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   選ばれた者達    No.9    ステイク、忍び寄る影 3/3  気がつくと、学生達が帰り出す時間帯だった。話しに夢中になり、時間が経つのもすっかり忘れていた。 「今日はありがとうございました。いい時間が過ごせました」 「そう、よかったわステイク君。今度会える日はいつになるか分からないけど元気でね」  最後に先生が残していた文章をコピーさせてもらうと、ステイクは学校を後にした。遠ざかっていく学校からは懐かしさと温かさ、それに得体の知れない何かを感じていた。  その日もキャンプ場へ行くと、ステイクは貸しテントを借り、一人夜を過ごした。今は誰もいない所で時間を過ごしたい。昼間に先生が話をしてくれたことが気にかかっていた。  授業中、教室は二階だというのに窓の向こうに人が立っていると叫んだり、水道から血が流れていると言ったり、鶏小屋で鶏の生首が並んでいると言い、震えていたりしていたらしいのだ。身に覚えは無かったが、両親や学校の人はホラー映画やテレビ、本の影響だろうと言うことで病院のセラピーを受けさせていたという。それは単に、子供の頃の多感な時期に映画や本の影響を受けてしまったものなのだろうか。それともその時の何かをきっかけにこの力に目覚めたのだろうか。しかし今は過去のことよりも現在の力の変化を気にしないと。 「……気分転換の為に休暇を取ったのに、つい力のことを考えてしまうな。今日はもう休もう」  今日の出来事をメモ帳に残すと、ステイクは毛布に包まって眠りについた。  翌日は動物園や植物園、水族館などに足を向けた。動物霊は人間霊のようにメッセージを送ってくることもない。ただ、そこにいることは分かるが特にこちらに何か興味を持つようなそぶりも見せず、そこにじっとしているだけだった。もちろん、ステイクも意識して見ないようにはしていたが。相手に気づかれてしまうと動物霊といえども何をするかわかったものではないからだ。  そして夕方になると、ステイクは久しぶりに自分のアパートに戻った。部屋掃除は済ませていたので、アパートに着くと水を一口飲んだ後、テレビで最近のニュースを確認する。テレビにも飽きてくると、次に行く場所を考えていた。〈あの病院〉へ行ってみよう。先生から聞いた、セラピーで通っていたという病院へ。どこのなんという病院かは見当がつかなかったが、自分の荷物の中から情報が得られるだろう。部屋の隅に積み重なっているダンボールを一つ一つ開け始めた。確か、子供の頃の道具も一人暮しをする時に持ってきていたはずだ。  そして三時間ほどたち、探すのをあきらめようとしていた頃にようやく一枚のカードを見つけることが出来た。病院の診察券だ。表面には当時の年月日が、裏面には〈○○病院‐精神科〉のスタンプが押してある。明日はこの病院だ。ステイクはダンボール箱を散らかしたまま、そのまま横になって眠りについた。  電車に乗り、アパートから二時間ほどの距離。ステイクは再びあの町に着いた。昨日見つけた診察券に載っている住所を頼りに歩いていく。道は分かりやすい一本道だったが、全く記憶にない道だった。昔、この道を使ったことはあるはずなのに。  病院はあるにはあったが、たいした情報を得ることはできなかった。十年以上も前の資料はほとんどが倉庫にしまわれ、重要なものだけが取り出せるようになっている。ステイクの場合はよくある幼年期、少年期の精神的ノイローゼと言うことで片付けられており、たとえステイク本人が要求したとしても病院側は簡単には見せることはできないという。 「たとえば裁判で使用する、再診断を受けたいという明確な理由があり、保証人の名前を上げてもらうなどしてもらわないと情報を提供することはできません」  そのように言われると、ステイクはそこまでして過去の情報を得たいとも思っていなかったので、調べるのは断念した。  