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「そうか、住居の手配は必要なくなったか」
「はい」
「それで、その少年はどうなだったかね?」
 世界的大企業、プラントのビルの一室で、レイが上司のデュランダルに報告をしていた。ヘリで手配した部屋へ向かう途中、女神像で彼を降ろしたこと。遠目だったが、彼の息子とやらを確認できたことを。
「5・6歳くらいの少年で、彼とは違い、明るい髪のようです」
 これが昼間だったら、見事な銀髪とでも答えるのだろうが、いかん夜中とあっては色や形までは分からない。
「オーブの動向は?」
「目だった動きはまだ。しかし、マザーが代表と共にこの街に入っているようです」
「マザーか。厄介な存在だよ」
「明日の役員会ではどのように?」
「報告はするさ。ジーンブレイドはプラントで生み出されたものだし、コーディ対策の件もある」
 夜も更けたと言うのに、プラントのビルの窓にはまだ幾つも明かりがともっており、それは周りのビルでも同じことだった。



 3



 替わりに提供された部屋で、二人は借りた毛布に包まって寝た。ガランとした部屋にはキッチンやバス、キャビネットは備え付けのものがあったが、流石にテーブルやベッドはなかったのだ。リビング兼ダイニングで朝を迎えたイザークは、いつもどおり、気持ちよさそうに寝る父を起こすところから一日が始まった。

「父さん、朝」
「・・・ん」
「起きろって」
「んんん」
 笑いながら言う。そして、イザークを抱きしめる腕に力を入れるものだから、いい加減頭にくる。この父はとっくに起きているのだ、そして、イザークが起こすのを待っている。待っていたなら、さっさと起きればいいものを、寝ぼけたふりをして楽しんでいる。
「んんん・・・じゃない!」
 イザークは父の頬をつまんでぐいっとひっぱった。
「むぐぐぐ、ひひゃい、ひひゃい・・・イズー!」
 パッと離したら、父親が目にうっすら涙を溜めている。
「さっさと起きろよ、いつまでこうしているんだ」
「だって、幸せだなって。こんなのんびりした朝久しぶりだし」
 親子じゃなかったら、とっくにひっぱ叩いているだろう恥ずかしい事を口に出す。ようやく父の腕から抜け出したイザークはキッチンで背伸びをして顔を洗い、さっそく見回した。これから揃える物が山のようにある。ダイニングを振り返ると、むくりと起き上がった父親が欠伸をしていた。
 必要なものの優先順位を決めないと。如何せん、先立つものがない。
「今日から職探しするのか?」
「あ、それはもういいんだ」
 イザークは耳を疑った。何がもういい? まだ何もしていないのに、何も決まっていないのに。顔に思いっきり出ていたのだろう、アレックスが笑って、付け加えた。
「仕事、決まったんだ」
「決まった? いつ? どんなっ!」
「ちゃんと話すから、落ち着けって」

 相変わらず床に座り込んで、アレックスが仕事のことについて説明する。女神像の所まで乗ってきたヘリの会社で働くことになったらしい。
「警備と言うか、護衛と言うかそんな所だ」
「そんな所って、またちゃんと考えずに適当に決めてきただろ」
「そんな事はないぞ、確かに、いつ呼び出しがあるか分からないから、時間は不定期だけど、ここの家賃ならちゃんと払える」
 時間が決まっていないと言う事は、きっと、偉い人の護衛の手伝いの手伝いとかなのだろう。大きな会社ほど、スケジュールがぎっりしり詰まっていて、変更も多いに違いない。正社員では対応できないから、父のような控えがいるんだ。イザークはあれこれ考えてみるが、子供の知識ではそれが無難な所だった。
「だから、今日は一日買出しだ」
 できるだけ嬉しさを顔に出さないようにしたけれど、それは無理な話だった。

 準備をして早速、昨日、周辺案内と称してルナマリアに吹き込まれたこのブロックで一番大きなショッピングモールへと向かった。少し遠いがバスや電車を使わずに歩いていけるギリギリの距離にあった。

