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   選ばれた者達    No.17    クアンと不思議なお友達 2/3  視線を感じる。夢うつつの中、僅かに開いた扉の向こうの廊下から何かがこちらを見ているような気配を感じる。  クアンは夜中に目が覚めていた。特に寝苦しいというわけでもなかったが、ふと意識を取り戻していた。すぐには寝付けそうになかったので、キッチンに向かうと冷蔵庫から牛乳を取り出し、ポットに移して温め始める。その間にトイレを済ませ、再びキッチンに戻った。ホットミルクをコップに移すと、蜂蜜を数滴垂らしてゆっくりと飲んだ。 「明日も仕事だから、これを飲んだらすぐに眠らないとね」  冷蔵庫に引っ掛けてあるブタのミトンは、レクイヤの姿を見つめながらその言葉を聞いていた。 「……クアン」 「え、何?」  クアンは言葉を聞くとブタのミトンに振り返った。無表情なその様子からは何も読み取れない。次の言葉を待つしかなかった。 「やっぱりいいよ。おやすみ」  静かな夜中だから聞こえる程度のとても小さな声で、ブタのミトンはそう返事をした。 「どうしたの? おかしいわね。まあいいわ、おやすみ」  クアンは立ち上がるとブタのミトンの頭を軽く撫で、ホットミルクのコップをさっと洗うと再びベッドに戻った。程よく体が温まり、今度はゆっくり眠れそうだ……。  いつものように仕事をこなし、いつものように帰宅する。エリザの夢を見てから数日は何事もなく日々が過ぎていた。不安な気持ちが消えることはなかったが、あまり神経質に考えなくてもいいのかという気持ちになっていた。  そして週末の休日。クアンは洗濯物を片付けて一息つくと、壁掛け時計に目を向ける。ふと、今の時間、家では何をしているのだろうかと考えが浮かんだ。電話機へ向かうと、実家へ電話をかけてみる。 「お母さん、久しぶり」  一声で母親は娘からの電話だと分かり、優しい声で話し出した。 「ああ、クアンね。元気でやってる?」 「うん。お母さんも元気?」  そんな他愛のない挨拶から近況報告などをする。電話のコードを指でもてあそびながらしばらく話し続けると、クアンは人形のエリザのことを思い出した。 「あ、そういえば、この前夢を見たんだ」 「え、どんな夢なの?」 「うん。私、昔すごい仲良しだった人形がいたでしょ? フランス人形の。その子と遊んでいる夢。あの人形、親戚の人にあげちゃったっていってたけど、今どうしてるかな?」 「……忘れなさい、人形のことなんて」  母親は急に重い口調になっていた。クアンは訳が分からなかった。何か嫌なことでもいってしまったのだろうか? 「おかあさん? どうしたの。私、何かいけないことでも言ったかしら?」 「そうじゃないよ。これも虫の知らせっていうのかしらねえ。丁度一週間前、その人形をあげた家族がなくなったのよ。火事にあってね。あなたはそっちで忙しそうだったから、私とお父さんとでお葬式には顔を出したわ」 「そうだったの……。私、全然知らなかったけど、親戚の人って誰なの?」  自分の知っている親戚の名前が出ることを不安に感じながら受話器を握り締め、母親の返事を待っていた。 「あの頃はあなた、人形を手放したくないからって随分ぐずっていたからね。『よく知っている人の家に行くんだよ』って言い聞かせていたけど、本当はある保育園に寄付したんだよ。そこから、園児の誰かが引き取ったから、あなたは知らない人になるわね」 「そう……」 「……残念だけど、その家族は全員亡くなってしまったわ。遺留品もほとんどなく、みんな焼けてしまったそうなの。……今日は土曜日で明日もお休みよね?」 「え? そうだけど」 「明日ももう一度その家に伺うことになっているの。保育園関係の方と一緒にね。良かったら一緒に行きましょうか?」 「……そうね。私、休みだし行ってみるわ。お母さんの顔も見たいし。じゃあ、明日の正午くらいに家に帰るわ」 「わかったわ。待ってるわよ。気をつけていらっしゃい」  そういうと、受話器の向こうで母親が受話器を戻すチンという音が聞こえた。クアンはゆっくりと受話器を置き、天井を見上げていた。  悲しかった。あのエリザが今はもういない。それも火事になって焼けてしまった。かわいそうな最後だと思うと、クアンはエリザの魂を静めるよう、一人祈りをささげていた。  その日は早く夕食を取り、シャワーを浴びて身体を休めることにした。  翌日、早朝に目が覚めると、クアンは出かける支度を始めた。途中、駅前の商店街に寄り、お土産のお菓子を買う。買い物を済ませると、電車に乗り込んだ。  二時間ほど電車に揺られると、クアンは駅に降り立ち、バス停に並んだ。