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   選ばれた者達    No.26    暴挙の町 2/3  町中を歩きながら、ゼダンは考えていた。暴力で襲い掛かり、荷物を奪っていった連中、あれは手馴れているものだったし、集団で行動している。ここに来る途中で出会ったガソリンスタンドの店長が〈暴挙の町〉と言っているくらいなら、連中の規模はまだまだ大きいだろう。  なるべく物陰に隠れるようにして、道に目を走らせていると、数十分後、現場を確認することが出来た。ある老人が暴挙の集団に襲われたのだ。ゼダンは男達が仕事を終え、戻っていくのを尾行した。  十分ほど歩くと、男達はある建物に入っていった。〈○○探偵事務所〉とそこには書かれている。――たいした隠れ蓑だな。ゼダンは道路を挟んで様子を伺った。しばらくして再び事務所から数人の男が出て行く。ゼダンは男達がいなくなると、素早く走り出して事務所に入った。  建物は二階建てで、一階は受付のようだった。そこにいた男はゼダンを見るなり立ち上がると拳銃を向けた。 「何者だ!」  ゼダンはすぐに横に飛びのいた。しかし男の拳銃はゼダンにすぐに向けられる。ゼダンは右手を伸ばすと、相手の拳銃を奪い取った。 「このガキ、その腕は一体」 「おっと、質問は俺がする。いきなりこんなものを突きつけて何するつもりだったんだ? ここは知られちゃまずいものでもあるのか?」  左手に持ち替えた拳銃を向け、男に詰め寄る。男は汗をかきながらゼダンを睨んでいた。 「貴様はこんなことをしてただで済むと想っているのか? ここから生きて帰れると思うなよ」 「物騒だな。確かここは探偵事務所って書いてあったはずだが。さっきの強盗の集団、ここと関係あるんだろ?」  ゼダンが尋ねると、男はにやりと笑っていた。ゼダンは素早く前方に転がり込んだ。すぐ背後にナイフが振り下ろされていた。振り返ると一人の男が間合いを詰めてきている。その男には見覚えがあった。数日前に荷物を盗んだ子供の仲間だ。 「このガキは……」 「お、どこかで見た顔だと思ったら俺の荷物を盗んでくれた奴じゃないか。お前のアジトはここか?」 「殺す!」  目を血走らせ、男はナイフで切りかかってくる。ゼダンは慎重に第一撃をかわすと、拳銃の底で相手の頭を殴りつけた。ごん、という鈍い音を立てて男は倒れた。受付の男が二階に逃げようとしていたので、右手を伸ばして足をからめとった。 「おっと待て! 俺は荷物を返してもらえばそれでいいんだ。こいつの持ってきた荷物はどこにある?」 「ま、待て、撃たないでくれ。メンバーが回収した物は二階のボスに渡され、それから報酬をもらうことになっているんだ」  ゼダンは舌打ちした。そのボスというのに会わないと荷物を奪い返すことが出来ないかもしれない。二階を見上げると、いいようのない殺気が発散されているように感じられた。 「厄介だな。よしお前、一緒に来てもらおう」 「は、俺が?」  おびえる男にゼダンは無言で拳銃を突きつける。男は仕方なく立ち上がると、ゼダンの前に立って二回への階段を歩き出した。ゼダンはすぐその後に続く。階段を上りきると、男は扉をノックした。 「ボス、入ります」  扉が開けられると、一瞬の閃光が放たれた。ナイフだ。  一呼吸する間もないまま、何本ものナイフが放たれていた。ゼダンは男を盾にしていたので、何とかナイフを受けずに済んでいた。すぐに扉の横に避難する。盾にされた男は何本ものナイフが突き刺さっており、よろよろと数歩歩くと、どさりと倒れた。即死していた。 「ほう、今のでまだ生きているとは。君はなかなか戦闘経験があるようだ。どうだ、もう攻撃はしない。顔を見せてくれないか」  扉の奥から声がする。袖で汗を拭うと、そばに倒れている男からナイフを一本抜き取り、それを部屋に投げ入れた。ナイフは空中を舞った後、床に落ちる音を立てた。 「そう警戒しなくてもいい。狙撃などしないよ」  ゼダンはその声を聞いてしばらくすると、そっと扉の向こうをのぞいた。そこには正面に大きな机を構え、男が椅子の背もたれに寄りかかっている。