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「アスランさん、こんにちわー!」
「こんにちわー。お節持って来ましたよーっ」

 新年を迎える準備をしていると、いきなり高い声が響いた。檜の樽を転がしていたイザークが顔を向けた先に二人の少女が立っていた。手にしているのはタッパーだろうか、中身が零れないように両手で抱えている。イザークが何か言おうとした所で、奥からドタバタとアスランが出てきた。

「ルナマリアに、メイリン!」
「今年も張り切りました!」
「毎年すまないな」
 苦笑して受け取る奴が、二人にありがとうとお礼を言っている。そして、視線が三対向けられる。
「あのー・・・」
 やや背の低い方が小さな声で言いかける。知らん振りもできないから、手を止めて向き直ると、姉だろう背の高い方が間髪言わずに台詞を繋げた。
「誰ですか、男? 女?! わー、すごい銀髪。アスランさんの知り合いですか?」
「誰だと思う?」
 イザークは少し困ったなと思った。
 次にアスランが何を言うのか容易に想像できたからだ。
「なんと、彫照寺の新しい住職」
 やっぱりな。
「えー、ホントですか!」
「うっそー、お坊さんなんですか?」
 イザークはそうだと答えながら、さてどうしたものかと考える。新しい住職である事に間違いはないが、期限があるのだ。あまりふれて廻られても困る。
「お名前なんていうんですか!」
「イザークだ」
「キャー、イザークさんって言うんですね!!」
 黄色い悲鳴にややうんざりする。世間一般に出回っている僧侶のイメージからかなり逸脱している自分の外見は熟知しているし、いつもと同じ反応にイザークは曖昧な笑みを返す。たったの一週間だけだということを今、告げたくなかった。目の前でやっと肩の荷が下りると二人の少女と嬉しそうにしている姿を見ると、訂正を入れることができない。

「ってことは、除夜の鐘がつけるんですね!」
「多分ね」
「やっとか~」
「楽しみです!」

 境内の端にある鐘楼には縄が張ってあり、中に入れないようになっていた。意外と立派な鐘に、打てばさぞいい音がでるだろうと想像する。

「じゃ、あたし達これで!」
「なんだ、まだやることいっぱいか?」
 大晦日の午前である。それはやることがいっぱいあるだろう。こんな田舎ではきっと多くの風習やしきたりが残っている。先ほど、アスランに届けたおせち料理もしかり。
「そうなんですよー、もうおねえちゃんが黒豆失敗するからー・・・」
「あんた、あれをあたしのせいにするの!」
 久々の喧騒にイザークは少しお山を思い出した。ここはのどかで、誰かの叫び声だとか、怒鳴り声など聞こえない所だったから、常に騒ぎが起こっていたお山の日常を少し忘れていた。人の声が蔓延するお山とは違い、ここは自然の声が密やかに流れていた。それを突き破る少女二人のパワー。
「また今晩来ます!」
「じゃ、アスランさん、イザークさん、またー」

 手を上げていく二つの小さな台風が参道を帰っていく。

 ん?

 異変に気づいた時には走り出していた。両側の森から湧き出た黒い影が二人の影と繋がって、ゆらりと立ち上がる。黒い煙の中から覗くのは丸い木の板らしきもの。

 なんだあれは?
 イザークはそれに見覚えがある。よく見知ったものだ。その大きさと現在の状況を除けばであるが。
「臨、兵、―――くそっ」
 それは人の背丈ほどもある『しゃもじ』だった。物に宿る気が転じて妖怪になりかけようとしている。いつもなら、問答無用で真言をお見舞いしている所だが、ちらりとアスランを盗み見た。
「きゃー、アスランさん早く~っ!!」
「また出たな! 二人ともそこを動くなっ! オン バザラ―――」
 身動きできない姉妹に一人走り寄って、合掌するように手を合わせていた。
 また? 耳に止まった言葉に気を取られていると、続けて聞こえたのは今自分が口に乗せようとしていた音。
 だが、これは。

「―――アラタンノウ オン タラク ソワカ」

 巨大しゃもじに纏わりついていた黒い霧が吹き飛ばされて、パタンと倒れてみるみる小さくなる。抱き合っていたルナマリアとメイリンが恐る恐る見下ろしている場所に、普通のしゃもじが落ちている。イザークが無事を確かめる3人を呆然と見つめる羽目になった。

