「相手には陰陽師がいる。こっちにも必要なの」
「・・・」
チュプと睨み合いになりました。
僕は川越奉行にも芦尾どのにもなんら恩義はありません。
むしろ恨みすら抱いています。
しかし、殺しを手伝えといわれて、
そう簡単にはいそうですか、とはいきません。
まして人質を盾にそれを強要するなんて、許せるでしょうか。
「純。俺のことは気にするな。こんなヤツラのいうことはき・・・うっ!」
熊八さんのみぞおちの辺りにアイヌの戦士のつま先が食い込みました。
「おまえ、しゃべる、ない。しゃべる、いう、あと、しゃべる」
カタコトですがシサム(日出)ことばが出来るようです。
熊八さんは戦士をすさまじい形相で睨みつけていますが、
あの縄のせいで自由を奪われています。
僕もこの状況では何一つ出来ないでしょう。
呪を唱えるまもなく、この世から去ることになるはずです。
チュプが、鋭いマキリを手に、こちらを眺めているからです。
気負った様子もなく、ごく自然に立っています。
しかし隙を見せれば狙い過たず、僕の喉を切り裂けるはずです。
「あの二人を殺す気はない」
「あいつらにあんな目に合わされたのに?」
「それより長老を助けたい。こんなところでぐずぐずしていられない。
コタンへ急がないと」
コタンへいったところで僕に何が出来るわけでもないのですが・・・。
しかし、行かねばなりません。
「利害は一致しているとおもうけど」
「君等のような人殺しと一緒にしないでくれ!」
チュプの表情は変わりませんが、
洞窟の空気が重苦しくなったように思われました。
それほど険悪な空気が、あたりに流れていました。
その空気のなかを軽やかに飛ぶものがありました。
翼の生えた一匹のねずみです。
ねず吉のようです。
魂は死して後も49日は世にとどまるのだそうです。
ねず吉の魂魄は、もういくばくか、この世にとどまり、
式として僕を助けてくれるのです。
ねず吉は僕の肩にちょこんととびのり、一声啼きました。
彼の足には小さな紙切れが縛り付けられていました。
紙にはいくつか文字が記されています。
あ り が た し
き け ん
有難し。危険。
かつてペッチャタコタンの長老に贈り物をしました。
その中に、東都でこしらえた筆もありました。
おそらくその筆で記されたものでしょう。
長老に、日出の文字を教えたことがあります。
そのときも、その筆をつかっていました。
ねず吉は長老のもとにたどり着き、危険を知らせたのです。
そのことを長老は感謝しているのでしょう。
しかし、ここにしるされた「きけん」とは一体・・・。
ぞくりと背筋が寒くなりました。
・・・ああ、そうなのだ。
僕が逃げたとしても、彼らには備えがあったのです。
ようやく今になって、その呪の力を感じました。
見られている。
結局僕は、芦尾どのの手の上で踊らされることとなってしまいました。
新京は土御門門下で学んだ、まことの陰陽師たる芦尾どのに、
抜かりがあるはずはなかったのです。
僕は、呪によって見られていたのです。
いつから見られていたのかは分かりませんが・・・。
遠くにいながらにして、あるものを見る呪が存在します。
芦尾どのならば当然その知識があるはずです。
むしろ、そうした呪の存在を知りながら油断した僕の落ち度といえます。
生き延び、逃げ延びたことで、気が緩んだのでしょうか・・・。
「ここは危険だ」
「・・・何、急に?」
「芦尾どのがここを嗅ぎつけようとしている。いや、もう手遅れかもしれない」
不思議とチュプは僕の言葉を信じたようでした。
「・・・仕方ないね。ひとまずコタンへいくしかないか。
あそこならあの陰陽師の力も及ばないし。純、あなたの望みどおりになったよ」
チュプが皮肉たっぷりに言いました。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
僕にはなんともいえません。
「・・・」
チュプと睨み合いになりました。
僕は川越奉行にも芦尾どのにもなんら恩義はありません。
むしろ恨みすら抱いています。
しかし、殺しを手伝えといわれて、
そう簡単にはいそうですか、とはいきません。
まして人質を盾にそれを強要するなんて、許せるでしょうか。
「純。俺のことは気にするな。こんなヤツラのいうことはき・・・うっ!」
熊八さんのみぞおちの辺りにアイヌの戦士のつま先が食い込みました。
「おまえ、しゃべる、ない。しゃべる、いう、あと、しゃべる」
カタコトですがシサム(日出)ことばが出来るようです。
熊八さんは戦士をすさまじい形相で睨みつけていますが、
あの縄のせいで自由を奪われています。
僕もこの状況では何一つ出来ないでしょう。
呪を唱えるまもなく、この世から去ることになるはずです。
チュプが、鋭いマキリを手に、こちらを眺めているからです。
気負った様子もなく、ごく自然に立っています。
しかし隙を見せれば狙い過たず、僕の喉を切り裂けるはずです。
「あの二人を殺す気はない」
「あいつらにあんな目に合わされたのに?」
「それより長老を助けたい。こんなところでぐずぐずしていられない。
コタンへ急がないと」
コタンへいったところで僕に何が出来るわけでもないのですが・・・。
しかし、行かねばなりません。
「利害は一致しているとおもうけど」
「君等のような人殺しと一緒にしないでくれ!」
チュプの表情は変わりませんが、
洞窟の空気が重苦しくなったように思われました。
それほど険悪な空気が、あたりに流れていました。
その空気のなかを軽やかに飛ぶものがありました。
翼の生えた一匹のねずみです。
ねず吉のようです。
魂は死して後も49日は世にとどまるのだそうです。
ねず吉の魂魄は、もういくばくか、この世にとどまり、
式として僕を助けてくれるのです。
ねず吉は僕の肩にちょこんととびのり、一声啼きました。
彼の足には小さな紙切れが縛り付けられていました。
紙にはいくつか文字が記されています。
あ り が た し
き け ん
有難し。危険。
かつてペッチャタコタンの長老に贈り物をしました。
その中に、東都でこしらえた筆もありました。
おそらくその筆で記されたものでしょう。
長老に、日出の文字を教えたことがあります。
そのときも、その筆をつかっていました。
ねず吉は長老のもとにたどり着き、危険を知らせたのです。
そのことを長老は感謝しているのでしょう。
しかし、ここにしるされた「きけん」とは一体・・・。
ぞくりと背筋が寒くなりました。
・・・ああ、そうなのだ。
僕が逃げたとしても、彼らには備えがあったのです。
ようやく今になって、その呪の力を感じました。
見られている。
結局僕は、芦尾どのの手の上で踊らされることとなってしまいました。
新京は土御門門下で学んだ、まことの陰陽師たる芦尾どのに、
抜かりがあるはずはなかったのです。
僕は、呪によって見られていたのです。
いつから見られていたのかは分かりませんが・・・。
遠くにいながらにして、あるものを見る呪が存在します。
芦尾どのならば当然その知識があるはずです。
むしろ、そうした呪の存在を知りながら油断した僕の落ち度といえます。
生き延び、逃げ延びたことで、気が緩んだのでしょうか・・・。
「ここは危険だ」
「・・・何、急に?」
「芦尾どのがここを嗅ぎつけようとしている。いや、もう手遅れかもしれない」
不思議とチュプは僕の言葉を信じたようでした。
「・・・仕方ないね。ひとまずコタンへいくしかないか。
あそこならあの陰陽師の力も及ばないし。純、あなたの望みどおりになったよ」
チュプが皮肉たっぷりに言いました。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
僕にはなんともいえません。