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ファンタジード 27

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空を分かつ閃光






 アレックスがバンバン連邦の兵を撃ち殺していったけれど、一度決めたキラも容赦が無かった。ラクスを守り、ミーアと一緒になって後を守るシンの活躍が下っ端に見えるほど、怒涛の進撃だった。コスモス連邦の兵達が果敢に襲い掛かってくるが、所詮は艦隊の乗務員。地上の白兵戦を得意としている者は少なかった。警報が鳴り響き、赤色灯に切り替わった艦内を走り抜ける。

 手こずるものと言えば、艦内にこれでもかと設置された補強扉だった。

「くそっ。なんて頑丈な扉だっ」
「非常扉にしちゃ数がありすぎだろ!」

 アレックスが雷撃を浴びせ、天井や床との接地面を銃撃し、キラが力の限り切りかかる。そうして奥へ進むこと、3階層。通路は狭くなり、兵士に混じって技術士官達が姿を見せた。同時に大層な装備に身を包む、普通じゃない兵士達。

 こいつらっ、ステラ達と同じ!?

 シンの脳裏にステラの表情を失った顔がフラッシュバックする。まだ年若い少年少女達が、銃器を手に、命を顧みずに突っ込んでくる。

 やめろ―――。
 けれど、いう間もなく、キラの一閃と共に血飛沫が壁に飛んだ。
 アレックスがキラを睨みつけていた。軽く受け流してキラは残りの敵と対峙する。

「つべこべ言っている場合じゃないでしょ。来た」

 次々倒れていく。シンは抗議したいのに、ではどうしたらいいのかを思い浮かべることができなかった。この場にいる皆がそうだったから、アレックスが目的地を問いただす声には少し焦りがあった。

「ミーア。まだかっ!?」
「もう少し先よっ」

 種石兵器ならばキャンベラの彼女が最もよく察知できる。その証拠に、長い桃色の髪がふわりと揺れている。キラが至近距離で敵を屠り、アレックスが銃で遠隔攻撃をして進む。ラクスとミーアが回復役で、シンはそんな二人のガードをして踊りこんだ一角で息を呑んだ。

 黒く青い。光。
 部屋の中央に浮かぶ巨大なクリスタルから漏れる光は薄暗い黒色をしていた。幾つもコードが延び、その向かう先に驚く程大きな大砲。砲頭に光の粒子が見えた。

 さっきの攻撃はこいつからか!?

「もう、普通のシードじゃない」
「こいつを破壊するのか」

 ミーアが鋭い視線で渦巻く光を見つめるが、シン達は装置を守る科学者や兵達に囲まれていた。

「あいつらには構うな。狙うは本体だけだ」
「時間がありませんわっ」

 何かの指標を読んだラクスが指す。目盛がぐんぐん上昇を続け、赤い領域から緑の領域へと迫っている。この兵器はエネルギー充填中なのだと感覚で分かる。シードを蓄えたクリスタルからあの巨砲へと送られ、帝国艦隊に向けて放たれた攻撃がまた。

「させるかっ!」

 シンは剣を振りかざして、床に横たわる管に振り下ろした。
 こいつさえ切断してしまえばっ。

 しかし、気概は両腕への衝撃となって戻ってきた。剣は弾かれ、シンは反動で後ろに弾き飛ばされる。切りつけたはずの管には傷一つついていない。

「シンっ、馬鹿がっ。特殊合金だ。剣で切れるかっ」

 ガコンと壁がしなり、ピーと嫌な音が響く。
 アレックスが駆け寄って手を差し出した時、一斉に空を切り裂いて鋭い光の矢が放たれた。壁に幾つもの穴が開いて、赤い光が覗いている。一直線に伸びる光線。ミーアとキラがシールド魔法を発動するが間に合うかどうか。
 轟く幾つもの銃声がすぐ身近から聞こえたが、シンはどうすることもできず、自分とアレックスに向かう光を見る。
 来る!
 肩に力が入り、目を閉じる。