病院を出ると空を仰ぐ。天気はよく、雲が僅かに散らばっているだけだ。駅までの道をのんびりと歩き出すと、後ろから腕をつかまれた。 (待って。遊んでくれるんでしょ?)  後ろを振り返ると、そこには幼稚園くらいの少年がステイクの顔を見上げている。すぐにその少年がこの世のものではないと感じた。地面には影がなかった。 「……ごめん、遊んであげられないよ。君は他に行く所があるだろう?」 (そんな。ずっと前、また遊ぼうって約束してくれたのを忘れたの、ステイク?)  少年はステイクの名前を口にした。ステイクは不思議とこの少年から恐怖は感じず、懐かしさを感じて普通に話しをすることができていた。しかしこの少年は誰だろう? 「君は多分、いつまでもここにいたらいけないんだ。分かるよね。……ええと、君の名は確か」  少年はせかすようにステイクの腕を引っ張り続けていた。 (僕はアースだよ。そんなことより早く行こうよ。そうしないとまたあの人が来ちゃうよ。ステイクは〝あの人〟が嫌いだったじゃないか。駄目だよ、もう時間がない。僕、もう行くね。ステイクも早く行ったほうがいいよ。ほら、気配がしてきた……)  少年はステイクの腕を引っ張るのをやめると後ろを振り返り、恐怖に身をすくめたかと思うとすっと消えた。  アース……。記憶のどこかに覚えている名前。しかし今はすぐに思い出せない。それと〝あの人〟の存在。これも思い出すことはできないが、それが怖い存在というのは体が覚えていた。体中に鳥肌が立っているのを感じた。ステイクは辺りも気にせず駅まで一気に走り出した。……怖い。何かが近づいてくる……!  アパートへ戻ると、先日引っ掻き回した子供の頃の荷物に目を通し始めた。何を探しているのかも分からなかったが、絶対にこの中に秘密はあると確信していた。  そしてある程度荷物をかき回しているうちに、昔の記憶が呼び覚まされていった。子供の頃の〈心の友達〉アース。他愛もない架空の人物を作り上げ、その相手とおしゃべりをする。よく小さい子供が人形やぬいぐるみに名前をつけて話しかけるのと同じだ。ステイクはすぐそばにアースという友達がいて、ずいぶん小さい頃から一緒に遊んでいたのだ。その名前や、子供らしい落書きの似顔絵が、子供の頃の教科書、ノートに書かれていた。  そうだ、こんな大事な友達のことを忘れていたなんて……。しかしアースに会わなくなったのはいつからだろう。おそらくジュニアハイスクール一、二年には会わなくなっていたに違いない。それから年月も経ち、ハイスクールへ通うようになり引越しをし、社会人になって一人暮らしをはじめ、ますます故郷からは遠ざかっていた。ステイク自身は忘れていたが、アースはステイクのことを覚えていたのだ。それはつまり、ステイクの空想上の人物ではなかったということなのだろうか。〈アースは霊という存在だった〉そのようには考えられないだろうか。  もう一度確かめなくては。  正午をとっくに過ぎ、辺りは涼しくなり始めている。再びあの町の駅に立ったステイクは、病院への道を歩き出した。しばらく歩いていくと、そこにアースの姿が見えた。もう会えないのでは、と少し不安だったが、その姿を見るとほっとして近付く。 「アース。まだここにいたんだね。少し思い出したよ。僕はよく君と遊んでいたんだ」  しかしアースは返事をせずにしゃがみこんでいるままだった。ステイクはかまわずに話を続ける。 「あれからもう十年以上も経っているからね。でも君のことを思い出せてなんだか嬉しいんだ。どんなことをして遊んだかとかはまだ思い出せないけど、きっと楽しかったんだろうな。……アース?」 (もう駄目だよ。ステイク。君はもう僕と遊ぶことはできない。年を取っているし、〝あの人〟に目をつけられているんだから)  ようやく振り返ったアースの顔は悲しみに包まれていた。ステイクはしゃがみこむとアースの肩に手をかけた。すり抜けてしまうのかと心配だったがしっかりとつかむことができた。