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   選ばれた者達    No.14    バクスディと二つの組織 2/3  悪寒に震えながら、バクスディは身を起こした。シャワーの後、濡れたままの体で横になりそのまま眠ってしまったのがよくなかったようだ。鼻がぐずぐずといっている。  時計を見ると朝の八時。まだ早すぎる時間だったが、バクスディは着替えると軽く食事をとって部屋を出た。適当な場所をうろつき、時間になったらクライアントの元に出向くつもりだった。最寄り駅の商店街でだらだらと時間を過ごす。電気屋の前でテレビがニュースを報じている。何となくそれを見てみると、丁度、昨日の事件についてのニュースが流れているところだった。 「……で、爆発事件があったミスター・ケーブル氏ですが、現在は行方不明になっている模様です。屋敷は爆発事故がおきたにしては比較的損壊が少なく、関係者達は復旧作業を行っている模様です。では関係者のインタビューです」 「確かに雇っている人間の中から死傷者は出ていますが、ケーブルさんはその場にいなかったので無事ですよ」 「我々に連絡はありませんが、身の安全を考えてどこか別の場所にでも避難しているんでしょう」  ケーブル・アイのボランティア活動の知人と紹介された人物がテレビカメラに向かってそう話している。バクスディはそれはそれでいいと考えていた。おそらく、ケーブル・アイの遺体はどこかに隠されたか、既に埋葬されているのかもしれない。ケーブル・アイの死によって裏の世界では少なからず動きが出てくるだろうから。しかし本当に死んだというのを知っているのはケーブル・アイの一味とバクスディ、バクスディに仕事を依頼したクライアントだけだろう。しばらくはケーブル・アイの死は隠され続けるだろう。  すると不意に肩を叩かれた。驚いてそちらを向くと、知らない男が同じようにテレビを見つめていた。 「なあ、あんちゃん。おっかねえなあ。ボランティア活動をしている、善人の固まりのような人間でも狙われることもあるんだなあ。善人も駄目、悪人も駄目。人間はおとなしくしてないといつ殺されるかわからねえよ」 「……そうだな」  バクスディは適当に返答をするとその場を立ち去った。相手の男は浮浪者だった。  そして正午。バクスディは約束の場所の駅へ向かい、指定された人気の少ない公園に数分前に到着した。読むことも無い新聞を広げて日向ぼっこをしている風を装い、通りかかる人を眺めていた。天気はよく、暖かい風が吹いている。平和な公園にはバクスディもこれから現れるクライアントも不似合いだ。新聞を何ページかめくっていると、一人の男が現れ、太陽の光をさえぎった。太陽に慣れていた目は、新聞の字が読めなくなっている。 「ここ、座っていいかね?」 「どうぞ」  バクスディはちらりと相手を見た後ぶっきらぼうに返答した。帽子を深く被った男は横に座ると胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。体に悪そうな灰色の煙が口と鼻から吹き出される。 「……いい働きだったよ。君に任せて正解だった」 「……どうも」  男はしばらくタバコをふかしていたが、足元に置いていた小さなカバンを持ち上げると膝の上に乗せ、ゆっくりと開いた。そこには外側を新聞紙で包み、中身を隠している札束が詰め込まれている。バクスディがちらりとそちらを振り向くと、男はその中の一つをとり、包装を破いて見せた。本物の紙幣のようだ。 「では報酬を渡そう」  三つの札束を取り出すと周りから見えないようにバクスディと新聞の間に忍ばせる。バクスディは片手で新聞を持つと、その報酬を受け取った。男は満足そうにそれを見ている。 「……ではこれでこの件は終わりだ。君がよければまだ仕事があるんだがね」 「俺はこれでしばらく休みを取らせてもらう」  バクスディは受け取った金の入ったジャケットの胸をポンポンと叩いた。男は何を考えているか分からない目で空を眺めている。 「次の仕事は楽なもんだよ。ケーブル・アイに比べたらほんの小物だ。まあ、報酬は今の三分の一程度だが、君の言う休暇に影響を与えることはない。もう少し小遣いを稼いでから休暇をとるのもいいだろう」  バクスディの返事を待たずに男は今度は一枚の写真を取り出した。麻薬中毒者らしいうつろな血走った目。血色の悪い唇。確かにケーブル・アイと比べると、とても大物のようには見えない。 「こいつはある組織からヤクを持って逃げ回っている〈サマーズ〉という男だ。