 アレックスの舌打ちが聞こえた。 




 種石兵器を搭載しているこの艦のブリッジでは、ジブリールが喚き散らしていた。ブリッジのクルーは相手もいないのに叫び続ける主に困惑するほかない。ただ状況を伝えるばかりで指令はない。

「敵だ! 帝国が侵入したのだぞ! 早く倒さんかっ」

「第3区画突破されました」
「第19小隊、連絡途絶えました。まずい、この先のシャフトから侵入されます」

「何をしている。私は選ばれた者だ。お前が選んだのだろうが! 言う事を聞くのだっ」

 誰もいないブリッジの天井に向かって手を振り上げて叫ぶ理事長、ジブリール。毎度のことであっても、この非常時にここまで激昂するのは初めてだった。

「理事長。最終区画で対侵入者用レーザー装置が発動しています」
「ジブリール理事長!」

「なんだ・・・と?」

 もう、お前に用はない。

 ジブリールに覆いかぶさるように出現した人影が浮き、そう、ブリッジの空間に浮かび上がり霧となって消える。深いフードで顔は見えなかった。白いローブの端が黒い斑点で覆われ、気のせいだろうか、千切れていくように見えるのは。どんな材質でできているのかもわからない。布のようでいて、海の生物を思わせる光沢。

 この時、クルーはジブリールの話し相手を初めて見た。






「ギリギリセーフってね。全く・・・」

 声がした方を見上げる。連邦にあって見慣れた鎧とマント姿。

「その無鉄砲さは誰に似たんだか」
「フェイスマスター・・・ディアッカ・・・」
「そっ」

「どうして、帝国のフェイスマスターがこんな所にいる」
 シンの前にはアレックスが、その向こうには独特な鎧を纏い、フェイスの黒いマントを翻すディアッカがいた。突然の出現に、シン達も連邦の兵や研究者達も動きが止まる。

「まさかずっと付けて来たのか? ・・・兄上に言われて?」
「勘違いするな。半分当たりで半分外れ。帝国だってあんなものを何発も喰らいたくないってことだ」

 兜を取ったディアッカの顔はいつもと違って笑っていなかった。

「おしゃべりしている余裕はないよ、帝国の人」
「やれやれ、元将軍様はせっかちだな」

 ジャリと銃を構える音がすれば、連邦の兵士達が気を取り直して攻撃態勢。
 バババババ。バババ。バババババ。
 雨嵐のように飛ぶ銃弾はアウルが持っていた銃と同じものだった。
 シンの周りにはディアッカが張ったシールド魔法が展開されていて、銃弾は届かない。気がつけばミーアもラクスも同じように魔法を使っていた。

「でも、どーやってアレを破壊するっ!?」

 背中を合わせて空賊とフェイスマスターが会話する光景を初めて見た。向かってくる敵兵を殴って連射銃を奪うと、いきなり巨砲に向かって乱射するアレックス。

「種石から吸い上げたシードで強化されてっからな、なまじかな攻撃じゃビクともしないか。覇王の遺産・・・やっかいだぜ」

 ディアッカの言葉に呼応したように、ラクスが呟く。

「種石・・・覇王の遺産・・・」

 ミーアの長い耳が動き、目を見開くのと同時にアレックスを見て口を開く。お互いが同じ事を思いついたようだった。

「「―――番人!」」

 最初は王墓で、そして次にステラのいた研究所で遭遇した赤と青の魔人。

「ジャスティスとフリーダムですわ。アレックス、キラ!」

 突然叫ぶラクスにアレックスとキラがギョッとして見る。しかしだ、二人とも番人の力をどのように使うかを知らないのだ。ラクスとて一度見たきりで、その方法などは分からない。唯一確かなのは、それはもう絶体絶命の時に、足元に浮かび上がる文様と共に現れると言う事。

