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   エントシプレヒェンドバイン    2話 監獄生活  トランス達三人は兵士に押され、この巨大な砦のような監獄に足を踏みいれた。門をくぐるとそこには広場が広がっており、その奥には三階建ての石造りの建物が建っている。左手側と右手側にも、正面の建物程の大きさではないが建物がある。それらは所々にひびが入っており、苔のせいか緑がかっている。トランス達が広場を横切っていると、正面の建物の鉄格子の窓から視線を感じた。トランスはその窓を見上げるとたくさんの囚人達がこちらを見ている。 「おいトランス、あまり睨んだりしない方がいいんじゃあないか? 極悪人ばかりいたらどうするんだ?」  ビルは多少おびえているような声で話しかけてきた。しかしトランスには窓からの視線に悪意は感じなかったので、 「大丈夫だよビル。囚人達には安心してもいいと思うよ」 と落ちついて言った。ビルはトランスの能天気さに多少あきれていた。  ブラド監獄の受付(?)のような所をすぎると、トランス達三人は服を脱がされ、三着の囚人服を渡された。 「お前らの着る服はこの三着だけだ。洗う場所はここから出て広場の左側にあるから、汚れてきたら自分で洗え。食事は朝昼夜の三回。点呼をするので必ず時間内に集まれ。細かい日程は各部屋に貼ってあるから、それを見るんだな」  係りの者はそこまで言うとトランス達を部屋へ案内した。  囚人の休む部屋は三階にあり、二階はブラド監獄の管理側の者が使っている。一階は食事をする部屋と仕事をする場所、それに先ほどの受付がある。三階につき左右を見渡すと正面に六つ、左手側と右手側にそれぞれ二つずつ部屋があり、No01~No10と十人ずつの部屋になっているようだった。 「お前らの番号は80、81、82だ。その服にかいてあるだろう?」  案内の者に言われ、服を見てみると、ビルは80、トランスは82、ランスは81とかいてあった。 「おい、俺が80番ってことは、俺だけおまえ達と部屋が違うのか? 死んじまうよ!」  ビルはそう言って部屋に入るのを渋っていた。トランスはランスのこれからの行動が気になっていたのでランスと同じ部屋にならなかったビルに安心感を覚えた。ここにいる囚人にそんな悪人はいないと感じていたから。 「大丈夫だよビル。……この部屋の番号の所には名前を書き込む所があるけど、番号だけでどうして名前が書いていないんですか?」  トランスは部屋に入る前に案内の者にたずねてみた。 「お前らに名前なんていらん。さっさと部屋へ入るんだ82番!」  トランスは半ば押し込まれるようにして部屋に入った。  部屋へ入ると途端に十六の目がこちらを向いた。八人ともトランス、ランスを見ている。というか睨んでいるようだった。重い空気にトランスは息苦しくなっていた。 「お前ら、今日からこの二人がまた入ったからな。仲良くしてやれよ。隣の部屋にも新米が一人入ったからな」  案内の者はそこまで話すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。トランスはまずここで挨拶でもしたほうがいいと思った。 「こんにちは。僕はトランスです。いろいろあってここに来ることになりました。どうかよろしく」  八人に悪意がないように言ったのが良かったのか、八人の中でいちばん体格の良さそうな男が立ち上がった。 「おう、よろしくな。大体の奴らは初めてここへ来た時はくたびれた顔をしちまって何も話せねえんだがな。お前はなかなか度胸があるな。俺はNo85だ。名前は……そう、ダルドだ。……そいつは?」  ダルドと名乗った大男はランスの方を向いた。 「……ランスだ」  ランスはぼそっと言うとダルドを睨んだ。ダルドは一瞬ひるんだが、 「ちっ、まあいい。二人ともここの生活はつらいぜ、今のうちに休んどきな」  ダルドはそういうと元の場所に戻り、横になった。  この部屋にいる人達はみんな悪い人じゃない、とトランスは思っていた。ここに来るまでは緊張していてどんな悪人がいるのだろうかと思っていたのに。トランスはもっといろんなことを聞きたかったが、八人ともかなり疲れているようにみえたので今日の所はまあいいか、と思い自分もベットに入った。暗い夜がながれ、トランスは闇に飲まれていった。  そして気付いた時にはブラド監獄に朝が訪れたのだった。  翌朝、見張りの者が鐘を鳴らして廊下を歩いているのが聞こえた。みんなはさっと仕事の支度を済ませると、一緒に来い、という目つきでトランス、ランスを見た。トランスはダルド達についていくと、一階の食堂へついた。食事は自分でトレーと食器を取り、よそってもらうのだが、つぶれた米粒のような物が浮いている水っぽいスープとパンが一切れだけだった。 「おい新米。たとえまずいと思っていても全部食った方がいいぜ。仕事はきついからな」 食事を見つめていたトランスはダルドにそう注意されたが、 「無理だなダルド。儂も、お前さんだって最初の頃はこんな物口に入らなかったじゃろう? おい、若いの、今は無理でもそのうち少しづつ慣れていくから心配はいらんよ」  そう話してくれたのはモーロア、トランス達の部屋の班長となっている者だ。  囚人といっても優しい人もいるんだなあとトランスはほっとした。しかし実際ダルドとモーロアの言う通り、朝食の味はひどかった。水っぽいスープには米粒のような物しか具がなく、口にいれると不快感が体中に広がった。しかしランスは平気でそれを口にしている。そういえば今日はビルの顔を見ていないことに気付き、ダルドに聞いてみた。 「ねえダルドさん。他の部屋の人はどうしたの?」 「ここの食堂は狭いからな。一班ずつ使うことになっているんだよ。隣の部屋にいるおまえ達と一緒に来た奴はとっくに食事を終えてもう仕事にとりかかっているんじゃないのか?」  そう言って食堂の窓から外を眺めていた。トランスはスープはとても口に入らなかったのでパンにかじりつき、ほっとした。パンはそれほどひどい味ではなかったから。パンを食べ終わると、コップで水を飲んだ。  一息ついた所で、トランスは部屋の人間の名前を余り知らなかったのでダルドに尋ねた。 「ダルドさん。昨日は聞くのを忘れたけど、みんなの名前を教えてくれないかな?」  ダルドは食堂の扉で見張っている兵士を見てから、 「……まあ、少しは時間があるからいいだろう。まず俺はダルド。ここに連れてこられてもう五年になるかな。そしてさっき話してきたのがモーロア。もう三十年はいるんじゃないか? 俺達の部屋の班長だ。そのチビは ティークって奴だ。小せえくせに生意気な奴だ。ほんの半年くらい前にここに来たんだ。まだ歳は十才だそうだ。そしてそこの長髪の奴はクライム。昔ヒューチル城の兵士だったらしいぜ。……三年目かな? そこの奥に座っているのはアミュレス。無口な奴だから余りかまわんでもいいぜ、最初のうちはな。そいつは俺と一緒に来たんだ。お前さんの隣にいるすましたヤローはミニング。どっかの国の王様だと自分では言っているぜ。本当かどうかは知らんがな。こいつはティークと一緒にここへ来たな。あそこでむきになって飯を食っているのはリーク。二年目くらいかな。……そして残りのテーブルの端にいる奴はザロック。今は落ちついているが、ここに来た当時はかなり暴れまくった奴だ。確か大量虐殺の罪でここに来たらしいが、この監獄の連中が俺達に真実を言うかどうかも疑わしいんでなんともいえんな。奴はここにきて四年目だ」  ダルドが一息いれ、また話し始めようとすると、 「よーし、お前ら。朝食の時間は終わりだ。さあ仕事を始めるぞ」  と監視をしていた者が言いだした。ダルドから情報を得るのはこれで途切れてしまった。  十人は食器を片づけると、一人づつ食堂から出ていった。  トランスとランスはおとなしくついていくと、A棟から出た皆は左側のC棟へ向かっていった。C棟には地下もあるのが分かったが、皆は二階へと上っていった。そこまで全員がたどり着くと、 「さあ、そこにあるタルを向こう側まで押していくんだ。全部押し終わったら報告しろ」  トランスはタルに手をかけるとそのものすごい重さに驚いた。五十キロはあるだろう。隣のタルを押していたリークにこの重いタルには何が入っているのかを聞いてみると、 「さあな、俺達も知らないぜ。土や石を詰め込んで重くしているんじゃないか?」  としか言ってくれなかった。トランスもあまり深く追求するのをやめ、タルを押し続けた。  十人がかりで数十個のタルを運び、ようやく作業を終えた頃には窓の外に見える太陽はすでに真上に上がっていた。 「やっと休憩だー! オイラもうハラペコだよ!」  そう叫んだティークは大の字で倒れている。この小さい体でよく皆と一緒に仕事をやっているなとトランスは感心した。疲れを表には出さなかったが、トランスの方ががくたくただったからだ。  しばらくするとさっきの監督が何かの箱を持ってきた。中には朝と同じパンが入っていた。 「また残り物のパンか! もう一週間も残り物のパンじゃないか! 他の食べ物も食わせてくれよ!」  リークはつい今までの不満をぶつけるようにそういってしまった。 「うるさいぞ87番! これだけもらえるのでもありがたいとおもえ!」  監督はそう叫ぶとリークに近寄り、木の棒で殴り付けた。 「やめろー!」  トランスは監督に飛びかかると木の棒を押さえつけた。監督は突然のことに驚いていたが、 「トランス! 無茶をするな!」  この様子を見ていたダルドがかけよるとトランスを監督から離した。監督はトランスが離れると、 「こんなことをしてただで済むと思っているのか? その二人には昼食を食わすんじゃないぞ! いいか!」  結局このことにより、午前の労働で体力を消耗していたトランスとリークは昼食を食べられなかった。リークは棒で殴られた背中を手でさすっていたが、 「いい加減パンは飽きたからな。たいして腹の足しにもならないし。トランス、おまえも無茶な奴だよ。あいつらに飛びかかるなんて。奴らお前みたいな態度を取る奴には容赦しないぜ。早くここの生活に慣れるこったな」  といい、横になるとすぐ眠ってしまった。  それから30分程たつと、 「さあ、午後の仕事を始めるぞ」  昼食を取り終わりくつろいでいた十人に監督は叫んだ。 「では午前中に動かしたタルを元の場所まで戻せ!」 「え? 今なんて言ったの?」  一瞬あっけに取られたトランスが皆に聞くと、 「さっき動かしたタルを最初会った場所まで押すんだよ、あんちゃん。あまり考え込まない方がいいよ。でないとまたあいつに睨まれるぞ」  とティークがなんでもないことのようにあっさりと話した。とはいえいきなりこの重いタルを運ばされ、疲れていたトランスはまた同じことをするのかと思うと体中にどっと重みが走った。  もう辺りも暗くなり、だいぶ涼しくなって来たころでようやく仕事が終わると、トランスは床に倒れ、 「ね、ねえダルドさん。皆もこんなに働かされてつらくないんですか?」  とため息まじりにダルドに聞いた。 「この程度でダウンかトランス? ここの仕事のつらさはまだまだこんなもんじゃあねえぜ。今日はまだ軽い方だ。……見ろ、お前の相棒の方はちっとも疲れてないようだぜ」  トランスははっとしてランスを見ると、本当に疲れているようには見えなかった。 「よし、夕食まであと一時間はある。部屋に戻ってゆっくり休憩したほうがいいじゃろう」  モーロアがそういうと、みんなはさっと片付けを始め部屋に戻っていった。トランスも立ち上がり部屋に戻ろうとするとモーロアが肩をかしてくれた。 「モーロアさんありがとう。夕飯の後は何があるんですか?」 「まあ、あるといえばあるじゃろう。じゃがおまえさんみたいな新入りが来た最初の日は仕事は軽いんじゃ。いきなりぶったおられたりでもしたら困るからのう。明日からは通常の仕事に戻るからな。夕飯をたっぷり食べて十分体を休めなさい。……それとここではさんづけはいらんよ、みんな呼びすてでかまわん」  部屋に入ると室内には二、三人しか仲間がいなかった。みんながどこへ言ったのかを聞くと、水浴びをしていることが分かった。トランスは汗をたっぷりかいていたのでA棟の外の洗い場までいき、水をかぶった。  数分後トランスは部屋に戻り、体を休めていると、クライムが話しかけてきた。 「拙者、昔はヒューチル城の兵士をやっていたのでござるが、おぬし確かヒューチル城から来たのではなかったか?」 「うん。そうだよ。僕の住んでいる村では評判の良かった王様だったけれど、僕達がみた王様は何かこう、邪悪な気に満ちていたよ」 「……そうであったか、今でもそんな様子でござるか。拙者が捕まってしまったのは、満月の日を境に王様が急に代わってしまわれたからなのだ。不信に思った拙者はこっそり王様の部屋へいってみた。もしかしたら魔物かなにかがすり代わっているかもしれんと思っていたからでござる。その時、見張りの兵士に不意討ちを食らい、気がついたらこのブラド監獄にいたということでござるよ」  あの王様を不信に思っている人間が僕の他にもいた。このことはトランスの絶望感をかなりやわらげてくれた。 「さあ、そろそろメシだぞ」  ダルドが部屋のみんなに向かって声をかけると、トランスとクライムははっとした。話に熱中していて、周りのことが見えなかったのだ。  一階に着き、またあの食堂へ入ると、おいしそうな食べ物の匂いがしてきた。 「夕飯は俺達が作った野菜を使った料理が出るんだぜ。朝、昼のと比べるとまさにごちそうだな!」  ダルドがそう言って真っ先に食事を皿によそっていった。確かに朝食べた飯とは全然違い、ボリュームもあった。それは野菜のシチュー、サラダ、焼き立てのパン、フルーツジュースなどでトランスは十分に食べ、腹がいっぱいで動けなくなるほどだった。  ……翌日、目が覚めると、トランスは顔を洗いにトイレに行った。そこにはブラド監獄の見張りが一人睨んでいた。 「ほう、早起きだな新入り。だがこれからもその早起きが続くかな?」  と意味深なことを言った。  顔を洗い終え、部屋に戻ると朝食の時間までモーロアと話をした。モーロアもすぐに起きていたのだ。 「早起きじゃのうトランス。しかしこれからの仕事はつらいぞ。おそらくこいつらのように時間ぎりぎりまで眠っていることになるじゃろう」 「そんなにつらいんですか、モーロアさん? 昨日の仕事の他にどんなものがあるんですか?」  モーロアは布団を片づけながら、 「そうじゃな。あのタルを押していくのと、畑仕事があるな。他には穴を掘って何かを探したり埋めたりするのや、石、岩を運ぶのもある。後はこのブラド監獄の外に鉱山があり、そこで働かされるときもあるな。……後はB棟の闘技場とC棟の実験場じゃ」 「B棟とC棟では何をするんですか?」 「……ウム、トランス君、君も少しは知っているじゃろう。ここに捕まっている囚人は大半が罪がなくて捕まった者なんじゃ。実はこれは噂なんじゃが、各地の国王や領主の気がおかしくなっていて、自分に邪魔になるような力を持つ者を捕まえているらしいのじゃ。……この部屋の者達の中にも魔力を持った者もおるからのう。しかしトランス、そのことは監獄の奴らに知られてはならんぞ。……君がここに来る前にこの部屋にいた者が監視者を魔法で倒してしまったんじゃ。その後そいつはC棟に連れて行かれてしもうた。それからそいつにはあっておらんのじゃ」 「……そうですか、そんなことがあったんですか。分かりました。僕もこれからは気をつけます」  トランスはモーロアの話を胸にしまい、他のみんなも起き出したので朝食を食べにいった。  ……朝食を食べ終わるとトランス達は、入り口で待っている現場監督に怒鳴られた。 「お前らの今日の仕事は畑仕事だ。さっさと畑に集まれよ」 「ちっ、まったくいつもうるさいもんだぜ」  ダルドがぼそっといい、トランス達は畑まで向かった。 「さあ、畑を耕してもらおうか。道具はもちろん一切なしだ。お前らに道具を渡すと何をしでかすかわからんからな」  そう言われると、みんなは素手で畑を耕し始めた。トランスもみんなに習い畑を耕しはじめた。  両手の感覚がなくなってくると、トランスはまだまだ畑の耕していない部分がかなりあるのにうんざりし、少し手を止めてしまった。すると、 「そこのお前何をしている? 休んでいいとは言ってないぞ。休憩時間はまだまだだ!」  現場監督はものすごい形相で近づいてくると、トランスにムチを振りおろした。ヒュウッという風を切る音がする度にトランスの体に激痛が走り、傷が一つ、二つと増えていった。 「そこのおまえもだ!」  近くでちらっとこちらを見てしまったティークは現場監督と目があってしまい、トランスと同じようにムチを体にうけてしまった。 「お前ら! 手を休めるな! さっさと動くんだ!」  現場監督が怒鳴ると、ダルドやモーロア達はさっと仕事に戻った。  数十分後、休憩時間になるとトランスとティークは疲れと痛みのせいで体が動かなかった。体力の残っている者はトイレや、水を飲みにいっている。 「大丈夫か? ティーク。それに新入りの……トランス」  ティークとこのブラド監獄に来たミニングが話しかけてきた。 「私も最初はこんな生活の毎日はつらかったが、何とか慣れることができた。ここでの生活の生き延びるコツは手を抜かず、力をいれず、だ」  そういうとミニングはコップを二つ二人に差し出した。コップには水がなみなみとついである。よくこのでこぼの畑をわたり、ここまでこぼさないでこれたもんだと不思議に思いながらも感心しながら、トランスとティークはそれをありがたく受け取り、一気に飲んでしまった。 「あいつらおかしいよ。オイラみたいな子供もみんなと一緒に働かすんだもんな。オイラにはもっと的確な仕事があるだろうに。ご飯の残り物の処理とかさ」  とティークはぼやいている。  午後になり一段と太陽が熱くなりはじめ、畑仕事といえどもまるで灼熱地獄で働いているようだった。  