[狼のなげき]

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[狼のなげき]」(2008/02/21 (木) 01:01:40) の最新版変更点

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「はぁ・・・」 音も無くため息をつく。 荷台に腰かけ、いつものように毛づくろいをしている。 ロレンスはたびたびホロをを気にして視線を送ってくる。 きっと尾っぽを隠さずにしているのが気がかりなのだろう。 多少は人通りのある街道ではあるが、 この時間だと1時間に2~3人すれ違えばいいところなので、 気にする必要は大して無い。 そうでなくても、娘の姿をしたこの狼は感覚がすぐれている。 人の姿が見える前に音や気配でわかるだろう。 まだ誰ともすれ違うことは無かったが、 別にそのことを気にしているわけではない。 「もうすぐ発情期じゃな・・・」 「何か言ったか?」 「ぬしには関係ない!!!」 「なっ・・・そんなに怒らなくてもいいだろ、  質問しただけじゃないか」 「関係ないといったらないんじゃぁー!」 「わかったよ・・・まったく・・・」 そう、動物である以上必ず訪れるもの。 まるで生理中のようにホロは気が立っていた。 もしかしたら次の町で我慢できなくなって、 夜中ロレンスを求めてしまうかもしれない自分が悔しい。 「やつとできるとは思うが、本当に子をなせるのじゃろうか」 「上半身狼で下半身人間なんてわっちはいやじゃ」 「その逆もありうるな・・・」 「でも、やつのとの間の子ならわっちは・・・」 「(なにをぶつぶつ言ってるんだ・・・?)」 口には出さず胸中でつぶやくロレンス。 いままでホロの機嫌が悪いことは何度もあったが、 今度ばかりは原因がわからない。 とりあえずいつもの方法で虫の居所をよくしてもらおう。 「ホロ、次の街へついたら・・・」 「ついたら・・・なんじゃ?」 すごい剣幕でにらんでくる。 一瞬たじろぎながらも言葉を続ける。 「ついたら・・・どこかいい宿をとってパーッと飲むか!」 「・・・いい宿・・・?・・・・・・ふ・・ふ・・・くふふふふふ・・・」 「な・・・なんだ・・・?」 様子はともかくとして、ホロの顔に笑顔が戻った。 ロレンスの考えは好を相したそうだ。 「そうかそうか、ぬしがいい宿をな」 「えらく含みのある言い方だな」 「いや、気にしんす。そこまで言うなら夜が楽しみじゃな・・・  ぬしから言ってきたんじゃからな!わっちからではないぞ!  ”ぬしから”なんじゃからな!」 「わかったわかったそんなに強調しなくても、心配するな。  任せとけよ」 「くふ。わっちの相手がつとまるかの?」 「相手?相手ならいつもしてるじゃないか」 「何を言っておる!今夜が初めて・・・あ、そうか。  そうじゃな、いつも相手をさせておるな」 「いまいち会話がかみ合ってないが・・・」 「細かいことを気にするでない。雄はでんと構えておればそれでよい」 「・・・そうか。あ、街が見えてきたぞ」 商会へ顔を出して情報を得、宿探しをする。 「とりあえず腹ごしらえじゃな」 「同感だ」 観光街らしく様々な店が立ち並ぶ。 露店もたくさん出ていて、鼻をくすぐる香りが漂ってくる。 「あ、わっちあれ食べたい」 「どっかで聞いた台詞だが、どれのことだ?」 ホロが指差したのは羊肉の串焼きだ。 肉に軽く岩塩をふって焼いたシンプルなものや、 肉と交互に野菜やニンニクをはさんだもの、 たれに漬け込んだもの、内臓肉など様々だ。 「色々あるな・・・どれがいいんだ?」 「どれって、聞くまでもなかろう?  