体温のない、物体を触るような感触。 「……あ、そうだった。君がいてくれたから、〝あの人〟の手から逃れることが出来ていたんだ。悪意を持った〝あの人〟から……」 (そこまで思い出してくれたんだ。でも、もう遅いんだよ、ステイク。君がいったん、僕と遊べないと言ってしまった瞬間から、僕は君を守ることが出来なくなった。〝あの人〟からも接触できる存在になってしまったんだ。だから今までは〝あの人〟が見えてもステイクに害は起きなかったんだよ。でもステイクが僕のことを忘れ、僕と遊ぶという約束も忘れてしまった今では、僕は何も出来ないんだ……)  そういってステイクに正面を向いたアースは体が透き通っていた。すでに足は見えず、舗装された道路が腰の辺りに見えている。 「アース、これはどういうことなんだい? まさか〝あの人〟に何かされたんじゃ」  アースは首を横に振ると笑顔を見せた。 (違うよ。天国に呼ばれているんだ。ここでやり残したことがなくなり、僕に未練はなくなったんだ。……それは友達を持って一緒に遊びまわること、その友達のために何かしてあげること。僕は十分ステイクと遊べて楽しかったよ。もう遊ぶこともなくなって、今度はステイクに危機を教えることもできた。あとはこの世にいるステイク自身ががんばって……)  今では首から上だけになったアースが一度後ろを振り返った。ステイクはそれまで気がつかなかったが、そこには半透明の中年の男性の姿が見えた。アースとのやり取りをじっと見ている。 「待ってくれ、アース。危機っていったい……。〝あの人〟って?」 (……ステイクは分かっているよね? よくお化けとかモンスターとか言ってたじゃないか。他の人ってそういう存在なんだよ。今までは〈見える〉だけだったと思うけど、僕の力が弱くなり、僕がいなくなってしまったら今度は〈聞こえる〉ようになるし、〈触れて〉くるようにもなるよ。それに負けないで)  ステイクが触れていたアースの頬の感触が消えた。アースはついにその姿を消してしまった。アースの言っていたこと。ステイクは理解していた。自分だけではどうしようもならなかったお化けの類の存在。アースは同じ霊的な存在だったが、ステイクとは友達同士だった。アースは自分と同じ存在に対しての対処法は十分すぎるほど知っていたので、昔から友達のステイクを助けてくれていたのだ。 「ありがとう、アース。君のことはもう忘れないよ……」  空を仰いでそうつぶやいた。視線を道に戻すと、先ほどの半透明だった男はステイクだけに分かる実体を持ち、こちらに向かってくる。 (話しが済んだか。今度は俺らに付き合ってもらおうか) 「君はここにいてはいけない。自分のいるべき場所に帰るんだ」 (うるさい! 肉体を持つお前が俺らにとってどれほど貴重で、憎くて、手に入れたいものかが分からんのか!)  恐ろしい声にステイクは耳を塞いだ。もちろん通りすがりの人には男の姿は見えず、ステイク一人が苦しんでいるようにしか映らない。 「おい、そこの人! 危ないぞ!」  突然男が叫んでいた。ステイクはそちらを見ると、道路向かいの道にいる男がステイクの頭上を指差している。上を見ると、ビルから突き出ている看板が風に揺られてふらふらとしている。接続部分が朽ちている、と確認した時、看板は風によるゆれに耐え切れず、道路に向かって落下した。とっさに走り出すとステイクは足がもつれてその場に倒れていた。次の瞬間ものすごい衝撃と看板の砕け散る音が耳に入った。土ぼこりから目を守ってようやくその場を確認すると、落下した看板はステイクにあと五十センチという距離だった。あの男の姿は消えていたが、ステイクの足には泥の手形が残っていた。……この手につかまれ、逃げ切れずに倒れてしまったのだ。  アースの言葉にステイクは恐怖を感じていた。これからこの身に何度となく訪れるであろう危機に。

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