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 今年もこのシーズンがやって来た。

 冬将軍がようやく重い腰を上げる頃、アイスアリーナでは準備が大詰めを迎える。近々催される世界フィギュアに向けて、シンも一段と練習に気合を入れる日々が続いていた。各地を転転としてついに迎えた世界フィギュアスケート選手権。今までに開催された大会の成績から出場者が絞られる晴れ舞台だった。

「今日何?」
「カレー。後ちょっとで、できるから」
 兄がお玉を持ったまま夕刊を覗き込んでいると、ピンポーンと玄関でチャイムが鳴った。
「あっ、悪い出てくれ」
「こんな時間に、またかよ」

 オリンピックでメダルを取ってからシンとアスランは一躍時の人になっていた。
 兄弟で銀と銅メダルである。華々しくスポーツ紙が書きたてたし、元々お茶の間に人気のあったイザークと合わせて、妙な追っかけまで現れる始末。CMの出演依頼がなぜか、兄に殺到するなどの現象まで起こった。勿論、全部断っているが、大学にまで追っかけは来たらしい。

「ま、分からないでもないけどさ」

 大会を控えた今、学校に行っている時間を避けた取材攻撃が起こっていた。これまでのシーズンを終えて、飛びぬけていた王者と2位以下の差はぐんと縮まって、今年こそは!?と予想を立てる解説者もいる。そんな世間の期待をシンも知っているから、その日もぶつくさ文句を言いながら、夕食前にピンポンとなった呼び鈴に玄関へと向かう。

「昨日電話した、日刊プラントスポーツの者ですがー」
「あーはいはい。短く頼みます、もう夕飯なんで」

 抱負や意気込み、一番気になるライバルに同じ名前を何度言わせればいいんだと、心の中で愚痴を零す。

「で、お兄さんは?」
「あー、ちょっと待ってください」

 エプロン姿の兄をみて大抵の記者はまず目を丸くする。そして写真を撮る。機嫌が急降下したシンがけんもほろろに追い返して、バタンと玄関の扉を閉めた。

「ったく、揃いも揃って同じ質問ばかりしやがって」
「ハハハ」

 今年はアスラン君は出場しないのですか?
 飛び入りサプライズなんてことは?

「んなこと、あるわけないだろ」

 口には出してみたものの、本当の所は分からない。真面目に練習すらしていなかった人間に上を行かれた悔しさと、そんな人物が自分の兄であるという誇りはやはり簡単には説明のつかない感情で。けれど、どこかでもう一度、一緒に滑りたいと思っているシンは、なんだかもやもやした気持ちを抱えたまま台所に戻って・・・絶句した。

 シンの椅子に座って、パクリとスプーンを口に突っ込むその男。
 インタビューで、必ず口にしたその名前。
 オリンピック・ゴールドメダリストのキラ・ヤマトがいた。

「何でお前がいるんだよ! いつ、どっから沸いて出た!?」
「人をゴキブリみたいに言わないでよね。呼んでも誰も出ないから、普通にあそこから」

 と、箸で差したのは裏の勝手口。

「あんな所から、しかも勝手に何食べてんだ!!」
「これ、アスランが作ったの?」
「しれっと無視すんな!」

 シンとキラの漫才をポカンと見つめるアスランが、苦笑してエプロンを外して、食器戸棚からカレー皿を出す。食卓の上にはガンモドキや揚げ豆腐の煮付け、豚肉の角煮、魚介とわかめの酢の物が置いてある。

「シンはまだ成長期だから、献立考えてやらないとな」
「兄貴もなに普通に会話してんだよっ」
「けど、追い返すわけにもいかないだろ? シンも立ってないで座れ・・・って、あれ、シチュー?」

 鍋を覗き込んだアスランが首を捻る。
 カレールーを準備していた手が止まり、お玉でおもむろにかき混ぜる鍋の中身は、見事にどろりとブラウン色をしていた。

「今日はビーフシチューが食べたい気分だったんだよね」

 シンはパクパクと水槽の金魚のように口を開けて空気を求めた。 
 指先がふるふると震え、なぜだか物凄く泣きたい気分になる。二人の視線を受けて、一歩後ずされば、それを見たアスランが別の部屋から椅子を持ってきた。

「全く、泣くなよ。カレーならまた作ってやるから。まあ、サプライズだと思って。ほら、ここ座って」
「だって、兄貴・・・俺のカレー」

 そんなのおかしいだろ!?
 今日は昼からカレーの気分だったんだよ! 

「ったく、王者を前に情けない姿を見せるな、シン」

 アスランが宥めているのか、貶しているのか微妙な言葉で二人分を準備する。

「そうだよ~。もっと、どしっと構えてなきゃ。そうそう、驚きついでに今日ここに泊めてよ。ホテル追い出されちゃったんだよね」
「はあっ!?」

「これが本当のサプライズってね」





落ちないまま終わり。拍手に載せていたちょっとしたおまけです。