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 朝から何も食べていないイザークはそれはもう必死に走ったけれど、ルナマリアについて走るのは限界だった。
「ああ、なんなのよこの施設は!?」
 階段は崩れて瓦礫で埋まり、ただ廊下を走るのみ。行けども行けども曲がりくねる廊下があるだけで、一向に出口がない。背中の追跡者が着かず離れずにいるのにまた腹が立つ。
 いつでも捕まえることができるんだよ?
 そう言っているみたいで悔しかった。
 けれど、歯を食いしばった所で余所事を考えていた頭は容易に足元に注意を払わなくなって、イザークはあっけなくすっ転ぶ。
「イザーク!?」
 慌てて立ち上がるけれど、膝小僧はすりむけ血が滲み手のひらもジンジンと痛む。ルナマリアが駆け寄って助けてくれるけれど、通路の端に立つ青い追跡者はゆっくりと歩いてきた。
「大人しく捕まった方が君のためだよ? 僕達は君を必要としているんだ、イザーク」
 まっすぐに伸びてきた青いリボン。
 ルナマリアが果敢にも銃を乱射するが、伸びてきた一本に払われて壁に激突する。
 イザークが足に力を入れたその時、通り過ぎた階段から瓦礫がどっと雪崩れ込んできた。煙が充満して、ルナマリアのものではない銃声が轟く。
 ぎゅっと抱きしめられて、間髪おかずに床に転がってもイザークは安堵できた。
 だって、だって、これは。

「もう、大丈夫だからな」

「父さん!」 







 シンが気を失ったルナマリアの頬を叩いていた。
 イザークは父の腕の中で、シンの声を聞く。
「アレックスさん達は行って、こいつは俺達がここで」
「君達に用はないよ」
 瓦礫を踏みしめて近寄る追い掛け回してきた人の言葉がひどく冷たかった。腕の間から見れば、手には大きな剣と、背にはたくさんの鋭いリボンを従えて、歩行の邪魔になるものを粉々にして。
 父は座り込んで抱きしめたまま、ずっとその人を睨みつけているようだった。重なった胸から心臓の鼓動が聞こえる。
「やあ。また会えてよかった」
「俺は二度と会いたくなかった」
 父と目の前の人とが知り合いだったことに、少し驚く。
「ひどいね、君と僕はたった二人しかいない同類でしょ。その子にも話していないみたいだし、何を考えているの?」
 たった二人?同類?
 何を秘密にしているの?
 イザークは飛び込んでくる言葉を必死に整理しようとしたけれど、今はとても父に聞ける雰囲気ではなかった。
「イザークと俺の問題で、お前には関係ない」 
「ふうん・・・この力がある限り、僕達は平穏には暮らせない。覚悟を決めなよ、アスラン」

 アスラン!?

 イザークは自分の心臓がびくんと跳ねるのが分かった。
 それは、夢の中で戦い続ける敵の名前で。

「人違いだ」
「忘れたって言うんなら、僕が何度も思い出させてあげるよ!」
「止めろっ」
 痛いくらいに抱きしめられて、瓦礫や割れたガラス片の上を転がった。遅れてくる衝撃と轟音。廊下に充満し、緩慢に広まっていく砂埃。
「目と口を開けちゃ駄目だぞ、イズー」
 言われるなり、身体が軽くなったように感じた。そして、落ちる感覚。見えなくても、そんなものはちゃんと感じるようで、無意識の内にしがみ付いていた。
「わー、待って下さいよ!!」
「馬鹿ね、あたし達は車を回すのよ!!」
 シンとルナマリアの声が一気に小さくなる。

 ガクン。

 落下は衝撃と共に止まり、イザークは父の肩越しに相手の顔を見つけた。
 黒く沈んだ眼窩に浮かび上がる紫の瞳。
 見たことがあると思った。どこで? 夢の中で?