 弾むようなリズムの音楽と、入り口を飾る電飾や垂れ幕。そして風船。
 金ぴかの回転扉に入るのにも戸惑ったが、一歩、中に入った途端、イザークは口を開けてその広さに驚く。今まで買い物をしたことがあるどのショッピングモールよりも大きく、5階より先が見えなかった。
「すごいな。まずはキッチン用品にしよう」
 自然と手を差し出していて、二人は手を繋いだまま6階の生活用品売り場へと行く。選びきれないほどナイフもあって、これを手にとっては刃を確認し、あれを取っては掴み心地を確認する。
「これなんてちょうどいいんじゃないか?」
 アレックスが鍋売り場で鍋を持っていた。二人分作るにはちょうどいい大きさで、軽かった。蓋が耐熱ガラス製になって中が覗けるのもいい。
「今日はこれでロールキャベツだ」
「本当か! ありがとうイズー。そうと決まれば、材料も揃えないとっ・・・今日は荷物がいっぱいだ・・・」

 若い男と子供がニコニコしながら買い物をする様は非常に目立っていたが、二人はそんな事に気づくこともなく、和気藹々とショッピングモールを上から下へと駆け下りていった。その様子をこっそり見ていたプラントの諜報員が首を傾げながら見守るのだった。

 その日の食卓は、豪華そのものだった。
「ちょっと作りすぎじゃないか?」
 届いたばかりのテーブルに並ぶのは、出来立てのロールキャベツとサラダ。パンは出来合いのものだけど、それにフルーツヨーグルト。ディノ家の食卓では滅多にないご馳走である。新しいキッチンが嬉しくて、つい、調子に乗ってしまった。
「し、仕事が見つかった、お祝いだ」
「ハハハ、ありがとう」
 けれどそんな事はお構いなしに、父は嬉しそうにロールキャベツを一口、口に入れる。
「うん。おいしい!」
「当たり前だ」
 何回作ったと思ってるんだ。
 アレックスはロールキャベツが好物で、何かお祝い事があるといつもこうしてイザークがロールキャベツを作っていた。高価な贈り物など、貰ったこともあげたこともないけれど、二人の間ではこれで十分だったのだ。
「今までの中で一番おいしい」
 そして、決まってこう褒める。
 分かってはいても、嬉しいものは嬉しくて、散々味見したロールキャベツをイザークも口に入れる。目の前で本当においしそうにされると、確かに、今までの中で一番上手くできたかも・・・なんて思ってしまうのだ。
「ん、おいし」
「な! ・・・っと、呼び出しだ」
 アレックスが持ち歩いているカバンの中からブーブーと聞こえてきた。今朝話した仕事の呼び出し。
「ごめん。父さん、仕事だ」
「まだ一口しか食べてないのに」
 辛そうな笑顔に、イザークはそれ以上言えなかった。
 こうして、暖かい食卓にありつけるのも、これから父がこなす仕事次第だと分かっていたから。毎日笑って楽しく暮らせるわけじゃない。父は仕事に、自分はその間家を守る。やるべきことをやって初めて、この食卓が続くのだと。
「イズーは早く寝ること。いいな」
「分かってる」
「よし」

 ジャケットを引っ掛けて家を出て行く父を見送って、イザークは食事を続けた。あんなにおいしいと思ったロールキャベツも、一人で食べると味気ないものに変わった。夕食の片づけをして、シャワーを浴びて、これまた届いたばかりのベッドに潜り込む。
 冷たい布団の中で、丸くなって寝る。
 戸締りをしたかな、火の元の確認をしたかなと反芻しながら、眠りに落ちていった。

 そして、その夜、イザークはまたあの夢を見た。

 大崩壊前の繁栄していた世界で戦い続ける自分。
 ビルを飛び越え、月をバックに急降下する。
 加速を付けて振り下ろした必殺の一撃を防がれて、横凪の一閃を辛うじて受け止めて、着地したビルの屋上で対峙する敵。

『戻って来い』
『イザーク。もう止めろっ』
『お前こそ、アスラン! 何をするつもりだ!』
 名前を呼ばれたのだと思った。そして、自分も相手の名前を呼んでいた。

 ―――アスラン。
 敵の名前だろうか?

