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この命題を、我々化學班は今まで放置し続けてきた。・・・否、我々はただ盲目であっただけなのかもしれない。
しかしこれだけは事実であろう―全ての結果には原因が存在する。即ち因果だ。

現在、化學班が次の世代へと引き継がれ存続しているという事実は過去の積み重ねの果ての結果であり、私が知っている限り、この因果の根本にあるのはfkd氏ら3人の存在だ。特に、当時班長だったfkd氏の存在は我々にとって(少なくとも自称善良で一般人の私にとっては)ドイツ人が関西弁でフランスについて語っていたくらいの衝撃であった。
具体的に言うのは非常に困難であるが(化學班三大天参照)、彼の特異さを最も端的に表した言葉―それがエスパー教だ。

エスパー教とはそもそも何なのか。新手のカルトなのか、それともバモイドオキ神のような個人崇拝の象徴であったのか。
私を含め、数人の当時1年生は「エスパー教会員証」なるものとそれに描かれていたロゴを記憶している。

(ここから先は少し胡散臭い話になるけど冷静に読むように)

このロゴが表しているものが「万物を見通す目」であるのならば、彼は今の私と同じ意識があったのかもしれない。
すなわち、「いくら働いても豊かになれない日本人」や「金融という搾取システムに支配された現代世界」のおかしさを。
ここで少し飛躍しすぎてしまったが、詳しくはここなどを読んだら論理的に正しいと感じるはずだ
(間違いがあったらスマソ)
http://www.anti-rothschild.net/
http://satehate.exblog.jp/10707394/
仮に、彼がイルミナティ陰謀論と呼ばれるものに興味を持っていたのだとしたら(私自身、信憑性はともかく、それらの資料が正しければ可能性はあると思う)、彼はこの世界の全容に虚無感を感じていていたのかもしれない。
そして、一般社会の中で生きていくためには、このようなものは無視されなければならず、結果的に彼の胸の内にしまわれることとなる。エスパー教はそのような状況の中での、彼の皮肉を込めた主張であったのだと私は考える。

ここでこの話は終わりとするが、もし今我々が考えるべきことがあるとすれば、これをどう教訓とするかということだ。
私が思うに、「既存の概念を疑う強さを持ち、真実や本質に目を向ける力を持つこと」がこれから生きていく人間には必要だと感じている。いや、昔からある考えなんだろうけど、改めて言っておきたい。
今の世の中は、マスコミなどが単純化したレッテルを利用し、単純でないことを単純に見せかけ扇動する手法がまかり通っているが、物事や現実はそう単純ではないと気づいている人が多いのもまた事実だ。
何が言いたいか自分でもはっきり言えないが、8割方はこの言葉に集約される

「自分の頭で考え、自分の感性・信念に従え」

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