精がつくやつがいいに決まっておる  夜が大変じゃからな・・・」 「そうなのか?」 「そうじゃ。わっちはたれにつけてあるやつを食べるが  ぬしはニンニクのやつにせい」 「ニンニク・・・俺苦手なんだよな・・・」 「なにを言っておる!美味いではないか」 「じゃあお前が食べろよ」 「わっちの息がくさくなったら、ぬしは困るじゃろ?」 「別に困りはしないが・・・あ、いややっぱり困る、  ニンニク食ったやつと一緒に寝るとその部屋までくさくなるからな」 「そっちじゃなかろう!そ、その・・・・・・  ・・・・・・キ・・・キ・・・スの時とか・・・」 「え?何だって?キ・・・がなんだ・・・おわっ!」 聞き返した瞬間、ホロの拳がわき腹へ飛んできた。 同時に足も踏みつけるという高度な技だ。 意外に力が強くて結構痛い。 「もうよい!よく考えて見たらわっちもぬしの息がくさかったら困る。  なんでも好きなのにしんす」 「何なんだよ一体・・・と言うか金だすの俺なんだがな・・・」 結局二人はたれに漬け込んだ羊肉を頼んだ。 干し肉とは違って、一口噛めば濃厚な肉汁が溢れる。 露店で出る肉料理というのは組合が定める使用期限ギリギリのものを 使うのが相場だが、ここは観光街ということもあって どこの店の料理も一定の水準を保っている。 きっと厳しく目を光らせているに違いない。 ホロは相変わらずだ。 記憶できないほど食べてやっとしめなのだろう、 シナモンのかかったミルク粥を食べながら聞いてきた。 「じゅるっ・・・ぬしよ・・・むぐ・・・宿は・・・  ・・・どこに・・・ごくっ・・・するつもりじゃ?」 「そうだな、この街は温泉が有名だからな。それに入れるところにしようと  思うが・・・どうだ?」 「じゅる・・・温泉って・・・あの、温かい・・・むぐ・・・  湯の出る不思議な・・・ごく・・・泉か!?」 「そうだ。お前に出会ったときに言ってたニョッヒラとは違うが、  温泉が出る街は沢山ある。ここもその一つだ。  お前な・・・食べ切ってからしゃべれよ。誰も取りはしないからさ」 底に残った具を食べきり、ホロは聞き返してくる。 「ほう・・・そういえば聞いた話なんじゃが、その泉には不思議な  力があるそうじゃな?」 「不思議な?・・・あぁ、効能のことか。確かに温泉には体を癒す  効果がある。」 「どんな効果じゃ?」 「場所によって変わるもんだが・・・えーと、この街は・・・  そうだ、確か腰痛や肩こりに効くと言ってたな」 「わっちには関係ないの。ぬしは必要かもしれんが、  わっちのような乙女に泉の効果があってはならぬ。  ぬしの甲斐性のなさをあらわすことになってしまうからの」 「言ってくれるな・・・だが、この街は宿によって効能が分かれてる  らしいから、お前のような”乙女”にぴったりのところがあるぞ」 「ほう、どんな?」 「髪や肌が美しくなるところがあった。お前の自慢の尻尾にも  磨きがかかるんじゃないか?」 「くふ、ぬしよ。わっちをこれ以上美しくしてどうするつもりじゃ?  そうじゃった、わっちは今夜ぬしに食べられてしまう運命じゃった・・・」 体をくねらせながら演技口調で言うホロ。 顔を上気させ頬まで染めている。 最初ロレンスはそのままにして置こうかと思ったが、 言われっぱなしも癪なので切り替えした。 「そうだな、たまに狼を食べるのも悪くはないが  どうせなら羊のほうがいい・・・狼は筋張って美味くなさそうだしな・・・  ・・・おい・・・どうした?」 さっきまで調子よく言っていたホロが急に黙り込み、うつむいてしまった。 その状態のままつぶやくように言った。 「ぬしは・・・あの娘の方がいいのかや・・・?」 「は?」 