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 朝のすがすがしい光がこのオーブ財団のビルにも差し込んでいた。無駄に広い部屋からまるで下界を睥睨するように見る女性がいる。流れるような緩やかな長い髪はピンク色をしており、膝裏まで届きそうな程長い。部屋のドアが閉まるモーター音がして、少しだけ振り返る。
「右のジーンブレイドの持ち主が現れたと聞きましたわ」
「うん。僕も昨日感じたよ」
 朝の喧騒もここには届かない。街の一等地に聳え立つオーブ財団所有のビルは、下手をしたら政府機関のものより高かったかも知れない。
「ジーンブレイドはそれに相応しい者が持たねばなりません。また、世界を崩壊に導くことなどあってはならないのです。だから、キラ・・・貴方が」
「うん。分かってる。僕が行くよ」
 優しく肩を抱き寄せて、二人して見下ろす。街の道路を行き交う人や車などまでは到底見えなかっただろう。部屋に設えたディスプレイから聞こえるニュースでは昨晩のコーディが起こした事件をトップニュースで伝えていた。崩れたビルと高速道路を次々と映し出し、減らない犯罪についての特集と、ついに軍が特別警戒を始めることを伝える。
「世界はどこまで崩壊し続けるのでしょうか」
「それを止める為に僕達がいる」



 4



 イザークとアレックスがルナマリアやシン達のアパートメントに引っ越してから1週間が過ぎた。イザークは一通り家の仕事を終えると、1階のレストランでルナマリアやシンから勉強を教わることが日課になっていた。カレッジに通うシンとルナマリアは初めこそ、エレメンタリースクール並みの基礎知識を話していたが、数日もするとイザークに色々なことを教え始めた。
 イザークが既に見聞きして知っていたこともあるし、あまりに簡単すぎてお互い面白くないのだ。アルファベットだの四則演算などは、家事を切り盛りするイザークはとっくにマスターしてしまったいた。
「じゃあさ、これやってみろよ」
 気まぐれでシンが取り出したのは、彼が今カレッジで受けている抗議のテキストだった。薄いテキストでも、書いてある内容は図式を交えつつも流石にイザークには手が終えない。その中の問題を指差される。たった一つ、単語を答えればいいものらしいが。
「分かるわけないだろ」
「アンタだって、分からなくて持ち帰った奴じゃない!」
 様子を伺っていたルナマリアがすかざず、シンを小突いて二人に飲み物を出した。シンにはコーヒー、イザークにはオレンジジュースである。
「ほんと、お利口よね~、お父さんが教えてくれてたの?」
「父さんは何も教えてくれない。第一・・・まともに学校だって出てないに決まってる」
 アレックスはイザークに何も教えない。読み方も書き方も、最初こそ、さらっと説明されたような気がする。数の数え方も角砂糖で教えてもらった。だけど、それ以外は特にないのだ。休憩を入れた後、シンと一緒になってシンの宿題に頭を捻っていたら、ドアを開けようとする人影が見えた。イザークが真っ先に反応して顔を向ける。
「ただいま」
 思ったとおり、仕事から帰って来たアレックスだった。
「お、今日もやってるな。今日はなんだ?」
 シンとイザークが睨めっこしているテキストを覗き込んで、ルナマリアにコーヒーをくれないかと頼んでいた。
「何を二人してそんなに悩んでいるんだ?」
 無頓着な父は、わからないことがあっても気にしないが、イザークはなんだかもやもやしてそのままにはしておけない。何せ、その問題と言うのが、『コーヒーに砂糖を入れてスプーンで混ぜた時、混ぜない時よりも早く溶ける事象を説明するのに必要な4つのキーワードの内、最後の一つは何か?』と言う単純なものなのだ。立体を説明するのだから、3軸が関係するのは分かる。X・Y・Zだ、だが、それは既に書かれてしまっている。
「シンのカレッジで教授に出されたなぞなぞなんですよ」
「へえ」
 コーヒーカップを片手に、そのテキストをひょいっと取り上げる。文面を上から眺めていき、にこっと笑った。
「最後のファクターか。答えは『時間』だよ」
 二人同時にアレックスを見た。
「X、Y、Zまで出ているなら、残りはTだろ? 流体の基本だな」
 テキストを返されて、シンは呆然とテキストとアレックスを交互に見ている。イザークはそんなシンを見て、なんだかしてやったりな気分になる。流体、と言うものが何かは分からなかったが、答えが出たのだ。
「父さん先に部屋に戻っているから、イズーもレストランの邪魔にならないようにな」



