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   選ばれた者達    No.12    呪われた血統、ウェルディナ 3/3  それからもパトリックの訪問は続いていた。ウェルディナはあまり乗り気ではなかったが、夕食を誘ってもらった日以降もパトリックの案内でヘルゴトをたまに見学するようになっていた。  ミライザもマイアードもすっかりパトリックに慣れていて、挨拶も交わすようになっていた。 「あ、パトリックさん。今日も来たんだね」 「マイアード君か。こんにちは」 「パトリックさんこんにちは。今はウェルディナ姉さんは仕事で家にはいないよ」 「こんにちは、ミライザちゃん。そうだったんだ。じゃあまた来るよ。これ、駅前で買ってきたクッキーなんだ。よかったら四人で食べてくれないかな」 「ありがとうございますパトリックさん。ウェルディナ姉さんに伝えておきます」  そんな調子で日々は過ぎていたが、イエットだけはパトリックになじむことが出来なかった。  ある日、ウェルディナは仕事で、ミライザは学校の用事で遅くなり、家にはイエットとマイアードしかいない時、イエットは弟に相談していた。 「なあ。最近のパトリックの行動ってどう思う?」 「どうって、とても優しいお兄ちゃんって雰囲気だと思うけど? 僕達にも声をかけてくれるし、ウェルディナお姉ちゃんも悪い気はしてないんじゃない?」  マイアードは不思議そうに兄に答えた。 「そうなんだよ。パトリックの奴、優しすぎるんだよ。何か裏がある」 「イエットお兄ちゃんは心配しすぎだよ」  イエットは自分の悪い予感をそのままにはしておけなかった。気のせいならいいのだが、もし何かあればウェルディナに悪いことが起こるかもしれない。 「実は、また〈予感〉がするんだ。あのよく当たる〈予感〉が」 「え、予感?」  二人の姉には話したことはなかったが、マイアードにはそのことを話していた。イエットは占いというか予感というか、かなりの高確率で物事を知ることが出来るのだ。それは集中して出来るものでもなく、意識して起こすこともできないが、不意にそれを感じることがあった。 「イエットお兄ちゃん、それでその予感って?」  神妙な面持ちでマイアードは尋ねる。イエットは低い声で答えた。 「パトリック、カーティス、それに社会福祉事業ヘルゴト。ウェルディナ姉さんに対して悪意を持っているんだ。何とかしないと近いうちに殺されてしまうかもしれない」 「こ、殺されるってそんな……」  イエットは冗談を言っている顔ではなかった。マイアードは非日常的なその言葉を聞いて唾を飲み込むと、次の言葉を待った。 「だけどこの予感はウェルディナ姉さんは知らないし、パトリック達も知らないから、俺だけなら動きやすい。マイアード、俺が留守にしている間は口裏を合わせてくれないか? お兄ちゃんはどこどこに行っているって、うまくごまかしてくれればいいんだ。どこへ行ったかわからない、じゃ、怪しまれるしな」 「で、でももし何かあったらイエットお兄ちゃんが危ないよ」  マイアードは心配になってそう言った。 「大丈夫だ。ただヘルゴトについてちょっと調べるだけだから。俺一人でパトリック達と正面から戦うわけじゃないし」 「う、うん。気をつけてね」 「ああ。じゃ、早速今日その施設に行ってくる。姉さん達には友達の家で勉強会をしているとでも言っといてくれ。八時には帰るよ」  イエットは言いたいことを言い終えると、家を後にした。  社会福祉事業ヘルゴト。その施設にイエットはたどり着いていた。身を隠しながら駐車場に入る。施設の入り口を見てみると、出入は自由のようだった。しかし自分のような十三、十四の年齢の人間が普通に入ったら目立つだろう。しばらく様子を見て、人の気配が無くなった頃に、素早く忍び込んだ。ウェルディナの説明した通りの間取りで礼拝堂が広がっている。その一つの座席の下にもぐりこんで様子を見ることにした。  三十分、一時間と時間が過ぎ、間接の節々が痛くなり始め、イエットの我慢も限界に近づいてきた頃、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「カーティス様。ただいま帰りました。例の女の件ですが、来週にもまたここへ招待することが出来ました」 「そうか。その時が決行の日だな。もう女のことを調べることもあるまい」  報告をしている男は声からパトリックと分かった。