「あの羊飼いの・・・ノーラとか言う娘がいいのかや?」 「?・・・話が見えないんだが」 ホロは独り言のような口調でまくし立てる。 「そりゃ、わっちは羊飼いに比べて少しばかり控えめかもしれん。  服の上から見てもそれなりにあったしの。  でも、わっちから言わせればあんなもの飾りじゃ。ぬしにはそれがわかっとらん。  口とか手や腰が器用なほうじゃ重要じゃて。  あの娘はそういうことに関して不器用そうじゃったからな」 「お前は何の話をしてるんだ?  てっきり夕食の話だと思ったんだが」 「え・・・それはなんの・・・?」 「なんのって・・・食事だよ食事。狼より羊のほうが食べるところも  多いし、肉もたっぷりついてるだろ?  まあ、確かに狼を食べるんだったら手が器用なほうが食べやすいがな。  口と腰は意味が分からないが・・・  まあ、確かにノーラはそういうことに関して不器用そうだけどな」 完全に勘違いしていたホロはロレンスの言葉を聞いて固まった。 だが、それをロレンスに悟られてはならない。 下手をすれば旅の間ずっとそのことを話題にされかねない。 なんとか思考をめぐらせ、賢狼は口を開いた。 「そうじゃな。ぬしは狼は上手に食べれるかもしれんが、  わっちのことは上手に食べてくれるのかや?」 今度はロレンスが固まる番だ。 最初からそういうつもりで言ったのだが、この鈍感お人よし男は そのことに気がつかなかった。 ここまではっきりと言って分からなければもう打つ手はない。 小首をかしげて、上目使いで言えば効果は倍増だ。 さすがにこれは通じだようだ。 「まったく・・・余計な手間を取らせおって・・・」 誰にも聞こえないように小さくつぶやく。 ロレンスが困った顔をしてどう切り替えそうか悩んでいるとき、 今晩泊まる予定の宿が見えてきた。 「あっ・・・あの宿だ・・・今晩はあの宿に泊まるぞ」 「話をはぐらかすでない」 ホロの言葉を無視して、宿泊の手続きを済ませた。 「ほう。ぬしがよい宿と言うだけあって、まあまあよさそうじゃの」 玄関や佇まいは一般の宿を小奇麗にしたくらいだが、中へ入ってみると 床には絨毯がしかれ、壁には絵がかかり、調度品も程よく置かれている。 挨拶に出てきたのも男性の主人ではなく女性だ。 「いらっしゃいませ、本日は当”旅館”にご宿泊いただきありがとうございます」 「この街では宿のことを”旅館”と言うのですか」 「はい、すべてではありませんが温泉が引いてあり一定の条件を満たしていれば  旅館と言うことができます」 「一定の条件と言うのは?」 「事細かに定められています。内装や接客、制服や料理。接客にいたるまで  様々な項目に分かれてございます」 「ほう、それはそれは・・・大変ですね・・・・・・ん?なんだ?」 話に参加できなかったのがつまらなかったのか、放っておかれたのが 面白くなかったのか、ホロはすねた顔をしてロレンスの服を引いている。 「そんな根掘り葉掘り聞くものではない」 「あ、そうか・・・これは失礼。商人の気質でして」 「お気になさらないでください。ただこういう事を  お聞きになるお客様はいらっしゃらないものですから少しばかり  驚いたのは事実ですが・・・・・・少し口が過ぎたようですね、  失礼しました。お部屋は階段を上がっていただいて一つ目の  角を曲がっていただいた一番最初の部屋でございます。  お荷物は使用人がお持ちいたします。  お部屋の鍵でございます。どうぞごゆっくり」 淀みなく答えて旅館の女主人は深々と頭を下げた。 荷物を使用人に預け、部屋へと向かう。 鍵を開け窓を開けるとすばらしい景色が広がっていた。 下には大きな川が流れ、正面には山が連なり日を落としていた。 