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   選ばれた者達    No.18    クアンと不思議なお友達 3/3  アパートに戻っていたクアンは、休みが明けて再び仕事が始まっていた。  仕事帰り、いつもより早く帰路につけたクアンはウィンドウショッピングを楽しんでいた。店の前でガラス越しの衣服を眺める。クアンは贅沢な服を身につけたいという気持ちは全くなく、映画やドラマに出ている俳優達が身につけているものを実際に見ることが楽しかった。 「あ、このドレスはこの前の映画の女優さんが着ていたっけ」  そんな風にして眺めていると、ガラスに映った自分の後ろに何かが見えた。背の低い子供のようだった。後ろを振り返ってみるが、そこには誰もおらず、道路には車が走っている。もう一度ショーウィンドウを見てみると、先ほど自分の後ろに隠れていた子供が少し身体をずらしてこちらに視線を向けていた。金髪の少女だった。 「え、もしかして……」  クアンが驚いて口に手を当てると、そのショーウィンドウに映っている少女はゆっくりと口を開いた。 「……そうよ、クアンちゃん。私よ」 「エリザ!」  クアンは再び振り返ったが、やはりそこには誰もいない。キョロキョロとあちこちを探すが、どこにも金髪の人形などいなかった。ゆっくりとショーウィンドウに目を戻したが、その時にはそこにはクアンしか映っていなかった。この前母と一緒に火災のあった家に行ったことで、エリザに対する気持ちが大きくなっていて幻覚を見たのだろう。クアンはそれからまっすぐ帰り、早めに休むことにした。  翌朝、ぼんやりとしながら顔を洗う。くしで髪をとかし、ゴムでポニーテールにまとめる。道具を確認すると仕事場へ向かった。  診療所へ着くと、先に到着していた仕事仲間に声をかけ、それから植物や道具に視線を向けて挨拶をする。植物や道具からの返事はなかった。クアンは少し不思議に思いつつも仕事に取り掛かった。  昼休みになるとクアンは仕事仲間とともに昼食をとっていた。 「今日も忙しいわね」 「そうね。もう午前中が終わっちゃったしね」 「ところでクアン、今日なんかあった? ちょっと悩みごとがあるような顔してるけど」  友人の一人がクアンの顔を覗き込んでそういった。 「え、そうかな? 私はいつもと同じだけど。……あ、そういえば今日は植物や道具からの声がなかったんだ。いつもはちゃんと返事をしてくれるのにね」 「ふーん。クアンのその不思議な力は良く分からないけど、疲れてるんじゃないの?」  クアンは別に風邪気味でもないし、頭が痛いというわけでもない。仕事をしていて体がだるいとも感じていなかったので、疲れているということにはぴんとこなかった。 「そうかしらね。でも身体はいたって健康よ。私のこの力もたまには弱まってしまう時があるのかも」 「まあ、それほど気にしなくていいんじゃない? 別にその力があったってどうにかなるってことでも無いんだし。……それ、食べないなら私がもらっちゃうわよ」  友人はクアンの弁当からさっと玉子焼きを横取りして素早く口にした。クアンは負けじと、友人の弁当からミニトマトを奪ってすぐに食べてしまった。これでおあいこよ、という視線を向けると、二人は笑いながら弁当の残りを食べた。昼休みもすぐに終わり、クアン達は再び業務に戻っていった。  その日も無事に仕事が終わると、クアンは帰路に着いた。途中、先日の店の前でふと、立ち止まった。右手にはショーウィンドウ、左手には道路が延びている。そこにはやはり人形はいない。 「やっぱり、いるわけないわよね……」  ショーウィンドウに身体を向け、ガラスを見つめる。突然、太ももに鋭い痛みが走った。あっと悲鳴を上げると、その場に倒れてしまった。通り過ぎる人は、何事かと視線を向けていた。  痛みの走る足に手を当ててみると、ぬるっとした感触があった。血だ。流れ落ちる血は靴まで到達し、べっとりと血に染まっていた。クアンは辺りを見渡したが、野次馬が周りを囲んでいて見つけたかったものは見つからなかった。  足に鋭い痛みを感じたあの一瞬、ショーウィンドウのガラスにはクアンの足にナイフを突き刺した小柄な人影が見えた。考えたくはなかったが、それは少年というよりは、人形だった。……エリザと同じ人形。クアンはハンカチを取り出すと、傷を押さえて仕事場の診療所へと戻った。夜勤の友人が勤務しているだろう。この傷は五針程度縫うことになるだろうか。そんなことを考えながらびっこをひいて診療所へと向かった。診療所の扉が開くと、友人が顔を出した。 「あら、誰かと思ったらクアンじゃない。……何、その傷は? 早く入って」 「ごめんなさいね」  クアンは友人に肩を借りて診察室に向かい、ベッドに横になった。すぐに傷口の消毒が行なわれ、治療が行なわれた。三針を縫うこととなった。治療後、友人はコーヒーを用意すると、クアンの隣に座って話しをした。 「ばい菌にもやられてなくて三針程度で済んだから良かったけど、一体どうしたの?」 「うん、ちょっと転んじゃってね……」  しかし友人の目はごまかせなかった。 「そんなはずないわ。この傷は転んで出来たものじゃない。刃物が突き刺さって出来たものよ。包丁とか、ナイフとかいったものでね」 「本当は、私自身よく分からないの。気付いた時には立っていられなくて倒れてしまって。痛みのする足を見たらこんな傷になっていたし。もう少し落ち着いてその時の状況を考えてみるわ」 「そう。お大事にね」  クアンはいらないと断ったのだが、友人は念のためと言い、松葉杖まで貸してくれた。クアンは礼を言って帰路に着き、ベッドに倒れ込んだ。