「ほんじゃま、人工的に絶体絶命になってもらおうか。シンはアレックスを頼むわ。俺はこっちの元将軍を殺る」

 言うが早いか、フェイスマスターが最上級の魔法を剣に乗せて横一線に払った。シンはどうしていいのか分からず、ディアッカの行動に目を瞠るばかり。
 何、勝手に攻撃しているんだよ!
 キラは仲間なんだよ。それとも、狙いはキラなのか?
 悩むシンに時間は待ってくれず、助け舟を出したのはミーアだった。

「番人は種石を守護するのよ。貴方は種石を持っているでしょ? 今すぐ彼に向かって投げて。そのまま剣で攻撃するの!」

 透明な石となった種石をシンは持っていた。
 アプリルの辺境を死地と変えたあの種石の成れの果てだとしても、もし自分の手で叩き割ることになったら・・・。まして、攻撃相手はアレックスだ。

 足元に青い文様が浮かび上がる。

「シン! 早くしなさい!!」

 もう迷っている時間はなかった。言われるままに投げて、剣で切りかかった。

 シンの足元には青い図形模様と赤い図形模様が広がった。
 青い魔人は雄雄しく踏み出して8つの岩を投げ、腕を振り下ろす。
 赤い魔人がばねが戻るように上体を起こし、持ち上げた腕を回して飛んだ。

 衝撃は遅れてやって来た。

 目に見えたのは青い拳にベコリとつぶれた砲身が、赤い足が当たるや否や粉々にはじけ飛ぶ光景。設置されていた場所から轟音を立てて崩れ、それでも形を残す砲身が大穴が開いた艦から落ちる。

 慌てて耳を塞いで、シードの目盛を探した。
 後一歩と言う所で、赤い目盛を脱していなかった。

 番人達が消えて安堵したのもつかの間、ディアッカが走った。
 アレックスの銃も吼える。

 崩れ行く種石兵器の残骸、僅かに残った砲身から光が放たれていた。
 向かう先にあるのは―――帝国軍。

 崩れ行く種石兵器のそばに誰かいた。
 不気味な白いマントを広げた存在。

「何だ・・・」



 まこと、往生際悪き者よ。
 われが手を下さねばならぬではないか。



 フードに覆われ闇に沈んだ顔に光点が二つ輝いていた。声は直接脳裏に響く。シンもアレックスも皆、垣間見えた人影に激震に揺れる艦で動きが止まる。

 早く逃げなきゃならないのに。
 最後に放たれた攻撃で帝国軍がどうなったのか確かめなきゃならないのに。
 それよりももっと重要な何かを見た気がして、それが何なのか考えを纏めようとしている自分がいて。

「何っ!?」

 だから、ディアッカの声に反応するのが遅れてしまった。
 耳に手を当てて、どこかから送られている通信を聞いている風な様子。ハッとしたアレックスもセイバートリィに連絡を取る。

「退艦って、本当なのかっ!?」

 アレックスが大声を上げた。二人がなぎ払われた壁ギリギリまでよって、種石兵器の攻撃の先を見つめる。シンもキラも同じように走り寄って、状況を確かめようとした。

「ここからじゃ確認できないぜっ」

 焦るディアッカの声。
 悪い予感が幾つもして、シンはアレックスに叫んだ。

「ちょっと、何が起こってるんだよ」
「退艦命令が出ている。ヴォルテールにだっ!!」
「そっ、それじゃあ・・・」

「殿下。申し訳ないが、俺、行くわ」

 ディアッカはフェイスマスターの中でも、一番兄上と仲が良かった。王宮でもよく一緒にいるのを見たし、二人楽しそうに話していた。退艦命令が出ると言う事は旗艦ヴォルテールは落ちると言う事だ。考えたくはないがそうなのだろう。そして、ディアッカは兄を、イザーク・ジュール・プラントを助けに行く気なのだろう。