きれいな夕焼けだな・・・なあ、ホロ・・・て、おいお前」 「むぐ・・・さすが・・・ばりばり・・・よい宿・・・ごく・・・  だけあって・・・もぐ・・・菓子も・・・ずずーっ・・・美味いの・・・」 使用人が帰らないうちに盛大に茶請けの菓子を食べるホロ。 「いつ紅茶なんか入れてもらったんだ?」 「部屋へ向かうときに他の使用人に頼んでおいた。 『紅茶をいれてくりゃれ?』と上目使いで頼んだら走って準備しにいったわ。  できる女は段取りが違うの」 「しょうもないところで色目を使うな」 「じゃあ、どこで使ってほしいんじゃ?ぬしにかわいくねだる時かや?  それとも・・・今夜にでも使うかや」 そういって夕焼けを見ているロレンスの横に立って腕を絡めてくる。 何度この手に引っかかっているか。 かといっても対抗手段がそう多くないのでそうなるほかしょうがないのだが。 「それは楽しみだな、楽しみで夜も眠れなさそうだ」 「眠れなくするのはぬしの仕事じゃ」 「・・・・・・・・・あの・・・もう御用はよろしいでしょうか」 「「あ・・・」」 ロレンスは赤面しながら使用人にチップを無言で払い、 「帰ってくれ」と言うジェスチャーをして出て行ってもらった。 ホロもおそらく同じだろう。夕焼けのせいで分からないが。 「さ、て、準備が済んだら温泉に行くか」 「ここはどういう効果があるのかや」 「”乙女”にばっちりの効能だ」 「そうかや、それはよかった」 「なんだ、やけにしおらしいな。何かあったのか」 「別になんにもありんせん」 「そうか・・・ま、準備と言っても着替えは部屋に用意してあるから  すぐに行けるけどな」 「ちょっと待っち」 「なんだ」 「温泉とは大衆浴場のことかや」 「そうだが」 「さすがに裸では耳と尻尾は隠すのは無理じゃ」 「いや、ここの宿は部屋ごとに温泉を引いているんだよ」 「そういうことは先に言わんか。温泉に行く、と言ったから  ぬし一人で行くつもりだったのかや」 「いや、別にそういうつもりじゃなかったんだが・・・」 些細なところも見逃さない狡猾な狼だ。 ここから”口撃”が始まるのだろう。 「ぬしはわっちをおいて一人で温泉を楽しむつもりだったじゃ。  ああ、かわいそうなわっち・・・  この部屋に一人身を置けば温かい湯の出る街で凍え死んでしまう。  一人は飽いた、といったはずじゃがぬしは忘れてしまったんじゃろうか。  溢れる涙を満たしてそれに浸かなければならないんじゃなろうな・・・」 「わかったわかった!すまなかった!悪い!この通りだ・・・  だからもう勘弁してくれ・・・」 「悪いと思ってるならひとつ罰をうけい」 「罰、とは?」 「ぬしはわっちと一緒に風呂に入ること」 「ああ、わかった。それで気が済むなら・・・・・・は・・・?」 「二度も同じこと言わせる気かや?ぬしはわっちと風呂に入るんじゃ」 「何を言って・・・その手には乗らないぞ。  そうか、この長台詞は罠だったのか・・・  俺が『そうだな・・・』って言ったところが狙い目だろ!」 「三度も言わせたら人として、雄として終わりじゃぞ?」 胸倉をつかんで自分の方を向かせ、強引に承諾を求めて来るホロ。 顔は笑っているが目が据わっている。 ロレンスは力なく「そうだな・・・」とつぶやくのが精一杯だった。 それを聞いてようやく手を離してくれた。 「まったく・・・大体わっちの裸なんぞ何度もみてるじゃろ。  いまさら恥ずかしがることもないて。あ、まさかぬしが  わっちに裸を見せるのが恥ずかしいのかや?自身がないのかや?」 「言わせておけば・・・いいだろう、そこまでお前が言うなら  一緒に入ってやるよ」 「期待していた返答とは違うが・・・まあよい」 |[[狼のなげき2>http://www5.atwiki.jp/spiceofwolf/pages/24.html]]|