こいつ自体はたいしたことが無いんだが、こいつが持っているヤクが警察なんかに見つかると厄介なんでね。ある組織は血眼になって行方を追っているというんだ。私がその話を聞いたのは二、三日前。その時にこの町に来る様な気配があったので、君の力も借りたいんだよ」 「それなら俺なんかが出るまでもなさそうですね。あなたの部下で十分に探せるでしょう。この男は力もなさそうに見えますし」  クライアントは無感情のまま空を見上げている。口からは途切れること無く煙が吐き出されていた。 「それがね、そうともいえんのだよ。麻薬中毒のせいかは知らないが、五感が研ぎ澄まされているというか、魔物がとり憑いたというのか。私の部下もこの男を追ってまだ二、三日だというのにもう五人。五人も病院送りにさせられてしまった」 「この男がそれをやったと?」  バクスディは少し信じられなかった。確かにこの写真だけでは体つきがどうかというところまでは分からない。しかし顔を見る限りではたくましい男には見えず、もやしのような体を連想していたからだ。 「それは間違いない。幸い死人は出ていないので、当事者から確認をとることが出来たのでね。この男の腕力は万力のようだったと言っていた。細い腕からは想像できないほどの怪力で、部下の一人は肩から右腕をもぎ取られていたんだ」  バクスディはその言葉を聞いて軽く驚いた。麻薬のやりすぎで痛みを感じなくなることはあるかもしれないが、力をそれほど持つことは出来るのだろうか、と。しかし脅しのようなその言葉を聞いても自分が負ける気はしなかった。少々厄介な相手になるかもしれないという程度の感想である。 「それで、警察などに公けになる前に早く捕まえようと考えているのだよ。今度は私の部下も作戦に参加する。前金でまずこれだけを渡そう」  男はそういうと、札束の金を半分渡した。 「もしお前がこの男を捕らえることができたらもう半分を渡そう。私の部下がこの男を捕らえたとしても、前金は返却しなくて結構だよ。極端な話、お前は協力しているふりをしている気分でいてもいいのだ」  クライアントは気を楽に、とでもいうように笑っていた。 「分かりました。協力しましょう。でもせっかく仕事をするのならベストを尽くしますよ。報酬の残り半分ももらえるように」 「よし、これで商談成立だな。期待しているよ。期限は一週間ほど。明日になったらここに連絡してくれ。詳しい状況を説明する必要があるからな」  クライアントは立ち上がると一枚の紙に電話番号を書き始めた。昨日までのとは違う番号である。それをバクスディに渡すと、タバコを足元に落とし、火を踏み消した。そしてもうバクスディとは赤の他人のような足取りでその場から立ち去っていった。  バクスディはしばらくその場で新聞を読んでいた。  新聞を読み終わると立ち上がり、くずかごに新聞を投げ入れる。懐にしまっている報酬と、次の仕事の相手、クライアントの連絡先のメモを確認した。途中、銀行に寄り、懐にしまいきれない金を預ける。ファーストフードで軽く食事を摂ると、その日は本屋やゲームセンターに足を運んで時間を潰した。  翌日、バクスディは普段通りに目が覚め、コーヒーを飲んでいた。飲み終わったコーヒーのカップを大雑把に洗うと、部屋を出た。数分歩き、人気の少ない場所にある公衆電話に向かう。小銭を取り出すと昨日もらったメモの番号に電話をかけた。何度か呼び出し音が流れる。相手はなかなか電話には出てこなかった。 「……」  呼び出し音が二十回を超えたあたりでバクスディはいらだち始めていた。何故すぐに出ないんだ? この番号は違うのではないか? と。だがこの番号は自分でメモをしたものではなく、クライアントが書いたものなので間違えているなどありえるのだろうか?  三十回目の呼び出し音が響き、そろそろ電話を切ってしまおうとした時、かちゃりという音が耳に入った。 「……誰だ」  喉のかすれた男の声。バクスディの電話の向こうで、一人の男がそう尋ねてきた。昨日のクライアント本人ではないようだ。 「昨日、仕事を依頼されたものだが。これからの予定を聞きたいんだが」  しばらくの沈黙。バクスディは電話の向こうで何が起きているのかが全くわからなかった。 「……そうか。キサマか。キサマが俺の親父を殺ったんだな!」  声に緊張感が増していく。バクスディはぞっとした。相手は誰なんだ? 一体何が起きようとしているんだ? 「……お前の場所はわかったぞ。今すぐそこへ行ってやるからな」  バクスディにそう吐き棄てると、電話は切れてしまった。