、アレックスに肩を掴まれた時、みしみしと足元から嫌な音が響いた。床のパネルが浮き上がり、シン達は床の抜けた通路の下に落下した。より暗く、より冷たい空間に轟音と悲鳴が響き渡り、感覚を取り戻したのは落下物があらかた足元に落ちた後だった。

「痛って・・・」

 ひんやりとした空気に、全身がぞくっとなるのを感じる。
 全体を見渡せない不気味で広大な空間の果ては暗闇だった。





「大丈夫か?」

 アレックスの声が、小さく木霊してその場所の大きさを示す。

「なんとか」
「当たり前でしょ」

 シンの声もキラの声も反響して、ラクスやミーアの返事もどこで声があったのか分からない。暗闇では声だけが頼りだが、手を伸ばして皆の居場所を探る。

 !?

 手首を掴まれて心臓が飛び出るくらい驚いたが、目がが暗闇に慣れてくると完全な闇ではないことが分かって相手が誰なのか何となく分かった。所どころ小さな明かりが等間隔に並んでいる所を見ると、広大な空間でも人の手によるものだと分かる。天井を見上げれば落ちてきた所から光が一筋差し込んでいた。

「そんなに驚くなよ。こっちがびっくりするだろ・・・」
「んなこと言っても」

 普通、驚くだろ。
 シンは不貞腐れて、残りの仲間を探す。キラがミーアとラクスのそばに居て同じように周囲を探っていた。

「あいつらは・・・」

 どこに居るのだろう。怪我をしたネオやステラは無事なのだろうか。
 落ちてきた場所からここまで相当な距離があった。

「敵の心配より、自分達の心配をしなよ」

 ラクス達と合流するが。

「様子が変だ・・・ミーア?」
「―――番人だわ」

 言うが早いか、足元に巨大な紋様が浮かび上がった。
 青く浮かび上がる紋様は幾つも円を描くように床いっぱいに広がっていて、微かな振動を伝えている。

「でも、どこに?」

 王墓で番人に遭遇した時は、目に見える形で巨大な像が安置してあった。だが、この場所にはそれらしきものがない。緊張して剣の柄に手をかけるが、対象が見つからないではどうすることもできない。額からつぅっと汗が流れる。

「黙って」

 目を閉じるミーアが、不意に顔を上げて斜め前方を見た。シンもアレックスも同じようにその場所に視線をやる。何もないじゃないか、そう思ったのもつかの間、足元の紋様がその場所に集まり、幾重にも連なった円が回転を始めた。

 浮き上がる円の古代文字をラクスが読み解いていく。

 魔人・フリーダム。

 光の模様の中に姿を現した魔人は雄雄しい青い体躯をしていた。額から生える4本の角、背中に生える岩の塊が大きく動いて四方八方に飛び散った。床にめり込んだ轟音が収まると、黄色の瞳をゆっくりと見下ろす。

「魔法防御だ! 早くっ」
「シン、動かないで」

 アレックスが叫びながらシードを集める。 
 床にそびえる魔人の一部が青い光を放って、空間を切り裂いた。

「なんだよ、こいつっ」

 自らも攻撃しながら、周りを取り囲む岩からも攻撃が仕掛けられる。都合9体を相手にしているのと同じだった。周りの岩を狙えば、残りの8体から一斉攻撃を喰らう。いつまでも魔法防御が持つこともなく、絶え間なく続く攻撃にいつまで耐えられるか分からない。一転窮地に陥った現状で、衝撃で足元が緩いで立っているのもやっとの状態のシンは見つけてしまった。

 うずくまるステラを。

 あんな所に!

 けれど自身を守るのに必死のシンにはステラに駆け寄ることもできない。魔人の攻撃は休むことなく続くのに。

「強化系の魔法だ! 行くんだろ、シン!?」
「あ」

 アレックスがシンに反応速度を上げる魔法を掛ける。シンは急に体が軽くなった気がして、降り注ぐ岩からの青い光の攻撃がゆっくり落ちるのを見た。
 同時にアレックスとキラにも同じ魔法が掛かって、魔人へと向かう。

「礼なんて言わないからね」
「そう言う事は、倒してから言えっ!」

 キラの行く手を阻む岩塊をアレックスが粉砕して、魔人に剣を突き立てるが、弾かれてアレックスに激突した後、2人して絡み合って床に倒れこむ。剣を握り締めてキラが頭上の魔人を見上げる。