「はぁ・・・」 音も無くため息をつく。 荷台に腰かけ、いつものように毛づくろいをしている。 ロレンスはたびたびホロをを気にして視線を送ってくる。 きっと尾っぽを隠さずにしているのが気がかりなのだろう。 多少は人通りのある街道ではあるが、 この時間だと1時間に2~3人すれ違えばいいところなので、 気にする必要は大して無い。 そうでなくても、娘の姿をしたこの狼は感覚がすぐれている。 人の姿が見える前に音や気配でわかるだろう。 まだ誰ともすれ違うことは無かったが、 別にそのことを気にしているわけではない。 「もうすぐ発情期じゃな・・・」 「何か言ったか?」 「ぬしには関係ない!!!」 「なっ・・・そんなに怒らなくてもいいだろ、  質問しただけじゃないか」 「関係ないといったらないんじゃぁー!」 「わかったよ・・・まったく・・・」 そう、動物である以上必ず訪れるもの。 まるで生理中のようにホロは気が立っていた。 もしかしたら次の町で我慢できなくなって、 夜中ロレンスを求めてしまうかもしれない自分が悔しい。 「やつとできるとは思うが、本当に子をなせるのじゃろうか」 「上半身狼で下半身人間なんてわっちはいやじゃ」 「その逆もありうるな・・・」 「でも、やつのとの間の子ならわっちは・・・」 「(なにをぶつぶつ言ってるんだ・・・?)」 口には出さず胸中でつぶやくロレンス。 いままでホロの機嫌が悪いことは何度もあったが、 今度ばかりは原因がわからない。 とりあえずいつもの方法で虫の居所をよくしてもらおう。 「ホロ、次の街へついたら・・・」 「ついたら・・・なんじゃ?」 すごい剣幕でにらんでくる。 一瞬たじろぎながらも言葉を続ける。 「ついたら・・・どこかいい宿をとってパーッと飲むか!」 「・・・いい宿・・・?・・・・・・ふ・・ふ・・・くふふふふふ・・・」 「な・・・なんだ・・・?」 様子はともかくとして、ホロの顔に笑顔が戻った。 ロレンスの考えは好を相したそうだ。 「そうかそうか、ぬしがいい宿をな」 「えらく含みのある言い方だな」 「いや、気にしんす。そこまで言うなら夜が楽しみじゃな・・・  ぬしから言ってきたんじゃからな!わっちからではないぞ!  ”ぬしから”なんじゃからな!」 「わかったわかったそんなに強調しなくても、心配するな。  任せとけよ」 「くふ。わっちの相手がつとまるかの?」 「相手?相手ならいつもしてるじゃないか」 「何を言っておる!今夜が初めて・・・あ、そうか。  そうじゃな、いつも相手をさせておるな」 「いまいち会話がかみ合ってないが・・・」 「細かいことを気にするでない。雄はでんと構えておればそれでよい」 「・・・そうか。あ、街が見えてきたぞ」 商会へ顔を出して情報を得、宿探しをする。 「とりあえず腹ごしらえじゃな」 「同感だ」 観光街らしく様々な店が立ち並ぶ。 露店もたくさん出ていて、鼻をくすぐる香りが漂ってくる。 「あ、わっちあれ食べたい」 「どっかで聞いた台詞だが、どれのことだ?」 ホロが指差したのは羊肉の串焼きだ。 肉に軽く岩塩をふって焼いたシンプルなものや、 肉と交互に野菜やニンニクをはさんだもの、 たれに漬け込んだもの、内臓肉など様々だ。 「色々あるな・・・どれがいいんだ?」 「どれって、聞くまでもなかろう?  精がつくやつがいいに決まっておる  夜が大変じゃからな・・・」 「そうなのか?」 「そうじゃ。わっちはたれにつけてあるやつを食べるが  ぬしはニンニクのやつにせい」 「ニンニク・・・俺苦手なんだよな・・・」 「なにを言っておる!