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ryogan_03

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tlanszedan

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   旅眼百貨店

   No.3

   音切草



 ゆっくりとコーヒーを飲みながら新聞に目を通す。国際問題、政治問題、経済問題がいつものように紙面を賑わせている。
「星司見てみろよ。またこの近くで交通事故があったらしいぞ」
 走也は応接間でお菓子を摘みながらテレビを眺めていた。先ほどまでテレビゲームをやっていたようだが、気分転換にテレビに切り替えたのだろう。新聞に載っている大きな事件と違い、交通事故など日常茶飯事だ。走也の言葉はそれほど気にならなかったが、無視すると跳び蹴りが怖い。私は曖昧な返事をしておいた。
「お前も見ろよな。ほら、また隣町で起きたんだ」
 走也が文句を言っている。私はその言葉が気になると、カウンターから応接間に向かった。

 ――はい、現場です。ここは先週にも同じような交通事故が起きたばかりです。道の端には花が添えられており、当時の状況を物語っております。

 テレビに映された現場で、レポーターの男は淡々と説明をしている。
 そこは見覚えのある場所だ。たまに通ることもある、大きくて見通しのいい道だ。事故内容は対向車と歩行者の正面衝突。居眠り運転か、脇見運転か、それとも歩行者のよほどの前方不注意か……。
「事故の起きなさそうな場所で二度も同じような事故が起きるなんて……呪われてるんじゃないかね」
 私は走也と一緒にテレビに集中していると、用事から帰ってきた吉吉さんと有須が入り口に立っていた。
「二度では無いぞ。今年に入ってからもう五件目じゃ」
 いつのまにか外出から戻ってきた吉吉さんは、難しい顔をして私の背中越しからテレビを見ていた。
「吉吉さん、お帰りなさい。……で、この事件、そんなに多かったんですか?」
 吉吉さんと有須も応接間の椅子に座っていた。有須がじろっとこちらを睨み、何かを要求してくるので、私は立ち上がると飲み物を用意しに奥の部屋に向かった。
 私が全員分の冷たい飲み物を用意すると、吉吉さんは話しを再会した。

 ――隣町で起きている交通事故。これには〝不思議なものの存在〟が絡んでいる。それを突き止めない限り、事件はこれからも続いてしまう。
 吉吉さんと有須は情報を調べるので、私と走也に現場を見てきてもらいたい。
 調べる時間は事故発生時間と同じ、深夜一時――。

「……分かりましたけど、あそこって今はマスコミがすごい騒いでいるんじゃないでしょうか?」
 私は現場に行っても調査が出来ないのではと不安になった。吉吉さんは問題なしといった表情だ。
「大丈夫じゃろう。二、三日もすれば記者の連中はいなくなるよ。〝少々不思議ではあるが、小さな町で起きている他愛のない事件〟だと思って報道はすぐになくなるじゃろうな。それよりも大きな事件が多いのじゃから」
「だから、俺達で調べるってことだよ。分かったか星司」
「……分かったよ。吉吉さんが気になるくらいだからただの事件でもなさそうだしね」

 こうして三日後、私と走也は現場へと向かったのだった。
 まずは日中。場所を確認するために二人でその場所へ着くと、状況を確認する。
「見通しのいい一本道だね」
 通りの左右は住宅地となっており、横断歩道は無いが非常に見通しがいい。ここに車が走っているとすれば二、三十メートル先でも簡単に気づくことが出来るだろう。
「でも、今回の事故は正面衝突だったんだよな」
「うん。車の運転手も事故にあった人も、お互いに全く気づかなかったっていうんだから不思議だよ」
 しばらくその付近をうろうろとしたが得られるものはなく、私達はいったん店に戻ることにした。

 店に吉吉さんはいない。まだ調べもので時間がかかっているのだろう。私と走也は仮眠を取り、夜中の調査に備えた。

 再び問題の場所へ。時間は午前一時。
 外灯が思ったより暗いので、私達は用意してきた懐中電灯で辺りを照らしていた。
「おっと走也、車だ」
 かなり遠くの場所にヘッドライトが見える。二人で道路の脇に移動すると、近づいてきた車は何事もなく横を通り過ぎていった。
「……普通にしてたら夜の方が車に気づきやすいかもね。あのヘッドライトに気づかないっていうのはまずありえないよ」
「そうだな、〝普通〟ならな」
 走也は何かを含んだ口調で言い、足下を照らして付近を調べている。
「走也、何かあるのかい?」
「店長が言ってただろ、〝不思議なものの存在〟って。場所に問題がないなら、そこにある何かが問題なんだよ」
 野良猫や野良犬が飛び出したりでもして注意力が散漫になったとでもいうのだろうか? 私は闇の中、車に注意しながら一緒になって、何か分からない〝何か〟を探した。
 結局、一時間をかけてもなにも得られるものがない。私と走也は調査を切り上げ、電車が終わってしまっているためタクシーで家路についた。