 今、剣を当てた場所には本当に小さな傷しかついていない。

「くそっ、なんて硬いんだ・・・」
「早くどけよっ!」

 キラの下敷きにされたアレックスが喚く。
 キラが殊更ゆっくりと動いて、彼が起き上がれるようにした時、魔人の青い攻撃が2人が居た場所に突き刺さる。床で弾けて四方に飛ぶ、その一つが向かった先にラクスがいた。

「ラクスっ!?」
「・・・ミーアっ」

 後からミーアが彼女を庇うように抱えて、シードが2人を包むが青い光の本流の中でどれだけ無事だったかは分からない。アレックスが駆けつけ、キラが剣を持ち上げて魔人へと走る。2人に白魔法を掛けるアレックスが振り向いた時、キラが放った剣の一投が魔人の腹部に突き刺ささった。

 次々と流れ出す青い光がその場所全体を照らす。

 そこで初めてシンは、その空間の真ん中に巨大な岩のドームがあることに気がついた。ドームの亀裂から漂うシードに目を瞠る。嫌な予感に
 ステラが身じろぎして顔を覗き込むとひくりと痙攣して、魔人へと視線を注いた。

 王墓で見たときと同じことが起こっている。
 一度放たれた青い光が今度は魔人めがけて収束し、次第に魔人は形を失っていく。最後に残るのは青いクリスタルで、キラが手を触れた途端、弾けて消えてしまう所まで同じだった。

「ああっ!」

 途端に上がるミーアの声と岩のドームから噴出すシードの流れ。
 慌ててアレックスが駆け寄って彼女を抱えるが、やがて弾かれたように飛ばされていた。ミーアの周りのシードが目に見える。ゆらりと立ち上がる彼女が、目の前のドームに向かって歩き出す。

「変だわ・・・」
「おい、ミーア!」

「シード・・・シードを操る者。感じる・・・お前は誰?」

 魔人を倒したことで解かれた種石の封印。
 けれど、次々にひび割れる岩のドームが崩れて、ついに台座に安置された種石が現れた時、吹き付けるシードの風に目を開けていることは難しかった。

「種石の暴走!?」
「こんな所で?」

 アプリスの東部地帯を消し飛ばした、あの嵐と同じ猛烈な風が空間を埋め尽くし、ついに天井を突き破った。破片が風に乗って舞い上がり、その先に垂れ込めた灰色の雲を見える。

「とにかく、ここから逃げるんだ」
「種石が―――」

 ラクスが目を見開いてシードの風の中を立っていた。





 これだけ、強い風の中、そこだけはそよ風でも吹いているように穏やかだった。
 別れを告げた懐かしい姿が手にしているもの、光り輝く種石。
 今まで見たもののどれよりも眩しく、内に秘めた力は計り知れなかった。微笑して歩いてくる姿はアレックスに似て、決して彼では在り得ない。

 これを使って、帝国から世界を守って欲しい。

「嘘ですわ・・・」

 聖女・ラクス。君にしかできない。

 ラクスが呟く先に光を纏ったアスランがいた。
 シンはステラを抱きかかえたままその姿を凝視する。ラクスに微笑みかけ、種石を渡そうとしているその立ち姿。対するラクスは微かに震えながら、その姿を見つめ返し近寄ることはない。シードの風の中では2人の会話は聞き取れなかった。

「わたくしの役目は復讐ではありません!」

 アプリルで散った者達の嘆きが聞こえませんか。

「わたくしの望みは、アプリルの皆が望む地で平和に暮らすこと。あの地を収めるのは誰でもいいのです」

 怯むアスランが一瞬鋭い目つきでラクスを睨み付けた後、シンに視線を向ける。びっくりして、ステラをきつく抱きしめてしまった。

 ならば、最後の希望。

 シン、急に向けられた懐かしい眼差しに息を呑む。
 歩む方向を変えて、ステラを抱えて動けないシンの元に歩み寄ってきた。

 シン。お前は今の帝国をどう思う?