他に人はいないようだった。ゼダンは部屋に足を踏み入れた。 「あんた一人なのか? 随分無用心だな」 「確かに一人だが、無用心ではないさ。私は誰かに守ってもらう必要はない。そんなことに人数を割くくらいなら皆仕事に行ってもらうよ」  ゼダンは拳銃を向けると、男に言った。 「さあ、出してもらおうか。俺はあんたの部下に荷物を奪われたんだ。それを返してもらったらここを去る」 「勘違いしてもらっては困るな。私に部下はいない。いるのはビジネスとして付き合っている者達だけだ。彼らは私に商品を売りに来る。私はそれを買い取り、また別の人間と取引をする。商品として買い取った以上、権利は私にある」 「俺は一方的に荷物を奪われたんだ。そんなの理不尽だろ。この拳銃が見えないのか?」  男は椅子に座ったまま笑っている。ゼダンは額に汗を浮かべた。 「ふふふ。分かるぞ。君はまだ若い。銃を使ったことがないだろう。初めて人を撃つというのは、それは大変なことだ。戦い慣れしていそうだが、君はまだ人を撃てない」  撃鉄を起こそうとした時、男から閃光が放たれた。ゼダンの左手は痺れていた。拳銃が相手の投げナイフで弾き飛ばされていた。驚いたことに、左手には傷一つついていない。 「分かったかね。私を脅すことは出来ない。私は西部劇は好きだが、銃の爆音は嫌いでね。ナイフでも銃と対等に渡り合えるんだよ」  武器を失うと、ゼダンはどう行動に出ようか悩んでいた。右手での攻撃は意表をつけるが、銃やナイフよりは遅い。目の前の男はそれより早くゼダンにナイフを突き刺すだろう。男は両手を組んで余裕を見せていた。 「なかなか威勢のいい少年だ。殺しはしないよ。どうだ、私と取引をしないか? 君が商品を持ってきたら、私は君に報酬をやる。その報酬を君の荷物ということにしてもいいだろう。最近手に入れた商品を見てみるからちょっと待ってくれ」  男は立ち上がった。ゼダンは一歩下がると、いつでも左右に避けられるように構えた。男は本棚をいじると、スイッチを押した。本棚が横にずれ、そこに隠し部屋が現れる。男はそこにしばやく消えていたが、三、四個のカバンを持ってきた。その中にはゼダンの物と同じく荷物を盗まれていた少女、パーシアの物も含まれていた。 「それだ」  男はほっとした表情を見せた。 「そうか、それは良かった。君の荷物が別の組織にいっていたとすると探すのが困難だったろうからね」 「返してもらうぞ」  ゼダンは一歩近寄って男を睨んだ。二人の距離は三メートルといった所だ。 「分からない奴だな。これは私の所有物だ。取引に応じないのなら、君には立ち去ってもらうしかない」 「取引も何も、それは俺のだ。正当な持ち主が所有を主張するのが何故いけない? 警察に頼んでも時間がかかりそうだったし、犯人は見当がついていたから自分で取り返しに来ただけだ。さあ、返してもらうぞ」  男は懐から一本のナイフを取り出した。しかしすぐに投げはしなかった。 「私のナイフ投げの実力は分かるだろう? 一瞬で十本は投げることが出来る。君に分かりやすいようにこのナイフを見せておいてやろう。……それにしても警察に連絡しなかったのは賢明だったな。警察と私とは友好関係にあり、ここを嗅ぎ付けることは出来なかっただろうよ。どうやら君は私が思っている以上に危険な存在かもしれん。……取引は失敗ということでいいかな?」  一瞬の沈黙の後、ゼダンは床に転がった。男のナイフが光る。陶器の砕けるような音が部屋に響いた。ナイフはゼダンの伸ばした腕を砕いていた。 「く、そ……」  ゼダンは手を盾状に変形させたことで身を守っていた。痛みをこらえて右手を伸ばすと、相手の首を掴んで壁に叩き付ける。男は顔を真っ青にしてもがいていた。右手は首を締め付け、更に目も覆っていたので、ナイフを投げる余裕も与えていない。 「ば、化け物め! 離すんだ!」  男は目が見えないので、首を抑えているゼダンの右手に狂ったようにナイフを振り下ろした。右手に傷が幾つもでき、流血する。ゼダンは歯を食いしばって首を締める力を強めた。 「誰が離すかよ……。離したら今度は俺が串刺しにされるからな」  そして男は次第に力を無くし、だらりと壁からぶら下がった状態になった。