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ファンタジード 30

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先に生まれたる者





 シンとアスランが頭上のメサイアと未知の大陸を目の当たりにした時、同じようにヤキン・ドゥーエの艦橋でもその光景は確認されていた。

「なんだありゃっ!?」

 大空に浮かび上がる蜃気楼は、大陸にも見え、確認する間もなく一瞬で消える。ディアッカが艦橋で状況確認を命じるが、既に消えてしまったものの確認もなにもない。舌打ちした彼とは対照に、カガリはずっと消えた蜃気楼から目を逸らしていなかった。

「・・・あんな・・・所に・・・っ」

 ディアッカが耳に留めて振り向くが、生憎と現状は留まる事はなかった。
 あまりに瞬間的な出来事だった為、戦況に及ぼす影響はなく、砲火が乱れ飛ぶ戦場は泥沼と化している。お互い決定打に欠け、薄皮を削ぐように戦力を消耗するだけの戦い。

「これがあのギルバート・デュランダルの実力だとでも?」

 疑問を浮かべながらもアズラエルは戦況を見つめていたが、ヤキン・ドゥーエのカガリとディアッカは違った。

「おい、カガリ。行く気なら、いい飛空艇を紹介するぜ?」
「飛空艇?」
「ああ、あの高さじゃ普通の飛空艇じゃ辿り着けないだろ」

 二人の視線は偵察機の高さを越えた遥か上空の青空に固定される。帝国の誇る技術でも、多少の改造を必要とするだろう。今すぐと言うわけにはいかない。かと言って、飛行可能な大型飛行戦艦で乗り付ければ周囲に丸分かりである。

「何を馬鹿な事を。この状況で、フェイスマスターが艦橋を離れられるわけがないだろう」
「そうか? ただの時間稼ぎだろ、これって」
「だが、しかし!」

「復讐の機会を逃したくない?」

 ぐっ、とカガリが息を呑んだ。
 前方には連邦軍の大艦隊。待ちに待った連邦に一矢報いる機会だったはずだ。それが、なぜこの状況でじっとしていられる。勝つなと言われてなぜ大人しく従っている?

「ああ。確かにそうだな。だが・・・」

 そんな事はどうでも良くなっている自分に気がついている。短い時間の中で起こった数々の出来事がそうさせたのか、彼女は深く追求することを止めた。

「今は弟のことが気なる。だろ?」

 先ほどの蜃気楼をずっと見つめていたのが、ばれていたのかも知れない。一瞬垣間見えた瞬間に分かってしまった。あそこにいる存在を感じていた。
 それに、気になるのは弟の事ばかりじゃない。
 キラがあそこにいると言うことは、奴ら一行があの場所にいると言う事。

「殿下もいらっしゃる、か?」
「そう言う事。俺はここを任されているからな、一つよろしく頼まれてくれ」
「勿論、お勧めの飛空艇とやらの借り賃は貴様持ちだろうな?」

 にやりと唇の端を上げる。
 ディアッカが苦笑して片手をあげ、カガリが踵を返す。フェイスのマントがバサッと広がり鎧がガチャリと音を立てたが、司令部からその音が一段下の艦橋に伝わることはなかった。




 下界の死闘とは別に、蒼穹の門の前でも死闘は繰り広げられていた。甚だ次元の違うものではあったが、何十回と剣を振るい、魔法を浴びせる。だが、剣でも魔法でもびくともしない、門。扉は未知の透明な何かでできていて、知らずに踏み込めば「いてっ」とぶつかって押し戻される。

「内なるシードが弾ける時・・・」
「どう言う意味でしょうか?」

 考え込むアスランとラクスであったが、シンには心当たりがあった。
 弾ける感覚と言うものを時たま感じることがある。それは戦っている最中によくあり、以降は身体が軽く負ける気がしなくなるあの感覚。それがシードなのかどうかは分からない。意図的にやれと言われてもできるかどうかも分からない。

 でも迷っている時間はない。
 さっき見たメサイアに兄が乗っているのだとしたら、この門の向こうで繰り広げられているのはおそらく、世界の命運をかけた戦いであって。

「ぐずぐずしている暇なんか、ない」

 命の危険などなくなって、人はいつでも大切な誰かのために、持てる力の全てで立ち向かうことができる。

 キラとアスランがシンを見た。
 剣を振り上げ、何もない門の空間を切りつける。
 微かに透明な扉が揺れたように感じた。その姿に顎を引いて瞳を閉じたのはキラ。

「僕にも分かる気がする」
「は? おい、キラっ!!」

 キラが剣を握りなおし、門を差したその姿は敵の中を1人突き進んでいく凄みを持っていて、シンを見る。二人がお互いを見て頷く。同時に繰り出された二本の剣の剣圧が渦を巻き、シードの光の尾を引いて激突する。