 疲労のため昼まで眠っていた私と走也。全員が目を覚まして揃ったのは正午を過ぎていた。
 吉吉さんは全員を集めるとミーティングを開いた。
「どちらもある程度情報を手に入れたじゃろう。状況について確認をするとしよう」
 私と走也は先日の日中の現場、深夜の現場について説明する。吉吉さんはうんうんと頷き、有須はじっとこちらに目を向けている。
 こちらの報告が終わると、今度は吉吉さんがテーブルの上に資料を置いて説明を始めた。
「ワシとアリスで似たような事件についていくつか調べてみたんじゃ。透明人間の仕業、金縛り、不意に訪れる闇の狭間……。その中で一つ、関連のありそうなものがあった」
「これ、音切草《おとぎりそう》っていうんです」
 有須が一枚の写真をテーブルに置き、私と走也に向けて見せた。道ばたによくあるような雑草の類に似ている。葉は緑で茎は短い。黄色い小さな花が咲いているが、とくに目立たなくすぐに枯れてしまうのだという。
「この音切草はこの地域にはない花での。非常に珍しく、なかなかお目にかかることができんのじゃ」
 私と走也はその植物と今回の事件の繋がりが分からず、説明を黙って聞き続けるしかない。有須はこほんと一つ咳払いをすると、吉吉さんに変わって語りだした。
「音切草は、生えた直後の状態では周囲の音を消してしまうという不思議な性質を持っているんです。けれど、成長するにつれその性質は音を消すだけではなく、視覚/嗅覚的にも存在を消してしまい、分からなくなってしまいます。……今回の事件、存在が消えた状態で事故にあってしまった人が出てきたということなんではないでしょうか」
 私は吉吉さんと有須の説明から何とか答えを導き出そうとした。
「ええと、つまり、あの事故現場に音切草が生えていて、その草のおかげで歩行者が消えてしまって事故にあったっていうんですか」
「まあ、そんなことになるな。ワシもこの草の完全な性質をつかめてないので断定は出来かねるんじゃが」
 珍しく吉吉さんが弱気な口調になっている。これはもう少し調査が必要になりそうだ。
「ワシはもうしばらくアリスと情報を集める。セージ君はソーヤと続けて現場調査を頼むぞ」

 それから再び現場へ向かう日が続いた。しかし私と走也の努力も空しく、問題になるようなものは見つからない。事故も無く、世間からはだんだんと興味が消えていく中、真相は闇に消えそうになっていた。

 しかし三日後、私達の調査は進展した。



「星司! これ、怪しくないか」
 深夜。
 事故発生と同じ時間帯で現場に立っていた私は、しゃがみ込んで地面を調べている走也から声をかけられた。
「走也、何か見つけたか?」
 走也の足下に、小さな草が伸びている。何の変哲もない雑草のように見えるが、走也の目は真剣だ。私が一緒になって横にしゃがみ込むと、走也はその草に手を伸ばしていった。
 走也の手が、薄れてゆく。もっとぎりぎりまで近づいて見ると手首の部分から切れてしまったように走也の手のひらが無くなっていた。
「どうだ星司。これだろう」
「そ、走也。それ、痛くないのか?」
「全然。ほら、星司もやってみろよ」
 促されるまま、私も手を伸ばしてみる。変化は無い。同じようにもっと手のひらを近づけてみると、走也ほどではないがうっすらと透けかけた。ゆっくり手を引くと、手のひらは元の状態に戻った。
「これが音切草だとしたら、今この状態で音は消えているんだろうか? 私達の声が周りに聞こえなくなっているのか、それとも……」
 私が考え込んでいると、走也は突然立ち上がって腕をつかんできた。何があったか理解する前にものすごい力で持ち上げられ、次の瞬間には空中にはじき飛ばされていた。
「ぐっ……!」
 走也のうめき声がどこかからか聞こえる。私は空中に投げ出された状態で頭と足の位置が分からず混乱していた。まだ空中に打ち上げられているのか、それとも地上に落下しているのか……。
 走也が再び腕を強く握りしめてねじりあげた。私が悲鳴を上げかけた時、両足に強い衝撃が走った。

