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 いつもより早く目が覚めてしまった。
 イザークは、布団の中でゴソゴソと向きを変える。もう、いつまで待っても、隣に父が潜り込んでくることはないし、朝だと起こす必要もない。イザーク一人だけでは、そのベッドは大きすぎて、ちょっと手足を伸ばすとすぐ冷たくなるのが悲しかった。
 それを何となく『こんなのは嫌だ』と思う。どうして嫌なのに、そうしなければならないのだろう。家の中の事や勉強だって嫌だと思うことはあっても、やらなきゃいけないって事は分かった。仕事で外に行っている父を一人で待っていることも我慢した。

 一緒にいると父さんが捕まってしまう。本当は親子じゃないから、父さんが困る。
 だからここにいる。

 それが一番嫌だった。
 こんな所にいたくない。我慢できないこともあるんだと、イザークはこの時初めて知ったのだ。そう思えば、沸々と湧き上がるものがある。

 どうして・・・。何も言い返せなくて、あっさり離して。
 父さんが父さんじゃないないんてことあるわけない。いつだって一緒だったのに、嫌ならまたこの街から出て行けば良かったんだ。
 それは怒りとなって父親に向かう。あの父なら仕方がないと諦め半分、けれどもう半分でイザークは仕返しを考えた。
 朝だって起こしてやらない。当分ロールキャベツなんて作ってやるもんか、これから毎日ご飯はお菓子、父さんだってブタの鼻だもんね。


 隣のベッドは遠く、女性はまだ寝ている。
 カーテンから覗く外の様子はまだ薄暗くて、まだ早いことが分かった。もぞもぞと反対側に這い出てストンと足をつける。

「・・・お手洗い?」
「!?」
 寝ていると思ったのに、布団の中からこちらを見て笑っている。びっくりして、靴を履きかけのまま返事をしてしまった。
「うん」
「スリッパあるわよ?」
「いい」
 トイレに入って後でにドアを閉める。ノブには腕を伸ばさないと届かないから、押せば閉まるタイプの扉だった。中を見回してトイレットペーパーをバスタブの中に隠す。口を尖らせて部屋から出ようとすると、ベッドの上で起き上がる女性。
「・・・紙がないから」
「ウォシュレットが」
「使い方分からない」
「あ、ああ、そうね」
 ガチャリと廊下に出ると、そこから猛ダッシュで走った。パジャマだけでは少し寒かったけれど、あの女の人が気がついて追いかけてくるまでにここから出なければ。来た道を覚えていたから、階段を駆け下り、朝の掃除のおばさんの横を通り過ぎる。
「あんら、早いねえ」
「おはよ!」
「元気だねえ。パジャマ姿で寒くないのかね」
 掃除のおばさんが笑って、手すりに雑巾を当てた時、響き渡る声。
「その子、捕まえて!」
 もう来た。
 廊下の向こうにも走ってくる大人がいる。あっちへ行きたいのに、イザークは通路を右へと折れた。


「あらあら元気ですわね」
「笑い事じゃないでしょ。何かあるよあの子、同じ名前なんだよ?」
 ラミアスから報告を聞いたラクスが何か微笑ましいものでも見るように言う。
「まあ、わたくし心配しておりませんもの。あの施設の方々だってがんばってますわ、今度もちゃんとお仕事されます。それからでも遅くありませんでしょ?」
 子供が施設を逃げ出すなんてこと滅多に無い・・・が、ゼロでもない。集団生活に馴染めず、ふらふらと勝手な行動をしたり、冒険気分で探検したり。そんな小さな無法者の集団を日々扱っている児童福祉施設の職員達。キラも結果が分かりきっているゲームにさほど興味を抱けなかった。
「廉価ブレードもいるし、ま、どうせすぐに捕まるか」



 6



 一晩、アレックスは眠れなかった。
 誰もいないベッドに向かう気にならず、ダイニングのテーブルで頭を抱えて一夜を明かしていた。目の前にあるのは一枚の書類。横にはペン。