美味いではないか」 「じゃあお前が食べろよ」 「わっちの息がくさくなったら、ぬしは困るじゃろ?」 「別に困りはしないが・・・あ、いややっぱり困る、  ニンニク食ったやつと一緒に寝るとその部屋までくさくなるからな」 「そっちじゃなかろう!そ、その・・・・・・  ・・・・・・キ・・・キ・・・スの時とか・・・」 「え?何だって?キ・・・がなんだ・・・おわっ!」 聞き返した瞬間、ホロの拳がわき腹へ飛んできた。 同時に足も踏みつけるという高度な技だ。 意外に力が強くて結構痛い。 「もうよい!よく考えて見たらわっちもぬしの息がくさかったら困る。  なんでも好きなのにしんす」 「何なんだよ一体・・・と言うか金だすの俺なんだがな・・・」 結局二人はたれに漬け込んだ羊肉を頼んだ。 干し肉とは違って、一口噛めば濃厚な肉汁が溢れる。 露店で出る肉料理というのは組合が定める使用期限ギリギリのものを 使うのが相場だが、ここは観光街ということもあって どこの店の料理も一定の水準を保っている。 きっと厳しく目を光らせているに違いない。 ホロは相変わらずだ。 記憶できないほど食べてやっとしめなのだろう、 シナモンのかかったミルク粥を食べながら聞いてきた。 「じゅるっ・・・ぬしよ・・・むぐ・・・宿は・・・  ・・・どこに・・・ごくっ・・・するつもりじゃ?」 「そうだな、この街は温泉が有名だからな。それに入れるところにしようと  思うが・・・どうだ?」 「じゅる・・・温泉って・・・あの、温かい・・・むぐ・・・  湯の出る不思議な・・・ごく・・・泉か!?」 「そうだ。お前に出会ったときに言ってたニョッヒラとは違うが、  温泉が出る街は沢山ある。ここもその一つだ。  お前な・・・食べ切ってからしゃべれよ。誰も取りはしないからさ」 底に残った具を食べきり、ホロは聞き返してくる。 「ほう・・・そういえば聞いた話なんじゃが、その泉には不思議な  力があるそうじゃな?」 「不思議な?・・・あぁ、効能のことか。確かに温泉には体を癒す  効果がある。」 「どんな効果じゃ?」 「場所によって変わるもんだが・・・えーと、この街は・・・  そうだ、確か腰痛や肩こりに効くと言ってたな」 「わっちには関係ないの。ぬしは必要かもしれんが、  わっちのような乙女に泉の効果があってはならぬ。  ぬしの甲斐性のなさをあらわすことになってしまうからの」 「言ってくれるな・・・だが、この街は宿によって効能が分かれてる  らしいから、お前のような”乙女”にぴったりのところがあるぞ」 「ほう、どんな?」 「髪や肌が美しくなるところがあった。お前の自慢の尻尾にも  磨きがかかるんじゃないか?」 「くふ、ぬしよ。わっちをこれ以上美しくしてどうするつもりじゃ?  そうじゃった、わっちは今夜ぬしに食べられてしまう運命じゃった・・・」 体をくねらせながら演技口調で言うホロ。 顔を上気させ頬まで染めている。 最初ロレンスはそのままにして置こうかと思ったが、 言われっぱなしも癪なので切り替えした。 「そうだな、たまに狼を食べるのも悪くはないが  どうせなら羊のほうがいい・・・狼は筋張って美味くなさそうだしな・・・  ・・・おい・・・どうした?」 さっきまで調子よく言っていたホロが急に黙り込み、うつむいてしまった。 その状態のままつぶやくように言った。 「ぬしは・・・あの娘の方がいいのかや・・・?」 「は?」 「あの羊飼いの・・・ノーラとか言う娘がいいのかや?」 「?・・・話が見えないんだが」 ホロは独り言のような口調でまくし立てる。 「そりゃ、わっちは羊飼いに比べて少しばかり控えめかもしれん。  服の上から見てもそれなりにあったしの。  