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もう一度宇宙へ



 白煙が充満する中、天井を突き破って深紅の機体が姿を現した。
 蒼天へと一気に駆け上がるミネルバを追って、矢のように突き進む機体が赤い燐光を引いて迫る。
「4時の方角より急速接近する機影っ」  
「バカなっ」
 ミネルバのスターボートに移される赤い光点を見て、クルーは驚愕する。大気圏を離脱しようという戦艦に追いつく機体があるわけがない。その機影は見えずとも、シンは気密ハッチの中で右腕を抱えて全身に掛かるGだけではない、迫るプレッシャーに耐える。
 来るっ。
「被照準! レーザービーム来ますっ」
 メイリンの悲鳴と同時に船体のすぐ脇を通り過ぎるレーザー光線。
 ブリッジが言いようのない不安で包まれた時、高度が50キロを超えた。ブリッジから覗く空は随分と濃く、注意深く目を凝らせば星が見えるかもしれない。成層圏を越えたところで、ミネルバの船体を一周旋回して、突如離脱した。
 安堵の息を吐き出すブリッジクルーの前に、漆黒の宇宙が口を開けていた。
 霞む目でシンはハッチの窓から覗く宇宙を見つめた。腕の痛みは認知できる限界をとっくに越えていて、あまりに強く左手で掴んでいたせいが、切断面が血が吹き出していた。気密ロック内とはいっても、ここはもう無重力。血の珠が浮かぶ。
「キャーッ!! あんた、その手どうしたのよ!」


 プラントの独立宣言以来、戦争状態に突入したプラント自治評議会加盟コロニーと地球の各国家の間では激しい勢力が争いが続いていた。地上では重点ポイントを絞って防衛を進めるプラント側だったが、宇宙への玄関・ジブラルタルは現在地球軍の制圧下にあった。
 航空母艦、戦艦などがドックにひしめき、大陸の西側の防衛拠点が設置されて、部隊編成が大規模で行われている。各国から参加している派遣軍に混じって、一番外れのドックに黒っぽい船体の戦艦が係留されていた。
「何で俺があんな新入りの奴と一緒なんだよ」
 上官の男に噛み付いているのは、ジブラルタル攻略で出番のなかったスティング。その二人が、窓枠から外を見ている青年を見る。跳ねた灰色の髪と目元まで隠すバイザー。
「ネオの奴がいれば、こんな奴・・・」
「他にも補充されることになっている。お前もだ、エイ・ジー、大佐がいないからって隊の規律を乱すんじゃない」
 僅かに頭を動かして、言葉に反応するが帰ってきた言葉は「よろしく」という実にそっけないもの。今までスティングの上官だったネオが、隊に復帰することはなかった。隔壁を閉めるべく、直撃を受けたコントロールルームにいたのだ。負傷して後方送りとなり、入れ替わりにスティングが復帰してみれば、そこにいたのは同じようにラボから送り込まれたという強化兵。
「こんな得体の知れない奴に・・・。おまけに捕虜まで押し付けやがって」
 部隊の再編成の余波を食らって、彼の部隊に補充されたのは正規のパイロットではなく、兵科もバラバラのこれから宇宙へあがろうかと言う戦艦で、どれほど戦力になるか分からない兵士達ばかりであった。


 医務室で治療を受けている最中、シンはずっとこの手を切り落とした相手の事を考えていた。ドクターやルナ達から逐一、寝堀歯堀聞かれたが、覚えているのは目の前の残像と切り落とされた腕だけ。
 手も足も出なかった。
「シン! 聞いているの?」
「えっ、あ、ああ」
 頬を膨らませるルナマリアと、呆れるヴィーノやメイリン。ステラがじっとこっちを見ていた。
「・・・ボタンない・・・」
「―――ったく、軍服は新しく貰っておくから。次に入港したステーションで義手つけてもらいなさいよ」
「しっかし、シンがこうもあっさりやられるなんてなあ、油断大敵って奴かあ」
 油断? とんでもない。だって、相手は。シンは無意識に応急手当されて包帯を巻かれた右腕を庇うように抱く。
「シン、痛いの?」
 腕は痛い。しかし、痛さよりも別の感情を自覚していた。
 ステラ。俺さ、あの人に会ったよ。
 まだ、そうだと決まったわけじゃないけど、と付け加える。纏っていた全く違う空気、夕暮れの甲板で熱のない透明な殺気にさらされた事がある。
「ジブラルタルは落ちたらしいから、これから追ってくるかもな」
 ヨウランが簡単にその後の地上の様子とミネルバの今後を教えてくれた。地球軍の攻勢は続き、マスドライバーが落ちかけたとき、アークエンジェルが現れて戦局を混乱され、ジブラルタルの防衛ラインは総崩れになったという。マスドライバーを制圧されたジブラルタル宇宙港は、地球軍の手に落ちて現在、地球軍艦隊が集結中なのだという。
 ギリギリ難を逃れたミネルバは、宇宙に上がって中立を宣言しているステーションで、船体の修理と補給をかねて、そこに寄港するコースを取っている最中。
「まあ、味方の艦もいるらしいから安全よ」
 窓から覗く宇宙に医務室の様子が半分映っている。瞬きのない星と動くもののない暗闇に安全より孤独を感じずにはいられなかった。


 初めは星の一つでしかなかった宇宙ステーションが、次第に肉眼で確認できるようになり、窓枠いっぱいに広がったと思ったら、シンはまずその巨大さに驚愕した。
 プラントよりもでかいかも。
 実物大のコロニーを見た事がないのだから当然である。実際にはコロニーよりも小さいのだが、外宇宙の小惑星を利用したステーションのドッグのゲートが小さく見えた。宇宙は始めてなら、宇宙ステーションに入るのも始めてのシン達は、外出許可が出ると速攻で飛び出していく。
「ったく、本当にガキよねえ」
 呆れるルナマリアだって、先頭切って飛び出していく一団の一人である。コーディネーターだ、パイロットだ、エースだと言っても所詮はまだ十台の少年少女。前も見ないで走り出すから、シンは思いっきり角を曲がってきた人物とぶつかっていた。
「いてっ」
 派手に尻餅をつくなんてことはなかったが、相手の顔を見ずに謝って歩き出したのが不味かった。
「・・・貴様。人にぶつかっておいて、なんだその態度はっ!」
「うわっ?」
 腕を捕まれ、振り返れば厳しい顔をした青年が睨みつけている。少し距離をおいてルナやステラ達が心配そうに見つめている。ビックリするほどの銀髪の相手は明らかに年長。
「どうもすみませんでした」
 眉がつりあがったが、相手のアイスブルーの視線が首から吊り下げた右腕に向かう。
「フン。だからそんなことになるんだ。これからはもっと気をつけるんだな」
 カッとなって、自由な左手に力を込めたところをルナに止められた。
「ちょっと、シン。アンタは早く病院へでしょ?」
「イザークも、こんなガキ相手に大人気ないぜ~」
 銀髪と一緒にいた色黒の男がルナと同じようにこの場を治めようと動く。半ばルナやヨウラン達に背中を押されてその場を後にするシンは、去っていく二人組みの上着の下にライトセーバーが見え隠れしているのを捉えていた。


 翌日、繋ぎ終わった右手を大きく握って、シンは皮の手袋をつけた。すっぽりと覆ってしまえば、誰にも気づかれないだろう。自分の目さえ誤魔化せてしまえそうだ。指先の感覚はないのに、ドアを掴める不自然さに目を瞑る事ができればの話だが。
「神経が完全に接合されるまでは、強い衝撃などを与えないようにな」
 義手義足専門の医者に念を押されて、シンはプラントの手が回っている病院を後にする。中立を保っているが、宇宙にあるせいでここはナチュラルよりコーディネーターの方が多い。姿を偽らずに街で買い物をするのにも随分となれた。
 それだけで、世界が良い方に向かっている気がする。
 だが、せっかくの上機嫌を壊すミネルバからのエマージェンシーが、戦争中であることを否応にもなく思い出させるのだ。
「こんな時でも呼び出しかよっ」
 繋がったばかりの手を庇う余裕もなく、連絡をとったネルバで地球軍戦艦の接近を知らされた。反対側のドックに入港するらしい。
『中立ステーションだから、中で戦闘はないだろうけど。シンもくれぐれも気をつけてね』
「わかってるよ。ってか、まだ本調子じゃない」
 そうは言っても、さりげなく腰のライトセーバーに手が行ってしまう。わかったと言ったそばから、誰かに監視されている気配を感じてシンは気を引き締めた。
 付けられている?
 そうとなると、大人しくミネルバに帰るわけには行かない。わざと色々な店によったり、遠回りしたり。相手もそれに気づいたのかいたちごっこが始まる。
 くそっ。相手も慣れてるな。
 撒きつ撒かれつつ、日常と変わらないステーションの街を走る。しかし、相手の数もわからなくては、さすがに拉致が空かない。
 まだ、早いんだろうけど。
「もういい加減に出てこいよ」
 シンは後の路地に向かって背中越しに呼びかけた。気配の数を探る。
「へえ、大人しくしてどうするつもりだ、おい」
 1人? こいつ、エクステンデットにいた・・・。
 グリーンに染めた髪を刈り上げて逆立てている少年が姿を現した。手にはライトセーバーを持って。
「別に。ただ、鬼ごっこにも飽きただけだ」
 俺も有名になったもんだよな。
 シンは左手でライトセーバーを抜いた。


 くそっ。やっぱり左手じゃ、反応が遅れる。
「ちっ」
 舌打ちはどちらも同じだった。余裕でかわせるはずの剣筋に身体は動いても左手がついていかないシンと、捕らえそうで捕らえられないスティングと。お互いのライトセーバーが少しづつ体力と気力を削っていく消耗戦に突入しようかという時、思わぬ助っ人があわられた。
「こんな奴に梃子摺るんじゃない!」
 先日、ぶつかった時に怒鳴られた銀髪だった。なぜか怒っている。
「仮にも貴様は赤だろうっ!!」
 赤?
 よほど、分からないという顔をしていたのか、一緒にいた男が笑いながら続ける。
「軍服の色だぜ。ザフトレッドって言うの、あれ。まっ、昔の話だけどな」
 おれ、軍服着てないのにどうして?
 そんな疑問はよそに、突如乱入した銀髪があっという間にスティングを追い詰めるから、見事な剣さばきにシンはしばし観戦者として打ち合いを見てしまった。勝負は一方的なもので、どんどん後退していく相手。
 誰が見ても決まったと思った一撃を銀髪の男は止めた。
 隣の男は叫んでいたが、シンは急速に空気が凍りつくのを感じていた。止めの瞬間に訪れるものじゃない、切れるような視線。まずシンが思い浮かべたのは、リン光を放つ緑の瞳。
「イザーク!?」
 敵が建物の屋根にジャンプして消えていく。
「ディアッカ。深追いはするな」
 人通りの少ない場所でよかった。電灯や木々が少なからず被害を受けて、シン達はその場を早々に後にする。
「捕虜にすりゃよかったのに、お前楽勝だったじゃん。反対側のドックの奴だろ?」
「いや、あの場にはもう一人いた」
 この人も気づいていたのか。二人がやりあっている最中、絶えずオブラートに包まれた曖昧な気配を感じていた。それが、追い詰めた瞬間、鬼気に変わったのだ。シンの覚えのあるものに。
「お前も気づいていたようだがな、知り合いか?」
「は?」
 どう意味だ。何を知って・・・。
 アスランとジブラルタルで会った地球軍兵士について、何を。
「お前じゃないとしたら、俺か・・・」
 シンはいぶかしみながらライトセーバーを腰に差し直して、今度こそミネルバに向かおうとするが。
「あのさあ、お前、ちゃんと一言、言った方がいいぜ?」
 背中に投げかけられる声は、銀髪と一緒にいる色黒金髪の男。
 一言? シンはハテナマークを頭に浮かべて、ああ、と気が付いた。銀髪を振り返れば鬼のように怒りを露にした顔があって、本能的に頭を下げる。
「あっ、ありがとうございます。えっと・・・」
「イザーク・ジュールだ!」
 こいつ、気の短い奴だと自分を棚に上げてシンは思った。
 そして、本日2回目の呼び出しコールが鳴る。


「遅いよ、シン」
 ルナとステラが二人してシンを待ち構えていた。
 慌てて帰ったシンを乗せ、ミネルバが慌しく出航していく。言葉遣いは相変わらず片言癖が抜けていないが、最近、ステラがルナに似てきたなと思うシン。
 ミネルバがドックを出たところで、コンディションイエローが発令。窓から覗く光景にステーション滞在を切り上げて出航した訳を知った。軍艦が中立のはずのステーション周辺を取り囲むように展開していた。ミネルバだけでなく民間のシャトルやコーディネーターよりの戦艦が次と出航して行くのが見える。
 ステーションの宙域を出たところで、コンディションレッド発令。
 シンとルナマリアにとって始めての宇宙戦闘が始まった。


タイトルの宇宙はぜひ「そら」と呼んで頂きたいのですが、当初考えていたものと、もう全然違ってきてまして、あまり関係ないタイトルだなあと。まっ、祝!イザーク&ディアッカ出演ってことで。