ゼダンはようやく右手を解放した。男は床に落ち、気絶した。元に戻した右手は、ずたずたに引き裂かれていた。爪は割れ、腕は血みどろで肉が見えてしまっている。自分の荷物の中からシャツを一枚取り出すと、右手をぐるぐる巻きに縛った。手当ては後でちゃんとするとして、今は出血を止めなければならない。  リュックを背負うと、左手でパーシアの荷物を持った。それほど量は多くない。ゼダンの荷物より少ないだろう。こんな程度で一人旅をしていたのだろうか? ゼダンは疑問に思った。単に親とケンカして一時的な家出をしただけの少女かもしれない。  男が完全に気絶していること、一階を覗いて新たな敵がいないことを確認すると、ゼダンは走り出した。乗り込んでから約一時間、ゼダンは負傷をしながらも無事荷物を取り返すことができたことにほっとし、パーシアのいる町中へ向かった。 「しかし、困ったな」  ゼダンは町に立ち尽くしていた。パーシアを見つけることが出来ない。この町にいることは確かなのだが、待ち合わせ場所も、待ち合わせ時間も、合図も何も話していなかった。あのぼろぼろの服で待っているとも限らない。どうやって探せばいいかと途方に暮れていると、右手の傷がずきずきと痛み出す。  町をうろうろしていると、また厄介な連中に会ってしまうかもしれないだろう。そう思うと、ゼダンは適当な喫茶店に足を向けた。そしてそこですぐに洗面所を借りる。  洗面所に入ると、人がいないのを確認してから右手の包帯代わりのシャツをほどいた。血でべっとりとしたシャツを乱暴に洗い、傷を拭く。血が滲んできて痛みがあったが、それをこらえて傷をきれいにする。そして今度は自分の荷物から、応急処置の道具を取り出した。薬を傷に塗りこむと、今度はちゃんとした包帯を巻きつけた。そしてジャケットを着込み、傷を隠す。外から見ればもう何も気づかれないだろう。道具をリュックにまとめると、ゼダンは洗面所から出た。そしてカウンターに向かうと、コーヒーを一杯頼み、窓際の席に座った。窓の外をのんびりと見ながらこれからどうするのかを考える。 「もう夕方だ。あいつを見つけるのは無理だろうな」  いっそ、あの公園に荷物を置いて、置き手紙でも添えておこうかと考えたが、そんなことをしてもパーシアには届かず、誰かに盗まれるだけだろう。荷物を奪い返したはいいが、この町にはまだまだ敵が多そうだ。それに警察に預けるのも無理だ。あのナイフ使いの男が言っていたことが本当なら、賄賂で男の組織とつながっていることになる。すぐにゼダンはお尋ね者になるだろう。  早くこの町を去りたかった。今の状態で敵にあったらまともに戦うことが出来ない。せめて二、三日はしないと右手の力を使うのは厳しいだろう。  結局ゼダンはこの喫茶店に閉店時間まで居座った。店の中なら少なくとも安全だったので、ゼダンは休息することが出来た。  店を出ると、外はすっかり夜になっていた。あてもなくうろうろと歩き回り、寝る場所を探す。人気の無い場所を探し、ようやく路地裏でよさそうな場所を見つけると腰をおろし、壁にもたれかかった。二つの荷物を脇に置き、ジャケットの襟を立てると体を丸めた。ここならまず人は通らないだろう。……あいつはどこで身を休めているだろうか。自分の荷物を取り返した時点でもうこの町を去っても良かったのだが、何故かあの少女と約束したことを簡単には破れず、ゼダンは悩んでいた。  ――俺は善人じゃない。なんで面倒な約束なんかしちまったんだ……。  それは少女に自分と同じ境遇を感じてしまったから。社会に適応できず、孤独になってしまった自分と少女が似た者同士だと思ってしまったから。少女の言葉を全て信じることはないし、ちゃんと帰る家があるかもしれない。それでも、ゼダンはこの荷物を返すまでが自分の役目だと思っていた。いつも自分の為、生きる為だけに過ごしてきたが、一度くらいは人助けをしてもいいだろうという気持ちになっていた。翌朝は明るくなったらすぐに探し始めようと思うと、ゼダンは疲労の中、眠りに落ちていった。  寒さが身にしみる。右腕にずきずきとした痛みが走り、ゼダンは目覚めた。