でも、わっちから言わせればあんなもの飾りじゃ。ぬしにはそれがわかっとらん。  口とか手や腰が器用なほうじゃ重要じゃて。  あの娘はそういうことに関して不器用そうじゃったからな」 「お前は何の話をしてるんだ?  てっきり夕食の話だと思ったんだが」 「え・・・それはなんの・・・?」 「なんのって・・・食事だよ食事。狼より羊のほうが食べるところも  多いし、肉もたっぷりついてるだろ?  まあ、確かに狼を食べるんだったら手が器用なほうが食べやすいがな。  口と腰は意味が分からないが・・・  まあ、確かにノーラはそういうことに関して不器用そうだけどな」 完全に勘違いしていたホロはロレンスの言葉を聞いて固まった。 だが、それをロレンスに悟られてはならない。 下手をすれば旅の間ずっとそのことを話題にされかねない。 なんとか思考をめぐらせ、賢狼は口を開いた。 「そうじゃな。ぬしは狼は上手に食べれるかもしれんが、  わっちのことは上手に食べてくれるのかや?」 今度はロレンスが固まる番だ。 最初からそういうつもりで言ったのだが、この鈍感お人よし男は そのことに気がつかなかった。 ここまではっきりと言って分からなければもう打つ手はない。 小首をかしげて、上目使いで言えば効果は倍増だ。 さすがにこれは通じだようだ。 「まったく・・・余計な手間を取らせおって・・・」 誰にも聞こえないように小さくつぶやく。 ロレンスが困った顔をしてどう切り替えそうか悩んでいるとき、 今晩泊まる予定の宿が見えてきた。 「あっ・・・あの宿だ・・・今晩はあの宿に泊まるぞ」 「話をはぐらかすでない」 ホロの言葉を無視して、宿泊の手続きを済ませた。 「ほう。ぬしがよい宿と言うだけあって、まあまあよさそうじゃの」 玄関や佇まいは一般の宿を小奇麗にしたくらいだが、中へ入ってみると 床には絨毯がしかれ、壁には絵がかかり、調度品も程よく置かれている。 挨拶に出てきたのも男性の主人ではなく女性だ。 「いらっしゃいませ、本日は当”旅館”にご宿泊いただきありがとうございます」 「この街では宿のことを”旅館”と言うのですか」 「はい、すべてではありませんが温泉が引いてあり一定の条件を満たしていれば  旅館と言うことができます」 「一定の条件と言うのは?」 「事細かに定められています。内装や接客、制服や料理。接客にいたるまで  様々な項目に分かれてございます」 「ほう、それはそれは・・・大変ですね・・・・・・ん?なんだ?」 話に参加できなかったのがつまらなかったのか、放っておかれたのが 面白くなかったのか、ホロはすねた顔をしてロレンスの服を引いている。 「そんな根掘り葉掘り聞くものではない」 「あ、そうか・・・これは失礼。商人の気質でして」 「お気になさらないでください。ただこういう事を  お聞きになるお客様はいらっしゃらないものですから少しばかり  驚いたのは事実ですが・・・・・・少し口が過ぎたようですね、  失礼しました。お部屋は階段を上がっていただいて一つ目の  角を曲がっていただいた一番最初の部屋でございます。  お荷物は使用人がお持ちいたします。  お部屋の鍵でございます。どうぞごゆっくり」 淀みなく答えて旅館の女主人は深々と頭を下げた。 荷物を使用人に預け、部屋へと向かう。 鍵を開け窓を開けるとすばらしい景色が広がっていた。 下には大きな川が流れ、正面には山が連なり日を落としていた。 きれいな夕焼けだな・・・なあ、ホロ・・・て、おいお前」 「むぐ・・・さすが・・・ばりばり・・・よい宿・・・ごく・・・  だけあって・・・もぐ・・・菓子も・・・ずずーっ・・・美味いの・・・」 使用人が帰らないうちに盛大に茶請けの菓子を食べるホロ。 