 親族関係の解消と、イザーク・ディノの児童福祉省への保護権委譲を認めるものである。
 ア―――

 これで全てが終わる。イザークは政府施設で育ち、俺は一人でやっていく。
 こんな危険なことを続ける必要もないから、まだ職探しだな。
 誰かが待っているわけでもないから、どんな仕事でもいい。
 一人なら、こんな立派な部屋に住む必要はない・・・か。

 ザザザとアレックスはペンで頭文字を塗りつぶす。
 署名欄に大きく「認めない」と書いて、紙をジャケットの懐にしまいこんだ。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを流し込んで口を拭う。一つ大きく息を吸い込んで、部屋を見回した。靴紐を締め、腰の後に銃を仕込む。
「行くか」
 相手は児童福祉省、戻って来れないかも知れないな。
 ドアをガチャリと開けた。

「そんな戦争しに行くような顔してどこに行くつもりです?」
「遅いですよアレックスさん。待ちくだびれました」
 部屋の前にはシンとルナマリアが立っていた。

「二人とも、どうして?! 俺が取り返しに行くって分かったんだ・・・」
 最後は少し小声になって辺りを伺うアレックスにルナマリアはウィンクを一つ、そして手にはなんと言うかこれから泥棒にでも入るような出で立ち。
「水臭いですよ、アタシ達だって、あんなやり方納得できません」
「俺はむかつきました」
 シンはガッテムとポーズをとる。
「だから一緒に迎えに行きましょう」
 乗り込んでいって、奪い返すつもりだった。俺とイザークは親子だから一緒にいるのだと、一人で盛り上がって緊張していた。政府に逆らうなんて馬鹿な事とだと、悲観していたのに、試してみる価値はあるのだと思える。
「すまない」
「違いますね、アレックスさん」
 シンが指を立ててチッチッチと訂正する、偉そうに口を開く。
「こういう時は」
「ありがとう、でしょ?」
 ルナマリアに先を越されてしまって、「俺が言おうとしたのに!」とルナマリアに文句を言っている。
 イザーク、お前を待っている奴がここにもいるぞ?
 3人はシンの運転する自動車で、児童福祉施設へと向かう。初めは正面から書類を届ける振りをして乗り込み、イザークに会う算段をする。出会えてしまえばこっちのもの、書類を叩きつけて帰ってくるのだ。
 保護権・親子の繋がりと言っても、最後はイザークが決めることだ。
 門の少し手前で自動車を止め、シンとルナマリアが不測の事態に備えて待機する。
「ファイトですよ!」
「行ってくる」
 車から降りたアレックスは、まだ開門したての福祉施設の門を潜り、玄関ロビーへと向かった。



「覚悟が決まったのね?」
 応接室に通されたアレックスを迎えたのはラミアス事務官で、微笑みながらそこに座れと手で示した。
「イザークは元気にしていますか?」
 ここは大きな建物だけど、今までこんな大きな所で寝泊りしたことなどない。夜はちゃんと食べただろうか、どんな環境で寝たのだろうか。何一つ心配する必要などないと分かっていても頭を掠めてしまう。
「ええ、元気な息子さんね」
「イザークに会わせて下さい」
「今、子供達と一緒に遊んでいるのよ。それより、許諾書はちゃんとお持ち頂けました?」
 こんな所に一分でも長く置いておきたくない。
 早くイザークの顔が見たい。
「あの子はどこですか?」
「ディノさん。もう貴方は・・・」
 アレックスは許諾書をテーブルにたたきつけた。衝撃で割れんばかりの音が部屋に響き渡り、ラミアス事務官の視線が書類へと落とされると一気に目が見開かれた。