 ふざけるなーっ!!
 盛大にぶちかましやがって。
 昨日は封印で、なぜ今日は退治なんだ! いや、散らしただけだ。
 貴様のその基準はなんだ。

 ちがうちがうちがう。問題はそこじゃない。
 神主が真言だと!? 虚空蔵真言だと!?
 そんな事あってたまるかっ。

「貴様―――っ! 説明しろっ」

 イザークは呑気に帰る二人を見送って踵を返したアスランに、びしっと指を付きたてるが。答えは短かった。

「だって本堂にこう唱えろって張り紙あるし。念仏なんだろ?これ」
「念仏じゃない!」
「祝詞は唱え終わるまで長いんだ。これ短くて便利だよな」
「虚空蔵菩薩をつかまえて、便利とは何事だっ」

 アスランが足元のしゃもじに手を伸ばす。イザークは自分とて門前の小僧宜しく教えられるまでもなく真言を使っていたことは棚に上げて、許せないものを感じた。今まさにアスランの指先が触れようとするしゃもじを奪って、彼の頭を思いっきりはたいた。

「この罰当たりが―――っ!」



 ********************



「また出るぞ」
「そしたら、また追っ払うさ」

 台所のテーブルの上に御節のタッパーを置いて、気軽にこたえる神主。イザークはあれこれと尋ねたい事があったのに、問いただす気を失っていた。
 いつも、こうだ。機会を逸してしまうのだ。
 リズムを乱される。その理由を考えてみるが、これと言ったものが浮かばない。
 あまりに違う世界に、今までの常識が通用しない場所。都会では失われてしまった精霊達が生き、人間と共生している地だからだろうか。

 飲まれている・・・? 俺がっ!?

「大体貴様のそのいい加減な所が気に入らん」
 イザークがお茶を啜ると、アスランが洗濯籠を持ってきた。床において、今度はみかんのダンボールから一個一個入れている。
「ちゃんと数えているぞ?」
「何をだ?」
「みかん」
 まただ。こいつのやることの意味が分からない。はあ・・・と心の中でため息をついて、口から疑問が出ていた。
「何のために?」
 そして彼は嬉しそうに答えた。今夜の除夜の鐘の分だ、と。


「なあ、ちょっとついてみていいか?」
 アスランは縄を解いて、鐘楼を見上げた。傾いた日の中、大きな鐘が浮かんでいる。
 この一年の煩悩を解き放ち、晴れやかな気持ちで新年を迎える行事。108の鐘の音が響き渡る大晦日の夜。この村ではもう何年も除夜の鐘が打ち鳴らされることはなかったのだという。だから、アスランもようやくその鐘の音を聞けることが嬉しくてたまらないらしい。
「まあ、いいんじゃないか?」
 鐘付き棒に新しく縄もかけた。鐘も軽く小突いてみたが異常はなさそうだ。イザークは、アスランが棒を引く縄を引っ張り、鐘に当たるのを見つめていた。

 ゴオ~~~ン、オ~ン、オ~ン

 余韻を引いて、夕暮れの空に鐘の音が響き渡った。
 社の森から鳥達が黒い影を引いて一斉に飛び立つ。
 鐘の音に感極まって泣きそうなアスランとは対照的に、イザークはじっと耳を澄ましていた。鳥の羽音でもない、鐘の音でもない、風が渦巻く音。
 何だ?鐘が震えているのが・・・見える?
 ハッとした時、感じたのは禍々しい気配。

「そこから離れろ、アスラン!」
「えっ?」

 鐘楼の下で見守っていたイザークが駆け上がるのと、鐘から出てきた黒い煙がアスランを取り囲むのは殆ど同時だった。有り得ない質量で彼を縛り上げて掲げるのを歯軋りして見上げるイザーク。
 アスランは事態を察したのか、黒い煙を取り払おうとするが、相手は煙、為す術もなく、どんどん多くなっていく。
「何なんだよ、これ!?」
 殆ど覆われてしまった煙がスッと顔へと伸びる。
「馬鹿か! 暴れるな。口を開くな!」
「き、気持ち悪いっ!? ぬるぬるするっ」
「侵入されるぞ。耳を塞げ、目も口もだ。息をするな!」
 どーやって!? と言うアスランの叫びは聞こえなかった。すっぽり覆われてしまってただの黒い塊と貸した煙を見上げるイザーク。
「だから、中途半端に対応するとこうなるんだ!」
 反論の変わりに聞こえたのは、どこか焦った少し様子の違う声だった。
「な、わ、うぁ・・・・・・ひゃっ」
 まずいな。奴の身体を乗っ取るつもりか。
 迷っている時間はなかった。
 慣れ親しんだ感覚が指先に集まり、イザークは虚空蔵真言を唱える。