「ぐっ」
「捕まえた」

 気がつけば吹き抜けの階段で宙刷りになっていた。吊るしているのは間違いなく、あの青いリボンで、イザークは血の匂いがしてハッとする。ただぐるぐる巻きにしただけではなかったのだ。青いリボンはイザークの足のすぐ近くをピンと張っていて、伝うものがあった。血だ。
「父さん! お前っ」
「君もその子も僕達に必要なものだよ」
「こんなもの俺にもイズーにも必要ない」

 シュンと音がしてイザークはまた落下を始めたのを感じた。
 青いリボンが突き出ていた壁や天井と一緒に落ちてくる。
 絡み合うように舞う赤いリボンは何?
 落ちた割には衝撃のない着地に、もうただ呆然とするしかなかった。父は何事もなく走り始めて、ただ抱きかかえるままに施設の外にいた。

 あまりに色々なことが起こりすぎて、直前に見た光景が頭から離れない。落下の途中、青いリボンを放った彼は父の耳元で囁いた。

 じゃあ、君達はどうしてこんなもの作ったのさ。

 ねえ、アスラン。




 ほんの僅かな時間のはずなのにとても長く感じられて、イザークはシンとルナマリアが乗る車に駆け込んでからも上の空だった。
 ぐるぐると頭を回る、名前。
 天井に向かって伸びる青と赤のリボン。
 青はあの、よく分からない人だとしたら、赤は?

「イズー? おい、イズー!」

 ぺちぺちと軽く頬を叩かれていた。その手は間違いなく、父のもので少しも硬くない。
「父さん・・・?」
「びっくりしたよな。もう、大丈夫だから、だから・・・」
 本当に、聞こえるか聞こえないかの声で、父がごめんと謝った。こつんと額をぶつけられた時、無意識の内に涙が流れた。ぎゅっと抱きしめられて、手が勝手に動いて父の袖を掴む。それに気がついたアレックスが、イズーの少しぼさっとした頭を撫でてかき回す。
「やめろよ」
「いやだって、嬉しくて」
 払いのければ今度は首に手を回してがっちりホールドされた。6歳の子供に大人の腕はそれはもう鋼鉄の外れない枷である。ルナマリアが急ブレーキを踏んだ時、グエッと息を詰めてしまった。
「まだ通行止めだわ」
 道路に黄色のテープが張ってあり、窓ガラスの破片が散らばりあちこち陥没していた。様子を伺う内にもビルの一角で煙が上がる。
「これは、本当に避難所に行ったほうが良さそうね」
 シンが窓から周囲を確認して、ルナマリアに方向の指示を出す。車がやっと通れるかどうかの細道を出てステアリングを切った時、社内で着信音がした。
「こんな時に・・・」
 困ったように父が通話に出る。
 イザークはその姿を見上げるだけだが、段々険しくなる表情。終いには怒鳴り声に近い声が上がる。この非常事態に父は仕事の呼び出しを拒否したいらしかった。
「だから、今はそれどころじゃないって何度言ったら!」
 同じやりとりを3回繰り返すのを聞いて、イザークは口を開けた。
「俺、いい」
「イズー、何を言って」
 怒った顔のまま、父がイザークを見る。
「仕事早く終わらして、戻って来ればいいじゃないか」
「だけど、お前!」
「シンもルナマリアもいるし」
 突然名前が出て、シンとルナマリアがビクンと驚いていた。やり取りから何について揉めているのか察した二人は、どちらにつくか迷っていたようだったが、陣営を決めたのはルナマリアの方が早かった。
「そうですよ。軍も鎮圧に出てますし、ちゃっちゃと仕事終わらしちゃって下さい!」
 シンが驚いて、いいのかと目を丸くしている。
「えっ、でも・・・」
「でも、じゃないです!」
 シンが加わり、アレックスがイザークとシンやルナマリアを交互に見る。その間も手にした端末から、相手の声が小さく聞こえる。
 さっきはちょっと驚いたけど、ここからはいつもと同じなんだ。
 仕事に行く父を待っている。それだけだ。そう、イザークは思うことにして、父の手の端末を引っ手繰った。

「いま行・き・まーすーっ!」

 ブチ。

 勝手は分からなかったかれど、適当に押したボタンでなんとか通話を終了できた。唖然とした父が、口を開いたり閉じたりしている。ああ、怒られるなと身構えたが、ふわりと包まれる感覚に今度はイザークが慌てた。
「ありがとう、イザーク」 
 ジャケットは埃っぽくて、ごわごわだったけれど、背中をポンポンと叩く手。
「もう・・・終わらせてくるよ」
 今の仕事をやめてまで、そばにいて欲しくない。
 でも、やっぱりそばにいて欲しいのかな、少し嬉しい。
 けれど離れた手が、ドアの向こうに消える背中が、なぜかすごく遠かった。イザークは咄嗟に何か言おうとして、目の前でバタンと閉じられた車のドアを前にしてその言葉を飲み込んでしまった。その後、シンとルナマリアと一緒に一番近い避難所を探して、どこかの小学校の体育館に潜り込んだ。