 ―――認めない。

 許諾を拒否する書類に驚く。

「連れて帰ります」
「ちょっと、待ちなさい!?」
 アレックスは部屋を飛び出して、廊下を走った。どうしてこうも乱暴なやり方になるのだろうと、内心焦る。これではまた、イザークに考えなしだと怒られるだろう。それでも、身体が考える前に勝手に動いてしまうのだから仕方がないんだ。
 イズーには後でいっぱい怒られよう。
 アレックスは、廊下のプレートを見ながら、子供達が集うエリアへと急いだ。
「親子揃って同じ行動取らなくても・・・」
 突然の事態にラミアスがため息をついて部屋の内線電話を取り上げた。まさか拒否しに訪れ、あまつさえ取り戻そうとするとはなんと無謀なのだろうと。連絡は児童福祉施設の事務局へと、もう一箇所、逐一連絡を入れろを念を押されたマザーへ。
「まあ、やっぱり子供は親に似るのでしょうか」
「父親の処分はどうしますか?」
 返事はマザーからではなかった。
「捕獲して。折角、網に掛かった獲物だから」
 隣にいる茶色い髪の青年の割り込みに少し驚いて、狙いは父親の方だったのかと悟った。理由は分からないがジーンブレイドと呼ばれる最強の兵器を持つ男に狙われるとは、あの親子の不運を少しだけ嘆くラミアスだった。



「返してもらわないと」
「それはジーンブレイドをですか?」
 表情の読めない瞳で、映像の切れた画面から目を逸らすキラが呟く。マザーが耳に止めて聞き返すとようやく表情らしい表情を浮かべて笑った。
「ラクスだって分かっているくせに」
 そして、二人は唇に微笑をのせる。その密やかな空間を切り裂くビープ音にキラが眉を顰めて、ディスプレイの通話をオンにした。
「何ですか?」
 明らかに不機嫌な顔の相手に、ディスプレイの向こうはやや恐縮しつつも伝えるべきことを口に乗せる。
「それは本当ですか?」
「ええ、検査の結果が出ました。驚くことにあの子供は」

 コーディ因子を持ちません。

 汚染される前の正常な遺伝子だけで構成された人だという。年齢から考えるとそれはありえないし、一切の外界と遮断された生活を送っているわけでもない。あちこちを点々とする生活は、どちらかといえば汚染率が高くなる可能性のほうが高い環境である。
 それが、大崩壊で世界中に散布されたコーディ因子を持たない。
 あの髪、あの瞳。
 研究員の報告など上の空で、子供にオーバーラップする姿。
 マザーことラクスが通話が切れた後も、少し考えるそぶりをしてキラを振り返った。そこには同じように報告を聞いていたキラが神妙な顔つきで立っている。
 関係がないはずなどなかったのだ。
「僕が行くよ」
「もしかしたら、これで人類の未来が救われるかもしれません」
「面白い冗談だね」
 皮肉げな表情を浮かべたのはどちらだったのか。キラが部屋を出て行こうとした時、またもやディスプレイから通話要請のビープ音が鳴った。



「臭うぜ、こりゃ何かがとてつもないことが起こっている」
 次々に飛び交う警察無線を傍受していたディアッカが両手でステアリングを握って考え込んだ。先日目撃したあの戦闘と関係がある。そう、ジャーナリストの勘が告げている。
 あのコーディではない、かと言って人でもないモノ達の戦いに遭遇して以来、ディアッカはずっとコーディ事件を追っていた。

 ビー。
 8番街の児童福祉施設でコーディ発生の模様。
 支援要請があり次第付近の部隊は急行せよ。

「児童福祉施設たあ、穏やかじゃないねっ」
 そう言って、アクセルを踏み込もうとした時、トントンとサイドガラスを叩く音がした。横を見れば同業者が笑いながら立っている。車の前に駐車されて、アクセルを踏み込んだ途端激突する所だった。仕方なく、ドアをスライドして降ろす。
「久しぶり、ディアッカ」
「ミリアリアか・・・何だよ、俺今超忙しいんだぜ」
「そんなの分かってるわよ、こっちも何報道していいのか分からないくらいコーディで溢れちゃって、この街」
 ミリアリアはこの街の民放局の報道カメラマンだ。ディアッカがよくネタを提供する先でもあるが、今はまだ話せない。
「アンタ、何か掴んでない?」
「まだ、話せる様なもんはねーよ」
 さすが報道マンである。彼女のネタを嗅ぎ分ける嗅覚も馬鹿にできない。
 取られてたまるか。
「俺は今から現場に急行する所なの、じゃあな」
 ディアッカは強引にドアを上げて、前方の車にぶち当てからバックしてその場を離れる。バックミラーでミリアリアが地団駄を踏んでテレビ局のバンに乗り込むのが見える。とてつもない山だ、恐ろしさと共に期待感もあって、アクセルとブレーキを乱暴に踏み変えた。