「オン バザラ アラタンノウ オン タラク ソワカ ッ!」

 突如巻き起こった竜巻が黒い煙を吹き飛ばして、ドスンとアスランが地面に落ちた。

「イ、イタタタ、こ、腰打った。何て乱暴なんだ!」
「貴様、乗っ取られる所だったのが分からないのか!?」
「は? どー言う・・・」
 分かってない。こいつは、まるで状況を分かってない! 
 奴らがよく使う手口を。イザークはつい口走っていた。
「犯されてたんだぞっ!」
「オカ・・・っ!?」

 はあーと額に手を当てて手を貸そうとした時、鐘の中から再び黒い煙が這い出てきた。
 下っ端の悪霊じゃない。イザークは、咄嗟に周囲に結界を張る。
 目の前の悪霊は、先程とは比べ物にならないほどの禍々しい気を宿していた。
「分かったかっ。散らすだと?封印だと? そんなものは根本的な解決にならないっ」
 青い瞳が凛と輝いて、纏う空気が変わったのが見てとれた。

 イザークがまず九字をぶつけたが、びくともせずにどんどん膨れ上がっていく。枝葉のように触手を伸ばして二人を捕らえようとしていた。
 迫る悪霊に真言を唱える。
「待て、イザークっ。こうなった原因があるはずなんだっ!」
 アスランの制止も戦闘体制のイザークはびくともしない。
「聞かんっ。悪は滅ぼすものだっ!」
 再び千切れ吹き飛ばされた悪霊。しかし、上方に気配を感じた時、すぐそこまで触手が迫っていた。イザークが早いか。それとも・・・。銀髪が舞い上がり、冷たい冷や汗が流れる。


「無責任なこと言うなよ。アンタ、どうせすぐ帰るんだろ」
 頭上に迫る触手がぼとりと地面に落ち、霧散する。
 二人の目の前に黒い耳と尻尾をつけた少年がいた。

「5日しかいないって、言ったくせに!」

「・・・・・・何のことだ?」

 イザークは、夕暮れの中に浮かび上がる緑の瞳を苦々しく見つめた。
 ああ、初めて会った時に見た色だと思った。



 ********************



 別人のようだった。
 立ち上る気がまるで人ならざるモノの様に揺らめいている。青い双眸が見知らぬ人のように、たった数日共に過ごした隣の寺の住職とはまるで違う。
 問答無用に悪霊に真言をぶつけたイザークをアスランは見る。
 会った事もない少年と、イザークと、何か自分の知らないこと。

「イザークは、彫照寺の新しい住職だよな?」
「ああ、そうだな」
 答えながら、彼は片手で悪霊をねじ伏せている。
 そんな力があるのに、どうしてこんな田舎の住職なんてと思っていた。
「だが、すぐ帰る予定だ」
 そう聞いて、5日の意味を悟る。彼は羽根休めに来たのだ。
 それでも、問い返してしまった。
「・・・すぐ・・・ってどれくらい?」
「3が日までだ」

「騙してたのか!」
「違うっ」

 イザークの雰囲気が少し戻ってきた。と、同時に自分のリズムも。
 少年の叫び声も聞こえた。

「言い争いしてる場合ですか!」

 そうだ、それは違う。
 勝手に勘違いして、勝手に舞い上がっていたのは自分だった。
 最初に彼を疑っていたのは自分ではないか。
 こんなど田舎の寺の住職には彼は似合わない。

 アスランはイザークの答えを聞いて、どこかホッとした。内容はとても喜べるものではない。けれど、彼にはもっと相応しい場所がある、こんな場所で燻っている場合じゃない。

 ・・・まだ3日もある。
 正月は一緒に過ごせるじゃないか。
 その思いがどこから来るのか分からなくて、戸惑う心を押さえつけて矛先を変えた。
「それで、お前は一体誰・・・と言うか何なんだ?」
 アスランは突然現れた少年に尋ねていた。

「俺はシン。っと、俺はこの神社のーーー」

 ゴオーー。

 答えは悪霊の反撃と共に消えた。
「今はこいつを倒す方が先だ。役目を果たせっ!」
「言われなくたってっ」
 イザークの真言と、シンの牙が悪霊に襲い掛かる。その度に、黒い悪霊は吹き飛び、姿を失うのだが、鐘からモクモクと這い出て一向に収まらない。
「鐘の周りのあれは、結界だったのか・・・」
「これじゃ、キリがない」
 アスランが封じの術をかけようとするが、一度たがが外れてしまった上に、除夜の鐘が掛かっているとあってどうにも手出しができない。それはイザークもシンも同じだった。