「ディアッカを追って正解だった・・・報道部を大至急呼び出して!」
「チーフ、ありゃ何ですかね!?」
 崩れた児童福祉施設から遁走するテレビ局のバンに、いきなり割り込み通信が入った。アシスタントが取った通話を回されて、ミリアリアが顔を顰め短く返事をする。
「オーブ財団? 誰よ貴方・・・」
 面識がない相手からのいきなりの通話に、彼女の声も堅い。漏れ聞こえる声は女性のようだった。
「もし! それが本当なら・・・とんでもないことよ」
 チラリチラリとクルーがチーフのミリアリアを見る。通話の内容までは聞こえないが、今起こっている事態に深く関係することであることは見て取れた。いつになく厳しい顔をしたチーフが通話を切って、事の次第をアシスタント達に伝える。
「撮るのよ、コーディの親玉とやらを」
 バンの中が一瞬静まり返った。今、街を蹂躙している多くのコーディを先導しているものがいると、通話の相手は語ったのだ。



 こんな力、本当に必要ないんだ。
 呼び出されたポイントに向かう途中に、アレックスは何度もコーディと遭遇する。その度に、ジーンブレイド化してコーディを倒す。今では、自分が何をやっているか、破壊衝動に突き動かされる自分さえ、はっきりと感じることができる。
 所定の場所に、プラントのバンを見つけて苦笑した。
 認めるさ、確かに気持ちがいい。
 奴らと契約したからだけじゃない。

「何が面白いんです?」
「まさか、街中のコーディを倒せと言うんじゃないだろうなと思って」
 黒いボックスの中でレイが、あるものを取り出した。透過ディスプレイに映るのはこの街の地図。
「まさか。いくら貴方でもそれは無理でしょう。ですから、囮となって指定したポイントにコーディを集めてください。殲滅は我々と軍で行います」
 ああ、面白くない。と思っている自分と、安堵している自分がいる。
「今回の混乱、もしかしてプラントが絡んでいるのか?」
 確かに街は大混乱で、第2の大崩壊だと血まみれの老人が道端で叫んでいた。
「お察しの通り、貴方からフィードバックされたものが関係しています」
「関係・・・って!」
「貴方には関係ありません」
 無表情に言うレイはこれ以上を話さないだろう。フィードバックされたデータから作り出された何かが、この急激なコーディ化を巻き起こしているのに、アレックスには関係ないと言う。
「君は本当に職務に忠実だな。こういう時は、内緒ですけどって話してくれるもんだぞ」
「あいにく、貴方に便宜を図る必要がありません」
 突っぱねられて、アレックスは笑う。
 世の中で自分のポジションなどこの程度のものだ。
 なぜだか、無性に気持ちが軽かった。
「可愛くないな」
「貴方の息子さんのように、子供ではありませんから」
「親の顔が見て見たいよ」
 地図を頭に入れたアレックスがバンから降り、レイも続く。空気には血と煙が混じり、サイレンと上空を飛ぶヘリの音がうるさかった。バンの扉の前でレイが背中を向けたまま口を開けた。面と向かって話さないのは彼にしては珍しい。
「私に親はいません。親代わりだった人に育てられましたが、大崩壊で亡くなりました。今はその人の友人であったギルに」
「す、すまない」
 咄嗟に謝る。
 何も考えずに、イズーの事をあれやこれやと話してしまっていたが、大崩壊後、家族を失った者が大ぜいしたことを忘れていた。これもまた、俺の世渡り下手の要因だと改めて思う。
「ですから・・・貴方を見ていて思いましたよ。『親子』と言うものはこういうものなのかと」