まだ夜は明けていなかったが、寒さのために目を覚ましてしまい、再び寝付くのは難しそうに感じられた。立ち上がると柔軟体操をして縮こまっていた関節をほぐす。  ある程度は睡眠もとれたので、探しに行ってもいいだろう。  再び襲われてもすぐに奪われないように荷物をしっかりと持つと、路地裏から表通りへ出た。  まだ早朝でもない暗い時間帯。町には誰もいなかった。町中を歩くと、二十四時間営業のコンビニエンスストアを見つけた。同時に腹の虫が鳴り出す。軽く朝飯でも食べるか、と思うとゼダンは店に入った。パンコーナーでパンを二つ、ドリンクコーナーでコーヒーを手に取る。そのままレジにいこうとしてふと思い直し、お菓子コーナーでチョコを選んだ。 「おい、おまえ何をやっているんだ!」  ゼダンはいつもの習性でびっくりして逃げ出そうとした。しかしゼダンは今回は何も盗んではいない。店員が怒鳴ったのはゼダンに対してではなかった。フルフェイスのメットをかぶった男が店の中で商品を物色していた。店員は日ごろ準備しているライフルを手に取ると、メットの男に警告の言葉を向けた。 「おいお前! 撃たれたくなかったらおとなしくしているんだ! ……あ、お客さん、すいませんが警察に電話をお願いします」 「わ、分かった」  店員が店の奥を指差すと、ゼダンはそこに向かった。受話器をとると警察に連絡を入れる。警察はすぐに店に向かって来るとのことだった。電話を置いた直後、銃声が店内に鳴り響いた。 「こ、この、抵抗をするな!」  店員が怒鳴っている。ゼダンが顔を見せると、更にもう一発の弾丸が放たれたところだった。メットの男は防弾チョッキでもつけているのか、胸に二つの銃弾の穴をつけながらも店員にゆっくりと近づいてくる。 「俺の邪魔をするな。俺は悪魔に護られているんだ」  震える手には拳銃が握られている。その銃口が店員に向けられた。 「危ない!」  ゼダンは店員の腰に体当たりをして床に転んだ。メットの男の銃弾が壁を破壊する。店員はおろおろしながら床に落ちてしまったライフルを手に取った。 「す、すまない。助かったよ君」 「それより、奴は危険すぎる。警察が来るまで逃げよう」  店員は頷くと、ライフルだけをカウンターの上に向けて威嚇射撃をした。すぐに二人は走り出し、店の外に飛び出した。数メートル離れた所で、後ろを振り返る。メットの男が追ってくる気配はなかった。  しばらくするとサイレンの音が聞こえた。ゼダンはほっとしていたが、店員の表情はあまり晴れなかった。 「どうしたんだ? これで解決だろ?」 「え? あ、ああそうだな。でもいつもの通りになりそうだからあまりうれしくはないんだよな……」  ゼダンは不思議になって質問をすると、店員はこう説明をした。この町はよく暴動が起こるが、警察の動きは鈍い。それに警察が出動してくれても、犯人を連れていってくれることはくれるが、すぐに釈放をしているらしい。それに店の損害賠償も認められず、やられ損が続いているというのだ。 「まあ、ぶつぶつ文句を言っても俺らは警察にまでは文句は言えないからな。以前俺の友人は警察に文句を言ったら、公務執行妨害だといって捕まっちまったよ」 「そうか。この町も大変なんだな。……あ、朝飯を買うつもりだったんだ。えと、四ドルくらいかな」  ゼダンは袋に入っている食べ物を覗いた。店員は思い出したようにそれを見た。 「ああ、いいよ。それくらいプレゼントするよ。君は命の恩人だからな。報酬が少ないって言われたら困ってしまうが」 「いや、十分だよ、ありがとう。あんたもあの店の修繕で大変だろう。じゃあ、俺はこれで」  店員に礼を言うと、ゼダンは店をちらりと見てから歩き出した。店はすでに警察が男を連行した後で静かになっていた。店員は事情徴収の為、残った警官と話をしている。パンの袋を破り、かぶりつきながら明るくなり始めた空を見ていた。  明るくなってから半日、ゼダンは町の中を歩き回っていた。しかし探している人物は見つからなかった。疲労と焦りの為、じっとりと汗をかいている。 「まったく、ちっとも見つからないじゃないか。どこに隠れてやがるんだ」  怪しまれるのを覚悟で何件も店に入り、中を確認するが、少女の姿を見つけることは出来ない。何件か探し回っていると、ふと考えが浮かんだ。もしかしたら洗面所に隠れているかもしれない。しかしさすがに女性の洗面所を確認するのはつらいと思っていた。だがそれでは一向に少女を見つけることが出来ないかもしれない。  ゼダンはきょろきょろしながら女性の洗面所も確認を始めた。すると、十件目の店の洗面所で、使用中の個室を見つけることができた。ノックをしてみるが、返事はない。少女である可能性は低いが、確かめるしかない。どうしようかと途方にくれて足元を見てみると、赤いものが床にこびりついている。 「……パーシアか?」  しばらくは返事がなく、ゼダンはもう一度声をかけようとした。するとゆっくりと扉が開かれた。そこには探していた少女、乾いた血が体にこびりついているパーシアが立っていた。服はぼろぼろで、乾いた血の為に茶色くなっている。靴は両方ともなく、裸足だった。 「おい、大丈夫か? とりあえずここを出よう」  ゼダンは有無を言わさずパーシアを背負うと、洗面所から飛び出した。店の店員は二人の様子を見て驚いていた。 「あら、どうしたの? お嬢ちゃん大丈夫?」 「あ、あはは、洗面所で妹が倒れちゃったみたいで……。大丈夫です、俺が家に連れて行きますんで」  適当にごまかすように一言二言話すと、ゼダンは店を出た。パーシアは意識ははっきりしているが、気力が抜けていて歩けないようだった。パーシアを背負い、右手に自分のリュック、左手にパーシアのカバンを持ち、ふらふらしながらゼダンは公園に向かった。とにかくあそこなら少しは落ち着ける。 「……ゼダン君、よく私の場所が分かったね」 「話は後だ。もう少しで公園に着くから」  息を切らし、じっとりとした汗をかきながらゼダンは歩き続けた。右手が汗の為にすべり、リュックを落としてしまう。リュックを拾い上げる時にそれが汗でないと気づいた。右手の傷が開いてしまったようだ。手のひらが真っ赤に染まっていた。それをパーシアに見られないようにし、ゼダンは歩き続けた。  そして二人は公園に着いた。  ベンチを見つけると、ゼダンはパーシアをそこに座らせ、二つの荷物を芝生に転がした。そして自分も芝生に転がる。ベンチに座るより、大の字になっていたほうが楽だった。  しばらく呼吸を整えていると、ゼダンの視界が暗くなった。目を開けると、パーシアが顔を覗き込んでいる。 「ありがとう、ゼダン君」 「あ、ああ。ひどい怪我に見えたが、どうやら大丈夫そうだな。……腕が折れてたり、何針も縫うような怪我じゃないのか?」  パーシアは言いにくそうにゆっくりと答えた。 「……うん、大丈夫。もう大体治っちゃってるから。血の跡と服がぼろぼろになってるだけ」  ゼダンは腰を起こすと、パーシアの体を見た。確かに服はぼろぼろだし、血の跡で汚れてはいるが、大怪我はなさそうだ。ゆっくりと立ち上がると、左手でパーシアの荷物を持ってベンチに乗せた。 「ほら。これだろ?」 「うん。確かに私のカバンだよ。本当に取り返してくれたんだね、ありがとう」 「たいしたことないって。自分の荷物を取り返しにいったついでなんだから」  パーシアの感謝の言葉と、僅かに現れた笑顔に、ゼダンは胸がくすぐったくなって顔を背けていた。そして自分の荷物を確認する。リュックの外側のポケットにはチョコが挟まっていた。明け方買っていたものだ。それをとると、パーシアの前に差し出した。 「……ほら、よければやるよ。嫌いか?」  パーシアは一瞬きょとんとしていたが、すぐに嬉しそうな表情になった。 「ううん、ありがとう! 私、チョコ大好き。お菓子はみんな好きなの」  ゼダンはほっとしてパーシアがチョコを食べるのを眺めていた。パーシアは始めは恥ずかしそうにしていたが、すぐにチョコを食べ始めた。  落ち着くと、ゼダンは頭がふらふらとしてきた。動き尽くめで体力に限界が来ていた。 「……悪い、俺、ちょっと休むよ」 「? ゼダン君?」  視界がぼやけ、少女が見えなくなった。すぐに意識がなくなり、ゼダンは眠りに落ちていった。

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