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ファンタジード 25

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Plaudite, acta est fabula.





 早朝。まだ明けやらぬプラント帝国帝都。
 地平線をうっすらと暁色に染めて空が白み始めていた。

「イザーク、総司令官がこんな所に居ていいのか?」

 王宮から離れた丘の中腹に高台があって、そこから地平線と空をバックに帝都を一望することができた。冷えた空気と僅かな朝もやの中で、設えた東屋にもたれる男が一人。

「しかも護衛もなしにさ。壮行の観艦式が終わったら出陣だろ?」
「ああ。正午に出陣の鐘が鳴る」
「だったら、何で?」

 手すりに両手を乗せて体重を掛け、明けていく帝都を見下ろしている。いや、視線は帝都というよりはずっと東の果てに向かっている。

「戦争が始まる」
「あー・・・まだ始まったわけじゃないけどな」

 緊張が高まる帝国と連邦の間では、通常時でも常に国境沿いの緩衝地帯を挟んで睨み合いが続き、紛争が起こっていた。小国を潰し合い覇権を争うが、決定的な武力衝突に至ったことはここ何十年となかった。仮想敵国がついに敵国となって相間見えるかもしれないという事態に、両国とも興奮し浮き足立っていた。

「シンは今、連邦だ。あの深紅の空賊と一緒だぜ」
「連邦だと? あいつには王子としての自覚が足りん」

 イザークが丘から見下ろす帝都は早朝だというのに、動き始めていた。

「んなこと言ったって、そうならなくてもいいようにしてきたのお前達じゃん? だから、あんな空賊に攫われんだろ? ハイネもいるしよ」

 イザークが顔を上げディアッカを見た。

「驚いただろ。生きていたんだ」

 ハイネが生きていた。
 7年前、ユニウス領へ討伐を命じられたフェイスマスター。灰と化したユニウスから生還していた事に驚いたが、さもありなんとも思う。

 生きていたのだ。
 アイツが。

「だから、シンは戻ってこないというのか? どいつもこいつも空賊なんぞに憧れて、よほど居心地がいいらしいな?」
「そんなに目くじら立てるなって、いい奴だと思うぜ? ハイネは元々あーゆー奴だし。最速だっけ? 深紅の空賊はさ・・・」

 ディアッカが少し息を継いで同じように帝都へと視線を向けた。
 プラント帝国、帝都ディセンベルでは朝の喧騒が沸き起こり、遠い丘の中腹にまで届きそうだった。都市の交通の足である飛空艇は既に飛び交っている。

「似てるんだ、アスランに。シンにとっては違和感がないんだろ」

 シンと一緒にいる空賊が似ているらしい。

 イザークは自分の鼓動を聞いていた。
 ディアッカと普通に会話を交わしながら、脳裏に浮かぶのは森でのできごと。

 あれは似ている所ではなかった。
 記憶の中の姿のまま、歳を経た弟がいた。

「そこまで言うのなら、その空賊とやらを俺の前に連れて来い」
「は?」

 あの馬鹿が。
 7年もの間、どの面下げて空賊なんぞをやっているのか問いただしてやる。

 ディアッカが目を剥いて聞き返すのに、口の端を上げにやりと笑って答えた。

「ついでにシンも、とっとと連れ戻してこい」
「俺の艦隊も一応参加するんですけど・・・」
「お前のことだ、居場所は掴んでいるのだろう。艦隊指揮はお前じゃなくても執れる」

 空が青さを取り戻して、帝都が朝日に照らされていた。





 朝日がシード大陸を東から順に照らし始める。帝国の全土で夜が明けた頃、連邦で朝の訪れが始まる。瓦礫と化したロドニアの研究所跡の近くで、シン達は重症のステラ達を囲んで、代わる代わる魔法を施していた。意識のないステラや動けないネオに治癒の魔法を掛けるのはミーアとアレックスで、魔人との戦闘で大活躍だったキラがラクスを守るように瞳を伏せている。

 シンもさっきまで魔法を掛けていたラクスに替わって、微力ながらもステラに白魔法を掛ける。

「お前は少し休め」
「でも、俺っ」

 空が白く、夜が明ける。
 一夜明けても目を覚まさないステラを見ると不安で不安でしようがなくて、何かせずにはいられないのだ。

「お前まで倒れて面倒を増やす気か?」
「そんなことはないっけど」

 もしステラが目を覚ました時、そばに居たい。
 何かに追い詰められていた彼女の不安を取り除いて、大丈夫なんだと抱きしめてやりたかった。それなのに、彼女は目を覚まさず、回復を別の人手に頼らなきゃならない状況が歯がゆい。

「争ってないで、シンは休みなさい。ね」
「そうですわ。貴方もお疲れなのですから」

 皆だって疲れているくせに。
 それなのに、自分にばかり優しくする皆が恨めしい。

「いつまでもここに居られるわけじゃないんだぞ」
「そうでもないみたいだ。誰か来るね」

 キラが不意に声を出して顔を上げると、ガタリと音にしては些か無用心な軽い音が近づいてきた。シンもアレックスも音のした方に視線を向け、若い男が数人瓦礫を乗り越えて現れる。

 途端に緊張するシンは、降りてきた男が特に戦闘体制を取らずにほとんど無防備に駆け寄ってくるのを呆然と見る。

「あー、いたいた」
「君たち、ラクス王女とその御一行だろ?」

 御一行って・・・。シンはアレックスと顔を見合わせ、名を呼ばれたラクスを見た。
 流石にどう反応したものか、ラクスも戸惑っているようだった。相手の着ている制服は連邦の軍服のようだが、ステラ達が着ていたものとは少し勝手が違った。

「さっ、急ごう。時間がない」
「そっちの子は?」

「誰だよ、あんた」

 いきなりステラに手を伸ばされるものだから、シンは噛み付いてしまっていた。連邦の男達も怯んで、今更のように自己紹介をする。

「俺はノイマン。こいつはチャンドラ。マリュー・ラミアス大尉の部下だ」
「ラミアス大尉、知っているよな?」

 彼女の命でラクス達を探しに、というよりは首都へと送る為にここまで来た彼らは、瓦礫の中から建材を見つけ、持っていた袋から馬鹿でかい布を取り出して即席の担架を作った。

「その子のことも聞いてる。けど、研究所にいたんならちゃんとした治療が必要なんだ」
「それに、公聴会がもうすぐ開かれる」

 ラクスの旅の目的は、連邦の公聴会で証言すること。
 種石は証言のために、悪用を防ぐ為に手に入れようとしていたけれど、それはもう手遅れになってしまった。

 まさに、自らが制御できない種石の凡例を増やしてしまっていた。

「首都へ急ぎましょう。手遅れになる前に」

 ラクスが立ち上がる。
 ロドニアから首都まで半日。

 ロドニアを後にするシンは、瓦礫の中に消えたハイネをもう一度振り返る。
 出合ってともに行動した月日は短いが、彼の人柄は本当に場を和やかにしていた。時には厳しく、甘えも許してくれる彼の存在にいつの間にか頼っている自分を知る羽目になった。

 ステラの一撃で彼は命を落とす。

 目の奥が熱くなって慌てて瞼を閉じた。
 ごしごしと目を擦るふりをしてやり過ごすと、じいっと見つめているアレックスと目が合って頭をくしゃくしゃとかき回された。

「いい奴だった」

 誰が悪いのでもない。
 誰が正しいのでもない。唯一つ言えるのは誰もこんな結末を望んでいなかったと言う事だけで、シンは唇をかみ締めた。望まぬ未来ばかりを投げて寄越す明日に、意味もなく反抗したくなるのだった。





 連邦の首都は帝国よりずっと無機質だった。
 ついつい、物珍しくてシンは目を丸くしてしまうが、時間がない上に公にできないシン達の立場は、おのずと隠れるような行動になってしまう。

「君たちのその武器は持ち込めないなあ」

 シンとアレックス、ミーアの武器を指してチャンドラが腕を組んでいる。

「ヤマト将軍は別にしてもやっぱりまずいか」
「公聴会に同行できるのは一人だしなあ」

 では、シン達は何をするのか?
 どこかへ運ばれてしまったステラの事も気になって、シンはとんでもないミスを犯しているのではないかと不安になる。

 何しろここは連邦の中心も中心なのだ。

「大丈夫なのかよ・・・」
「安全は保障されてますって」

「ちょっと待て、護身用も駄目なのか?」
「規則ですから。議事堂内で暴力沙汰は厳禁ですよ」

 人のよさそうなチャンドラに、怒るに怒れないアレックスが問いかける。

「ここで大人しく待っていろって?」
「ラクスの事なら、僕一人で十分。空賊の出番じゃないよ」

 シンが身分を明らかにできない以上、ラクスが連れている仲間以上の存在にはなれない。一般人は公聴会には出席できないし、議事堂の中に入ることもできない。

 ここまで来て置いてけぼりとは、割に合わなさ過ぎる。

「それならいっそ、女装でもして侍女として付いていたら?」
「ミ・・・ッ!?」
「スカートの中に武器隠していけばいいじゃない」

 アレックスの切羽詰った声にあわせてシンは声の出所を探った。
 人差し指をくるくる回して、いい案だとうんうん頷いているミーアと、うろたえて二の句が告げないアレックス。

 何かとめまぐるしく変わる状況に、シンの頭の回転が焼き切れそうな時だった。

「あっ、それいいね」
「いいわけないだろっ」

 ヤマト将軍としてすっかり準備を終えているキラが、カラカラと笑う。

「面白がっているだろ」
「面白がる以外に、何があるって言うのさ」
「覚悟を決めなさいよアレックス。シンはとっくに覚悟を決めてるわよ」

 あれ?
 それって、もしかして俺も女装するってことなのか?

「決まり、ですわね」

 議事場近くのセーフハウスでシン達は、用意されていた服に着替える。ラクスやキラの服。そして急遽準備されたメイド服を前に困惑する2人も、時間を告げるノイマンがやってきて渋々袖を通したのだった。

「急いで下さい!」
「ラミアス大尉とハルバートン殿が時間稼ぎをしている間に―――っ!?」

 あんぐりと口を開けたノイマンの前で、王女の侍女として、シンとアレックスは議事場に乗り込むことになったのだ。

「何、眼飛ばしてるの? ラクスの侍女なんだよ、もっとしおらしくしないと駄目でしょ、アレックス」
「シンを見習って欲しいですわ」

 シンは勝手が分からず言われたとおりにしただったのだが、ここはそれが幸いしたと胸を撫で下ろした。話すことはできないから、名前を呼ばれたら体を向けてお辞儀をするだけ。歩く時はしずしずと、肩を揺らさず腕は前で軽く手を添える。勿論走ってはいけないし、ラクスの許可があるまでは座ってもいけない。
 いつもと同じように歩き、身を乗り出して否定しているアレックスは論外というわけだ。

「ほらほら、ちょっとの辛抱だから我慢しなさいよ、男でしょ?」
「元はと言えば君が!」
「あらなあに?」

 ニコニコニコ。
 ミーアの花のような笑顔の前にアレックスが拳を握り締めたまま、口をつぐんでがっくり肩を落とした。駆け足で乗り込んだラクス達はギリギリセーフで時間が変更になった公聴会に何とか間に合う。段取りを調整する間、公聴会の扉の前で待たされることになり、侍女達はラクスを取り囲んで身支度に忙しい。

 ように見えたが、実態は勿論違う。

「ラクス王女。よくお出でになったわ」

 走り寄ってきたマリューがバックから演説の原稿を取り出して渡した。ラクスが渡された原稿を流し読み、ゆっくりと瞳を閉じる。開かれたままの短い原稿をキラが横から覗き込む。そして、途端に顔色を変えた。

「ラクス。これっ、本当にいいのっ!?」
「・・・・・・はい」
「アプリルがずっと帝国のままでもいいの?」

 瞼が開けられた彼女の瞳がキラを見て、安心させるように笑みを浮かべた。

「バルトフェルト侯の所でマリューさんとお会いしてから、ずっと考えていましたの。わたくしにとってアプリル、国とは何か」

 シンは今まで耳を素通りしていた2人の会話が、急に頭の中に留まるのを感じた。

「そこにあるのです、アプリルは。名前を変えろと言われたわけでもなく、労働を強制されたわけでもありませんわ。国を警備する者の服、王宮にかかる旗が代わっただけ。アプリルの民が誇りを持って平和に暮らしていけることが、わたくしの望み」

 ラクスとキラの視線が交差し、先に瞳を逸らしたのはキラのほうだった。何かを言いたげに口を開くけれど、言葉にならないと言った風に視線を床の絨毯の上に落とす。

「キラ。貴方もオーブがお好きでしょう?」
「何を・・・」

 アプリルはあるけど、オーブはもう、ない。そこに土地はあっても民が生きていけない。
 オーブ首長国の首長達がどんな判断をしたのか分からないけれど、まだあの地を諦めていない人がいた。

「そう言う事ですわ」

 オーブの人達だって本当は自分達の土地で暮らしたいに決まってる。
 まだ、オーブはなくなったわけじゃないんだ。

 土地も民も揃っているアプリルなんか、本当に必要なものは何も変わっていないのかも知れない。シンはアプリリウスを思い出す。活気のあるバザール、兄が行った街道警備を喜ぶ人達。

 治める人が替わっても、あの人達は変わらないってことなんだ。

 シンが2人のやり取りを見ていると、いきなり前方のドアが開いて数人が出てきた。途端に廊下が騒がしくなり、警備兵などを引き連れてマリュー一言二言交わす。

「時間だわ。準備はいい?」
「はい」

 ラクスがマリューに連れられて部屋の中に消え、キラも後に続く。侍女たちは廊下で待ちぼうけであるが、部屋の中のどよめきが伝わって来た。

「始まったな」

 ドアの前で並んで待つシン達3人。
 アレックスの指摘どおり、滔滔と流れるラクスの声が漏れ聞こえてきた。廊下で待機する連邦の議事場の役人達がシン達を目に止め、足早に通り過ぎていく。







『種石とは無為の力であり、制御できる力ではないのです』

 シンは視線を感じて顔を上げた。

「あんな砂漠の国から君たちもご苦労ですねえ。国は滅びても主は変えず・・・ですか?」

 廊下には相変わらず役人達がいたが、護衛に背後を守られた若い男がシン達を見ていた。役人服でもなく、かといってあの変な鎧でもない瀟洒な白い服を着た金髪の男。

「これは珍しい。キャンベラ族まで・・・どうです貴方、連邦に来ませんか? ずっと良い暮らしができますよ」

 一方話しかけられたミーアが男を一瞥して、薄く笑う。人との交わりを避ける、キャンベラ族特有の笑みを初めて見たとシンは思った。返事はなく、ミーアはすぐにラクスの演説に注意を傾けてしまう。

「ふん。では、貴方はどうです? 少し背がありますが連邦にも背の高い女性はいますからね。君のような美人なら引く手数多でしょうねえ」

 なぜかムッと来る。
 ラクスの演説に全く興味を示さないこの男はあろうことか、アレックスを口説いていた。ただでさえ、女装することに抵抗があった彼なのに、男に口説かれて何か起こるんじゃないかとハラハラと横目で様子を伺う。

 言葉を発せられないので、肯定も否定もなくただアレックスが聞き流す。

「男性なら放っておかないでしょう」

 シンは笑いたいのを我慢した。

 確かに、よく追っかけまわされているよ。
 ただし、賞金目当てだけどな!

 気持ち顔を顰めたように見え、反応があったことに嬉しそうな顔をする男。

「君もどうですか? 亡国の王女のメイドなんて辞めて連邦に」

 ギョッとして目を見開いてからしまったと思った。
 目の前の男が、にやりと笑ったからだ。そして隣に立つアレックスが気づかれないように溜息をつく。


『わたくし達は知らないのです。お互いを、帝国も、連邦も。知らずして武器を向け合うばかりの世界に未来はないのです』


 ラクスの声が聞こえた。

「いやはや、まるでお芝居のようです。いつからここは劇場になったのですかねえ?」

 問いかけるようでいて、答えを求めているのではないのだろう。皮肉げな口調にシンは僅かに眉を潜めた。あきらかに馬鹿にしている言い回しである。


『2年前、アプリル王国は帝国に吸収されました。種石を使ってまで、失われた国を取り戻そうと必死になっている方々がいることは存じております。ですが今、ここでわたくしはお伝えしたいのです』


 ラクスが演説している公聴会の部屋へと続く扉を見ると、お付の護衛たちが周囲を警戒するように足早に動いた。

「まるで自分が言えば、皆が素直に聞くとでも思っているのですか。国も持たない小娘が」


『わたくし、ラクス・クラインはアプリルの復興よりも、争いのないシード大陸の平和を望みます』

 どよめきが起こった。

 争いのない世界なんて来るのだろうか。
 漠然とした希望を口にできるラクスをすごいと思う。
 それは誰もが望みながら、誰もがその時が訪れないと知っている。シンだってすごいとは思っても、心の底では無理だと思っている。


「いやはや、自国を見捨ててまで平和を望みますか、さすがは歌姫。理想が高くておいでだ」

 そうだ、理想だ。

 思わず目の前の男に同意しかけて、慌てて思い直す。
 例え難しくても、諦めてしまったら、もう。

「・・・理想を捨ててしまったら、これ以上良くならない」 

 シンは思わず口に出していた。

 見捨てたんじゃない、アプリルを大事に思うからだ。
 戦争になったら連邦、帝国に挟まれたアプリルはどうなる?
 反乱軍の後には連邦が隠れていたし、本当に必要なのは旗の色じゃないとラクスが言っていた。

 しまった、と思って男を伺うと面白そうに見ている。
 言葉を発してはいけないのだった。

「勿論ね、理想を語ることを否定はしません。ただねえ・・・理想を唱えるだけでは何一つ解決しないってことです」

 がやがやと通路が騒がしくなった。
 警備兵が集まって、廊下はいっぱいになる。物々しい中にあってシン達はかなり異色の存在だったのか、若い男と言葉を交わしている所を彼らが横目で伺っていた。

「肝心なのは着地点を探し、どう動くかですよ。メイドの君に言っても、どういうしようもない事ですけどね、主君が愚かだと仕える者が気の毒だ」

 欠片も気持ちを込めずに言われてもなんの感慨も浮かばない。
 彼女の事を何も知らないで勝手なことを言う男を睨みつける事もできずに、シンはただ感情を表に出さないとうに前で握った手に力を込める。

「やれやれ、あんなものに頼ろうとはハルバートンも耄碌しましたね」
「アズラエル様」
「分かっています」

 シン達の目の前で、扉が開け放たれた。中のどよめきが一気に廊下にあふれ出し、そこに混じって乾いた拍手が聞こえる。

 パチパチパチ。

 目の前の男が拍手をしながら、ゆっくりと扉の中へと進んで行った。




 数分後、どやどやと廊下に人が出てきた。キラに守られるようにラクスの頭が揺れ、後にはマリューと言った女性もいて、先程まで話をしていた金髪の男がラクスを先導しているように見えた。

「私もね、歌姫の提案ですから無碍にできないのですが、連邦は独裁国家ではありませんし、私の一存では決められないんですよねえ」
「アズラエル理事、ならば交渉団だけでもいかがかな」

