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 あのエリート校アカデミーを主席で卒業した天才が入ってくる。
 数々のメディアを要するPLANT社の社屋ではどこの部署に配属されるのか密かに噂されていた。最も、入り口の金属探知機を抜ける社員の誰がその天才なのかは誰も知らないのだから、たった今、息を切らして、始業ギリギリに走り抜けた青年だとは誰も思いつくまい。彼はテレビの取材クルーもここまでひどい格好はしないだろうと言う、黄色いタートルに赤のフリースパーカーと言う井出達だった。


 最上階のボタンを押して、アスランは息を整える。
 アカデミー主席卒業と言っても、そんなすごいものではない。やる事をやった結果であって、アスランに言わせれば他が不真面目すぎるのだ。他事にに現を抜かして勉強どころではない学友達。何度、ゼミの友人に忠告しただろう。それが、大企業の後継ぎなのだから世も末である。

 アスランは両親が4歳で離婚し、母に引き取られて決して裕福ではない生活を送った。奨学金で大学に進み、何とか望んだ情報発信企業に就職することが決まった時、ホッとしたものだ。これで、今度は自分が母を助けることができる、と。
 メディア関係に進みたいと思ったのは、幼いながらも母と自分を捨てた父親に対する反発があったからだ。社会的に成功していると言われていても、どこかに切り捨てられた者が存在する。それらを拾い上げたいと思っていた。

 ところが、一大メディア企業に入った所までは順調だったのに、配属先はファッション雑誌の編集部で、しかも編集長のアシスタントと言う仕事だった。
「雑誌だからって、初日から遅刻は良くないよな」
 なんとか間に合ったかと腕時計を確認する。エレベータホールを抜けて、聞かされていた部屋に滑り込んだ。


「遅い」


 編集長が一面ガラス張りの窓から下を見下ろしたまま呟いた。
 上等そうなスーツを纏った男が振り向く。
 まだ若い男、そして恐ろしく青い瞳と銀髪。ファッション雑誌の編集長だけあって、その容貌、服装は決まっていた。身に着けているものがどのブランドかさっぱり分からないアスランでも、そのオーラに圧倒された。格好いい。

 感嘆して呆然としたのもつかの間、彼、アスランの受難が始まった。

「貴様がアスラン・ザラか?」
「は、はい」
「俺はイザークだ。今日からアシスタントを務めてもらう。しかし・・・」
 じろりと足先のスニーカーからボサボサ頭までを見つめる上司。
「まだ、ドナルドの方がましだな」
 そう言って、彼の視線の先にあったのは、道路を挟んだ向かいに立つ大きな黄色いMの看板。店の入り口には真っ赤なアフロヘアのドナルドがハンバーガーを持って立っていた。

 何となく馬鹿にされたことは分かる。分かるが自分は部下、相手は上司。たかが服装のことで怒るのも馬鹿馬鹿しいと、アスランは無表情のまま立ち尽くした。

「では早速お茶を入れてもらおうか。俺は朝はロイヤルミルクティーと決めている」
「あ、はい。分かりました」
 部屋を見回して当たりを付けると、アスランは早速電気ポットに電源を入れてカップを探した。戸棚に丁寧にしまわれた一客を見つけてぎょっとする。
 これって、なんとかって言う超高級品じゃないのか?
 しかし、ミルクティーなど作ったこともない彼は、部屋を飛び出して清掃のおばさんにミルクティーの作り方を聞き出していた。紅茶だって滅多に飲まないのだ。記憶にある紅茶を思い出して色合いを確かめて、ミルクを注ぐ。
「やればできるじゃないか、俺」
 初めてミルクティーを作り終えて、デスクに運ぶ。
 しかし、編集長は一口でソーサーに戻す。
「ぬるい。薄い。貴様は満足に茶も入れられんのか」
 は?
「片付けろ。明日までにマスターしておけ」

 備え付けのキッチンで捨てる前に飲んでみる。
「ちゃんと飲めるじゃないか。勿体無い奴だ」

 どんなに格好よくても、許せないものがある。アスランにとって贅沢は敵だった。必要以上に着飾ったり、食べ物を粗末にすることは何より許しがたかった。
「俺はコーヒー党なんだ! 何が明日までにだっ! 大体、たかが雑誌の編集長が偉そうに」
 一通り毒を吐くと、一つ深呼吸してまたオフィスへと戻っていく。まだ始まったばかり、気を取り直してデスクに近づくと指差されたのは端っこに置かれた携帯電話とメモ。
「今からそのメモにあるものを集めろ。それくらいならお前にもできるだろう」