 シンは拳を握り締めた。
 俺だって、兄上を助けたいに決まっているじゃないか。

「待てよっ!」
「殿下・・・?」

 瓦礫が降ってくる。じっと立っているのだって容易じゃない。だけど、言わなければならない。

「俺も行く」

 フェイスの瞳が見開かれて、すぐににやりと笑われた。

「で、二人とも、どうやって行くつもりなんだ?」
「まさかここから飛び降りて、走っていくつもりなのかしら?」

 空賊二人が笑った。腕を組んで噴出していく暴虐な空気に紺色の髪をいいようにしている最速の空賊の肩に、抜群のプロポーションで長い耳を持つキャンベラが手をのせている。その背後に、崩壊する艦の瓦礫を押しのけて、上から滑るように深紅の飛空艇が出現した。






「後方のガーティルゥで爆発を確認!」
「ガーティルゥより入電。帝国軍の侵入を受け応戦中」

 サイドモニタに投影された後方の艦隊で確かに黒煙を上げる艦があった。必殺の種石兵器を搭載したジブリール率いるガーティルゥに他ならない。

「何をやっているのです、ジブリールはっ!?」
「高シード反応。・・・発射されました。威力は前回の6割。現在、射線軸割り出し中―――」
「どうしてその充填率で発射できるんだ。連絡がないぞ!」

 メインモニタに映し出された帝国軍に向かって種石兵器の攻撃が迫る。
 高速飛行艦の艦尾を霞め、ゴンドワナを正面に捉えた時、さえぎった艦があった。

「ヴォルテールだとぉ!」

 思わず身を乗り出したアズラエルに友軍の情報が入るが、視線はメインモニタに釘付けだった。ノイズと爆煙で覆われたモニタで映像が回復した時、旗艦はバチバチと稲妻を上げる青いベールに包まれていたが、艦の各地から登る煙と小規模な爆発が絶えず起こっていた。

「あれではいずれ、落ちますねえ」
「退避が始まっているようですが・・・」

 旗艦を失った軍の方が圧倒的不利に違いはないが、まだ巨大要塞ゴンドワナが控えていた。指揮はヴォルテールからゴンドワナへと委譲されるだろう。敵軍の旗艦が落ちたとなれば士気は圧倒的に連邦に有利となる。
 攻勢に転じるべきかアズラエルが思案した直後、後方の爆発をサイドモニタが捕らえた。

「理事長、ガーティルゥ爆散!」

 アズラエルはブリッジに設えた司令官用の椅子に座り込んで、肩の力を抜く。

「緒戦にしては被害が大きすぎるじゃないですか」

 種石兵器を失い、帝国は旗艦を失った。

 どう言う事ですか、これは。奴らがすんなり諦めるとでも?
 ジブリールについていたのは神を騙る奴だったはずで、旗艦を落としただけで、大人しくなるはずがない。

 司令官として乗り込んでいた帝国の第2王子がどうなったかは分からないが、大事はないに違いない。アズラエルの脳裏では、この戦闘の終結、落としどころをどうするか考え始めていた。視線だけはしっかりとヴォルテールに添えたまま。