 足元に振動が伝わってきた。
 手ごたえがある。

 何度も繰り返し蒼穹の門に打ち付ける二人を見ていてミーアがハッと気が着いた。古い昔語りにあったではないか。世界を支えるのは4つの樹。世界の詩に登場する4つの要素。

 今、扉に立ち向かうのは2人。
 この扉の向こうに行くのにはきっと、4つのシードがいる。

 彼女は今度こそ、何もない真っ青な天を仰いだ。
 自分がその役目を担えればいいとこれほど、思ったことはない。けれど、身体の奥のシードが弾ける感覚というものが分からなかった。

 残すはアスランと、ラクス。
 2人が覚醒しなければこの門は開かない。

「アスラン、ねえ、貴方はどうなの?」

 風に遊ばれる紺の髪の向こうでアスランが振向いた。
 眉を顰め、苦しそうな顔をして。

 ああ、貴方はやはり迷っているのね。
 本当は分かっているのに、その力を手にすることができない。

「ミーア、俺は! ・・・できるなら、今すぐにでもそうしたいんだっ」
「お馬鹿さんね」

 貴方が戦うのは、贖罪の為ではないわ。
 兄弟や帝国の為でもないのよ。



 圧縮された空気が弾丸となって機体に襲い掛かろうとも、飛空艇は一直線に上層を目指した。計器が引っ切り無しに警告音を鳴らしていたけれど、コックピッドは更にひどい怒鳴り声に満ちていた。

「もっと早く飛べないのかっ!!」
「だからやってるってっ」
「これが最速の飛空艇の速さなのかっ」

 翼の両翼から伸びるヴェイパーが風に流されて消える。身体にどれだけ力が掛かろうと、必死で上を見据えている。コックピットに当たる空気も、横の窓を流れる水滴が白い刃になって襲い掛かる。直ぐ横を天に向かって伸びる細い階段はまるで幻視のように時折姿を隠す。

「言いたい事言いやがって・・・俺達だってっ」
「臨界突破っ! まだかよ、ヨウランっ!!」




 ほら、この音。それを教えてくれる人が来るわ。

「それに、置いてきぼりはいやみたいよ?」

 吹き荒ぶ風に混じるエンジン音にアスランの視線が泳ぎ、瞬間大きく見開かれた。
 耳に馴染んだ、身体に染み込んだこの波動は。




 飛空艇独特のエンジン音。エンジンからは高音にさらされて蒸発した冷たい空気が雲のように流されていく。その時、気流の先に見える点。

「見えたっ!!」

 叫んだのはクルーだったか、帝国の鋼の女だったか。
 指の先にまで力が入り、シートを掴んでいた。空に落とされた染みは見る見るうちに大きくなり、肉眼でそれが何かの建造物だと分かった時、ヴィーノが操縦桿を引いた。限界ギリギリまでかけられた制動で機体が悲鳴を上げた。



 この高度に、出現した深紅の飛空艇は彼の愛機。コックピットで身を乗り出すように姿を探しているのはヨウランとヴィーノだった。手を振っている。ミーアが手を振り返すと、階段が崩れない位置に滞空して下部ハッチが開く。

 下ろされた足は鎧に覆われ、黒いマントが広がった。

「フェイスマスター・カガリ!」

 アスランだけではなく、シンもキラも手を止めた。

「まだこんな所でうろうろしていたのか?」

 金の髪が舞い、唇の先には嘲りが乗せられていた。なぜセイバートリィでここに現れたのか、そんな事はこの際どうでもよかった。

「どうしてここに?」
「この門を開けねば、コーディネータの奴らの所に行けないのだろう?」

「カガリ・・・一緒にこの蒼穹の門の扉を打ち壊して欲しい」
「殿下のお頼みとは言え、これだけは譲れません」

 シンは目に見えてがっかりした。
 怒鳴り返したいくらいだったが、彼女の目が何を見ているのか分かった。それが分かったから無駄だと分かったし、なぜここに来たのかも予想がついた。

「フェイスマスターってどうしこう、自分勝手なんだろうね」

 カガリとキラの関係を知っているものなら、どうして彼女がここにいるのか気がついただろう。

「手伝って欲しいよなあ、キラ」

 出会えば険悪な空気にならざるを得ない二人。
 それはいつも決まって、彼女がキラをなじるセリフから始まり、キラはただそれを受け流しているだけだった。だが、結局、親愛の裏返しだったのかも知れない。
 キラにもそれは分かっていて。本気で憎しみあっている訳ではない、ただ許せない過去が、昔のように親しく接するのを妨げているだけだと皆思っていたのに。

