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「酔狂な女」
 彼は子供のように泣いていた。私の部屋でテーブルの脇に正座したまま、さめざめと泣いた。聞かされることの苦しみを、彼は何も考えてなどいない。だが私はそのようなわがままの矛先を向けられることを心底喜んでいた。少し崩れた黒髪も、猫背の背中も何もかもを抱きたいと思っていた。そしてその欲望がじわじわと満たされているのを感じていた。
「我慢してたんやね」
 小さいテーブルの向かい側から彼の横に滑り寄り頭を撫でると、整髪料の香りが鼻に届いた。彼がわずかに頷くのに触発されて、私も同じように繰り返し頷きながら何度も何度も撫でた。そしてそうすることがいかにも自然なことのように頭を胸にかき抱いた。そうしなければいけないような義務感が私を襲ったのだ。
 いつもは嫌がるはずの彼は、まるでなされるがままに私の胸の中でしゃくり上げて泣いた。
 しばらくして落ち着いた彼の顔を上げさせると、涙と鼻水で濡れ汚れてまったくみっともない状態であった。側にあったケースから数枚ティッシュを抜き取り渡すと、
「ありがとうございます」
と言って、彼は顔をぬぐい、鼻をかんだ。
「顔洗っておいで」
「はい」
 立ち上がり、素直に指さしたバスルームへ歩き出そうとする彼を見上げ、
「それとも一緒にお風呂はいる?」
と尋ねると、彼は焦って赤面し頭を振った。
「い、いや。いいですよ。そんなの」
「オナミと一緒にお風呂入りたいんだけど」
「そ、そんなこと言ったって。駄目ですよ」
「駄目?」
「駄目です」
 洗面台から洗顔する音が聞こえてきた。気づかれないように洗面所に近づくと、彼は私にはまったく気づかず、懸命に顔を洗っていた。それはまるで涙と一緒に過去を洗い流そうとしているように思われた。
 洗顔を終えタオルを探る手の前に新しいタオルをぶら下げてあげた。彼はそれを掴み顔を拭く。すぐ隣に私がいることにひどく驚いた。
「わ、びっくりした。いたんですか」
「うん、いたよ」
 私が笑うと、彼も笑った。そのことがとても嬉しい。
「格好良くなった」
 私は彼にキスをした。
「何するんですか」
 彼はすぐに顔を赤くして背けてしまう。だけれども私はその顔を掴んで無理矢理こちらを向かせ、私の高さまで下ろし、また口付けする。
「んっ。ん」
 少し口を開け、彼の唇を舌でなぞった。彼は目を開けているだろうか。不慣れな彼は目を見開いて、この光景を凝視しているかもしれない。それとも貝のようにつぐんだ口と同様に、まぶたも硬く閉じているだろうか。それは気恥ずかしくもあり、愛しい想像だった。
 彼の背中に手を回して抱き寄せる。つんのめった拍子に唇に隙間ができた。なぜこのような技術を覚えてしまったのだろう。静かな自己嫌悪の波が私を襲う。石のように積み重なった年月を恨んだところで仕方がないことはわかっていたが、心は砂山のように削り取られていく。
私は彼の乾いた唇の間に舌を挟み、自分と彼の心を決めるために時間をとった。舌の動きに従って唇は自然と道を開けてくれた。
 空中で固まっていた彼の腕がゆっくりと動いた。私は背中を撫でるのではなく、押すようにして抱きしめられた。お互いの歯がぶつかる。直接頭に響く衝突音に私は吹き出してしまった。
「す、すみません」
 慌てて口を離し謝る彼に、
「ううん、いいよ。もう一回」
目を閉じ、少し大袈裟に待った風の姿勢を見せる。すると恐る恐るながら、私はまた引き寄せられ、さっきよりも湿り気を帯び柔らかくなった唇に行き当たった。
 彼はそれ以上の積極性を見せることができず、私たちはその場で固まったまま唇だけのキスを味わった。そのような彼の態度に、私は積もる嗜虐心を抑えることができなくなってしまった。
 彼の首をぶら下がるようにして強引に引き寄せ、無理矢理舌をねじ込んだ。彼の歯を表も裏もなく舐め回し、音をたてて唾液をすすった。動かなかった彼の舌が遠慮気味に私の舌を触った。促すように舌を絡めると、彼もそれに応えてくれた。