 破片を落としながら、徐々に高度を落としていく帝国の旗艦に、一直線に伸びる赤い軌跡まで気がついたかどうか。




 操縦を替わったアレックスが、所々穴が開いて、瓦礫が散乱するヴォルテールの飛行甲板にセイバートリィを停め、シンとディアッカが飛び出していった。

「早まるなよ、イザークっ!」
「兄上っ」

 キラとラクスがそれに続くが。

「僕は別にどうでもいいけどね」
「でも、もし飛空艇に残ったままでしたら、間違いなく次はここに置き去りですわよ?」

 振り返ったキラがラクスを見据えた。厳しい視線も笑顔もない、本当に普通の苦笑で仕方ないと腰に手を当てた。

「僕の主は君だよ。君が行くと言うのなら、どこへでも、ね。さ、殿下」
「キラ・・・」

 ラクスが差し出された手を見て、薄く笑う。
 最後に降りたミーアとアレックスにハッとして、足早にシンとディアッカが消えた通路へと急ぐ。

「貴方も行くの?」
「ミーア・・・」

 問いかけるのはこの二人も同じだった。

「もう、いいのね?」
「俺の都合だよな。身勝手でホント、自分が嫌になる」
「そんなの、皆知ってるわ」

 眉を寄せるアレックスにミーアは告げた。

「さ、早く追いかけましょ」





 あちこちで警報がなり、また一つ計器がはじけ飛ぶ艦橋に残っていたイザークは、ガンガンと打ち鳴らされる扉の音を聞いていた。

「殿下! 殿下! ここをお開け下さい!」

 艦橋の空気が変わったのに気がついて、要員を退避させた。
 総員退避を命じた後もこうしてギリギリまで残っていたのは、もしかしたらと言うこの可能性を考えたからだった。それでも残ろうとした乗組員を説得するべく叫んでいた時、それは現れた。珍しくシホが大声を上げているのにも構わず、突き飛ばして艦橋から追い出した。

「来たな」

 すぐに反対側の動かなくなった扉をぶち破ってきたシンとディアッカを見て、運命とはなんと言う巡り会わせだろうと思った。

 今、自分を殺そうとやって来た存在を何と呼ぶかイザークは知っていた。

「貴様が、コーディネーターか」

 人の子にしては良くやったと褒めてやろう。

 ディアッカが魔法を放つが、コーディネータに届く前に霧散した。
 飛んできた銃弾は途中で蒸発する。
 振り下ろされた一撃を、亡き陛下から賜った剣で受け止める。イザークは驚愕の気配を寄せたコーディネータに向かって不敵にも笑った。

「意外か? ただの人が貴様達と互角に戦えることが?」

 笑止。ただ一度の攻撃を止めたくらいで図に乗るものではないぞ。
 お前を葬った後で、不出来な兄弟達も送ってやるから安心したまえ。

「貴様に、できるか?」

 銃を使ったのは恐らくあいつだろう。イザークは確認しなくても分かった。ディアッカは約束どおり、シンと最速の空賊とやらを連れてきたのだ。ただし、最悪なタイミングで。

 剣で払った先で、白いローブが寸断されていた。その切れ端は繋がらずに、黒い霧となって千切れていく。

 貴様、我らから盗んだ力を使っているな!?
 小賢しい!

 一気に膨れ上がる気に、イザークも右手に魔法を発動させた。雷撃でも火炎でもない。ただの光と闇を凝縮させて放つ。シードを集めることもなく、突然放たれたそれに皆が驚こうが、今は気にしている暇はなかった。

 ここで自分がやられれば、次の狙いは彼らなのだ。

 手のひらからピキピキと血管が浮き出ようと、シードの塊を突き貫けたコーディネータの腕に首を押さえられようとも、イザークはただ夢中だった。懐にしまった人工種石が熱い。

 シンの叫び声が聞こえた。
 気のせいだろうか、アスランが自分を呼ぶ声まで聞こえる。

 王宮の庭で芝や花を気にすることなく、転げまわって以来ではないか?
 あの頃はまだ、父も弟もいた。兄はいつも、決着がつくまで笑いながら見ていて手出しはしなかったし、弟は泣き続けるだけだった。

 視界を閃光が走り、怨嗟の思考が流れ込んでくる。

 おのれおのれ、人ごときに!

 白いローブは腰よりも短くなり、端から黒い霧となってどんどん短くなっていく。フードの影に沈んだ黒い顔の向こうに、一瞬青空が見えた。白い雲を従える蒼穹に浮かぶ石舞台を捕らえた瞬間。

