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 ずっと聞こえていたマユの声が聞こえなくなって数時間。
 感覚のない手足を無理に動かそうともがくのを止めてからどれくらいだっただろう。だけど、俺の手足はしっかりと繋がっていて、助け出された時、ピリピリと痺れて逆に動けなくなっていた。
 街はとんでもない事になっていた。
 崩れた家やビル。立ち上る炎と煙。頭の上をヘリが何機も激しく飛び回っていたけど、もう何が何だか分からなかった。
 なんなんだよ、これは。
 俺のジーンズの裾も少し焦げていて、足首に包帯とシップが当てられていた。
 燃える自分の家を呆然と見つめて、ハッとした。
「マユっ! 父さん、母さんっ!」
 駆け寄ろうとした俺は後から抱きかかえられて、手を振って逃れようとしたけれどどうしても抜け出せなくて、そのまま崩れ落ちたんだ。
「うわーーーっ」
 どうしたって、誰が見たってわかる。街が崩壊して、家が崩れて、俺の家族が死んだってことが。
 苦しい!
 息ができなくて、手が震えて、足元がグラグラする。


「飲むか?」
 ああ、何で俺、こんな所に。声の出所を探して頭を回して、ペットボトルを手に取った。
 喉が引くつくのもお構いなしに、一気に半分は飲み干した。それで、ようやく、なんでこんな事になっているのか思い出した。と言っても、何が起こったのかはよく分かっていなかったけど。


 こいつは、おせっかいにも俺を助け出した奴だ。
 首都から救援に駆けつけてきたらしいこいつは、俺が黙って聞いているのをいい事に早速自己紹介とやらをして、ペットボトルと食糧を渡してきた。所謂、ボランティアって奴。
 アスラン・ザラ。
 ザラという苗字に聞き覚えがあったけれど、そんな事はどうでもよかった。
 ひょろっとした奴で、見た目は完璧な優男だ。そいつがどうやって俺を崩れた家から引っ張り出したか謎だが、おかげで俺はこうして生きている。
 しかも五体満足だったりする。
 そんなの・・・おかしいだろ。家族全員死んでんのに!
「大丈夫か? 君? えっと・・・」


 俺の名前はシンだ。
 聞かれるままに答えて、またすぐに黙り込む。
 瓦礫が散乱して、あちこちで鳴り響くサイレンもちっとも近くに来やしない。もうもうと燃えつづける俺の家が、上空からの消火剤散布で半分くらい火が消えた。
 ちょうど、俺達の部屋があった辺りだ。そこで、動くものを見た気がして走り出す。
 もしかしたら、まだ生きているのかも知れない。
「マユ!?」
 生きて助けを呼んでいるのかもっ!?
 窓枠なんてとっくに解けて形も残っていないのに、俺達の部屋の窓に中途半端にかけられた小さな手を見つけた。
 ほらやっぱりっ。マユはまだ生きてる。
「マユ!?大丈夫か! 今、助け・・・に・・・」
 手がと思ったのは消火剤を被った棒切れだった。俺は、あの人がきっと困ったような顔をして見ているのだろうと思った。
 生きてるなんてことあるわけないのに。
 消火剤を手で払い落とす。
 本当にマユと同じくらいの腕。手のひらも小さくて、指も丸っこくて。
 こんなに黒くなって、硬くなって、こんなのマユじゃない。
 でも、これは本当にマユの腕だった。
 やっと掴んだ腕は途中から先がなくて。
 ボロリと崩れてやけに軽い腕だけが俺の指に絡まって、衝動で振り落としそうなった。でも、そんなことできるはずもなくて、冷たく硬いマユの亡骸を掴んだまま俺は呆然としていた。
 だって、どうしたらいいのか分からない。
 昨日まであった日常がなくなってしまったんだ。
 宿題やれよという母さんや、それを笑ってそうだぞと追い討ちをかける父さんもいない。
 何が面白いのか邪魔しに来る妹のマユだっていない。
「なんで俺だけっ!」
 まだ燃え盛る火が夜は眩しくて、熱くて引き込まれていた。
 あそこにみんないる。
 一歩踏み出せば、もう止まらなかった。空気が、大地が、夜空が見えない力で俺を押し留めようとしていたけれど、そんなこと構っていられない。
「・・・置いてかないくれよ」
 掴まれた肩も、腕も、もういい加減にして欲しい。
「シン!」
「行くんだ、離してくれよっ」
「何を考えているんだっ!」
 この手、邪魔。
「俺はアンタに助けてくれって、頼んだわけじゃないっ!」
「君がっ!」
 肩を捕まれて、向きを変えられる。強く揺さぶられて、目の前に彼がいた。目いっぱい見開いた瞳。
「自分でっ! 這い出して来たんだっ!!」
 そんなはずない。
 俺が、家族を見捨てて自分から這い出してきたって?
「君は! 生きたいと、本当は思っているんだっ」
 身体を目いっぱい伸ばして隙間を縫う。
 もがいてもがいて、手足がもげる位、俺は何をやっていた!?
 もういいかって思ってたのに、爆発が起こって、煙が充満してきて俺は土壇場になって何をしたんだよ。
 俺は。俺は・・・っ!


 夜が明ける頃には、黒く突き立った柱が崩れて、本当に何もなくなっていた。火は消えて、朝の冷気が頬を差す。それでも寒くないのは、一人じゃないからか?
 ずっと貸してくれる背中があって、俺は泣きながら夜を明かした。
 別れる時、何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれて、俺は少し自分に絶望した。自分でもコントロールできないものがこの身体の中にあるって分かってしまった。
 しぶとく生き残る本能みたいなもの。
 大切な人を亡くしても、知り合ったばかりのこの人の温もりに安堵している自分。
「もう一人でも大丈夫だよな?」
 勝手なことを言っていると思った。ずっと一緒にいくれればいいのにと口まで出かかったけど、言えなかった。
 死への誘惑は美しく、これから一人で生きていく現実の方が何倍も大変なんだ。
「俺・・・」
「シン。お前は意外としつこいから・・・生きていけるさ」
 冷たいペットボトルでも、補給すれば俺の身体はまだ動けて、アスランさんに教えてもらった避難場所まで歩いていけた。
 大勢の人が死んだこの場所できっと、時々、皆のことを思い出して泣くんだと思う。
 でも、父さん、母さん、マユ・・・俺、生きていけるよ。
 俺がまたあの人に会う、その日まで。
 沢山の死とたった一つの現実を抱えて、生き残れたことに感謝できる日が来るなら、俺はあの人に言うんだ。


「ありがとう」って。


申し訳ない気持ちでいっぱいです。実はずっと後悔しているんです。