「遅い」
「ちょっと、様子が変じゃない?」
 車の中で様子を伺っていたルナマリアがシンに声をかけた。シンも顔を顰めてずっと前方を見ている。ルナが視線を戻すと街から幾つも黒煙が上がっていた。サイレンまであちこちで鳴り始めて、ラジオのスイッチを入れるとこの時間ではやっていないはずのニュースが流れていた。

 緊急警報が出されています。警報発令地区の市民の皆さんは大至急所定の避難所へ避難してください。繰り返します、現在、コーディが大量発生しています。警察、軍の指示に従って避難してください。
 原因不明のコーディ化が起こっています。
 繰り返します、大量のコーディが市内で破壊活動を行っています。

「なんだよこれ・・・」
「コーディが大量発生ってどう言う事よ」
 二人が突然の事態でラジオからの放送に耳を傾けていると、今度は車の外でガシャンと派手な音が響き渡った。いっせいに顔を向けた先で、施設の窓ガラスが粉々になって落ちていく。
「まさかあそこでもコーディが暴れているって事ないでしょうね」
「仮にも児童福祉施設なんだから大丈夫だろ、普段あれだけ豪語しているんだ、子供は死んでも守るんじゃないか?」
 子供は重要な財産だから、国にはそれを守り育む義務があるといって親から引き離し囲ってきた。その、世界一安全な場所である児童福祉施設で被害を出すわけにはいかない。
「ちょっと、それって、アレックスさん達大丈夫なの!?」
 連れ戻しに来た親は彼らにとって保護の対象になるのだろうか?
 もし、既にアレックスがイザークと一緒にいたら、出て行く子供は?
 ルナマリアの疑問にシンが顔を青くして、車を飛び出していった。
「シン!? もう、この猪突猛進男!!」
 仕方なく銃のマガジンを確認して、ルナマリアも施設の中へと走っていった。



 その時、イザークは階段下に隠れて、走り回る警備員をやり過ごそうとしていた。
 たった一人のために彼らは本当にしつこかった。通り過ぎてはまた、別の職員がやってくる。イザークは今の場所に隠れてから既に1時間は経過していた。
 様子を伺うために少しだけ顔を出しては、慌てて引っ込める。その繰り返し。それも疲れて来て、幾度となくため息をついた時、廊下の端で嫌な音が聞こえた。
 ぐしゃ。
 何かがつぶれて落ちる音にそろそろと顔を出す。廊下には鮮血が飛び、廊下一杯に肥大化した物体がいた。前に崩れたアパートメントで見たことがある。目にも恐ろしい光景は子供には刺激が強すぎて、思わず目を瞑って耳を塞ぐ。
「コーディ!?」
 こんな所に!?
 ここは一番安全だって!?
 ガシガシち首を巡らして獲物を探すコーディが向かってくる音がする。そう、イザークが隠れている階段下にやってくるのだ。
 逃げないと・・・ここから逃げないと。
 捕まらないとか、見つからないようになどと難しいことを考えている余裕はない。
 でも、足が動かない。
 もうすぐそこまで来ているのに、ヒューヒューと塞いだ耳から嫌な音が聞こえるのに。
 ここには父がいない。
 ガシャリ。壁が廊下がガラガラと崩れる音が迫る。
「グヘッ、見つけたあ~。あへ、お前ちっともうまそうじゃないなあ、でもいいか」
 反射的に見上げた視界一杯におぞましいものが広がっている。ズズズと口から唾液を流して、腕だったものが振り上げられる。

 ・・・父さん。助けて・・・

「勝手に死なれちゃ困るよ」
「あひ?」
 イザークの目の前で、コーディがサイコロのように寸断されていく。どす黒い液体を流して崩れ落ちる。その惨劇の向こうに立っているものを見て目を瞠った。助かったと思ったのもつかの間、そこにいるのも人間じゃなかった。
 コーディ程ではないにしても人ではありえない姿、色、青い硬そうな何かに覆われている腕から伸びる鋭く太い、あれは剣?
 視線が合った。
 黒い目に浮かび上がる紫の瞳。

 な、何!?