 首に掛かる手の力が抜けた。
 それと同時に、コーディネータに押し寄せる魔法攻撃。
 けれど、走り寄るシン達を静止する為に腕を持ち上げることすら叶わなかった。

「兄上! 兄上!」
「なんて無茶をしやがるんだよ!」

 まだ、消えていない気配。探れば、随分と薄くなって首だけになって自分を喰らおうとしていた。向こう側が透けて見える。

「馬鹿者が・・・早く退避しろ!」




 両腕に血管が浮き出て、青い光の筋が幾つも伝っていた。
 今までに何度も見たシードの、種石の光が、今、イザークの全身を覆っている。

 シンはイザークに一喝されて、足を止めた。
 兄が言うとおり、退避しなければならない。兄が押さえつけている存在が薄っすらと見える。きっと、連邦の艦で見た奴と同じだろう。

「・・・ディアッカ・・・ご苦労だったな。早速で悪いが・・・そいつを連れてすぐに脱出しろ」

 すぐ後ろにいた鎧が震えた。

「ったく、人使いが荒いぜ、殿下」
「兄上、何を!」

 ぐいっと腕を回されたシンは後ろに引きづられた。
 このまま、引き下がれと言うのか。ここまで来て、この兄を置いて!

「離せよ! 脱出するなら、兄上も一緒だ!」
「心配するな。・・・こいつを片付けたら・・・すぐにいく」

 イザークを覆う白いローブの存在はもう殆ど空気に溶けてしまっていたけれど、イザークの輪郭もあやふやになっていた。

 シンはディアッカの手を外そうと暴れたが、その腕はどんなことをしても外れることはなかった。

「兄上! 兄上!」

 喪失の予感だ。もう絶対と言っていい。
 きっと、兄は戻ってこない。
 絶望がひしひしと押し寄せる中、脇を通り過ぎる影があった。

 シードの風が吹き付ける中をゆっくりと歩く姿は、空賊アレックス。

「本当に戻ってくるんだろうな」

 声が震えていた。
 もう殆ど吹き飛んだ艦橋で、白いローブと同化したも同然のイザークの前に立つ。ラクスがアレックスを呼び、ミーアがじっと見守る。

「・・・イザ―――」
「アスラン」

 びくんと身体を強張らせた彼の前に、剣が宙に浮いていた。目を凝らせばそれを握っているのはイザークで、突き出したのだと分かる。その剣がなんであるかを彼は知っていた。

「頼む」

 小さい頃からつまらないことでよく喧嘩をした。一つ上の兄は外見に似合わず熱い性格をしていて、負けず嫌いで妥協することはない。自分の可能性を信じ、どこまでも突き進んだ。

「・・・俺は」

 その男に何かを頼まれることなどないのだと思っていた。
 逃げ出した自分に、何かを委ねられることなどあってはならないのに。

「・・・お前が何者でも、俺には・・・アスラン・・・お前以外の何者でもない」

 剣を支えていた手は消え、彼は反射的に鞘ごと剣を掴んだ。顔を上げた彼の前にいたのは妙に晴れやかな顔をしたイザークだった。覆っていた白いベールもなく、今すぐにでも走って脱出できそうな姿だったが。

 その瞳には、種石の放つ青い光が渦巻いていた。

「・・・あの白い奴はなんだ」
「ロドニアの遺跡へ行け・・・真の敵を・・・知れ」

 聞きたいことは沢山あったのに、いざ目の前にすると思うように言葉が出なかった。いつもいつも、俺は。

「早く行け。腰抜けが」
「っ。言われなくても分かっているさっ」





 踵を返して戻ってくる空賊にシンは呼びかける。手にはイザークが持っていた、皇帝から贈られた剣。

「早く脱出するぞ。この艦は落ちる」
「何だよ、アレックス!?」

「アレックスじゃない。シン―――、 アスラン だ」

 混乱するシンを余所に、ディアッカもキラも皆、飛行甲板を目指して走った。キラにお尻を叩かれ、ディアッカに引きずられるように走る。

「俺はまた! 嫌なのに、何もできない自分がいやなんだよ、離せよ!」
「甘ったれるな。お前がするべきことはイザークの代わりに帝国を治めることだろう」

 振り返ると感情を消し去ったアレックスがいた。その手に剣を手にしている以外何一つ替わらないのに、全てががらりと変わってしまったようなそんな感覚を感じた。懐かしいけれど容赦のない、王宮で感じる自分の良く知っているそれ。

