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 記憶がなくても人は生きていけるし、子供は育つものだと俺は感心していた。俺に似ず、本当にしっかりした人間になるだろう。たとえ、ここで俺が死んでもイザークなら大丈夫。そんな気がしていた。

 いつの間に怪我をしたのか、右手がジンジンと痛んで、感覚がない。血は止まったようだけど、今度は焼けるように熱かった。
 そう、熱い。右腕だけではなく、体全体が。アレックスはコーディから逃げている最中、ついに走れなくなって膝をついた。背中に気配を感じる。ガチャガチャと色々なものを壊しながら近づいてくる。サイレンが遠くで鳴った。

 大崩壊以前の記憶はきれいさっぱりなくなってしまったけれど、このぼんやりしたものはなんだろう。
『お前・・・お前・・・楽しみだなあ・・・・・・ゲフ・・・どこまで楽しませてくれる・・・?』
 アレックスは目の前で起こっていることが理解できない。自らの身に何が起こっているのかも。コーディと言う化け物に捕まり、丸呑みされるのか、引き裂かれるのか、それとも切り刻まれるのか分からないというのに、なぜ? 
 この震えは恐怖じゃない。衝動で体が動く。
 湧き上がる感覚は歓喜。
 迫る変形した腕を受け止める自らの手が、紅く硬い物体で覆われているのを見た。鈍く光って、伸びる白刃を滑り落ちる液体は血だろうか。それにしてはやけに濁っている。既に人の姿から大きく変わってしまった物体が細切れになって、溶けていく光景。しかし、確かにそれは自分がやったことなのだと分かるのだ。
 形を失ったコーディが足元にわだかまり、見下ろして呟く。
『俺は、物足りない』
 身体が熱く、ジッとしていられない。獲物を求めてあたりを見回して、急に眩暈が襲った。指一つ動かすのに、筋が引きつる痛みが走る。アレックスは休息に遠のいていく意識をどうすることもできなかった。


「確保しました」
 動かないアレックスを黒塗りのバンに収容した男が連絡する。横たえた姿を見下ろして、バンの運転手に発進しろと指示を出した。



 2




 あの女神像まで行くにはどうしたらいいのか。イザークはそこまでは分からなかった。来た時はただここから眺めただけで、通り過ぎてしまったからだ。だが、代わりにあのいかがわしい部屋を紹介した仲介人を見つけることはできた。
「おい、お前っ!」
 最初ビクッとして身構えた男も、相手がまだ子供だと知って急に余裕のある態度に変わる。
「ああ、君は今日の。どうかしたのかい?」
 どうかしたもあるか。あの部屋は。
「よくもとんでもない部屋を紹介してくれたな!」
「とんでもない?」
 お陰でこんなことにと思うと、はらわたが煮えかえる思いだった。
「コーディが住んでいた! アパートはもうめちゃくちゃだっ」
 一瞬驚いて、そしてさもありなんといった表情をした。子供のイザークにか見つかれたところで痛くも痒くもないのだろう。部屋を失ってしまったというのに、関係無い態度を取るのが許せなかった。
 ガシッ。と、イザークは男の脛を蹴った。
「痛っいな、何をするんだ!」
「それはこっちのセリフだっ」
 わしっと手が伸びてきて、胸倉を掴まれる。父親以外の見知らぬ手に、イザークは一瞬怯む。どんなに家事ができて利口な子供でも、まだ6歳の子供なのだ。子供だから、イザークがまだ子供だから、抵抗してもこの手を外すことができないし、大人に相手にされない。悔しくて涙が出そうだった。

「アーサー、何をやってんだよ」
 イザークを掴んでいる手を外したのは、また知らない男だった。父より若い青年で、黒髪の東洋人で、一緒にいた女性に頭をぽかりと叩かれている。どうやら、イザーク達親子にあんな部屋を売りつけた仲介人はアーサーと言うらしい。
「子供を泣かせるなんてサイテーよ。政府に捕まりたいの?」
 大崩壊からこちら、どの国でも子供は大切にされた。児童を守る法律まであって、親は子を養い、守り、未来を担う大人にすることを義務付けらる。それが親権よりも優先されるのだから、まさに子供様様なのである。
「コーディが出たって・・・あんた、まさかダウンタウンのあのアパートを紹介したんじゃないでしょうね!?」
 ダウンタウンのあのアパートに間違いない。
「そんな事言ったってこの子達親子じゃ、この街の物価についていけないんだし、仕方なかったんだ」
「何だ、田舎モンなんだ。お前」
「何だと!」
「こんなだっせー髪型しやがって・・・」
 黒髪の青年に噛み付けば、相手も屈みこんで睨みあう。イザークは俗に言うおかっぱ頭であり、なぜかと言えば、父であるアレックスが唯一はさみで捌ける髪型だったからだ。張り切って、イザークの髪を切る父は『親らしい事をしてる』と、嬉しそうに笑うから、もうずっとこうだった。イザークにとっては当たり前でも、目の前の青年にとっては、からかいの対象になるらしい。
「シンも・・・子供相手に何やってるのよ」
 シンと呼ばれた青年と一緒にやってきた女性に後から抱きかかえ、睨まれた男性陣がたじたじになっている。よほど、この女性が怖いのか。
「アタシ達のアパートの部屋が空いてたんじゃない?」
 覗きこまれてウィンクされても、イザークはどう答えたものか分からない。この当たり、今までいいように扱われたアレックスを見て育ったから不器用だった。
「こんな可愛い女の子なら大歓迎じゃない?」
 アッと、思い出したように手を叩くアーサーが口を開く。イザークはもう何を言うつもりなのか分かりすぎるほど分かっていた。
「ルナマリア、その子・・・男の子なんだ」
 シンとルナマリアがいっせいに動きを止めて、イザークを見た。予想通りの展開で、いつもの事だと思っても、イザークはブスッとして「悪かったな」と呟いた。


 ひとしきり笑うシンとルナマリアがイザークの頭をなで、将来有望だとか、後5歳若ければと言い合う。時計を見たシンが、ルナマリアを小突いた。気がつけば、空は真っ暗で、ひんやり空気が冷たくなっている。
「じゃあ、早速行く?」
「駄目だ。俺が行きたいのは・・・」
 指差した先にあるのは、ライトを受けてベドロー島に立つ女神。
「ええ、これから?!」
 もし父さんが女神像の下に着いた時、ちゃんと俺が待っていないと。俺は約束したし、父さんが大丈夫だと信じている。それに、俺がついてないと、何をするか分からず不安だった。時に信じられないことをしでかす父親だったから。
「父さんと約束してるから。待ち合わせしてるんだ」

 イザークは今度こそ、大丈夫だというアパートの地図を貰って、ついでに女神像までの船のチケットも貰って、昔は観光フェリーだったという船に乗った。



 けれど、父親のアレックスのほうはとても約束を守れる様な状況になかった。真っ白なベッドの上に寝かされ軽く拘束されている。頭上には手術を見学するような部屋があり、男が二人見下ろしている。
「右のジーンブレイド。本物かね」
「はい。反応値もデータ通りです」
 ディスプレイに投射される難解な記号や数値を見て二人は、横たわる男を見下ろした。目覚める気配はなく、ただ眠り続けている。
「アレックス・ディノ・・・か」
「はい。大崩壊の折に記憶を失い、新しく市民登録された国民の一人です。データに寄れば息子が一人同時に登録されています」
 淡々と読み上げる声に僅かに笑って、報告を受けている男が手を上げて声を遮った。
「レイは彼に会うのは初めてかな」
「はい、ギルはご存知なのですか?」
 少し考え込んでから、爽やかに笑って視線を戻した。
「いや、私も始めて会うよ。ジーンブレイドに選ばれた青年、どんな人物なのか楽しみだ。奴等も何か嗅ぎ付けているだろう、宜しく頼むよ」
「了解しました」
 レイが頭を下げる。男が薄暗いその部屋を出て行ってから暫くしてようやく、アレックスが目を覚ました。起き上がろうとして、足も手も動かせないのに気がついたらしい。抵抗を止めて、ベッドの上から見下ろすレイを見る。
「貴方に危害を加えるつもりはありません。今、行きますから少し待っていてください」



 部屋のドアがスライドして入って来たのは金髪のまだ若い男。アレックスは起き上がれなかったので視線だけをそちらへ向けた。目で動きを追い、何やらパネルを操作すると、音を立てて手足を押さえていたベルトが外れた。
「乱暴なことをするつもりはなかったのですが、何分、我々もジーンブレイドについてよく分かっているわけではありませんので」
「ジーンブレイド・・・?」
 聞き慣れない言葉に、思わず聞き返していた。本当は、もっと別のことをあれこれ聞きただそうとしていたのに、何かが琴線に引っかかったのだ。
「地球外の遺伝子が作り出す最強の武器のことです」
「は?」
 物騒なことをいともあっさり口に出したような気がすると、今度は、意味が分からなくて聞き返した。
「大崩壊の前から、我々プラントが開発していた技術です。コーディは大崩壊で流出してしまったジーンブレイドの因子を取り込んだなりそこないですね」
 ああ、ここにイザークがいたらもっと分かりやすい言葉に翻訳してくれるのに。アレックスは、理解できない事柄に遭遇して、話題を切り替えようと思った。こんな所で時間を食っている場合ではない。
「えっと、俺には良く分からないんだが、その、帰してもらえるかな。息子が待っているんだ」
「それはできません」
「なぜだっ!」
 立ち上がって叫んでいた。
 訳の分からない場所で、さっぱり分からない事を告げられて、挙句に帰れない? 冗談じゃないと思った。対して、アレックスよりも小柄の青年は臆することなく、身をそらして、テーブルの上のディスプレイのスイッチを入れた。
「言ったでしょう。それはプラントで創り出されたものです。今の持ち主が貴方であるなら、持ち主も含めて我々ものです」

 再生される映像。
 映し出されるモノに見覚えはない。
 素肌ではなく、まして服ではありえない。身体を覆う塊をあえて表現すれば、装甲と呼ぶべきもので暗い赤色をしていた。その装甲から伸びる大きな刃がコーディを一閃し、瞬きする間に微塵に崩れ落ちる映像。
 圧倒的な強さでコーディを屠った化け物が画面の中で振り返る。
 硬質化した暗い色の髪の間から覗く、黒い眼窩に浮かび上がる緑色の瞳。

「オレ・・・」

「そうです。これは貴方、世界でも二つしかない完成体ジーンブレイドを発動させた姿です。覚えているでしょう?」
 ぎくりとした。
 微かに残る感触、胸のうちに燻る余韻が、この映像が本物であると証明している。画面に映る変わり果てた自分の姿に、信じられない気持ちはいっぱいだったけれど、分かるのだ。アレは自分だと。
「ジーンブレイドは力です。貴方がジーンブレイドの持ち主である以上、何事もなく暮らせはしません。コーディは自らが完全となるために、ジーンブレイドを求める習性がある」
「だったら、こんなものいらないさ。お前達にくれてやる」
 武器なんてなくても、暮らしていける。人を殺すことのできる武器、まして得体の知れない兵器なんて、イザークに最も触れさせたくないものだった。
「できることならそうしたいですが、誰でもジーンブレイドを発動できるわけではありません。大崩壊で散布された為、今や地球上の全ての人間が因子を持っている。けれど、アレックス・ディノ。大崩壊後でジーンブレイドを覚醒させたのは貴方一人です」
「俺の名前・・・調べたのか?」
「当たり前です。ですから、取引しましょう。息子さんに心配を掛けさせたくないでしょう?」

 その力を我々のために使っていただきたい。
 勿論、報酬は払いますし、秘密は守ります。
 こちらから連絡した時、ターゲットのコーディを消して欲しいのです。

 一人になった部屋で、ベッドに腰を下ろす。アレックスは右の手のひらに視線を落とす。今はテレビで見たような、人ならざる者の姿をしていない。けれど、やはり覚えている感覚。この手が動き、ブレードで切り刻んだ感触。
 これから部屋を探し、職を探し、イザークと一緒にこの街で生きていく。
 けれど、初日から探した部屋があの有様だった。
 また一から振り出しで、本当に上手く行くだろうか。何か当てがあってこの街に来たのではない、ただ、夢と希望と言う漠然としたものに惹かれて来てしまった。そんなモノのために息子まで連れて来てしまった。
 俺って、本当に駄目な親だな・・・。
 アレックスは、部屋のインターフォンのボタンを押した。