 鐘を割ってしまえば終わるのに。
 それだけはできない。

「仕方がない。まさかこんなど田舎で披露する羽目になるとはな」
「イザーク!」

 アスランがイザークを呼ぶが、その声は半分聞こえていなかった。

「光栄に思え。いつもなら鐘ごと吹き飛ばしている所だ」

 切り揃えられた爪が描く軌跡に青い光が灯り、夕闇の境内いっぱいに曼荼羅が浮かび上がった。下からの光に照らされたイザークが静かな声で紡ぐ。半眼の瞳の中に虚空を超えた世界が広がって一点に光が収束するのが見えた。それが曼荼羅の中心から伸びる力だなどとアスランが知るはずもない。

「ナウマク サマンダ ボダナン アビラウンケン」

 黒い霧が蒸発した。
 目に見えないはずの妖気が鐘楼の上に根こそぎ抜き取られて、まるで叫び声を上げるように激しく揺れた。それも一瞬、鐘を包み込んで上空へと舞い上がり、光は青く赤く白く星となって消えた。

 名残とばかりに燐光を落とすイザークを見て、アスランはまだ礼を言ってなかったのを思い出した。

「イザーク」
「なんだ」
「さっきは助けてくれてありがとう」

 ふわりと揺れる銀髪が重力に引かれて落ちる。青い視線が足元に落ちる。

「俺も黙っていて悪かった」

 なんとも微妙な二人の空気に、自己紹介をしそびれたシンが咳払いをした。



 ********************



 国営放送の年越し番組「行く年来る年」が始まる頃、山間の村に除夜の鐘が鳴り響いた。
 実に数年ぶりの鐘の音に神社兼寺は結構の人の出で、鐘楼の下には、つき終わった村人に籠からみかんを手渡すイザークがいた。白装束で雅楽が流れる社の下で走り回っているアスランと微妙に距離をとる二人を柱の影からこっそり見つめているシン。

 鐘が終わり、年が明ける。

「おみくじ一回100円だ」

 除夜の鐘が鳴り終わった後のイザークは、戦場を社務所に移しておみくじとお守りを売っている。アスランは相変わらず拝殿で挨拶を兼ねて村人を話をしている。時々イザークの方を見る彼が何を話しているのかイザークは知らないフリをした。

 ガシャガシャとおみくじの入った筒を振る音と、お賽銭を投げ入れる音。
 夜は更けていって、夜空を照らす薪の炎は火の粉を巻き上げる。しんと冷えて、朝日が顔を出す前の一刻、彫照寺境内の参拝客が途切れた。

「アンタさ、不器用だな。見てるこっちがいらいらする」
「うまく人に化けるもんだな、狛犬?」
 社務所で境内を睨みつけていたイザークがおみくじを買いに来たのではない少年に話しかける。対する少年もお守りを選ぶでもなく、イザークを見上げる。
「あのままじゃ、人前に出られないだろ。それにシンだ」
 アスランに間違って封印され、つい先頃姿を取り戻した狛犬だ。
「それもそうだな。だが、余計な気を使う必要はない」
 数が減った家内安全のお守りを足してきれいに揃える指は、とても悪鬼を調伏するものの手には見えない。
「アンタの為じゃない」
 視線を外したシンが呟いた。イザークも苦笑一つ浮かべずに答える。
「そうだな」
「やな奴」
「・・・それは結構」
 犬の癖にため息をついて、背を向けるシン。
「でも、あの人も不器用なんだよ」



「何が言いたかったんだ」

 去っていくシンの向こうに、拝殿から明けていく空を見ているアスランが目に入った。鐘に巣食う妖怪を退治した後、彼は何も言わずにただ三が日の予定を淡々と説明した。社務所の手伝いは頼まれたが、特にその後のことはない。真っ先に大日如来真言について言ってきそうなものだったが。
 急に線を引かれた気がした。
 いや、違う。元々、線を引いていたのは俺の方だ。

 ポツンと立ち尽くす姿を見てかける声もない。
 寂しい奴だ。
 こんな片田舎で、尋ねてきたのはあの姉妹だけではないか。
 騒がしいお山とはまるで違う、人口そのものも少ないのだろう。奴はなんとも思わないのだろうか、ここから出たい・・・とか。

 そこまで考えてイザークは頭を振った。
 自分が考えた所でどうにかなるわけではないのだ。まして、出て行く身。

「イザーク!」

 顔を上げると、アスランが手招きをしている。そばまで歩いていくと、白い空と黒い大地の間が真っ赤に燃えているのに気がついた。朝焼けの空。
「日の出か」
「ああ、今年もいい年になりますように」