 レストランから部屋に戻ったアレックスは、真っ先にシャワーを浴びる。さっきまで仕事で疲れきっていたし、ビジュアル的にコーディと言うのはあまりよろしくない。ジーンブレイドのお陰で、直接触れることはないが、やつらの体液を浴びてなんとなく洗い落としたい衝動に駆られるのだ。
 コックを捻るとお湯が出る。
 こんな単純なことでも、ディノ親子にとっては贅沢な暮らしのうちだった。安いアパートではお湯が出ないこともあったし、涙ほどのお湯しかでないこともある。
「この傷、痣として残ってしまったな」
 いつも、覚醒する瞬間に一番に熱さを感じる右手首の傷跡。お湯が傷の上を流れてももう痛みを感じない代わりに、黒く痣のように残ってしまった。
「それとも、これが」
 痣であるはずがない。
 ジーンブレイドが発動する時、この痣が紅く光って中心に赤い石が浮き出るのを知っている。それが覚醒の合図で、全身に歓喜が広がり、コーディが放つ銃弾や得体の知れない物体を防ぐ装甲へと変わるのだ。
「・・・ジーンブレイドなのか」
 お湯を止めて、ガシガシと髪を拭きながらダイニングに戻ると、イザークが戻ってチラシの裏に何かを書いていた。
「何をやっているんだ?」
「買い物リストだ」
 冷蔵庫の中を確認して、この先一週間の献立をたてていたらしい。すっかり食事の支度を息子に譲ってしまった父親は笑いながら、メニューの注文をつける。青魚は嫌だとか、桃が食べたいとか、わがままを言う。
「ったく、どちらが子供だ」
 それでも、イザークはとっくにそんなのは折込済みで、さらさらとリストを作成する。必要とされていることが嬉しくて、父のわがままだって気にならない。
「そういえば洗剤が切れそうなんだった」
 ランドリー用の洗剤を付け足して、リストを完成させた。一緒に買い物に行こうと口を開きかけた時、会社からの呼び出し音が鳴った。
「また」
「最近多いな。ごめんな、イズー」
 ジャケットを羽織って、また部屋を出て行く父を見送る。一人でぼんやりするわけにも行かないので、買い物の準備を始めた。リュックを背負い、財布を中にしまう。行きなれたショッピングモールも常連さんとして、係りのお姉さんがいつも声を掛けてくれるようになった。
 イザークは少しずつこの街が好きになっていた。
 同年代の子供はとてもこんなダウンタウンにはいないけれど、シンやルナマリアと言う面白い人と仲良くなった。何だかんだで仲介人のアーサーもよく顔を出して、アフタフォローだといって、色々なものをくれた。
「こっちの方が、白さが違うのか」
 隣の洗剤を手にとって、カゴに入れた洗剤と取り出すが。
「でも、こっちは雨天もOKなんだ。うーん、どっちにしよう」
 こうやって悩んでいると、通りすがりのおばさんが、親切に教えてくれたりする。子供の手で運べるだけ買って、父の帰りを待った。



 夕暮れ時の街の片隅で、サイレンと共に通り過ぎる影。

「事件の影にエルスマン様ってね」
 カメラを首に下げた色黒の男が黒いバンを追う。彼が車から降りたとき、望遠のレンズの中に飛び込んできたシーン。それはコーディを追うアレックスが、ビルから突き落としてコーディを串刺しにした所だった。


「もう、終わりなのか?」
 追いかけっこはそれなりに楽しかったが、抵抗もなく終わってしまってつまらなく感じている。近くで待機しているバンへと向かおうとした時、頭上から声が降ってきた。
「どんな奴がジーンブレイドに選ばれたのかと思ったら、まだ半覚醒じゃないか」

