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一年の計は元旦にあり

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まだ1/8しか書けてないから・・・七草粥までにはなんとか~と思ったんだけど。



 列車の終点からバスに揺られること1時間。午前中は晴れ渡っていた空も雲が広がり冬特有の薄曇へと変わった午後、イザークは肩に担いだ荷物をドサリと道の上に置いた。

 小さいながらもそれなりに活気のある町から田畑を揺られ、峠を越え、懐かしい原風景の向こうにあったこじんまりとした村。農協と郵便局しかないような、それこそ大八車が大手を振って舗装されていない道を走っていそうな、田舎も田舎である。
「くそっ。ミゲルの奴、こんな所に飛ばしやがって」

 ――宗―――彫照寺

 石の柱に彫られた文字を読み取れば、辛うじて寺の名前だけ。
 誰もいない境内、葉を落とした箒のような木、石畳の上のじゃりじゃりとした音に唇をかみ締めた。異様に物悲しく聞こえるのは子供達に帰宅を告げる部落放送だった。
 来てしまったものは仕方がない。
 ため息をつく前に、気持ちを入れ替えて、境内をズンズン進む。
 古い事は織り込み済み。
 思ったよりも広く、仏閣の佇まいそのものは田舎にしては立派な方だと感心したのも束の間、思わぬモノがイザークの目に飛び込んできた。
「あれはどう見ても鳥居だと思うが・・・」
 イザークはエル字型をした敷地の頭の方から右に折れる辺りでそれを見つけた。南向きに立てられた慎ましやかに立てられた鳥居は、どんなにちんまりしていても寺にはそぐわないもの。
 まさか、俺としたことが迷ったのか?!
 いやそれはない。隣の敷地に入り込んだ気配はない。
 用心深く辺りを見回して、顎に手をやった時、背後から声を掛けられた。 
「あー。実はうちの神社が間借りさせてもらってるんだ」
 振り返れば、有名スポーツメーカーのトレーニングウェアを来た青年が立っていた。その彼が続ける。
「もしかして・・・新しく来たお坊さん?」
「ああ、多分」
 濁した答えになったのは期限付きだから。それでも僧侶であることは変わらないからそうだと答えた。イザークは尋ねた相手の両手の買い物袋に目がいったが、目の前の相手はイザークを覗きこんでいた。年は自分より若干若いくらいだろうか。
「結構若いけど、本物?」
「貴様、言うに事欠いて本物かだと!? 当たり前だ。俺を誰だと思っている!!」
 大体、若いのは貴様の方だろうが。
 お互い同じ事を考えていたらしいが、それを指摘されると腹が立つ。イザークはつい、怒鳴り返してしまった。
「あっ、いや、ごめん。悪気はないんだ。同じ年頃で安心したと言うか、その、随分誰も来なかったから、今年も来ないんじゃないかとひやひやしたよ。待っていたんだ! こっちだから」
 最初こそおどおどしたものの、すぐに悪びれもせず妙にうきうきと応対を始めた。見知らぬ相手の変わりように戸惑いながら、これから自分が主を勤める寺へと足を乗り上げる。冷たい板間。

 ギシ。

 まあ、こんなもんだろう。屋根があるだけましと言うものだ。
 耳についた音をやり過ごしていると、トレーニングウェアの彼が電気を付けた。一呼吸置いて、ぱらぱらと蛍光灯に明かりがつく。
「前の住職がいなくなってからもう結構経つから・・・」
「確かにな」
 これから新年を迎えるというのに辛気臭くて堪らない。
 お山の本堂など、僅かな明かりにさえ光り輝く仏具が鎮座しているのに、ここにはそれが一つもなかった。

 そこでふと思いつく。入り口で見た鳥居を。
 そして思い出す。彼の言葉を。

「一つ確認したいんだが、貴様、何者だ」
 凡庸と立つ青年と、問いただすイザークは対照的だった。瞳に鋭い眼光を湛えて、視線だけで悪鬼を調伏できそうなイザークの視線の先に言いにくそうに立ち尽くしている。
「あー、えーと俺は、隣の神社の神主」
 そう言った彼の後ろ、壁を一枚隔てた向こうにある造り、開け放たれた扉の向こう、電気をつけようと彼が入ってきた場所。それは、僧侶のイザークとて知っている。

 拝殿。
 手前に立てられた看板の文字には、はっきりと「二礼二拝一礼」と書いてあった。

「こ、これには、色々事情があって・・・」
「・・・の、ようだな」
 呆れてモノも言えなかった。
 間借りと言っても、敷地内にこっそり別棟がある、その程度を連想していたのに、見事に一間を借りられている。いや、もしかしたら一間どころではないかもしれない。
 今すぐにでも退けろと叫びたい気分だったが、生憎別宗教でもあり、握られた拳がわなわなと震えるに留まる。彼を知る者が見たら驚くこと間違いなしの、自制であった。
「でも、意外と便利なんだ、一緒になってると。正月三が日とかさ」

 怒る気も失せる。
 なんなんだ、こいつは。

「・・・改造したようだが、宿坊とか残っているのか?」
「宿坊? 他の場所なら一応は。けど、全く手入れされてないぞ」
 どんなに汚くてもいいさ。眠ることができれば。
 イザークは小山の寿司詰め同然の入門時代を思い出した。むさ苦しい男達が集団で眠りにつくのだ、身体が大きい者、寝相の悪い者、やかましい者、一同に押し込まれた十畳間はひどい有様だった。それに比べれば、一人である分気楽だった。
「いい。どうせ1週間足らずの事だ。なんとでもなる」
 古く半分神社になっていようが寺であることには変わりはない。廃寺同然でもイザークとて僧。まして修行僧の身、これも修行だと言い聞かせた。

 ぴちょん。

 と、イザークは頭に手を置いた。冷たい。先程から降り始めた冷たい時雨は重みを増して、暮れ始めた窓の景色に白い筋を描いている。
「本堂の屋根はちゃんと直してるぞ、一応。けど、まあ、今日はうちに泊まった方がいいと思う」
「貴様・・・」
 あはは・・・と罰が悪そうに笑う若い神主が頭の後ろに手を上げる。
 それは直しているとは言わん。
 イザークは乱暴に畳の上に置いた荷物を引っ手繰った。



こんなん、どうだろう


カテゴリ: [ネタの種] - &trackback() - 2007年01月07日 13:28:00

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