「さ、これからが大忙しだぞ! イザーク」
「分かっているさ」

 夜に来なかった村の残りの住民が押しかけて境内は人で溢れかえった。家族連れに混じって森や川の小さな霊までが社殿にやってきて、神主と話をしている光景にも慣れた。ここは確かに別世界だ。妖怪を祓ったばかりの寺の鐘を見つめた。そこだけ味気ないような気がして、俺には相応しくない場所だとイザークは思う。

 悪は退治するもの。その信念は変わらない。
 その一方でこの村のあり方を否定する気もない。ここに根を下ろし共に生きていくものには、その地での生活がある。世界の全てが整然と正しいものだけで構成されているとは、イザークだって思っていない。

 分かっていることだ。最初から。


 目まぐるしい三が日が過ぎて、正月が終わる。
 それは少しの間だけの住職が村を去る時でもあった。

「手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「貴様こそ、もう一人で大丈夫なのか?」
 軽く笑うアスラン。
 なぜだか、通り過ぎるだけの自分が悔しかった。
「もう、みんな来たからね。後は一人でも大丈夫」
「そうか」
 荷物を纏め、法衣を纏ったイザークが参道を歩く。一歩後ろにアスランが続く。


 参道からバス停が小さく見えた。
「じゃ、俺はここで。イザークも頑張れよ」
「貴様も」
 イザークが去ってもこの村の暮らしや、目の前の神主も何一つ変わらないのだろう。今後も精霊たちと仲良くやっていくだろう。チラリと目に入った狛犬と目が合ったが、イザークは歩き出した。アスランも参道を引き返していく。



「あれ、狛犬・・・いつの間に?」

 ふと目に入ったのは台座の上の石の像。頭を傾げてアスランが参道を戻る。背後で、ギリリと歯軋りした狛犬が飛び降りたことには気づかなかった。もう一度振り返った時、何も乗っていない石の台座を見て肩を竦めた。

「結局、いつもと一緒・・・か。あ、俺―――」

 すごくがっかりしてるかも。

 頭をガシガシとかいて、寺なのに大きな鳥居を構える彫照寺を見た。
「でも確かに、ここには合わないか・・・」
 最後、鐘に巣食う妖怪を滅した時のイザークはただならぬ気配を携えていた。いつもは瞳の奥に隠されている何かが表に出てきて、自分とは違う何かだった。あの力はもっと別の場所でこそ必要とされるもの。
 仕方ないと言い聞かせて、毎日のお勤めを再開する。今だに、帰省した村出身の家族達が時折参拝に訪れるし、ご祈祷だってある。2・3日もすれば一人のリズムも戻って、いつもと変わらない毎日が始まる。




 職場も始まり、正月気分も抜ければもう7日。
 子供達は宿題と言う妖怪と戦い続ける、冬休みの終わり。

 アスランはいつの間にか止めていた目覚ましと睨めっこして、布団から這い出た。顔を洗って台所に向かう。

「遅いぞ」

 突然聞こえてきた声に耳を疑った。

「イザーク・・・え? なんで?」
「まだ俺の寺にはガスが通ってないだろうが、この間抜けが」

 目を擦って、鍋をかき混ぜる彼を見るが、切り揃えられた銀髪も、真っ青な瞳も確かに記憶にあるイザークのものと何一つ変わらない。

「だって、帰ったはずじゃ」
「今日から、正式に彫照寺の住職だ」
「あ、えっと、そうなん・・・で、朝から何を・・・?」
 驚きと一瞬だけ顔に出た嬉しさを瞬時に取っ払って尋ねるアスラン。支離滅裂になった会話にイザークが平然と答えていた。
「粥で腹を休める日に、腹を痛めたくないからな」
「どういう意味だ」
 ガンと詰め寄ったアスランに負けず劣らず、睨み返えすイザーク。お互いの瞳にお互いしか映っていない、そんな至近距離でイザークは言った。


「はっきり言って、貴様の飯はまずい」



 ********************



 その頃、お山では。

「あいつ。何勝手な事やってんだよ!」
 ずらりと並べられた未決済書類と、祈祷や悪霊退散の依頼を前に泣き伏す僧侶がいた。
「この書類の山、どうしてくれるんだよ~」
「ミゲル。貴方の責任なんですからね。あーんな辺鄙な場所に飛ばして、居ついちゃったじゃないですか!」

 物柔らかそうな僧侶が、突っ伏した僧侶の前で薄っぺらい書類をひらひらさせた。






おわり




なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいです。