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   選ばれた者達    No.24    超能力少女、レクイヤ 3/3  その日は幼稚園の帰り中、ずっと黙って正面を向いて帰宅していた。弟に涙を流している顔を見せたくはなかった。弟は特に気にもせずに、今日幼稚園であった出来事を楽しく報告していた。 「今日は粘土で僕が一番大きな怪獣を作ったんだよ」 「……すごいわね。さすがだわ」 「うん。お姉ちゃんにもその怪獣見せたかったなあ」  レクイヤは次第に悲しい気持ちが失せていくのを感じていた。つらいことばかりじゃない。自分には弟がいるじゃないかと。  そして、家に帰り着く頃には悲しい気持ちはすっかりなくなっていた。玄関で靴を脱ぎ捨てて家に飛び込んだ弟を笑顔で見ると、レクイヤは靴をそろえて家に入った。 「あれ、お姉ちゃん、その顔どうしたの? 腫れてるよ?」 「ああ、これね。今日学校で転んじゃったのよ。トミーが気にするほどのことじゃないわ」 「ふーん、そっか。早く治るといいね」 「うん、大丈夫よ。ありがとう」  手を洗い、カバンを部屋に置いた後は二人しておやつを食べながらテレビを見た。  その日も母親は帰ってはこなかった。夜も遅くなると、弟はうとうととし始めたので先にベッドで寝かせることにした。レクイヤはそれからしばらく起きていて母親の帰りを待っていたが、結局睡魔には勝てずに眠りについてしまっていた。  翌朝、レクイヤと弟は機嫌の悪い母親にたたき起こされた。母はベルを何度鳴らしても、扉をいくら叩いても迎えに出てこなかった子供達にいらいらしていた。 「レクイヤ、まったくあんたって子は! 留守番もろくにできないのね! 普通、あれだけ戸が叩かれてたら誰かが来ているってわかるでしょう?」  レクイヤと弟は朝飯は抜きだった。怒りっぱなしの母親が用意してくれなかったのだ。空腹のまま、二人は出かけた。幼稚園まで送り届けると、レクイヤは重い足取りで学校へ向かう。  その日も、次の日も次の日もレクイヤへのいじめは続いた。  そんなある時、下校途中でいつものように三人組がレクイヤにちょっかいを出していた。 「ちょっと、なんで無視するのよ? あんた何様のつもり?」 「……」  後ろから声をかけてきていたが、レクイヤはずっと無視をしていた。すると、べちょっという音とともに首筋にぬめぬめとした感触が広がった。手で触れてみると、それはヨーグルトだった。三人組がいたずらの為に買っていたものだ。 「汚いわねえ。臭いから近寄らないでちょうだい」  三人は口々にレクイヤをののしる。レクイヤは頭にくると、手ですくい取ったヨーグルトの固まりを三人に向かって投げつけた。そしてすぐにそれに意識を集中する。ヨーグルトは重力に逆らい、三人組の顔に次々に命中した。驚いたのは三人組である。目の前で信じられないような軌道を描いてヨーグルトが襲いかかってきたからだ。レクイヤは呆然とする三人をきっと睨み付けた。 「あまり馬鹿らしいことはしないでくれる? 私、本当に怒るわよ……!」  レクイヤの周りの空気が震えているように見える。その殺意のような雰囲気に圧倒された三人組は、捨てぜりふを吐くと、すごすごとレクイヤの前から姿を消した。  レクイヤはしばらくその場にたたずんでいた。姿を消す前のあの三人の恨めしい顔。レクイヤはこれからさらにいたずらが悪化してしまうのでは? と不安になっていた。よし、それならこっちにも考えがある。尾行してやろう。そして今度はどんなことをしでかすつもりなのか調べてやるんだ。  三人組が消えた後を追いかける。曲がり角で顔をのぞかせ様子を見ると、三人組の後ろ姿が見えた。ここは開けた場所で店も交通量も多い。身を隠しにくく、レクイヤは注意をはらって三人を追った。  三人組はおもちゃ屋へ入っていった。レクイヤは停車している車の陰に隠れた。しばらくすると、三人組は花火をいくつか手に持って店から出てきた。声は聞こえないが笑っているようだ。……先ほどレクイヤに反撃を受けて、あれだけへこんでいた三人が、もう調子のいい状態に戻っている。レクイヤは悲しくなっていた。……口でいくら言ってもわからないのかしら?  それからも、何件かの店を回っては小道具を集めているようだった。レクイヤはどうやってそれらのいたずらを防止しようかと考えていた。  そして一時間ほどたった頃だろうか。三人組のリーダーが何か言っていた。 「……今日はそろそろ帰りましょ」  すっかり満足げな表情の三人。レクイヤはその様子を見納めると家に戻ろうとした。いたずら道具が何かを事前に知ることが出来たので、たとえ不意打ちされたとしても何とか対処出来るだろう。  そんな時、突風が吹いた。かなりの強風で、帽子が飛ばされてしまう者、荷物を飛ばされてしまう者もいた。レクイヤはカバンをしっかりと胸に押さえていた。そして三人組の様子を見る。歩を一時止め、手で持っている荷物を押さえているようだ。ふとレクイヤの意識が頭上に向かった。商店の看板が揺れている。ぐらぐらとしていて今にも落ちそうだった。いっそう強い風が吹いた。三人組も頭の上からぱらぱらと落ちてくるものに気がついた。 「あ!」  三人組は驚きのあまり動くことが出来なかった。 「危ない!」  看板は強風に耐えきれずに重力に従って落下した。レクイヤは咄嗟に飛び出すと、両手を突き出していた。レクイヤの思念が落下する看板にぶつけられる。三人組が唖然としてその様子を見る中、看板は十数メートル先に吹き飛ばされていった。がしゃんという音が響き、レクイヤと三人組からかなり離れた人のいない場所に看板は落ちていた。レクイヤはようやく危機が去ったことにほっとすると、安堵のためそこにへたりこんでいた。 「レ、レクイヤ。いつからここにいたの?」 「……ちょっと前よ」  レクイヤは三人組に気づかれると、警戒心を見せて少し離れた。ばつの悪そうな顔をして一人がレクイヤに声をかけた。 「今、あなたが助けてくれたの?」 「別に。迷惑だったかしら。……じゃあね」  レクイヤは三人組と一緒にいたくはなかったので、それ以上話しをする前に立ち上がると歩き出した。三人組の一人が慌てて近寄った。 「あ、レクイヤ! ……ありがとう」 「え?」  レクイヤは思いがけない言葉に驚いた。今、クラスメイトの一人は何て言ったのだろう。 「私達だって鬼じゃないわよ。人から受けた恩は分かるわ。……ありがとう」  恥ずかしそうに三人はそれぞれ礼を言っていた。レクイヤは戸惑いながら自分も頭を下げ、それから帰宅した。弟以外の知人からあのような言葉を受けたのはずいぶん昔に忘れてしまっていた。母親も父親も怒ってばかりだし、学校の教師も心を許せるものがおらず、ずっと人の温かさなど忘れていた。『ありがとう』か。  三人組とレクイヤが分かれた商店街。そこでその様子をじっと見つめていた男がいた。ばりっとした黒いスーツにサングラス。男は落下して破壊された看板の破片をしばらく見つめた後、その場から姿を消した。  翌日、レクイヤの前から家族が消えた。  朝、起きると隣に手を伸ばす。レクイヤの手に触れるものはなかった。昨夜は弟と一緒に眠ったはずだ。 「トミー。どこにいったの? もう先に起きちゃったの?」  レクイヤはあくびをしながらベッドを飛び降り、洗面所に向かった。弟がいないのを確認すると顔を洗い、ダイニングへ向かう。そこにも弟はいなかった。両親の寝室へ向かったが、弟も両親もそこにはいなかった。今日は母親が珍しく弟を幼稚園へ送っていったのかもしれない。幼稚園のカバンもなく、玄関を確かめると家族の靴もなかったので本当に先に出てしまったのだろう。それにしても私には何も言わずに行ってしまうなんて。レクイヤはトーストを用意し、ジャムを塗って食べると、学校へ行くことにした。  少し遅れて学校に到着すると、クラスにはすでに半分くらいの生徒が揃っていた。レクイヤは自分の席に座ると、窓の外に視線を向けた。空は曇っており、昼には雨が降りそうだった。弟は傘を持っていっただろうか。私の傘は小さいから、入れてあげるのは少し大変かな……。しばらくすると、あの三人組が教室に入ってきた。レクイヤはどうしていいか分からずにその姿を見ていると、一人がゆっくりと口を開いた。 「……おはよう、レクイヤ」 「あ、お、おはよう」  ぎこちなく挨拶を返す。  午前中の授業が始まる。レクイヤは弟が気になり、授業に集中できないでいた。今ごろは幼稚園で楽しく遊んでいるはずだ。そう思うようにしているのだが、気がつくと暗い気持ちになっている。今日は授業が終わったらまっすぐ幼稚園に行こう、そう決めていた。  昼休み、周りの生徒から逃げるように裏校舎のいつもの芝生に向かうと、昼飯のサンドイッチを食べようとしていた。気配に気づき、そちらに視線を向ける。三人組の一人がこちらを見ていた。 「あの……一緒に食べていいかしら」  レクイヤはしばらく黙った後、小さく頷いた。相手はほっとすると、レクイヤの隣に座った。手に持っていた袋から弁当箱を取り出す。レクイヤと同じサンドイッチだった。  しばらくは無言の状態が続いた。二人は黙々とサンドイッチを食べている。重い空気に耐え切れなくなったレクイヤが何かを言おうとしたとき、相手はぼそりと言った。 「……監視されてるの」 「え? ……分かってるわよ。私、モルモットみたいに扱われているってことが」  レクイヤはため息をついて答えた。相手の目は深刻だった。 「あなただけじゃないのよ。私達も。……レクイヤ、あなたの感情を逆なでするように干渉しろって言われてたの」 「え?」  レクイヤは驚いていた。相手は口に人差し指を当てると、静かに、というしぐさを見せた。 「今はあの二人が周りを見ていてくれるから大丈夫だけど、静かにしてね。……私達、ううん、クラス、学校の全部がそう言われてるの。『レクイヤという少女は精神的病気に侵されている。一般的な空間にいると、その症状は悪化し、周りに多大な被害をこうむることになる』そこで私達が意図的にあなたをいじめるようにって命令されてたの」 「そ、そんな話しを信じろって言うわけ? あなた達の言葉を簡単に信じられると思う?」  レクイヤは震えながら返事をしていた。相手は申し訳なさそうに下を向いたままだった。 「わかるわ。私達があなたにどれほどひどいことをしてきたかは。でも昨日のあなたの行動で、精神的病気なんて嘘だって思いたくなったの」  その言葉には一言一言に決意が見えた。まるで自分がとんでもないことをいっているかのように。頻繁に顔をあげ、誰かに見られていないかどうかあたりを見渡す。二人の友人の姿が見えないのを確認すると、再び口を開く。 「昨日もね、多分いたと思うわ。あなたを監視している者が。昨日の夜、私の家にも、あの二人の家にも電話があったの。母親が出て、内容はよく分からないんだけど、あなたの監視をしている連中に違いないわ『はい、分かりました。これから娘をよく注意して監視しますわ』って母親が電話で言っていたから」  どういうことかよく分からなかった。自分が監視されているのはずっと昔から知っていたが、自分以外のものは皆関係ないと思っていた。しかし今、この三人組は明らかに危険な方へ向かおうとしている。 「それってつまり、あなた達も危ないってことなの?」  レクイヤの問いに小さく頷く。 「あなたに対して好意的な態度を取ること自体が罪なの。少なくとも私はそう親に言われたわ」 「そう……私が思っていたよりずっと監視の目は広かったのね」 「ねえ、あなたは一体何者なの? 何でこんな不自然な扱いを受けているの?」 「分からないわ。確かに私にはよくテレビでやっている超能力のようなものがあるかもしれない。だけどそれが世界を変えられるほどの物でもないし、せいぜい見世物程度のものよ。それで非人のような扱いを受けるいわれはないわ」 「そう、そうよね。あなたは悪い人じゃないもの。今までごめんなさい」  そう言うとレクイヤの前で一粒の涙を流していた。レクイヤは驚いてしまい、しばらくどうすればいいかわからなくなった。 「ちょっと、泣かなくてもいいわ。あなた達も、大人やよく分からない上の人に言われて仕方なくやっていたっていうのがわかったし。……仲直りしましょう」 「レクイヤ、……本当に?」  疑問の視線を向ける相手に、レクイヤは小さく笑顔を返した。そして二人は軽く握手を交わした。相手はほっとすると、レクイヤに一つの質問をした。 「ところでレクイヤ。これはまだよく分からないんだけど、今朝こっそりと母親のメモを見たの。〈第二計画開始〉って、レクイヤに関するノートに書かれていたんだけど、昨日の夜から何か不思議なことはない?」 「不思議なこと? ……そういえば今朝は家族がいなかったの。多分父親はいつもみたいに朝早く仕事にいっちゃってて、母親は珍しく弟を幼稚園に連れて行ったかもしれないんだけど」 「そう……。何か悪いことが起きてないといいけど。私達も気をつけて様子を見てみるわ」  気がつくと昼休みは終わる寸前だった。相手はレクイヤと一緒に歩いていると、監視の目によく映らないというので別々に教室に向かった。教室に入るとその相手の他に二人もいて、レクイヤを見ると小さく頭を下げていた。その顔には今までのいじめっ子の表情はなかった。レクイヤも無言で頭を下げると、午後の授業に向かった。  放課後、授業が終わるとレクイヤは急いで荷物をまとめて教室を出ようとした。その時に三人組に進路を阻まれた。いつものように一瞬三人組を睨んでしまったが、三人組は一枚の紙をレクイヤに押し付けるとそのまま立ち去ってしまった。紙にはこのように書かれていた。 『レクイヤへ。今までごめんなさい。表立って仲良くしようとすると私達も危ないから普通に接することは出来ないけど、これからは友達だよ。それとこの紙は後で捨ててしまってください。証拠として残っていると、レクイヤにも迷惑をかけてしまうから……』  レクイヤは三人が消えたほうに視線を向けたが、既にそこにはもういなかった。胸のつかえが一つ取れたように感じると、足取りも軽くなっていた。急いで幼稚園に行かなくちゃ。きっと弟が待っているはず。  幼稚園についたレクイヤは、不安が大きくなるのを感じていた。幼稚園の先生の話では弟は今日は休みらしい。朝のうちにレクイヤの母親から連絡を受けたというのだ。当然弟も母親も幼稚園には来ていない。休む間もなく走って家に帰ったレクイヤだったが、家には誰もいなかった。 「一体、どうしたっていうの?」  レクイヤは家の中を歩き回りながら考えていた。その時に違和感を感じたレクイヤはすぐに家を飛び出した。家の前の道を少し進んだ所にある曲がり道。そこに走り去る何かの影を見つけた気がした。それは随分小柄のように思えた。レクイヤはすぐに後を追って曲がり道に向かったが、既にそこに人影はなかった。レクイヤはとぼとぼと家に戻っていた。先ほどの人影……。もしかしてトミーなのか?

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