 しばらくは息が上がっていて立ちつくしていた。どうやら無事地面に両足で立っているようだ。
 隣には通りに目を向けている走也が同じように立っている。
「全くとろいな。星司、お前もう少しで大怪我してるところだったぞ」
「え、ええと、大怪我って?」
 私の質問に、走也は大きくため息をついた後説明をした。音切草を観察している時に車が急接近してきていた。走也が気づいた時には避ける余裕がなく、仕方なく突進してくる車の勢いを利用して踏み台として上空へジャンプし、バランスを整えて着地したのだという。
「お前を掴みながらだったから大変だったぞ。もう少し身軽になって欲しいよ」
「そんな無茶を言われても……」
 私はようやく事態を飲み込むと、膝を震わせてその場にしゃがみ込んでいた。
「何今更びびってんだよ。死ななくて良かっただろ?」
「そんな簡単に言われても困るよ……」
 一歩間違えば大惨事になっていた。走也の機転で何とかなったが、これは思ったよりもずっと危険かもしれない。
「また、見あたらなくなったな」
 走也がつぶやいている。
 先ほど見つけた音切草らしき小さな草は、それから見つけることが出来なかった。

 翌日になり、明るい時間帯で再び調べてみても、結果は同じだった。



 私と走也の説明で、事故の原因はほぼ音切草だろうと結論づけられた。吉吉さん達の新しい調査で、音切草についての新たな情報が語られた。

 ――音切草がまだ小さく、見えない状態ではこちらも消えることはない。音切草が成長し、その存在を確認出来る状態になると、接近した人間が逆に消えかかってしまう。

「つまり、あの晩は俺達は現場から消えかかってたって訳か」
 走也が淡々と口にする。
「もし車が通りかからなかったら、私と走也は透明人間みたいになってたってことですか?」
「そうじゃな、そうかもしれん。しかし、音切草自体を見失ってしまったから放っておくことは出来ん。また事故が起きては困るからな。……二人とも、今度は音切草を見つけたらすぐにその場所から引っこ抜いてしまうんじゃ。どこから成長してきているかはわからんが、それで数週間は安全にはなるじゃろう」
「吉吉さんと有須はどうするんですか?」
「ワシらはもう少し調べることがある。何、セージ君とソーヤの二人なら何とかなるじゃろう。頼んだぞ」
 根拠のない言葉で締めくくられてしまう。見えない草を探すために見えない車の走る場所へ向かう……。
 ――また大変なことにならなければいいけど。
 私は不安に包まれながらも、再び問題の時間に現場へ向かうことにした。



 今度の調査では、問題の草を簡単に見つけることが出来た。
「走也! あったよ、私が先に見つけられたみたいだね」
 少し得意になって相棒に声をかける。走也は特に驚いたような反応はせず、淡々と答えた。
「遅いよ星司。俺はもう三つも見つけたぞ」
 走也の言葉に一瞬固まるが、走也に近づいていく。走也が説明し、指をさした場所には確かに音切草の育ったものが三つ生えている。私は珍しく優位に立てたと思ったのにあっけなく負けてしまったことに落胆してしまった。
「どうやらあちこちに生えてるみたいだな。さっさと雑草狩りをしちまおうぜ」
 走也はそう言うと、音切草を素手で掴んで一気に引っこ抜いた。

 突然、トンネルに入った直後の電車のような耳鳴りが私を襲った。同時に身体に圧力がかかり、普通に立っていることが出来ずに膝を着いてしまう。
「そ、走也。何か起きたのか……」
 目を向けた先には走也の姿は見えない。引っこ抜かれた音切草も消えている。数本の音切草は静かに風に揺られている。