 私たちはもうすぐほとんどぴったりと隙間無くくっつくことができる。残った隙間を早く埋めてしまわなければならない。私はそういった焦燥に抗うことができなかった。肩幅に開いた彼の脚の間に割り込むように右脚を入れ、左脚で彼の脚を挟んだ。腿に力を込めると、彼の膝
が折れ、私はそこに擦りつけて軽く座るような格好になった。彼も私を強く抱きしめ、かすかながらに脚で突き上げてくる。
 バランスを崩して彼が尻餅をついた。それに引っ張られて私も追うように倒れ、彼の前に四つん這いになる。視線の高さが同じになり、その時彼と私は真正面から見つめ合っていた。初めてした運動の後のように彼の荒い息が聞こえる。紅潮した顔をまじまじと眺めていると、ふと我に返ったのか、恥ずかしそうに彼は横を向いた。
「いや?」
 彼の胸に手をついて私は言う。はっとしたように彼は私を見た。鼻の頭がぶつかってしまいそうな距離。また唇が自然と重なる。啄むようなキスの後、
「嫌じゃありませんけど」
彼は頭を振って、曖昧な答えをした。
「けど、なに?」
「そんな」
「私のこと嫌い?」
「そんなことないです!」
 哀れな目をしていた。迷子になり今にも泣いてしまいそうな子供の目。彼の頭に手を回し、後頭部を撫でながら、
「大丈夫だよ」
と諭して立たせた。
 手を引くと彼は素直についてくる。たった数メートルの部屋までの距離がこんなに遠かったことがあっただろうか。
 ベッドの横に向かい合って立つ。私を見下ろす彼の顔は、余裕の欠片も見あたらず、ただ欲求を瀬戸際で抑えるのが精一杯であるのがありありと現れていた。もう彼自身自分が何をしたいのか、何をすべきなのかの判断などついていないのだろう。
「触りたい?」
 私は彼の手をわざとシャツの下にある素肌に触れさせた。
「はい」
 彼の直情的な据わってしまった目に満足し、私はベッドの縁に腰掛けて手を広げた。
「おいで」
 無言のまま首に腕が回され、体重をかけられる。心地よい重さを感じた。シャツの中を這い上がってくる手がわずかにこそばゆく、痺れるような感覚を残す。
 抱きしめようと手を挙げると、右手がちょうど私を跨いだ彼の股間に触れた。我知らず、それをさするように手が動いた。
「もう硬いね。どうして?」
 こちらが恥ずかしくなってしまうほど彼は狼狽し、俯いてしまった。
「キスでこんなになっちゃった?」
「そうです」
 消え入りそうな微かな声で彼は答えた。私はこの時、腹の深奥から感情が湧き上がることを初めて知った。
「苦しいでしょ。ちょっと仰向けになりな」
 左手で彼のシャツのボタンを外しながら位置を交代する。見下ろすと彼は腕で顔を隠し、荒い息をついていた。
「女の子みたい」
 ベルトを外しながら笑うと、彼は目が見える程度に腕を下ろし、
「駄目です。興奮しすぎてわかんない」
と言った。
「嬉しいよ」
 トランクスの中に手を入れると、粘ついた液体が手についた。一度手を抜いて指先を舐める。
「しょっぱい。凄い濡れてるよ」
「恥ずかしいです」
「かわいい」
 ズボンに手をかけると、彼は自分から腰を上げてくれた。少し引っ掛かりながらも膝までズボンが下がった。息のかかる近さに彼の股間があった。手を添えるとそれは震えるように反応した。
「今するとすぐ出ちゃいそうだね」
 もう彼は応えることもできない。だが私の手の動きに合わせた早い息遣いで、彼の心境は手に取るようにわかった。
「一回出しとこうか。いいよ。出しな」
 私の唾液と彼の粘液を混ぜて塗りつけながら手を動かす。血管が浮き出るほど太くなり、小刻みに彼は痙攣し始めた。
「ごめんね。メガネちゃんじゃなくて」
 彼がはっとして私を見た。その瞬間手の中に大きな衝動を感じた私は、強く手を握りしめた。
「出さないの?」