 声が届いた。耳にではなく、直接頭の中に聞こえる声。聞き覚えがあると思ったらそれは、ミーアに魔法を掛けているアレックスのもの。

「どうって、いきなり、何で・・・」

 違うと分かっていても、それは、昔亡くした兄で。
 兄であったらいいと思っていた。

 今の帝国にお前は疑問を持っているだろう。これではいけないと。王宮で感じなかったのか? この大陸に真に必要なのが何なのか。いらないものが何なのか。

 シンの目の前で腰を下ろして手を伸ばす。
 触れられると思った瞬間、湧き上がったのはどうしようもない懐かしさと得体の知れない恐怖。

「確かにそう思ったさ。何の役にも立たない知識だって、無駄に贅沢な生活だって思った。けど、けどっ」

 流れるステラの生暖かい血が、シンの手を伝って足元に跡を描く。
 優しく微笑まれるから、何もかも放り出して、縋りたくなる。死にそうなステラの事も、目の前の兄に任せておけば全部大丈夫のような気すらしてしまう。

 その子を助けたいと思うだろう?
 だったら、帝国をなんとかしなきゃ駄目だ。

「でも、俺・・・」

 アス兄。
 どうして帝国を滅ぼせなんて言うんだよ。

 彼の人の手にあるのは光り輝く4つ目も種石。

 その力は、滅ぼすための力なんだ。
 帝国の飛行戦艦を消滅させて、アプリルの土地を灰に変えた。

「・・・シン・・・」

 消え入りそうな声でステラがシンを呼んだ。

 俺が望むのはそんなんじゃない。
 もう、誰もなくしたくないんだ。

「いらない。いらないよっ。そんな力!」

 嘗てジョージ・グレン王はその種石の力を使って大陸の統一を成し遂げたというけれど、統一された国家は長く続かなかったのだ。時を経て、幾つもに分かたれて今に至る。国を一つに纏めることがどれだけ難しいことか。

 統一する為に覇王は種石を、滅ぼす為の力を使った。
 それでも、数多の犠牲を払って大陸全土を手中に収めた国でさえ滅んだ。

「滅ぼすだけの力。俺達が手にしちゃ、絶対に駄目なんだ!」

 お前もか!

 目を細めて投げつける言葉に、先程までの優しさはない。
 幻影の種石を持つ手が震えている。

「どっか行けよ。お前なんかアス兄であるもんか!」

 この役立たずどもめ。

 幻影のアスランが手にした種石を握りつぶした。
 指の間から射られる光の矢がまるで生きているかのように、空の一点を目指して突き進む。

「避けろ、シン!」

 アレックスに体当たりされて間一髪、光の矢の直撃を避ける。
 ただ溢れ出すシードに混じって幻影が消え、シン達はその場を後にするしかなかった。





 研究所から立ち昇る光は天空で弾けて、連邦の首都へと向かう。

「アーハッハッハーッ!!」

 奇声を上げるアズラエル。
 森の研究所に勝るとも劣らない壮大な設備を見下ろして、高笑いを上げる。いきなりの事に周りを固める護衛たちがぎょっとするが意にも介さず、嬉しさを隠そうともしなかった。

「これを、この力を待っていました!」

 眼下の施設で唸りを上げる装置に注がれる光はシードの風と同じもの。
 上空から吸い寄せらるように、シードの光がみるみる満ちていく。

「さて、救世主気取りのジブリールにも少しは役に立ってもらいましょうか?」

 軍の研究施設を後にした彼が向かったのは連邦議事堂で、上院議員達に混じって議事堂の中へと足を進める。

 アズラエルが議事堂に消えた数分後、黒塗りの車から足を降ろす老人に続いて、議事堂へと向かうマリューの姿があった。不可解な雲の動きと、雷にしては変則的に輝く空を振り仰く。

「ラクス王女・・・もう時間がないわ」

 ロドニアで消息を絶ったという知らせに、目と鼻の先まで来て希望が消え失せそうな不安をぐっと堪えて議事堂へと入って行く。

 いよいよ連邦議事堂にて、種石の制御に関する公聴会が開かれる。





急ぎ過ぎです。分かってはいるが、こう何かに急き立てられるのさ~。ハイネがお亡くなりになってしまいました。そして、種割れ2人目です。フリーダムが出ることは決まっていたのに、ここまで長かった・・・。書いてみれば、サブタイトル全然関係ないし、もっとステラ寄りの話にする予定だったのに、意気込み倒れだよ、トホホ。