「復讐はどうしたのさっ! その為に帝国について、フェイスマスターにまで登り詰めたんだろっ!」

 先に声を荒らげたのは弟の方だった。

「世界が危機に瀕している時に、仇討などしている場合か?」

 いつもと応酬が逆。

「なんで、どうして。早く連邦を潰しなよっ! あいつらは僕達の国を、国土をめちゃくちゃにして、父さんや母さんを殺して、いっぱいいっぱい、人が死んだっ! フレイだって、あいつらが来なければっ!!」

「フレイはお前が見捨てたんだろ?」
「そんなこと、今は関係無い!」
「サイから横取りしておいて、細菌攻撃の前に見殺しにしたんじゃないか」

「カガリッ!!」

 剣が舞った。止まらないカガリの口を塞ぐ為にキラが一歩踏み出す。それよりも早く、フェイスマスターが動いて、剣を叩き落す。だが、それでもキラは止まらず、足を振り上げ、カガリのショルダーの鎧を飛ばした。

「やったなっ」

 唸る拳が、キラを直撃し、後方へ吹っ飛ばす。間髪おかずに飛びついて石畳の床に沈めたが、キラも負けずに膝を立てた。一回転してそれを防いだカガリが距離を取る。2人が距離を詰めたのは同時だった。
 シンは突然始まった殴り合いを目で追うのが精一杯だった。

「何だよ、自分たちだって充分乱暴な兄弟じゃないか」

 姉と弟の手も足も口も出し合う壮絶な姉弟げんか。

「散々連邦に復讐するとか言っておいてっ!」
「うじうじと女の尻ばかり追っている、お前よりましだっ」

 右ストレートが炸裂した。よろけたキラが、手の甲で血を拭いながら睨みつける。シンはそんなキラの姿を初めて見て驚いた。

「僕のやることは何でも気に入らないくせにっ」

 がぶりと4つになって、組み合っている2人。

「ああ、その通りだねっ。お前は何もかも分かった顔して、何一つ自分からはしようとしないだろ!」
「僕の気持ちなんて知らないくせにっ。自分は上だと思って、跡継ぎだからってっ!」
「それはお前も同じじゃないかっ!」

 突然カガリが、頭をこつんとキラの額に合わせた。
 同じ顔の2人が瞳を覗き合う。
 1人は復讐のために帝国でフェイスマスターにまで登り詰めた女。
 1人は守れなかった故国の代わりに亡国再興にかける王女に付き従う将軍。

「なあ、キラ。お前は今、私にどうして欲しい?」



「手を貸してよ。カガリ。蒼穹の門を開けたいんだ」
「―――やっと、自分の望みを言ったな」



 炎のような激しい一撃が加わって、蒼穹の門の輪郭がぶれる。
 もう少し。あと、一押し。

「アスラン」

 ラクスがアスランに呼びかけた。

「この戦いが終わったら、貴方はどうするつもりですの?」
「俺は・・・」

 アスランが美しい宝剣の柄を握り締めた。かつて、皇帝が息子のために誂えた、人工種石の刀身を持つ美しいだけではない剣。両手で構えて右肩まで引き寄せ、切っ先を水平に向ける。狙うは何もない門の扉。蒼穹の向こう側。

「約束を果たしてから考えるさ」

 4つ目の力が加わって、蒼穹の門がついに破られた。





 棚引く雲の下に見える緑の大地。それだけなら、何の変哲もないこの光景もそれが空にあるとなっては超常となって目に映る。
 シンは開け放たれた蒼穹の門の向こう柄に一歩踏み入れた途端、物凄い勢いで身体が引っ張られるのを感じた。一瞬無音となり、耳を劈く高音に慌てて耳を覆った。足に受けた着地の衝撃に膝をおり、片目を上げて周囲を確認すれば、目の前に引き裂かれた黒いマントが落ちていた。

 これはフェイスマスターの!?