 飛び降りたガラス張りのビルに自分の姿が映る。
 二十歳になる前の自分は今と同じように銀色の髪をなびかせて、青色の瞳をしていた。未来の自分の姿をこうして夢の中で知ってしまった時は少なからずがっかりしたものだ。そうと決まったわけでもないのに、もうあの姿が自分だと分かってしまった。
 一体何階あるのか分からないビルの側面は月明かりと自分を映し、イザークは敵の姿を見てハッとする。暗い髪をなびかせて自分の背後に出現した敵がガラス張りのビルの窓に映っている。光もないのに、内から発光しているような緑色の瞳。顔はやっぱり見えないけれど、モーションに気がついた時には、背中からの衝撃でビルに激突していた。

 夢だから、痛みはない。
 だけど、こんなに胸が苦しいのはなぜだろう? 知らずにパジャマの胸の部分を握りこんでいて、戻って来いと叫ぶ夢の中の自分と今の自分の気持ちが一緒なのだと気がついた。

 目が覚めると、手のひらにべったり汗をかいていた。気持ち悪かったから手を洗いに行き、カーテンの間から夜でも明るい街が見えて遠くでサイレンが鳴っている。その時、ドンドンと扉を叩く音がした。
「アタシよ、ルナマリアっ!」
「どうかしたのか?」
 インターフォンに引っ付くほど近寄ってルナマリアが叫んだ。
「この近くで殺人事件よ。コーディが出たらしいわっ!」




「10分の遅刻ですよ」
「はっ、走ってきたんだ」
 黒塗りのバンの中で、アレックスはレイから説明を受けていた。
「ターゲットは3体。いずれもコーディです」
「そいつを倒せばいいんだよな?」
 後部座席のレイとアレックスに前に乗っていた男達が、現場到着を告げた。ドアが開けられて、作戦開始を告げられた。アレックスが降りるとバンはまた走り出してしまった。
「本当に大丈夫でしょうか。まだ、発動もしていない」
「心配はない。彼は確かにジーンブレイドの持ち主だ。・・・始まった」
 少し離れた路上でコーディが姿を現し、それと同時に彼の様子が変化した。


 契約を交わしてしまったけれど、何をどうすればいいのかは実はよく分かっていないのが本当だった。自分がジーンブレイドを使ってコーディを倒したのは、ディスプレイで見てはっきり分かっていても、どうやったら、発動できるのか。
 だから、プラントから呼び出しを喰らった時、ビクリとしたのだ。
 けれど、イズーとの生活のために引き受けてしまっている。今更、後戻りはできないと、覚悟を決めて家を出てきた。バンの中でレイから説明を受けている時でさえ、どうしたらいいのだろうと考えていた。

「早く、来い」

 だが、違っていた。
 理屈じゃないこの感覚を、バンから降りた瞬間に感じた。右腕が熱くなり、何も感じなかったのにコーディの存在を感じる。正面に1体。左に2体。身体の熱が右腕から全身に広がる。
「は・・・ァ」
 一度、あまりの快感に仰け反って膝を付き、意識が塗り替えられるのを感じる。
 俯いたまま荒い息を繰り返した。その度に意識が拡散して、気分が良くなるのだ。
 命じられなくても、目の前のコーディをぶっ潰したくて仕方がなかった。
「俺を満足、させてくれるんだろうな」
 ああ、今の俺は、あの姿をしているのだろう。ブレードを振りかざして、奴等に自ら向かっていく。走る必要はない、軽く地面を蹴れば瞬時にたどり着くことができた。
 一つ終わり。
 仲間の消滅を知ったコーディ2体が襲い掛かって来る。
 瞳が光るのと同時に、身体を覆う深紅の装甲に同じ色の文様が浮かび上がった。


「すごい・・・」
「これがジーンブレイドの力」
「あれはまだ、完全体ではありません」
 一度大地を蹴るだけで、殆ど瞬間的に間合いを詰めている。片側4車線の高速道路の高架下でさえ、彼には狭すぎるだろう。バンの中でモニタするプラントの職員は、あっという間にコーディ3体が塵と消えた光景を未だに信じられなかった。詰まらなさそうに、最後の一体を切り刻んだ後、一瞥くれて悠然とバンの方へと歩いてくる。腕のブレイドが消え、モニタの中の彼が見えているわけもないのに視線を合わせてきた。
 暗闇の中で浮かび上がる白い貌、真ん中より上に二つの底知れぬ眼があり、その中心で緑色の瞳が妖しく光る。唇の端がにぃと持ち上がった。
「ひっ」
一瞬モニタから目を逸らした隙に、そこにはもうジーンブレイドを発動させた彼はおらず、ただのジャケットを来た青年が倒れていた。
「回収班!」