「いつ紅茶なんか入れてもらったんだ?」 「部屋へ向かうときに他の使用人に頼んでおいた。 『紅茶をいれてくりゃれ?』と上目使いで頼んだら走って準備しにいったわ。  できる女は段取りが違うの」 「しょうもないところで色目を使うな」 「じゃあ、どこで使ってほしいんじゃ?ぬしにかわいくねだる時かや?  それとも・・・今夜にでも使うかや」 そういって夕焼けを見ているロレンスの横に立って腕を絡めてくる。 何度この手に引っかかっているか。 かといっても対抗手段がそう多くないのでそうなるほかしょうがないのだが。 「それは楽しみだな、楽しみで夜も眠れなさそうだ」 「眠れなくするのはぬしの仕事じゃ」 「・・・・・・・・・あの・・・もう御用はよろしいでしょうか」 「「あ・・・」」 ロレンスは赤面しながら使用人にチップを無言で払い、 「帰ってくれ」と言うジェスチャーをして出て行ってもらった。 ホロもおそらく同じだろう。夕焼けのせいで分からないが。 「さ、て、準備が済んだら温泉に行くか」 「ここはどういう効果があるのかや」 「”乙女”にばっちりの効能だ」 「そうかや、それはよかった」 「なんだ、やけにしおらしいな。何かあったのか」 「別になんにもありんせん」 「そうか・・・ま、準備と言っても着替えは部屋に用意してあるから  すぐに行けるけどな」 「ちょっと待っち」 「なんだ」 「温泉とは大衆浴場のことかや」 「そうだが」 「さすがに裸では耳と尻尾は隠すのは無理じゃ」 「いや、ここの宿は部屋ごとに温泉を引いているんだよ」 「そういうことは先に言わんか。温泉に行く、と言ったから  ぬし一人で行くつもりだったのかや」 「いや、別にそういうつもりじゃなかったんだが・・・」 些細なところも見逃さない狡猾な狼だ。 ここから”口撃”が始まるのだろう。 「ぬしはわっちをおいて一人で温泉を楽しむつもりだったじゃ。  ああ、かわいそうなわっち・・・  この部屋に一人身を置けば温かい湯の出る街で凍え死んでしまう。  一人は飽いた、といったはずじゃがぬしは忘れてしまったんじゃろうか。  溢れる涙を満たしてそれに浸かなければならないんじゃなろうな・・・」 「わかったわかった!すまなかった!悪い!この通りだ・・・  だからもう勘弁してくれ・・・」 「悪いと思ってるならひとつ罰をうけい」 「罰、とは?」 「ぬしはわっちと一緒に風呂に入ること」 「ああ、わかった。それで気が済むなら・・・・・・は・・・?」 「二度も同じこと言わせる気かや?ぬしはわっちと風呂に入るんじゃ」 「何を言って・・・その手には乗らないぞ。  そうか、この長台詞は罠だったのか・・・  俺が『そうだな・・・』って言ったところが狙い目だろ!」 「三度も言わせたら人として、雄として終わりじゃぞ?」 胸倉をつかんで自分の方を向かせ、強引に承諾を求めて来るホロ。 顔は笑っているが目が据わっている。 ロレンスは力なく「そうだな・・・」とつぶやくのが精一杯だった。 それを聞いてようやく手を離してくれた。 「まったく・・・大体わっちの裸なんぞ何度もみてるじゃろ。  いまさら恥ずかしがることもないて。あ、まさかぬしが  わっちに裸を見せるのが恥ずかしいのかや?自身がないのかや?」 「言わせておけば・・・いいだろう、そこまでお前が言うなら  一緒に入ってやるよ」 「期待していた返答とは違うが・・・まあよい」 |[[狼のなげき2>http://www5.atwiki.jp/spiceofwolf/pages/24.html]]| ---- .

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