報告を受けている者は見たことが無かったが、ウェルディナの話と今のパトリックの態度から、支部長カーティスという男だろう。イエットは体中に寒気を感じながら話を聞いていた。 「今週中には新たな武器も到着するだろう。うまい具合にそれを試すことが出来そうだな。届くのが間に合わなかったら、今までの武器でやらねばならなかったからな」 「そうですね、カーティス様」  イエットは身震いしていた。今話している女とはウェルディナのことではないか? と。そんなことはさせない! 拳を強く握り締めてイエットは決意していた。その時。 「……ところで」  カーティスの声が低くなった。パトリックの返事は無い。イエットは何事かと、神経を集中して次の言葉を待った。 「そこに隠れているネズミ君。出てきたらどうだ?」  イエットは心臓が止まりそうになっていた。大丈夫だ。見つかっては無いはずだ。物音も立ててないし、体は完全に隠れている。 「カーティス様? ネズミなんていませんよ。ここはいつも我々で清潔にしているので」  パトリックの声が聞こえる。イエットは少しほっとしていた。本当にこの礼拝堂にネズミがいるのだろうと。しかし次の瞬間、イエットは首根っこを掴まれてカーティスの前に突き出されていた。背後には屈強な男が退路を立ちはだかっている。 「見つからないとでも思っていたのかね? 悪魔の子よ」 「……なんだ、その悪魔の子っていうのは?」  イエットは相手に負けないように睨み返していた。カーティスは懐から懐中時計のようなものを取り出した。そこには時計の針はなく、赤く輝く宝石がはまっていた。 「そうではないかと思っていたが、君も悪魔の子のようだ。この探知機が反応しているのでね。まあ、死んでいく君に詳しく説明することもないが、これは悪魔を見つける為の道具なんだよ。そしてヘルゴトは世界平和の為、悪魔を一掃する団体なのだ。分かるね? 世の中の悪がなくなれば世界は平和になる」 「何を言っているんだか分からない。なんで俺が悪って言うんだ?」  カーティスはイエットを見つめるとにやりと笑た。そして腰から銀のナイフを取り出す。イエットは恐怖に身がすくんでいた。 「……それは君がよく知っているだろう。君には悪魔の力が宿っている。我々普通の人間にはない悪魔の力が」  予知能力。イエットの頭にその考えがよぎった。まさかこの自分に備わっている力が悪魔の力? しかし次には、何かする前に屈強な男二人に両腕を押さえられていた。パトリックは目の前に来ると、ハンカチを口に詰め込んだ。 「ウ~、ウ~!」  言葉にならない声を出したが、礼拝堂にいる男達は異様だった。カーティスの持つ銀のナイフを見つめると、目の焦点も合わずにうつろになっている。 「我らが神ヘルゴトよ! あなたの名のもと、この罪深き悪魔の子を祓いたまえ!」  そして銀のナイフはまっすぐにイエットの心臓に突き立てられた。真っ赤な血が吹き出し、イエットの服を、カーティスの顔を濡らしていく。イエットは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。そして次第に力を失うと、礼拝堂の床に崩れ落ちてしまった。完全に動かなくなると、カーティスは銀のナイフを引き抜いた。近くにいた男の一人が厳かにそのナイフを受け取り、奥へと下がっていく。イエットを押さえつけていた二人の男はイエットを引きずるように部屋の奥、資料室のほうへ向かっていった。 「しかし意外だったな。私は悪魔の子はあの女だけかと思っていたが。もしかすると、あの家族は悪魔の家族なのかもしれん。パトリック。女の妹と弟にも注意を向けるんだ。出来ればここに来てもらえれば、私がこの探知機で調べることもできるが」 「分かりました。世界の平和の為、このパトリック期待にそえるようにがんばります」  礼拝堂は、今行なわれたことがまるで神聖なこととでもいうような静かな雰囲気を持っていた。  その夜、八時を過ぎ、九時になってもイエットは家には戻らなかった。イエットお兄ちゃんは友達の家に勉強会に行ってるよ、と言ったマイアードの言葉にウェルディナとミライザは納得し、これだけ遅いともしかしたら友達の家に泊まりになるのかもしれないと思っていた。 「イエットは普段はおとなしいけど、男の子だしね。友達と悪ふざけして遊ぶこともあるだろうね」 「ミライザ。遊びに行ってるわけじゃないんですよ? イエットは真面目だからきっと勉強に熱が入っているのよ」 「そ、そうだねお姉ちゃん」  マイアードは苦笑いでそう答えた。