 引っ手繰って部屋を出て行く。
 メモを見たのはエレベーターの中。
 流し読んで、思わず握りつぶしていた。シャツ、プレスされたズボンとスーツ。靴にブラシ。明らかに着てくるものを変えろといわんばかりのラインナップ。ご丁寧に色や柄、サイズ、果ては店まで指定してあった。

 ドナルドの方がまし。お茶も満足に入れられない。それくらいならお前にもできる。
 見下された事が沸々と蘇る。
 ハンカチは?お弁当は?帽子もちゃんと被ってね。と、まるで、学校に行く前に持ち物を母に点検される子供の頃の自分とだぶる。くそっ、遠足に行く子供じゃないんだぞ。

 やってやろうじゃないか。
 ここで闘志を燃やす所がさすがは主席であり、実はアスラン、彼は人一倍負けず嫌いだった。
 一通り買い揃えた所で携帯に、今日はもう帰ってこなくていいと連絡があり、思わず地面に叩き付けそうになる。山ほど荷物を抱えてそれは無理だったが、反対にアスランは書店に直行した。紅茶についての書籍を買い漁り、その足で器具を買った。
「帰らなくてもいいなら好都合だ」
 借りたばかりのアパートで、本と器具とを睨みながら紅茶を作り続けた。何度も紅茶を入れては飲んでみて、凭れ気味の胃を摩りながら今日一日を反芻する。初めて入った高級ブティック、サイズを事細かに測られたことも、まるで召使のようにそばに控えて買い物のアドバイスをする店員にも驚いた。何しろ初めての世界だったのだ。
 何か勘違いしている気がする。
 こそばゆいような気がして、ぶるると髪を揺らした。店内で見聞きした、名前しか聞いたことのない一流ブランド。
「何がアルマーニだ。ヴェルサーチだ!」
 きっとイザークが着ているのは、そういう服だろう。
 人は着てる服で価値が決まるわけじゃないぞ。

 だが、まだこの時、アスランは上司の本当の姿を知らなかった。






 朝のお茶を入れ始めて一ヶ月。引っ切り無しに鳴り続ける携帯に飛び込んでくるのは、ファッションに限らず世の中を騒がしている全ての話題についてだった。その量、ゴールデンタイムのニュースをも凌ぐ勢い。

 全世界で発行される雑誌「デュエル!」はカテゴリ的にはファッション雑誌であるが、「戦う男の為」と銘打っているだけあって、単なるファッション雑誌ではなかった。その雑誌に取り上げられた有名人は一気に箔がつくし、広告スペースは常に代理店がひしめき売り込み合戦が繰り広げられている。一流ブランドの新作もデュエルでの論評によっては一瞬で消える。
 先日も幾つもブランドを抱えるORBグループの新ブランドがイザークにこき下ろされて株価急落の憂き目に合っている。

 まさに恐るべき影響力である。

 大学を出るまで雑誌の存在さえ知らなかったアスランは、今まで世の中の流行、センスがいいと言われていたものがどのように誕生するのかを知ることになった。
 その中心にいるのが、編集長のイザーク・ジュールである。
 このモデル顔負けの男が全てを生み出している。
 その源泉となるのが、この膨大な下調べと情報の分析であった。
「はいはい、今度はなんだ!」
 出社前、家を出た時間を見計らって入ってきたメールの着信音。
 昨日集めておいてくれと言われたニューヨーク東開発地区の歴史、建設中のビル、入居を狙っている企業の情報、とにかく全てを調べて、重要なものは図書館で借り、企業情報からパンフレットまで揃えて今、両手に抱えていた。
 荷物を一先ず、玄関先において携帯を取り出す。

 ―――昼にヴォルドルフのサンドイッチが食べたい。

「お前はどっかの国の王様か!」

 王様だろう。ああ王様だ。そうだろう!
 確かに、世界の流行を作っているのはお前だ。
 お前が青だといえば、皆がこぞって青い服を着るさ。

「勘弁してくれって・・・」

 ヴォルドルフ・アストリア・ホテルにランチの宅配サービスなどない。アスランが命じられることは何も仕事絡みだけではなかった。先週には彼の母親が急に見たいといったオペラのチケットを取る為に奔走した。当日のボックス席なんてあるわけないのに、走り回って、頭を下げまわって、デュエルでの広告スペース確保をチラつかせて、なんとか譲ってもらった有様だ。
 それが、今度はサンドイッチ。