 バンの中で意識を取り戻したアレックスは、レイからの報告もそこそこに家路を急いでいた。その姿を遥かビルの上空から監察されているとも知らずに、朝日に燦然と輝く新居へと走る。
 時間はもう朝・・・と言う時間を少し過ぎている。
 部屋になだれ込んだが、誰もいない。二人の連絡用のボードにも自分が張り紙した連絡先と「仕事中」と言う札しか掛かっていない。
「ど、どこへ行ったんだ!?」
 ジャケットを引っ掛けて、来た時と同じ勢いで部屋を飛び出して行く。もう少しで通り過ぎてしまいそうな一階のレストランに言付けを頼もうとして、へなへなと力が抜けるのを感じた。
「イズー・・・何をしているんだ・・・」
「あっ、お帰り」
 カウンターでサンドイッチを盛り付けているイザークがいた。ご丁寧にエプロンまでして、一番近くのテーブルに皿を置く。よっと飛び降りて、今度はコーヒーをカップに注いでテーブルにのっけた。
「朝ごはん、まだだろ?」
「イザーク君にこの店手伝ってもらうことにしたのよ!」
 カウンターの中のルナマリアが手を合わせてはしゃぐ。
「は」
 アレックスがのそのそと這いずるようにテーブルに座ると、イザークも同じようにちょこんと座った。
「父さんだけの稼ぎじゃ心配だから・・・この店で雇ってもらうことにした」
「イズー・・・」
 その声が幾分低くて、イザークは父を見た。さっきまで力なくだれきっていた父の目が据わっている。普段は優しい目が鋭く射抜いている、これは怒っている時の目だ。
「お前はそんな事しなくていいんだ」
「でも」
 いつもはなんともない父の目を見ていられなくて、目を逸らしてしまった。
 どこか夢の中で見た、敵の瞳を思い出してしまってぎゅっと手を握る。
「子供がそんなこと心配するんじゃない」
 店の中にいた連中が二人のやり取りを心配そうに見守っている。勿論、本気でイザークのような子供を雇い入れる気などはないのだろう。子供の言葉にただ合わせていただけだとイザークだって分かっている。
 けれど、何かしたかったのだ。
 引越ししたばかりの部屋は、掃除をする必要もなくきれいで。一人でいると、あの夢を思い出してしまう。それにここなら、真っ先に父が帰ってきたのが分かるから。
「分かったな」
 駄目親父でも、やっぱり父親の威厳と言うものがあって、イザークはこくんと頷くしかなかった。少しして、急に張り詰めた空気が薄らいでいくのを感じる。
「じゃ、朝ごはんにしようか」
「うん」
 なんともしっくりしない空気の中、皆が肩を竦めて戻ろうとした時、カランと音を立ててレストランのドアが閉まった。
「まあまあ、そう怒らなくてもいいんじゃないか? ここなら、皆でイザーク君の面倒を見られるし」
 イザークは、入ってきた仲介人アーサーの言い草にぞぞぞと鳥肌が立つのを感じた。それは父も同じだったらしく、怪訝そうに見つめている。
「そんな必要は・・・」
「あらそう? こんな大都会だもの、強盗、誘拐、事件なんてひっきりなしよ?」
 それを聞いた、アレックスが顔を青くしていく。
「まさか何かあったのか!?」
「別に、何もない」
 少し父親らしく振舞った途端、一人子供を残していく危険を全く考えていなかった事に思い当たったらしい。四六時中一緒にいることができないのは昨夜で実証済み。1階のレストランに集う皆の心なし冷たい視線が突き刺さる。
 たら・・・と米神から冷や汗を垂らせるアレックス。
「お願いします」
 ペコリと頭を下げて、180度方針転換する父を見て、イザークは情けないやら、嬉しいやらで、自分のホットミルクを啜った。



「やけにいい男だな、こりゃ。ヒルダが悔しがるぜ」
 ビルの屋上に人影が突如現れた。
「マザーに連絡だ」
「ジーンブレイドの居場所を発見と」
 短く告げると、その人影はあっという間に消えた。




こんなにのんびりしていては進まないぞ。まずいまずい。