バクスディはゆっくりと受話器を元に戻し、あたりを見渡した。人一人歩くことの無い寂れた道。たまに車が目の前を過ぎ去っていくだけの何も無い場所。しかし相手の声は嘘をついているものではなかった。 「ここへ来る、だと?」  バクスディは悪態をついていた。ここは自宅から徒歩十分ほどの場所だ。面倒でも電車を使って別の場所から連絡を取ればよかったと。しかし公衆電話では長く話をしていなかったし、逆探知されているということもないだろう。そこでしばらく様子を見ることにした。下手に慌てて自宅に戻り、住所が何者かに知られてしまうのはいいことにはならないだろう。  五分後、何も現れないことに拍子抜けしていると、バクスディは自宅に戻り始めた。緊張をしていた自分が間抜けに見えてきたからだ。青い空、暖かい太陽の下で誰がくるかも分からずにその相手に怯えている。しかしそれも五分も立てば何事も無かったのだと思えるようになっていた。  しかし、それはそんな時にやってきた。  帰路に向かう途中、曲がり角を曲がると、そこに男がうずくまっていたのだ。茶色い色のコート。同じ茶色の帽子をかぶり顔の表情は見ることが出来ない。しかし、その殺意のような気配だけはひしひしと感じることが出来た。負の気配。まるでそこだけ凍てついた空気が固まっているかのような。バクスディは手前で足を止めると、男はゆっくりと立ち上がった。 「……バクスディというのか。もう逃げられんぞ」 「お前は、誰だ? 俺はお前のことは知らないが……」  言うが早いか、茶色のコートの男はそこから姿を消していた。唖然としていると首筋に生暖かい空気がかかる。 「マヌケな奴だ。対した力もなさそうな優男だな」  とっさに飛び退くと、バクスディの今いた首の部分に男の腕が振り下ろされるところだった。風を切る音が聞こえる。その動作でコートがばさりと開いた。コートの下はジーンズに黄色いTシャツ。それだけだった。武器も何も持っておらず、体つきはおよそ先ほどの運動神経を見せたとは到底言いがたい貧弱なものだった。サマーズ。バクスディはこの男が昨日クライアントが依頼した相手だと悟った。まさか、本人が姿を見せるとは。 「……驚いたな。サマーズ、お前がじきじきに出てくるとは。クライアントとお前はグルだったのか?」 「何をごちゃごちゃ言ってやがる? お前に余裕なんて無いんだぜ?」  バクスディは十分に距離をとって男と対峙した。すると足元がふらふらとなり、地面に膝を落としてしまった。……何が起きている? 多少ふらふらする頭に手をつけると、ぬるりとしたものを感じた。血だ。後頭部から血が流れていた。先ほど確かに男の攻撃をかわしたと思ったのだが、男の爪が頭をかすっていたのだ。 「俺の獣の血から逃げることはできんぞ。ここまでこれたのも電話からキサマの匂いを追ってきたのだからな」  男はにやりと笑っている。写真の顔は青白かったが、目の前にいる実際の顔は青白さに不潔を加えたもののようだった。無精ひげに、泥のついたような頬。  再び男が襲い掛かってくる。今度はバクスディは両手を前に出して防御の姿勢をとった。男は構わずに体当たりを仕掛けてきた。持ちこたえられると思っていたが、バクスディは男に体当たりを受けると勢いよく吹き飛ばされていた。横にある木にしたたかに体を打ち付けていた。意識が朦朧としてくる。男はさらに凶暴性を見せて襲いかかろうとしていた。相手に気づかれないように地面に付いた手を握り締め、もう片手では落ちていた木の枝を拾った。 「さあ、来いよ」  男はいきり立ってバクスディに突っ込んでくる。すかさず地面で握り締めていた手を相手に向かって開いた。砂が男の顔めがけて降りかかる。途端に爆竹でも鳴らしたかのような騒々しい火薬音が響いた。男は驚いてその目潰しの砂にうろたえている。 「な、なんだ、これは?」 「おっと、まだだぜ」  バクスディは相手が次の行動をとる前に一歩近付いていた。そして木の枝をバットを振るように男の頭に叩き付けた。爆発が起こり、あたりは煙に包まれていた。木の枝は粉みじんになり、男は地面に突っ伏していた。 「さすがに気絶したか。しかしこいつは一体何だったんだ?」  バクスディは煙が引いてくると、足元の茶色いコートを慎重に足で突っついた。  コートはもぬけの殻だった。 「俺の力を侮っていたな……」  バクスディの背後から不気味な声がかけられた。

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