「アンタがそれを言うのかよっ!」
「お前は、プラント帝国の王子だろう。だったら」
「ああ、そうさ、俺はプラントの王子さ。俺がどんな風に治めたって文句言うなよ。空賊なんて一切締め出してやるっ」

 キラが呆れ、ディアッカが苦笑した。

 艦橋から出て少しした所で、帝国軍の士官達とすれ違う。ディアッカが呼び止めて、二言三言話すと、茶色の長い髪の女性が笑った。

「頼むな」
「了解した」

 どこへ行くのかとは誰も尋ねなかった。
 シンにも彼らの向かう先が分かってしまった。今、自分たちが出てきた扉を目指して艦内を移動しているのだと、目指すはあの兄がいる艦橋だと。

 シンはたったそれだけのことができない自分が悔しかった。





「お前達・・・」
「殿下一人で往かせるわけにはいきません」

 イザーク一人がいた艦橋に雪崩れ込んできたのはシホを初めとする、艦橋要員達だった。

「殿下に、フェイス・ディアッカから極秘情報を掴んだと伝言です」
「ほう?」

 シホがひどく真面目な顔をして伝言を口にする。

「シン・アスカ・プラント殿下の最初の政策は空賊の締め出し政策、とのことであります」

 言い終えて、フッと笑うシホにつられてイザークも苦笑した。
 そんな伝言を頼むディアッカもディアッカだが、そんな政策を考えるシンもシンだ。

「それはまた、いきなり難題に首を突っ込むつもりだな」
「はい」

 最後まで面倒なことを頼んですまんな、ディアッカ。
 きっとディアッカは、最後までシンを支えるだろう。

 警告灯も警告音もいつの間にか止まっている。
 それ程までにヴォルテールは満身創痍でとても操艦できる状態ではなかったが、それでも、乗員達はきっちりと職務をこなした。駄目になった計器の替わりに、目視で状況を確認する。

「セイバートリィ、離艦を確認。3時の方向へと旋回していきます」
「ゴンドワナから通信」

 双眼鏡の中では光がついたり消えたりして、その信号を解読する通信士。

「テ・イ・コ・ク・ニ・エ・イ・コ・ウ・ア・レ」

「返答しろ『無駄死には許さん』だ」

 イザークは、すぅっと遠くなる意識の中で、思い出していた。
 いつも、俺はあいつと怒鳴りあっていた。
 シンの顔が一番良く見えるポジションを争っていた。
 最後には兄が二人を抱えて上から覗かせてくれていたな。

 兄上。父上には私から報告します。

 シン

 アスラン




 キラリとヴォルテールから光が放たれた。

「あっ」

 シンはイザークのこと、アスランと名乗った空賊のこと、頭の中がごちゃごちゃになっていた。何もできなかった自分に胸が苦しくて、セイバートリィから見下ろしたヴォルテールを見据えたまま拳を握る。

 青白い光の柱に包まれたまま、帝国軍旗艦が上空に消えるの見る。
 あの中には。



「兄上――――――――――――――――――っ」



 シンはただ叫んだ。
 処理できない感情のまま。

 その時、ギルバートはパレスのいつもの部屋で家族の肖像画を見ていた。送り出してしまった弟達の事を考えていたが、ふと、誰かに呼ばれたような気がして、庭へと視線をやった。








*

クライマックスです。そしてこのシーンが、一番最初に日記でネタとして披露した部分です。最後の方、シーンが細切れになってしまって分かりにくいかも知れません。こういう時、アニメや漫画の表現方法の方がいいなって思います。や、ただ力不足なだけですけどね。同時期に起こる色々な場所でのシーンを表現するのって難しいなあ。2時間後、ちょっぴり兄弟の会話を追加しました。次回に繋ぐ重要な部分だった、危ない所だった。
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