 マリューの後にいた初老が提案する。
 シン達をからかっていた男は、どうやらアズラエルと言うらしい。理事と言うからには連邦の軍事を預かる安全保障理事会のトップの一人ではないか。何とも大物に声を掛けられたものだと今更ながらに感心する。

「ハルバートン殿。しかしねえ、帝国は相当大規模な戦団を準備していますよ?」
「帝国も連邦と正面きって戦う程、愚かではありませんわ」

 一人、見知らぬ男が後にいた。
 白髪のような薄い色の髪に薄い黄色の服は、アズラエルとはまた違った形をしていた。ンはその男の顔を見て驚く。男のくせに紫色の唇をしていたのだ。見た目は男性に見えるが実は違うのだろうか。

「やるだけやってみましょう。他ならぬ亡国の歌姫の提案ですからねえ」
「何を甘いことを言っている、アズラエル理事!」

 発した声も完璧に男だった。

「まあまあ、ジブリール殿。ですが、応じるかどうかは帝国次第ですよ?」

 通路の先に歩みを進める、アズラエル理事をシン達は見送るしかなかった。

「これから多数派工作に忙しくなるわ」
「わたくしの声は届いたのでしょうか?」

 ラクスがマリューに向き直ると、彼女が緩く微笑んで頷く。代わりに答える初老の男がラクスの手を取って礼を述べる。

「はるばる連邦の首都まで御出で頂いた殿下の勇気を、我々も無駄にはしませんぞ」
「疲れたでしょう? 貴方達も」

 マリューの一言でシン達はようやくメイドの身分から脱することができた。窮屈な服を抜いて、着慣れた服に袖を通して窓から連邦の空を見上げる。ラクスの演説に敬意を表してアズラエルと言う理事は交渉団を送る事に同意してくれたようだ。

 後は今開催されている理事会でどう決定されるか。
 予断を許さない状況の中、もたらされた結果は帝国と現在の両国の緊張について対話を行うための交渉団を派遣することと、周辺国家の治安維持の要請を受けて軍を派遣することだった。




 その日、帝都の王宮でイザークは先帝から授けられた剣を両手の支えにして、前方を見据えていた。帝国の主要機関が集まる中央広場を見下ろして、帝都と霞むその地平線をじっと見つめている。中央広場に繋がる長い石の階段の最上段にイザークはいた。

「殿下。フェイス・カガリ殿が出られます」

 斜め後に控えるシホが声をかける。
 高い石の壇上にはイザークと居並ぶ部下達、各艦隊司令達が控えて、中央の建物が聳え立っていた。翻る半旗と、帝国軍の旗が蒼天の元ではためく。
 全身に感じる空気の振動に次第に音が混じり、それが低く重いエンジン音だと気づいた時、真っ青な空を埋め尽くす巨大な戦艦が建物を超えて出現する。

 先頭を行くのは高速飛行戦艦軍所属・旗艦ミネルバ。
 フェイス・グラディスの艦隊を引き継いで帝都の上空を進軍を開始する。

「第11軍とマイウス方面軍は既に展開が完了しております」
「アプリル国境沿いに連邦の艦隊を確認」

 建物の中から走り寄る帝国兵が一人。

「臨時独裁官殿よりご伝言。『我らが決意に父祖の加護を』であります」

 大小さまざまな飛行戦艦が雲のように帝都の上を流れ、王宮から見つめているに違いない兄に別れを告げる。

「返礼を頼む。『プラントの未来に栄光あれ』と」

 総司令官にイザーク・ジュール・プラント殿下を戴いて、プラント帝国が動き出した。名目は領土防衛であり連邦への牽制であるが、このまま侵略してもおかしくない大艦隊。

 まるで戦争でもしに行くようだな。

「では、俺も行くとするか」

 そうだ。これは戦争、決して負けられない戦い。
 イザークの青い瞳が開けた蒼い空を映しこんで、瞬きとともに白いマントが翻った。





ふう。演説の中身はなんともいやはや。今回も細切れでもうしわけない。いよいよ、全面衝突か!? あ~、どうしよう。

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