「引き受けてくれて嬉しいよ」
 部屋から出て待っていたのは、白い部屋で淡々と説明をした青年ではなかった。ギルバート・デュランダルと名乗ったこの男は、この大企業のプラントの重役で、ジーンブレイド開発プロジェクトの現在の責任者だと言う。重役と言うにはまだ若すぎると思ったが、あの大崩壊で世界的な人不足だから、能力があれば年齢など関係無い時代になったのだろう。
「それで、報酬と言うのはどれくらいなのですか? 10万ドルくらいは」
 少し吹っ掛けてみた。二人が暮らしていけるだけあるだろうか。
 イザークを学校にやり、生活に使うものを買い、たまには外に食事に出かけたい。そんなささやかな望みを叶えられるだろうか。自分はイザークに親としての義務を果たせるだろうかと、アレックスは恐る恐る聞いてみる。
「世界で5本の指に入る企業、プラントの給料だ。今君の言った額の20倍はあるよ」
 アレックスは指を一つずつ折って、20倍という金額を数えていた。そして、びっくりして立ち止まっていた。きっと今まで目にした事もない大金になる。
「そんな事も忘れてしまったんだな、君は」
「えっ、何ですか?」
 聞き取れなくて、慌てて追いかける。
「詳しいことはレイに聞いてくれ。屋上にヘリを待たせてある、君達親子が住む部屋も用意させよう」
 エレベータのドアが開くと、そこは風がビュービューと吹きつける屋上で、彼が言った通りヘリが待機していた。夜がどれだけ回ったのか分からず、地上のビルの明かりが煌々と夜空の星と競い合っている。促されるままに、不安と安堵が入り混じった気持ちで、アレックスはヘリに乗り込んだ。
「まずは用意した部屋へ向かいましょう。息子さんにもすぐにお会いできます」
 窓から明るい夜の街を眺めていたアレックスの瞳に映る、照らされた女神像。

 約束を、俺は。

「あそこで降ろしてくれ!」
 島の端に立っている、女神像がみるみる近くなる。
 最後のフェリーが出てしまって、島はひっそりと静まり返っていた。ライトアップの明かりだけで、観光客は誰もいない。ヘリのサーチライトが一通り地上を照らすが、人っ子一人見つからない。
「誰もいないようですが・・・」
「いるんだ、絶対!」



 イザークが膝を抱えていた頭を起こす。上空から何か音がする。バラバラとヘリが回り込んできた。眩しいほどのサーチライトに照らされた時、誰かが飛び降りてきた。
 誰かって、こんな無茶なことをする奴なんて、一人しか知らない。
「父さん」
「イズー!!」
 手を広げ、転びそうになりながら走ってきて、抱き寄せられた。腕の中に閉じ込められて、遅れてごめんと謝っている。むぎゅと抱きしめられて少し苦しかったけれど、抗議の声も上げられない。
「待たせちゃったな」
 ヘリが遠ざかって、お互いの声が良く聞こえる。
「遅いよ」
「ごめんな、父さん遅れちゃって」
「折角俺が新しい部屋を見つけたのに」
 ガバッと肩を掴んで、イザークの顔を覗き込んだ。
「本当か、それ!?」
「ああ。あの部屋を紹介した奴を締め上げたら、ちゃんとした所になったんだ」
「そっか。実は俺も当てができたけど、イズーが見つけてきた所に間違いはないからな、そこにしよう! 場所は分かるか? 早速行こう!」
「はあ・・・どうやって・・・」
「あ」
 最後のフェリーが出てしまったのはもう一時間前で向こう岸に渡る手段がない。ヘリもさっき帰って行ってしまった。今、二人はこの島から出られないのだ。返事に困るアレックスを、イザークはまた考えなしだっただろと口を尖らせたが。

「最初なんだもの、案内しないとね」

 突然、投げかけられる声にイザークもアレックスも声のした方を向いた。そこに立っていたのは、イザークが波止場であったルナマリアとシン。居心地悪そうにアーサーまでいる。
「時間がないぜ、ルナ。湾岸警備のやつらが来る」
「二人とも急いでくださいよっ!!」

「彼らは?」
「あいつらが、交渉してくれたんだ」
「そうか、じゃあ、お礼を言わないとな」 
 急かされて彼らのクルーザーに乗り、アタフタと女神の麓を後にする。ボックスカーに乗り換えて街のダウンダウンに入ると、とあるビルの前で止まった。一階がレストラン、その上がアパートと言うありふれた建物。時間が時間だから、レストランにお客はいなかった。
 アレックスがイザークの手を引いて入る。イザークは傷跡の残っている父の手を見て、ギョッとするとともに少し安心した。少なくともそれ以外に怪我をしている様子はないからだ。
「この子の父親のアレックス・ディノです。部屋の件、ありがとう」
「どういたしまして、こんな素敵な人だなんて、ラッキーだわ! ねえ、シン」
 返事のないシンをイザークは見上げた。イザークの事を田舎者だと馬鹿にして、女の子とだと間違えて驚いていたこの青年から反応がないから不思議だったのだが。
 シンの顔を見て理由を悟った。
 こいつっ!
「いえ、俺も、お、お役に立てて嬉しいです!」
 顔を真っ赤にして言う事か。
 イザークはちょっと面白くない気持ちで、ルナマリアに同じ事を指摘されたシンを笑った。




イメージ壊していたらごめんなさい。