ご前中は黙々と畑仕事をこなしていたみんなも次々に倒れ、現場監督のムチの洗礼を受けた。このときばかりはトランスも太陽が少しいやになってしまった。命の太陽、恵みの光だって? 冗談じゃない!  太陽も沈み、仕事が終わったトランス達は重い体を引きずるようにしてA棟の自分達の部屋まで戻った。昨日はまだ平気だったが今日は三階までの階段を上るのがつらかった。まるで階段の段の一つ一つがトランスをあざ笑っているかのようだった。  夕飯に呼ばれるまで、トランス達は石のように眠った。モーロアの声で目を覚ますともう夕飯らしい。 「モーロアさんは起きていたんですか?」  トランスは今日一日のつらい仕事を思い出し、信じられないといった表情でモーロアに尋ねた。 「儂はもうここに来てからだいぶたつからのう。確かに今日はつらかったが、今までのつらかった日々と比べるとまだまだ平気なんじゃ。それとトランスもう少しはここに慣れたじゃろう、そろそろみんなと話す時も呼びすてでかまわん。モーロアでいい」 「わかりましたモーロア」 「その意気じゃよ。ハッハッハ!」  少し元気を取り戻したトランスはモーロアと一緒にまだ眠っている者を起こし、夕食をとった。夕食も終わり、部屋でくつろいでいると突然、鉄格子の隙間からネズミが入ってきた。そのネズミはまっすぐにアミュレスの足元まで来るとチューチューと鳴きだした。 「おいアミュレス、また親友のチュー兵衛君とお話しか?」  ダルドは笑いながらアミュレスに言うと、 「……うるさいぞダルド。私は本当にこのチュー兵衛と話せるんだ。何度も言っているだろう? お前達には理解できんと思うがな」  アミュレスはそのやってきたネズミ、チュー兵衛に向き直ると本当に何か話し合っているように口を動かしていた。他のみんなは多愛のないことだと言う感じでそれぞれくつろいでいる。 「ねえ、アミュレス。チュー兵衛君と話したこと、手帳か何かに書き留めておくの?」  ネズミが鉄格子から抜けていってしまってからトランスは尋ねてみた。 「そんなことはしないさ。いままで会ったいろんな出来事や会話はすべてこの頭に記憶してある」 「そうだ! トランスとランスが新しくここに来たんならあの儀式をやらなきゃな」  唐突にリークがそういうと部屋の奥までいき、何かを持ってきた。それはトランプだった。 「この部屋のしきたりでね。新しく仲間がきたらトランプでそいつの実力を見るのさ!」  うれしそうにリークはトランプをきっている。 「またオイラに負けて最下位なんじゃないの?」  ティークは笑いながらリークの様子を見ている。 「うるせえ! じゃあ始めるぜ」  リークはそういうと十人総当たり戦の表を書き出した。 「今度こそは俺がトップだぜ!」  とリーク。 「いや、オイラだね」  ティークも負けじと叫んでいる。ダルドとモーロアはその様子を見て笑っている。この二人はかなり強いのだろうか? 表を書き終わったリークは十人集まったのを確かめてから説明を始めた。 「この勝負は一対一のポーカーで行う。総当たり戦で勝ち数の多い者から一位、二位とする。勝ち数が同じ場合はその二人、あるいは三人で勝負をしてもらう。いいな? それと最下位の者は一週間部屋の掃除のペナルティもいつもどおりだ」  みんなはそれで同意し、ポーカー勝負が始まった。勝負は一試合五分程度で次々に勝負が終わり、表が埋まっていった。トランプは何組か数があるので各勝負は次々に進められ、二時間余りの時間がすぎると全ての勝負が終了した。リークは表の勝ち数を数えている。  結果は一位がモーロア、ダルド、アミュレス、ランス、の四人。五位はトランス、ミニング、クライム、ザロックの四人。九位がティーク、十位がリークとなった。 「ちぇっ、またかよ。まったくやんなるぜ!」  リークはがっかりしているが、ティークは最下位にはならなかったのでうれしそうに見えた。そして同位の一位と五位の勝負もついた。  一位モーロア、二位ランス、三位アミュレス、四位ダルド。五位ミニング、六位トランス、七位ザロック、八位クライムの順になった。  トランスはこのようにずっと楽しめればいいのにと、鉄格子の窓から見える月を見ながら思った。しかしこれから先の監獄生活はそのささやかな希望を打ち砕くかのようなつらいものになっていくのだった……。

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