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冠者祓文書(かざはらもんじょ)より、抜粋


 むかし、遙かな昔、その国に異国の神が立ち寄った。
 こんじきの髪に漆黒の肌、琥珀色の瞳をたたえた神はこの国の王に言う。
 望みはあるか、と。
 王は、奉れと? と問うが神は首を横に振る。
 「いや、汝の民に米を分けて貰ったのでな」と。
 王は神に不死を願うと、神は王に接吻し、それ以後王は歳をとることも加齢で死ぬこともなくなった。
 また、王の傍らに控えていた武将にも神は同じことを言う。
 「米は、汝の娘からの贈り物でな」と。
 武将は暫し考え、幾重にも王の元に転生し続けることを願った。神は頷き武将の左薬指を噛む。神はその血を飲むと、国を後にしたという。

 時代(とき)は流れ、されど、国は変わらず賢き王により治められていた。
 あの時の代償だろうか? 王は子に恵まれることはなかったが、それでも国は豊かで、戦にも天災とも無縁だった。
 かつてお互いの温もりを確認し合うほど側にいた武将はもう居なかったが、その面影を残す臣は、どの時代にも王に付き従っていた。

 だが、豊かな国ほど……。

 ある時、国に弐万の鬼が攻め入る。
 鬼は山野を焼き払いながら押し寄せた。全勢力を持って対峙し、血を撒き散らし、僥倖にも王や民はどうにか鬼を退けた。
 しかしその夜、沖には舟の群れ。
 国は断崖絶壁により守られてはいたが、それすらよじ登る鬼に王や将は不意をつかれることとなった。
 それでも……民を守るため、ふるさとや愛しきものたちを守るため、王は戦った。そして鬼は屍へと変わる。
 しかし、
 あまりにも多くの血を浴び、多くの血を飲み干し、多くの血を剣に染み込ませ、王はもう、ひととは呼べない躰になっていた。王の躰からは、王の意志に反し、不浄の障気が実体となり湧き起こるのだ。
 王は嘆き涙を流して天を仰いだ。
 すると、ひとりの高貴な服を羽織った男が、複数の供を伴い北の山から下りてくる。北の冠者と呼ばれる青年だった。
 王は、かつての盟友の面影を残す冠者に懇願する。今正に己を討ち滅ぼしてくれ、と。
「ともにこの地見守りし我がはらからよ、我をひとのまま逝かせてほしい」、と。
「我が君よ、君はこの地を護りたり」
 北の冠者も天を仰ぎ見、何かしら印を結ぶと手刀で空を切り祈り唱え、「我、涙とともに我が君を祓いたる。供犠は我が一部」と叫ぶと、左薬指の爪を引きはがし、後ろで束ねた美しく長い髪を切り、天に向かって放り投げる。
 直ちに降り注ぐ大粒の雨と突風により大地は裂け、微笑する王と鬼の亡骸どもは崖ごと海の彼方に沈み往く。
 その後に残されたのは、凪いだ海と新たに出現した浜辺だけだった。

 全てが終わると、北の冠者は山に大きな社をつくり王の魂を鎮め、自身は二度と民の前に姿を見せることはなかったという。
 冠者の供であった男女のうちの長者はこの国を治め、また他の者もこの国の礎となる。
 時は流れ、この地はその後、冠者祓いし国、冠者の祓いし地、カザハライタルチ と、呼ばれることとなるのだが、それはまた、後の話である。