イエットに約束してしまったのだから話すことは出来ない。でもこれだけ帰りが遅いとなると心配になってしまう。  その日は夕食は三人でとることにし、早いうちにマイアードは自分の部屋の寝室に戻ってベッドにもぐりこんだ。しかしそこで眠るつもりはなかった。ダイニングと台所の物音に耳を澄まし、二人の姉の様子を探る。しばらくして物音がしなくなった。二人とも自分の部屋に戻ったのだろう。そっとベッドから降りると、ジャンバーを羽織ってゆっくりと部屋の扉を開けた。 「マイアード。こんな夜にお出かけかい?」 「ひゃ、ミライザお姉ちゃん?」  部屋の前にはミライザが待ち伏せしていた。腕を組んでマイアードを見つめている。 「今日はなんか様子がおかしかったからね。マイアード、隠しごとしてるんじゃないの?」 「……うーん、実は」  マイアードは観念して説明しだした。パトリックのこと、ヘルゴトのこと、そしてイエットの不思議な力のことを。マイアードはイエットの力のことは信じてもらえないと思っていたが、ミライザは真剣な表情だった。 「まさか、イエットにもう力が発動していたなんて……」 「どういうこと?」  ミライザは自分達家族の血のことを話した。呪われた血。ある程度の年齢になると、自分達一族には狼男や吸血鬼のような恐ろしい力が目覚めることを。しかしそれを制御していれば、日常生活で特に困ることもなく、実際にウェルディナと自分自身もちゃんとやっているということを。 「ミライザお姉ちゃん。じゃあ、僕にもその力があるってこと?」 「ああ、そうだろうね。でもマイアードに力が発動するのはまだまだ先だろう。問題はイエットの予知能力だよ。それがこの血によるものだとしたらマイアードの言った話しも信憑性が高い。迎えに行ってやらないと」 「ウェルディナお姉ちゃんはどうする?」  マイアードの質問にミライザはしばらく考えていたが、 「今日は黙っておこう。もしかしたら本当にパトリックさん達は悪い人じゃないのかもしれない。それに姉さんは最近楽しそうだろう? 姉さんに男の友達が出来るなんて今までなかったから、もう少し話すのは待とうよ。そうだね、今日イエットを連れ帰って、明日以降に話そう。今はまだいいよ」 「うん。わかった」  二人は頷くと、そっと家を後にした。  徒歩で数十分。結構な道を歩き続けると、二人は例のヘルゴトの施設にたどり着いた。あたりは真っ暗だが、施設からは明かりが洩れている。 「本当にここにイエットお兄ちゃんがいるのかな……」 「外からじゃなんとも言えないね。うまく入ることが出来ればいいんだけど」  ミライザはそう言って扉に手を触れた。扉はあっさりと開いてしまった。二人はとっさに近くの茂みに隠れ、様子を伺ったが、外からも中からも人の現れる気配はなかった。 「……行ってみようか」 「うん」  二人は慎重に施設に入っていく。床にはしみ一つない綺麗な礼拝堂。ウェルディナの言う通り清潔な空間だった。左奥には幹部の部屋、右奥には資料室があるはずだ。イエットが調べに来たというのなら資料室が怪しい。 「資料室から見てみようか」 「うん。気をつけようね」  ミライザを先頭にしてゆっくりと歩く。資料室の前に立つと聞き耳を立てた。中からはかすかに物音が聞こえてきた。何人かがそこにいるようだ。しかし何を話しているかは聞き取ることが出来なかった。仕方なくその場を離れると、今度は幹部の部屋の様子を見に行った。そこには誰もいなかった。 「おかしいね」 「うん。みんな資料室に行っているのかな……。あ、机の上にナイフが」  マイアードは恐ろしそうに机を指差した。そこには汚れ一つないぴかぴかの銀のナイフが置かれている。しかし。 「お、お姉ちゃん……足元!」 「えっ?」  ミライザが踏んでいた絨毯に、血の雫の跡があった。よく見ると鮮やかな赤で、まだつい最近の血のようだった。 「おやおや。困ったね。不法侵入者か?」  不意にかけられた声にはっとして二人が振り返ると、部屋の出入口に三人の男が立っていた。すぐにその後にもう一人の男が現れる。 「パトリックさん?」  ミライザ達の目に映ったのはあのパトリックだった。 「ミライザちゃんか。それにマイアード君も。こんな夜分にどうしたんだい? ウェルディナさんもここに来ているのかな」 「パトリックさん、悪い人なんだね?」  マイアードは強い口調になっていた。今、パトリックはイエットのことは聞いてこなかった。