 右腕に浮き出た紅い石がジーンと光る。

「どこの誰だか知らないけれど、そのジーンブレイドは返してもらうよ」

 物騒な発言に身構えて一歩出た。音速を超えて路上を失踪しても磨耗しない、踵の装甲が音を立てる。アレックスが声を追って見上げれば、そこには青い装甲を身につけた男がいた。キラと呼ばれていた、オーブ財団のビルでマザーと共にいた男だと言っても、アレックスが知るはずもない。

「え」

 うろたえる相手を怪訝そうに見上げて、にやりと笑う。紅玉が知らせてくれると言う事は、害を与える存在だと言うことだ。身体の熱は冷めそうもなくて、新しいターゲットを見つけた喜びがアレックスを支配していた。

「それは困る」

 これがないと楽しめない。

「君は誰だ・・・?」

 厳しい表情で問うが、そんな事はどうでもよかった。

「誰だっていいだろ!」

 右腕から伸びるブレイドが空間を切り裂いて、暮れようとするビルの谷間で光る。アレックスの一撃は、足元を切り裂いて相手に届きはしなかったが、距離を置いて二人は向かい合っていた。
「君に僕は倒せない」
「うるさいな。折角いい気分なんだから、邪魔をするな」
 ブレードを唇に当てて、アレックスは赤い舌で刃の端をなぞった。
「それとも、お前は楽しませてくれるのか?」
 一瞬顔を顰めた男が、目を見開いて飛び降りる。同じように黒い眼球に浮かび上がる虹彩は紫色をしていて、青いブレードがアレックスめがけて伸びる。
「最後まで・・・君が耐えられるならね!」
 地面を深く抉るブレイドが伸縮自在に伸びて、アレックスを強打した。受身のままにビルの壁を突き抜けて、地下駐車場へとなだれ込む。瓦礫の中から起き上がるアレックスを彼は待っていた。
「そんなんで君こそ、僕を満足させられるの?」
「まだまだ・・・お楽しみはこれからだっ!」
 緑色の光の残像を残して、青いブレードと紅いブレードが激突する。その間に、膝から、肩から伸びる、変化した装甲が第2第3のブレードとなって、お互いを切り刻もうと空気ばかりを割っていく。
 けれど、互角に見えて、アレックスは少しずつ追い詰められていた。
 同じように身体を覆う装甲でも、二人の形状はかなり違う。ほぼ全身をくまなく覆う相手に対して、アレックスの場合は部分的に留まっていた。
「君のその悩ましい格好も捨てがたいけど・・・」
 会話の合間を縫って繰り出された、アレックスの左の一撃は相手の右手に掴まれていた。
「何をしてるのさ、君は。ジーンブレイドは破壊に使わないと誓ったじゃないか」
「誰だお前?」
 顔を打たれて、背後の自動車を吹き飛ばして壁に激突する。カツンカツーンとゆっくりと距離を詰める敵が口を一文字にして睨みつけている。
「忘れちゃったの?」
 その一言をきっかけに、矢継ぎ早に質問が飛んだ。
「僕の事も? ・・・・・・自分がどこの誰で何をやっていたのかも? 君の仲間も、君の家族がどうなったかもっ!?」
「悪いが俺の記憶は大崩壊で吹っ飛んでいるんでな、お前なんて知らない。そんなことより、さあ・・・続きをしよう」
 立ち上がりブレードを合わせたのは一度きりで、アレックスは簡単に捕まり締め上げられていた。お互いの瞳が絡み合い、装甲の文様が光り輝く。
「やめてよね、そんな冗談」
 振り下ろされた青いブレードを受け止めたのは、足元から伸びた紅いリボン状の装甲だった。コンクリートを突き破って幾つも敵に巻きついていく。
「まさか、覚醒!?」
 そのまま、紅い鋼鉄のリボンで敵を投げ飛ばし、ふらりとするアレックスが両腕を突き出した。ブレードが変化して、身体を覆う装甲が蠢いて形を変える。
「お前、本当にイイ。俺をどこまでも楽しませてくれる」
 髪が伸びて、それすらも一筋一筋が鋭利な刃物のように宙に舞う。地下駐車場を支えていた柱が次々に切断され、ギシギシと音を立て始めた。建物全体の自重を支えきれなくなったのだ。砂埃が降り、天井がひび割れてついに落下を始めた。