 親子。親と子。
 血の繋がらない、ただ一緒に居ただけの関係だと言われたのに。

「俺達、親子に見えていたか?」
 レイが無言で頷く。
「・・・そうか。俺、イズーにとってちゃんと父親だったかな」

 それだけでこんなにも嬉しくなる。

「貴方は不思議な人です。どうして」
「俺はイズーの父親だからかな」
 どれだけしっかりした子でも、子供は子供、心配で目を離せなくて、何か起こるたびに自分の至らなさを痛感する。あの子を見ていると、まだまだな自分に気づく。それでも、想わずにはいられない。一緒にいたい、毎日、イズーが変わっていく姿をずっと見ていたい。だけど、子は旅立って行くのだ、いつか、自分の元から。
「行くよ」
 レイの視線を背中に感じて、アレックスは煙と炎、サイレンが飛び交う街へと姿を消した。



 体育館は避難してきた人で一杯で、ゆっくり寛げるスペースもなかった。ボランティアの配るドリンクと食糧を受け取って、数時間床に座り込んで時間を潰したが、やることがない。隣に陣取る家族との会話が途切れた時、唐突にスピーカーから音が流れる。
 誰かがロビーにおいてあったテレビを体育館の中に持ち込んだらしい。
 わらわらと人が集まって、映されるニュースを見れば、飛び込んできた倒壊するビルの映像に目を瞠った。
「ビルがあんな風に倒れるなんて・・・」
 ルナマリアの呟きの通り、少しおかしな崩れ方だと思った。
 ヘリから中継する女性キャスターの興奮気味な声。

『ご覧下さい。この光景を、コーディ達が私達の街を破壊しています!』
『軍事行動が全くの後手に回っています!』
『今、カメラが何かを捕らえたようです!!』

 イザークは画面に映る姿に、青い瞳を目一杯広げた。最大望遠で映すその画像はぶれてあまり鮮明とは言えなかったけれど、一目で分かった。
 たとえ、髪が腰まで伸び、全身を赤いもので多い、両手に大きな刃をつけていても。真っ黒な目に緑の瞳がカメラを見つめる。

 ―――父さん。
 目を背けたいのに、目が離せない。変わり果てた姿でも、父に間違いはない。

 一斉に騒ぎ出す体育館に避難した人々の罵声が痛い。ルナマリアでさえ息を飲み、『やだ、これ・・・』と口に手を当てていた。

 施設で言われたことを思い出す。
 君のお父さんだって同じだよ・・・と。

『ここで、政府とオーブ財団の緊急声明が入ってきました』

 金髪のオーブ財団代表が画面に映る。

『この化け物を生み出してしまったのは我々人類かもしれない。だが、この人類の敵に屈服することはできない。ここで私は苦しい告白をすることになったことを、本当に残念に思う』

 声明を読み終えた後、集まった人々の怒鳴り声は更にひどくなった。今、映像に映っているのが諸悪の根源、コーディを率いて街を混乱に陥れた犯人だと言うのだ。重なるように、背後で倒れるビルと巻き上がる埃。
「軍は何をやっているんだ!」
「化け物を倒せ!!」

 ルナマリアに引かれて、イザークは人混みを抜け出た。心臓がバクバクとなって、どこを見たらいいのか分からなかった。
「まだ、あれがアレックスさんだと決まったわけじゃないわ。何かの間違いよ、ね、シン!」
 しかし、「当たり前だろ!」と肯定するはずのシンの声はいつまで立っても聞こえなかった。
「ルナ・・・俺」
「・・・何よ」
「見たんだ。だから、あれは」

 父はテレビで言うように、化け物で。人類の敵で。
 蘇る声。

 アスラン。
 どうしてこんなもの作ったの?

 それって、コーディの事?
 それとも、あの青と赤のリボンの事?

 じゃあ・・・夢の中に毎夜戦ったあの敵も。 

「でも、助けてくれたんだ。施設でコーディに囲まれてもう駄目だって思った時。だから、あの人は、人類の敵なんかじゃない」
 下を向いていたイザークの頭に手が乗せられた。
 父とは全然違っていたけれど、髪をわしゃわしゃとする。
「戻ってくるまで、これで我慢しとけ」

 でも、戻ってこなかったら?
 金髪の人が皆で立ち向かおうと呼びかけていたから、ここに来るのも簡単じゃない。悪者にされてしまったから、もしかしたら捕まって死ん―――。
 そう思ったが最後、さーと音が引いていく。
 この感覚を前にも一度感じたことがあるような気がして、イザークは走り出していた。




シーンがころころ変わって分かりにくいかしらん。次で最後の予定ですが・・・果たして。