「何なんだよ!」

 苛立たしげに、ホテルへと電話をかける。
 アパートの玄関先で相手もいないのに必死に頭を下げて、レストランのシェフと変わってもらった。ランチの前に取りに行く約束を取り付けて、オフィスへと向かうとイザークは外出していた。
「いないのか・・・」
 一気に気が抜けるが、ここ数日のリズムから飲む人もいないのに知らずミルクティーを入れていた。仕方ないから自分用のマグに注いで喉を潤す。

 確かに美味しいかも知れない。

 明日から俺もミルクティーにしようかなと思い始めて、慌てて頭を振った。
 感化されるな俺、アイツの真似なんで真っ平ごめんだぞ! とは言え、大きな姿身に映った自分を見てがっくり頭を垂れた。
 シャツにスーツにネクタイ。ありえない格好の自分がいるのだ。
 毎日のように嫌味を言われてこんな格好をしている自分。

『貴様、買ったそばから来ているのか?』
 と言われて、買ったばかりのスーツは一度ドライクリーニングに出して馴らしてから着るのだと知った。
「ゼミの仲間が見たら仰天するだろうな」
 スーツを着出すとシャツにネクタイと大量に揃える物が必要になる。毎日同じと言うわけには行かないからだ。パーカーとジーンズでは許されていた組み合わせでも、スーツではそうは行かなかった。できるだけに穏便に暮らしたい彼は、大衆に埋没することを考えて、傍から見ておかしくない格好をする必要があった。

 そんな普通のビジネスマンの格好をした自分にも慣れて来て、与えられた部屋のデスクで資料の整理を始める。一見脈絡のないもののように見えて、イザークの指示には次の企画が隠されているのだ。
 次から次へと指示が飛び込んできて、アレもコレも状態になる。資料を纏めつつ、マーケットの趨勢を調べ、スケジュール変更で来客を断り、飛び込んできた他の雑誌の編集長の愚痴を付き合う。
 なんとか自分の時間を確保して情報を拾い集めて一つのファイルにまとめる。
 それがここでのアスランのメインの仕事であるが、乗ってきた所でアラームが鳴った。はあ・・・とため息をついて時計を見て上着を羽織る。
 AM11時00分。
 ホテルへサンドイッチを取りに行く時間だった。

 そこへまたも無理な指令が。
 ―――今から、メトの過去10年間の演目を全て洗って返信しろ。

「今から! すぐ!?」
 ありえない。アスランは時計を見る、ホテルにランチを取りに行く約束をしているのは11時30分。オフィスからはどんなに急いでも20分はかかる。タクシーならなおさら渋滞で間に合わない。10分で終わらせるしかないのだ。
 今から社のライブラリで照会して、と頭で考えながら手を動かし始める。

 メトとは、メトロポリタンオペラのことである。
 先週、彼の母親のために奔走したオペラハウスのチケット。その時、知り合いになったマネージャーに電話をかけて、念のためオペラハウスからも演目リストを大至急送ってもらう約束を取り付ける。その間に自分はライブラリで照会した結果に、主演の情報を追加してデータを作成する。
 オペラハウスから届いたリストが間に合わなくて、結局オフィスを出たのは12時10分前だった。自転車を借りて坂を駆け下り、渋滞の車の中を突っ切ってクラクションの雨を浴びた。それでも、イザークが帰社予定の12時30分までにはサンドイッチを用意して待っていなくてはならない。

 何度も頭を下げ、法外なランチ代を支払ってシェフからランチを受け取ったアスランはほうほうたどり着いたオフィスで呆然とメールを見下ろすことになった。

 ―――昼は済ませた。今日は戻らない。

「いい加減にしろ!」

 この悪魔め。

 思わず投げ捨てそうになって、止める。
 勿体無いではないか。最高級の食材を使った、スペシャルゴージャスなこのサンドイッチが。チーズバーガーがいくつ買えると思っているんだ。
 はあ・・・溜息を付きながら、ランチのドリンクを支度していてミルクティーを入れている自分に気がついて呆れる。けれど、この贅を尽くした編集長のアシスタントを辞める気にはなれないのだった。






おわり




すいません。こんなで。なんとなく勿体無かったので、中途半端ですが、こちらにUPです。原作を読んだことも観たこともないので、タイトルやラジオの論評から適当に想像したらこんな話になったんです。