「これ以上はヤバいぜ」
 必死でカメラを構えていたエルスマンが、地下駐車場から大急ぎで車を発進させる。入り口が崩れるのに半分巻き込まれて、自慢のスポーツカーの天井はぼこぼこになった。騒ぎに集まる人ごみを避けてハイウェイ入り口を目指す。すれ違った財団のリムジンががダウンタウンへと向かうのにも気がつかずに、カメラを助手席に置いた。
「なんだよ、ありゃ」



 瓦礫となったビル周辺には既に緊急車両が集まっていたが、砂埃が蔓延し、二次災害を恐れて誰も近寄るものはいない。そんなビルの瓦礫の上で、アレックスは、今までにない高揚感を得て目の前の敵を見つめていた。同じ力を持つ相手を得て、身体の震えが止まらない。熱さがエスカレートして、どうにかなりそうだった。耐え切れずに吐息が漏れる。

「あの子は君の何だ!」
「お前、うるさいよ」

 瓦礫が舞い上がり、再びブレードがぶつかり合った。
 この時、アレックスはイザークのことよりも目の前の存在と思う存分楽しむことに集中していた。斬って斬られる極限のエクスタシー。
 ぶつかり合う事数回、決着は簡単についた。
 瓦礫の上に縫いとめられたアレックス。煙の中から出現して、身体を貫く青いブレードの痛みすら痛みだと感じていないのかもしれなかった。
「言ったでしょ? 君は僕のブレードに耐えられない」
「試してみるか? ヤッてみろよ」
「ァァアスラン!」


 一際派手な土煙が巻き起こり、周辺を巻き込んで広がる。それを最後に沈静化したビルの崩壊後、青いジーンブレイドを発動させたままのキラは崩れた瓦礫の山を見下ろしていた。右腕を切り取るはずの一撃は虚しくビルの瓦礫に突き刺さるだけで、直前に起こった内部崩壊で大きくバランスを崩したまま二人とも落下。
 気がついたら、彼の姿は消えていた。
「何があったの。君は本当に・・・」
 視線を遠く向けて、呟きは露と消え人影も消えた。


 キラが見つめていた先に、高速道路を爆走する黒塗りのバンがいた。中で懸命の救急手当てが行われていて、レイがプラントのラボへと連絡をしていた。
「そうだ、レベルAで大至急頼む」
 プラントの研究施設に吸い込まれるように消えたバンから緊急治療室に運び込まれたアレックスは、そのまま酸素マスクをつけられて、非常用カプセルに沈んだ。
「相手は左のジーンブレイドかね?」
「恐らく。彼も覚醒したのですが遅すぎたようです」
 発動させたまま液体の中でたゆたう姿を、デュランダルとレイが見下ろして治療の経過を聞いている。
「急速に傷は回復していますが、意識の方はまだ」
 初めて会った時とは明らかに違う形状のジーンブレイドに全身覆われていた。キラとあって覚醒した時のまま、アレックスの髪は腰まで伸び、無尽に切り裂くブレードも今だ展開されたまま。
「ブレードの発光現象が、宿主の意識が落ちた後でも続いている症例は初めてです」
「まるで彼を我々の手から守るようだね」
「ギルは彼をご存知なんですか?」
 レイが報告書を抱えたまま聞いた。デュランダルはアレックスを見つめたまま、カプセルの表面をゆっくりと撫でる。
「元々ジーンブレイドはプラントが創り出したもので、2対、右手と左手とあったのだよ。その被験者として選ばれたのが、『彼ら』だ」

 それは大崩壊が起こる前の話。




ひえ~。こんなはずではなかったのに。