つまり、イエットは今どこにいるのか、どうなっているのかを知っているかもしれないのだ。 「パトリックさん、イエットお兄ちゃんはどこ?」  パトリックは困ったような顔をしていた。三人の男は二人に掴みかかろうと身構えている。 「イエット君か。うん、確かに知っているよ。先ほどここに来たからね。今は別の場所に行ってもらっているけど」 「……どこだ? どこにイエットを連れて行った?」  ミライザが怒りを抑えて尋ねると、パトリックは大きな声で答えた。 「決まっているだろう? 神の裁きを受け、あの世と呼ばれる場所にだよ!」  その大きな声が合図だというように、三人の男は飛び掛ってきた。マイアードは頭を抱えてうずくまる。 「助けて!」  一人の男が空中に吹き飛んでいた。二人目の男は絨毯の上に倒れている。ミライザが相手を投げ飛ばしていた。今は三人目の男を抑え付けている。ミライザが力を入れると、男の腕が奇妙な方向に捩れた。 「マイアード! ここを出るよ!」 「え? う、うん!」  マイアードは立ち上がるとミライザに続いて礼拝堂に向かった。しかしそこに出たところで二人は立ち止まってしまった。資料室から大勢の人影が、礼拝堂出口にも何人かの人間が立ちふさがっていたのだ。その人間達は次々に襲いかかってきた。 「ミライザお姉ちゃん!」 「大丈夫。私の力を見せてあげるよ」  目の前に来た男を殴りつけると、男は宙を舞って仲間達にぶつかる。ミライザはそれからも力を発揮して襲い掛かる相手をなぎ倒していった。 「そこまでだ」  厳格な声に、ミライザを襲っていた人間の動きが止まる。ミライザは声のした方を見てみると、そこには中年の男が立っている。 「見事な悪魔の力だ。その細腕からは信じられないよ。私がじきじきに祓らなければならないようだ。そう、イエット君と同じように」  この男がカーティスだろう。そう思った途端にミライザは背後から衝撃を受けた。腹部を見ると、矢が突き出ている。振り返ると先ほどのパトリックが弓矢を放っていたのだった。矢は銀で出来ていた。 「う、そ、そんな……」  ミライザはゆっくりと膝を着いた。 「よくやったパトリック。この礼拝堂で銃器を使うと建物が傷んでしまうからね」  カーティスはそういってゆっくりとミライザに近づく。足でミライザを仰向けにした。もう死んでいるのかと思っていたのだろう。ミライザは急に立ち上がると、カーティスの腕を掴んだ。 「よくも、イエットを!」 「悲しむことはない。君もすぐに会いに行けるのだから」  カーティスは手をミライザの額にかざした。炎が巻き上がり、焼け付くような衝撃がミライザを襲った。短い悲鳴と共に、ミライザは再び倒れた。顔面からは物が燃えた後のように煙が立ち込めている。 「さあ、次は君の番だ。君からは悪魔の力が感じられないが、この兄弟だったら力が眠っていることも考えられるのでね。今のうちに悪魔の子の芽を摘んでおくというのも、神ヘルゴトの意思なのだよ」 「や、やめて!」  マイアードはカーティスに背を向けると逃げ出した。しかしすぐにつかまってしまう。パトリックがマイアードをしっかりと抑え付けていた。 「我らが神ヘルゴトよ! 悪魔の力を秘めしこの少年の魂を祓いたまえ!」  カーティスは別の男が用意した銀の剣を持っていた。抑え付けられているマイアードの横に立つと、銀の剣を薙ぎ払った。  ごとん、ごとんという音が礼拝堂に響く。マイアードは悲鳴を上げる間もなく首を切断されていた。噴水のように血が吹き出し、辺り一面を赤く染め上げる。パトリックの服を握り締めていた両腕は閉じたままだった。パトリックはうっとうしいマイアードの体をもぎ取った。 「気味の悪い子供だな。……ちっ、服のボタンが取れちまった」  マイアードが握りしめていたせいで、パトリックの服のボタンが一つちぎられている。マイアードの手をこじ開けてみるが、ボタンは握られていない。どこか足元に落ちているのではと思ったが、見つけることは出来なかった。 「どうした、パトリック?」 「いえ、なんでもありません。それにしてもこんな早く三人を祓うことが出来るなんて、考えられませんでしたね」 「ああ。あとはあの女を祓えばこの地域一体はしばらくは平和になるだろう」  カーティスが満足そうに言うなか、ヘルゴトの人間達は新たな二人の躯を片付け始めた。

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