顔を上げると、机の上のぬいぐるみが見える。 「ねえ。今日、私大変だったんだ……」  と、話を続けようとして声が出なくなった。ベッドから起き上がると、机に向かう。ベッドからは良く見えなかったが、正面から見たぬいぐるみは右半身がずたずたに千切られていた。 「ひどい……一体何があったの?」  しかしそのぬいぐるみは何も語ろうとはしない。キッチンへ向かった。冷蔵庫に引っ掛けてあるブタのミトンが何かを見たかもしれない。  冷蔵庫にはミトンは引っかかっていなかった。床にも落ちていない。キッチン中を探し回ったが、見つけることはできなかった。疲れて椅子に座り考えてみる。静かにしていると、やけに換気扇の音がうるさかった。 「……換気扇?」  クアンはゆっくりと立ち上がり、コンロへと向かった。今日、朝に仕事に出て行く時に換気扇は止まっていたし、今帰ってきてから換気扇をつけるようなことはなかった。  確かに換気扇は動いていた。換気扇を消し忘れたとは思えない。じゃあ、一体どうして動いているのか? 「……こ、これは」  コンロには小さなこげた山があった。ここで何かを燃やした跡だ。ブタのミトン。このコンロでブタのミトンが燃やされていた。いや、それだけではない。燃え残った破片には見覚えのある生地のものがいくつも見つかった。みな、クアンと会話の出来るぬいぐるみや小物達だった。 「ク、クアン……」  ぼそぼそとした声が聞こえる。クアンはその声の主を探した。それはすぐに見つかった。テーブルの下に落ちているハチミツピーナッツが入っていた缶。可愛いんだか可愛くないんだかよく分からないミツバチのイラストの描かれた缶で、クアンが気にいっていたものだ。それが消え入りそうな声で話していた。クアンは手を伸ばしてテーブルの下から缶を手に取った。缶はぼこぼこに潰れていた。 「ひどい。一体どうしたの?」 「わからない。僕達によく似た奴らが押し入ってきて、みんなをこんな風にしてしまったんだ。僕は燃やせないからといってぼこぼこにされたんだよ。でもそれでもみんなよりはずっとましだった。ブタのミトン、トラのぬいぐるみ、それに植物達もみんな燃やされてしまった。今でもみんなの悲鳴が耳に残ってるんだよ……」  缶は悲しみに沈んでいた。クアンは缶を持って呆然としていた。一体、何が起きているんだろう。クアンはミツバチの缶以外、自分の部屋から話の出来る友達がみんないなくなってしまったことを実感すると、涙がこぼれてきた。 「クアンちゃん、久しぶりね。ずっと、ずっと! ……会いたかったのよ」 「……エリザ?」  玄関の方から聞こえた声にクアンは声をかけた。電気を消している玄関の闇の中から何かが姿を現した。五十センチメートルほどの身長のクマのぬいぐるみが車椅子を押している。車椅子には黒いレインコートに身を包んだ人形が座っている。そのレインコートの隙間から蒼い瞳が光っていた。声はそのレインコートの中から発せられていた。 「そうよ。一応、名前は覚えていてくれたみたいね。私はエリザベス。あなたの友達のエリザよ」 「良かった。私、あなたはてっきり火事で死んでしまったのかと思っていたのよ」 「そうね。あの火事はひどかったわ。何とか隠れる場所を、と探し回って身近にあった冷蔵庫に駆け込んだまでは良かったけど、扉を閉める時に手を挟んでしまってね。おかげで左手をなくす羽目になったわ。だからクアン、あなたの友達も同じ火の苦しみを味わってもらうことにしたの」 「なんで! エリザ、私の友達じゃない。なんでそんなひどいことをするの?」 「友達? たいそうな言葉ね。私がいなくなった時も、今みたいに涙を流してくれたかしら? 悲しんでくれたかしら? 私はあなたとしか話しが出来なかった。新しい家では私は一言も話をすることが出来なかったのよ。何年も何年もそんな苦しみを味あわされて、次第にあなたに憎しみを持つようになったわ。友達に何故こんな仕打ちをするのか、ってね」 「エリザ。あの時は仕方がなかったのよ。両親に言われて離れたくなかったあなたと離れることになって……」 「今では何とでもいえるわ。ただ、一時は話す力も失い、そのまま消えてしまうのかと思った私だけど、あなたへの憎しみを持つことによってまた動くことができるようになった。あなたを殺すことだけが、私の生きがいなのよ!」  そういうと、黒いレインコートからフランス人形が飛び掛ってきた。左腕はなく、綺麗だった金髪の髪は焼けてちぢれている。顔は焼けただれ、溶けたプラスチックが不気味だった。二つの蒼い瞳だけが以前のように美しく輝いている。クアンはエリザの攻撃から逃げた。エリザの右腕にはナイフが握られていた。ガラスの砕ける音がしたかと思うと、背中にあった食器棚からもう一つの人影が現れた。少年タイプの人形で、身長はエリザと同じくらい。そしてその人形も黒いナイフを持っていた。クアンはそのナイフに見覚えがあった。三針を縫うことになった足を突き刺したナイフ。それがここにある。それとそのナイフの使い手も。  クアンは肩に熱いものを感じると、手で少年の人形を掴んで振りほどいた。ナイフは深い傷を負わせるほどは刺さっていなかった。すぐにナイフを投げ捨てると、クアンは玄関まで走った。エリザは床に落ちてもがいている。車椅子を押してクマのぬいぐるみを壁にたたきつけると、表に飛び出した。クアンはそのまま仕事場に向かった。友人達に話そう。そしてかくまってもらおう。クアンのアパートでは怒りと憎しみに満ちた叫び声がいつまでも響いていた。

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