 あちこちに散らばる破片は金属の塊で、鎧の一部に見えた。慌てて後ろを振り返るが、カガリに怪我はなかった。

「シン! あれっ!!」
「レイっ!?」

 カガリが駆け出し抱きかかえた若い男はフェイスマスターのレイだった。シン達は急いで駆け寄りまわりを囲むが、レイの僅かに開いた瞳は先にある白亜の建物を見つめていた。

「・・・フェイスマスター・・・カガリ?」
「何があった!」

 ゴフッと血と共に真っ赤な気泡を噴出して、ビクリと震える。カガリが強く抱えるが、誰の目に見てももう長くないことが明らかだった。マルキオ教の本山で見たあの覇気が感じられず、シンと変わらない少年だった。

「・・・シン王子・・・どうか・・・ギル・・・バート殿下を―――」
「もうしゃべるなっ!」

 急速に失われていく光と、白亜の建物から漂ってくるシードの濃い気流。

「・・・ギル・・・最後まで・・・お・・・供できず申し訳・・・あり・・・」

 シンは目指す建物を見据えて立ち上がった。




 無数の白いローブの存在に囲まれた中で、ただ1人相対するクルーゼがギルバートに語りかけた。

「レイが逝ったよ」
「・・・これで、ますます絶体絶命と言うわけか」

 一個軍を率いて乗り込んできたが、飛行戦艦はここでは飛べず、この石舞台にたどり着くまでにどれだけの帝国軍人の犠牲を出しただろうか。そして、ついに、最後まで自分に付き従ってくれたフェイスマスターまで。

 ゆらゆらと漂うこの世界の調停者達に見下ろされ、白い地上にはない石の舞台に立っている彼らはまるで刑を宣告される罪人のようであった。ただ、大人しく承服するような大人しい存在ではなかったと言うだけで、何が違うと言うのだろう。

 ギルバートはこれまで歩んできた道を思い出す。

 結局、残されたのは自分と世界の秘密を明かした友人だけとなってしまった。弟達に比べれば遥かに持ちなれない剣を手にして、力ずくで事を成そうとしている。人工種石でできた黒い刀身の父から下賜された剣。

「もう一つ、悪い知らせがある。蒼穹の門が開いた。もうすぐ彼らがここに辿り着くだろう」

 つくづく思い通りにならないものだ。

「それは、急いで片をつけねばならないな。君こそ、本当にいいのか?」

 ギルバートは後ろにいるはずの友人に聞いた。この対峙を誓った時から、ずっと、話し合ってきた。彼らを倒すにはどうしなければならないか。どのような力が必要なのか。

「私は、君と一緒に行こう」
「では、行こう。時間もない」

 クルーゼがギルバートの背中に溶ける。
 剣から溢れる人工種石の力が足元を這い、空いた手で魔法を唱え、シードで剣を強化する。

「たかが我らが裏切り者の力を得た所で、敵うとでも思ったか!」
「お前達こそ、種石やシードもない・・・もう少し、危機感を覚えた方がいい」

 調停者達の中でも中心的存在が声を張り上げた。それはもはや声とは呼べるものではなかったのかもしれない。空気の振動に過ぎず、ギルバートに襲い掛かる調停者達も本当は実体などなかったのかもしれない。

 剣が走った後には、黒い霧となって蒸発するコーディネータがいた。
 マントの端が消し炭となって消えても、黒髪が宙を舞っても。何度この身を彼らに焼かれようともギルバートは剣を振るい続けた。その度に、元々武人ではない身体の内側は人工種石に細胞が焼かれ侵食が進み、クルーゼとの融合が進む。

「我らから奪った力で!」
「それはこちらの台詞だ」

 そうして、一体、また一体と消える調停者。

 イザークやレイ以上に体内に取り込んでしまっている、身体を巡る人工種石の力。
 おそらく、この身はこの負荷に耐えられないだろう。だが、耐えられなかったと言って何があろう、今を凌げなければ次はないのだ。

『これ以上は君が持たないぞ』
「覚悟はできているさ」

 剣を握るギルバートの手の甲には脈打つシードの流れが浮き出て、クルーゼの力が身体の輪郭を曖昧にしていた。調停者と違うのは身体を覆うマントの色くらいで。もう指先が硬化して感覚がない。

「さあ、歴史を返してもらおうか」

 残ったコーディネータはその憤怒から白いローブの頭に当たる部分が沸き立ち、まるで王冠のように見えた。

「我が同胞を・・・っ!」

 剣の切っ先がただ1人残った調停者に向かう。

 ああ。後、一息だと言うのに。


 その時。
 石舞台は新たな役者を迎い入れた。






*

あっさりしているようで、ギルバートさん苦戦していますから。もうギリギリな所で最後の一体なんですが、そんな感じが出ているでしょうか? もうベタベタな展開で最後まで行きます。ビバ王道。ワンパターン万歳。バレバレな展開でごめんなさい。管理人が一番いっぱいいっぱいです。
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