 目の前の物体を覆う青いものが蠢いて形を変える。瞬時に廊下の端まで伸びて、そこでまた嫌な悲鳴が上がった。恐る恐る見れば、コーディが形を無くしていく所で、視線を戻せば目の前の存在が無表情に立っている。コーディとは明らかに違っていて、子供のイザークにはそれをなんと言っていいのか知らなかった。
「ばっ・・・!?」
 口に出してはいけないと思ったけれど。ほんの一言漏れてしまった言葉は相手に届いたようで、苦笑してイザークを見下ろす。
「言ったね。でも、君の大切なお父さんだって同じだよ」
 苦笑はもっと違うものに変化する。
「僕よりずっと性の悪い赤い『化け物』だ」
 イザークが傷つくことを厭わない声。
「嘘だ」 
 そんなことある分けない。
 父さんはずぼらで抜けてて、頼りなくて要領が悪くて。すぐ考えなしに行動して失敗する、だけど人間だ。一緒に寝れば暖かいし、皮膚だって柔らかい。いくら服のセンスがないと言っても、こんな変な格好はしない。
「一緒においでよ、すぐに分かる」
「いい加減なことを言うな!」
 叫んだ拍子に隠れていた階段が崩れて来た。慌てて飛び出したイザークを捕まえようと青いリボンのようなものが瓦礫を穿って伸びる。けれど、イザークはそれに捕まる前に抱きかかえられて床を転がった。
 父さん!?
 じゃないけど、これは、これは。
「大丈夫!?」
「ルナマリア!」
「逃げるわよ!」
 真っ黒な服があちこち破れたルナマリアだった。目にはゴーグルをしていたけれど、声で分かる。彼女のトレードマークのショートの赤い髪。
「なんなの、あれ。コーディとも違う!?」
 ひび割れた廊下を二人は駆け出した。
「君が邪魔すると言うのなら、女の子でも容赦はしない」
「言葉が話せるなんて・・・」
「失礼だね、僕は君達人間と同じだよ」
 少し寂しそうな声を聞いて、イザークは彼も人間なんだと思った。

 ルナマリアとイザークは階段を駆け下りる。手すりは崩れ落ち、窓ガラスが散乱して踏みしめるたびにジャラジャラと音がする。悲鳴が四六時中聞こえたけれど、追いかける声は背中から聞こえた。伸びてくる青く切れそうなリボンがルナの服を、イザークの腕を微かに切り裂いていった。


「レベル7の汚染警報だね、レイ」
「感染源はどこだ、第8ラボのワクチン!? どうなっている、なに・・・」
 目まぐるしくもたらされる情報をギルバートとレイがプラントビルの一室で聞いている。そこは薄暗く、多数のオペレータが端末を操作し、眼前には巨大なモニタが3枚も並んでいた。
「ギル・・・」
「なんだね? こそ泥でも見つかったかね」
 レイがギルバートの反応に、どうして?と目を瞠った。
「大方、ねずみがサンプルを持ち出そうとしたのだろう。抑制にせずに持ち出せばスタンピード(暴走)が始まる。ジーンキャンセラーは諸刃の剣なのだよ」
「よく知りもせずに、またオーブが・・・」
 3面の内の左端に各放送局のニュース映像が映っている。この現状がどのようにして引き起こされたのか彼らはまた曲解するだろう。都合のいいように、政府を焚きつけ児童福祉省なるものを立ち上げた時と同じように。
「報道管制は」
「既に手を回しております」
「しかし、これでは第2の大崩壊の始まりだな」
 あの時も、プラントから持ち出されたジーンブレードが大崩壊の引き金だった。完成した2体を追う、プラントの警備隊とオーブ財団の激突。
 軍用ヘリが空を飛びまわり、街からは悲鳴と火の手があがる。
 今まさに、モニタに映っている映像そのもの。
 6年前と違うのは、その中心にいるのがジーンブレイドかコーディかの違いだが、この光景を彼の瞳はどのように映すのだろうと思う。
 ギルバートがレイにアレックスを呼ぶように指示を出す。あれだけのコーディを始末することは難しい、かと言って放置するわけにもいくまい。コーディ達はジーンブレイドを求めるのだ。