実家はここから更に三十分ほど奥まった場所にあるのだ。杖を持った老人。井戸端会議をしている三人の主婦。クアンの他に並んでいるものはそれくらいで、アパートからちょっと遠乗りした程度でそこにはもう田舎の雰囲気が出ていた。  目的地に着いたクアンは、バス停からのんびりと家に向かって歩いていった。懐かしい道並み。懐かしい家々。庭の広い一軒家。クアンはそこに立ち止まった。一人暮らしのため都会に出て行ってから変わらない実家がそこにあった。  玄関に向かうと、呼び鈴を鳴らした。しばらくして家の中から足音が近づいてくるのが分かった。 「久しぶり。よく帰ってきたねえ」 「ただいま、お母さん」  軽く身体を抱きしめると、クアンは久しぶりの家の中に入った。母親はお茶を用意する為にキッチンへ向かっている。一人ダイニングに向かい、椅子に座ると、お茶菓子を肩掛けカバンから出してテーブルに乗せた。  母親がお茶を用意すると、お茶菓子をつまみながら二人は話しをした。 「後三十分くらいしたら行きましょうか」  母親は時計を見るとそういった。クアンは頷いた。  三十分後、他の保育園関係の人とも合流し、火事で亡くなった家族の家に向かった。消防署の処理はすっかり済んでおり、元、家が建っていた場所は今では広い空き地となっていて、少し離れた所に雨避けの簡易倉庫のようなものが設置されていた。一部の遺留品がそこにまだ残されている。  クアンと母親は花を添えると、焼け残った場所にしばらく残っていた。 「お人形をもらったここの子はあなたより五歳年下だったそうよ。もう人形遊びもしなくなってあの人形はずっと物置に入れっぱなしだと聞いたことがあるわ」 「そう。ここの家族も、エリザも可愛そう……。ねえお母さん、ここって周りの家から結構離れているけど、火事ってどんな様子だったの?」  母親はしばらく重い表情をしていたが、何かを見つめるようにして話しだした。 「油物の料理をしていて、ちょっと目を離した隙に火が燃え広がってしまったらしいわ。火の回りが早くて誰も逃げる時間も無かったんですって」  母親はそういうと他の主婦の一団の会話に入っていった。クアンは燃え落ちた家を見た後、遺留品がおかれている倉庫に足を向けた。引き出しやテレビ、洗濯機や冷蔵庫といった大きな家具類がそこに無造作に置かれている。ふと、白い冷蔵庫に目がいった。扉の部分に何かが焼け焦げて張り付いている。始め、冷蔵庫にひびが入っているのかと思ったが、その黒い亀裂と思っていたものは衣服が焦げて張り付いたものだった。そしてその黒い衣服には小さな手形の光沢があった。……プラスチックが溶けて張り付いていた。 「……エリザだ」  エリザだと確信できる証拠は無いのだが、何故かそうだと確信を持ち、クアンは涙がこみ上げてきた。もちろん、見知らぬ家族全員が死んだことも悲しかったが、自分の知っている、子供の頃にすごく好きだった人形が火事によってなくなってしまったと改めて実感してしまうと涙が溢れるのだった。クアンは遺留品置き場から立ち上がると、母親の元へ向かった。母親はもうしばらく他の人達と話しをしていると言ったので、クアンはその場で待つことにした。空を見上げると天気が悪い。あと少ししたら雨が降ってきそうだ。傘は持ってはいなかったので、クアンと母親達は先ほどの遺留品置き場に非難していた。母親の話だと今日は夕方から雨になるそうだ。歩いている途中で雨が降り始めても困るので、クアン達はタクシーを待つことにした。  数分すると一台のタクシーが近づいてきた。主婦の一人が手を上げてそれを止める。他の三人が頭を下げながらタクシーに乗り込んだ。タクシーを止めた主婦が最後に助手席に座ると、第一陣の車は道路に吸い込まれるように消えていった。  それから更に五分。雨がぽつぽつと降り始めた頃にもう一台のタクシーを捕まえることが出来ると、クアンと母親と最後の一人の主婦が乗り込んだ。三人を乗せた車が火事のあった家から遠ざかっていく中、クアンは後ろ髪を引かれる思いで焼け落ちた家の光景を眺めていた。  焼け落ちた家から取り出された遺留品。もともとは真っ白な冷蔵庫。パラパラと音がした後、前扉が開いた。砂埃の中、冷蔵庫からは黒いシルエットの子供が姿を現していた。その左手はちぎれ、骨格が見えている。ゴトリと冷蔵庫から落ちると、雨が強くなり始めたせいで出来た水溜りに落ちる。ごわごわした洋服がゆっくりと雨水を吸い込んでいく。 「クアンちゃん、変わったわね。……これから会いに行くわ」  子供の姿をしている人形。泥水まみれの状態でその人形から声が発せられた。

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