 微笑んでいる私を見て彼は唸り声を上げて泣いた。壊れた玩具のように枕に頭を叩きつけ、自分の感情をコントロールできていないのは明らかだった。
「ごめんね。本当にごめん。大丈夫?」
「すみません」
 また汚れてしまった顔を拭いてやりながら、私は懸命に謝った。不用意な言葉で彼を傷つけてしまったことを本当に後悔した。
「大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」
 ベッドに座った彼は、まだ肩で息をしていたが、笑顔で私を見てくれた。
「ごめんね。私、変なこと言って。ごめんね。オナミの気持ち知ってるのに。ごめんね」
 涙が後から後から溢れ出て、言葉もすべて漏れ出してしまった。
「いや、ほんとに平気ですから。僕もいきなり泣き出したりしてすみません」
 顔をテッシュでごしごし拭われるのもまったく気にならなかった。
「ありがとう」
「そんな。こちらこそ」
 恥ずかしそうに俯く彼を見て、私は初めて状況に気づいた。二人とも脱ぎかけの乱れた服でベッドの上で向かい合っている。
 私は彼の胸に頭を預けて訊いてみた。
「私のこと好き?」
「好きですよ」
 彼は即答してくれた。私は彼の胸板にキスする。
「嬉しい。ありがとう。大好きだよ」
 胸板へのキスを何度もした後、顔を上げまた唇を合わせた。
「できる?」
「何がですか?」
「エッチ」
 目を見開いて驚く彼の顔がものすごく愛おしい。我慢できずに答えを待たずにまた口づけた。今度は彼の中に私の唾液を流し込み、舌ごと吸い込むようにそれを奪い返す。
「できるみたいだね」
 また硬さを取り戻した股間を触った。
「はい」
「したい?」
「はい」
「いいよ。脱がせて」
 手を広げると彼は震える手で私のシャツのボタンを外そうと頑張った。あまり上手ではない手つき。それも初々しくて好感が持てた。
「緊張してる?」
「そりゃしてますよ」
「初回限定品だもんね」
 二人で笑い合った。二人とも裸になり、またベッドの上で向かい合った。
 彼の脚の間に頭を伏せ、唾を垂らし一気に口に頬張った。青臭い臭いが鼻に抜ける。
「ちょ!ヴィルさん」
「カルメル!」
 口を離し、ぐっと力を込めて股間を握った。そしてまた頭を伏せる。
「カルメルさん!駄目ですって」
 彼は反射的に私の頭を押さえる。引き剥がされた私は彼に覆い被さるようにキスして、口の中に溜まった唾液を送り込んだ。
「ごめん。我慢できないわ」
 ベッド脇の棚からコンドームを取り出して付ける。
「これも初めて?」
「はい」
「初めてだらけだ」
「そうですね。初めてだらけで嬉しいです」
 微笑んでいる彼の顔は期待に満ちた少年のそれだった。
「そんなに見つめないでくださいよ」
「あ、ごめんね」
 ばつの悪そうな彼を促す為に、私は仰向けに横たわった。
「おいで」
「いいんですか?」
「駄目なはずないやん」
 彼が這って近づいてくる。私の体が彼の陰に入った。局部に視線を感じ、急に恥ずかしくなった。
「あんまり見ないの」
「濡れてますね」
「わかってるよ。恥ずかしいから早く」
 突然彼が柏手を打った。
「何やってるの?」
「いや、友達がこうしろって」
「オナミは馬鹿だね」
「えっ?」
 彼はまだ何も知らないのだ。今は私が全てなのだと思うと、それは嬉しくもあり、同時にひどく恐ろしかった。
「そんなのいいから、早くきてよ。お願い」
「えっ、あっ、はい。わかりました」
 覆い被さる彼とまた舌を絡めた。
「入れていいですか?」
「いちいち訊かなくていいよ。入れて」
 彼は苦しそうな、嬉しそうな顔で目をつぶった。私の中を彼が押し分けて入ってくる。彼の向こうに点けっぱなしの蛍光灯が見えた。二人は光に照らされていた。彼の下で私は光に照らされていた。

                       作・F

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