 それは本能のように。
 理屈ではない、身体の底から沸き起こる衝動。
「お前、お前、お前を、喰わせ・・・ろ・・・グッ」
 ぼとぼとと崩れていくコーディを手に掛けたのは深紅の腕から伸びる白刃。
「これだけ手ごたえがないとさすがに、飽きる・・・な・・・」
 アレックスが額を押さえながら拳を握り締めた。
「そんな場合じゃないだろ、しっかりしろ、お前は父親なんだぞ!」
 突如変貌する職員をなぎ倒しながらイザークを探すけれど、次から次へとコーディが出てきて一行に進めない。探すことよりも倒すことを優先する自分が情けなくて、無理やりにでもジーンブレイド化を解除する。
「こんなことできるようになって、俺、何やってんだ」
 意識的にできるようになったことを自嘲するしかない。
「イザークは―――銃声!?」
 まだ、無事な奴らが残っていたのか?
 アレックスは銃声のした方へ走り出した。自分の足で瓦礫を避ける事を何て不便なんだと感じながら、階段を駆け上がり、降って来たガラスの破片で腕に血の筋を引く。
 ホールの中央で果敢にも一人でコーディに銃を乱射している奴がいる。
 あれは。
「シン!?」
 だが、多勢に無勢。まして、硬質化したコーディに銃では致命傷を与えられない。
 戸惑う暇はなかった。


 シンの目の前で人が紅い装甲に覆われていくのが見えた。
 助けに来てこの様かよ・・・と、諦めかけた時、一斉にコーディたちがある一方を見たのだ。飛び込んでくる人影が見知ったものだと思った瞬間、信じられない光景が始まる。その腕が、その足が紅く変わっていく。
 仰け反り、半開きになった唇から漏れる熱い吐息が見えるようだった。
 不意に腰を折り、うつむいた顔が上げられた途端、背筋に電撃が走る。ぺろーりと唇を舐めて、現れた瞳は鮮やかなエメラルドだったけれど、眼球は黒く、その容貌はシンの知る人であって全く違う。

 誰だ、これは!?

 腰まで伸びた青い髪が縦横無尽に空間を切り裂き、シンの周りにいたコーディたちがスライスされていく。紅い風が吹きぬけ、光が走り、廊下も部屋もその向こうの部屋も切り裂いて、外から風が流れ込んでくる。

「無事か、シン?」
 声はあの人のものだ。
「お、お、俺は無事だけど、あんた、それ・・・」
 コーディじゃない。
 そんな生易しいものじゃないモノになって、イザークを迎えにいくのか!?
「元に戻るのかよ!」
「・・・・・・・・・ああ」
 僅かな沈黙の後、瞬きする間に元のアレックスが佇んでいた。一瞬幻だったのではないかと疑ってしまうほどの早業でも、彼の周りに転がっているコーディの残骸が夢でない事を証明している。
「あんた一体」
 何者なんだ。とは聞けなかった。コーディ達を見下ろし、シンに視線を向ける彼の顔はとても見られたような顔じゃなかったから。けれど、そんなシンの胸のうちを読んだのか彼はこう告げた。
「ただの父親だ。・・・だから・・・イザークを探さないと」



さて、ここからどうまとめるかです。アレックス、シンにカミングアウトです。