 ――走也が、消えた。

 私は焦って辺りを見渡す。車は走ってきてはいない……ように思えるが確証はない。早く何とかしないと再び大変なことになってしまうだろう。
 とにかく手を伸ばして走也に触れられないかと、ふらふらと歩き回る。
「――!」
 何か、プレッシャーのようなものを感じると、急に背中を引っ張られる感覚に襲われ、そのまま無様に倒れてしまう。
 私が先ほどまで立っていた場所に、消えかかる微かな土埃と排気ガスの臭いが広がった。
「い、今の、また車が……」
 全く気づくことが出来なかった。――走也が助けてくれたのだろう。しかし走也の姿は見えず、声も届かない。
 走也をそのままにしておくこともできず、私は身動きがとれなくなっていた。すぐに吉吉さんに連絡しないといけないが、その間この場を離れるわけにもいかない。
 しばらくの間、時間だけが過ぎていく。私は声を殺してじっとし、少しでも走也の気配が感じられないかと神経を張りつめる。
 十分ほどそうしていていると、ようやく私に大きな声が耳に入った。
「ほらあんた! いつまでぼけっと突っ立ってるんだ!」
 ジーパンを履き、厚手のジャケットを羽織った女が近づいてくる。手袋をした手で道の端へ移動するように指示されると、私は黙って隅に移動した。
「あなたは誰です? 今、私の知り合いがここにいて大変なことになってるんです……」
「分かってるよ。あんたと走也のことは。吉吉さんから依頼されてここに来たんだから」
 深く被った帽子のつばを微かに上げ、女は通りに注意を向けた。かなり短く切り揃えた髪に、無骨な服装と帽子。一瞬、男か女か判別できないくらいだ。
「……よしっ!」
 女は腕を中空に伸ばし、何かを掴むと手元に引き寄せた。途端に走也の姿が浮かび上がり、走也自身は急に眠りから覚めたかのようにきょろきょろとあたりを見渡している。
「お、俺戻れたのか?」
「坊主、よく無事だったな。ここはしばらく通行するものが見えなくなってしまう。二人とも離れてなさい」
 私は、無事に戻ってきた走也と共に女の行動を見守った。
 手袋を確認した上で、足元に目を向け、何かに気づくとそこへ手を伸ばす。すると、そこに手品のようにして音切草が浮かび上がってくる。
 音切草を引っこ抜くと、肩からかけている薄汚れた鞄にどんどん突っ込んでいく。

 雑草狩りは十分ほどで終了していた。

 女は大きく息を吐き、額の汗を拭うと私達に近づいてきて、ようやく険しい表情から普通の表情に戻った。
「君達、ご苦労だったね。まさかこんな町で音切草が大量発生するなんて思わなかったよ」
「ええと、店長のことを知ってるってことは、店長も音切草のこと知ってたんですか?」
 二組に分かれての調査。吉吉と有須は情報収集、私と走也は現地調査をしていて、『見つけ次第引っこ抜いてしまえ』と言われていたのだ。それをそのまま実行したばっかりに、走也は消え、二人に危険が訪れてしまっていた。
 女は首を横に振ると、再び額の汗を拭った。
「知らないだろうね。私はこう言った不思議な植物の専門家だ。素手で音切草に触れるなんて、素人のすることだよ」
 軽くため息をつかれてしまう。
 ――結局、今回も私はたいしたことが出来なかった。
 女は、私と走也の肩を軽く叩いて口を開いた。
「まあ、予備知識があまりない状態でよくここまでがんばってくれたよ。専門家の私でも情報無しで音切草に遭遇してたら、なすすべもなく消されてたかもしれないしね。坊主のカンの良さは特筆ものだよ。それと、君はぱっとしないけど、まあいいんじゃない? 無事だったんだし」
 今のは慰めの言葉だったのだろうか? そうは思えずに悩んでいると、走也は相手を睨みつけていた。
「おい、おばさん。俺は坊主じゃないからな。走也って名前がついてるんだ。いくら店長の知り合いだからってその態度はないんじゃないのか?」
「走也! 失礼なのは君の言い方だよ。……私はそんなに気にしてないから」
 思いがけず走也が私に対する誹謗めいたことに反論してくれたことに感謝したが、とりあえず相手は初対面でも吉吉さんの知り合いだ。どんな実力、権威を持った人かしれたものではない。
「別に、俺は星司のことで言ってるんじゃないぜ。勘違いするなよ」
 なんだか急に疲れた。
 私は大きく息を吐くと、ゆっくりと顔を上げて女の顔を見た。女は同情の目でこちらを見ている。
「あんた、大変そうだねえ。あと、走也君か。私は、おばさん、じゃないからね。鳥野狐子《とりのここ》、十九歳だ」
「ふーん、狐子か。歳、十歳くらい数え間違えてるんじゃないの?」
 走也はぼそりと言った。私は完全否定も出来ずに愛想笑いでごまかそうとしてしまったが、鳥野狐子、は分かり易すぎるくらい大きくぎくりと反応した。
「と、とりあえず、音切草の確保と、君達の安全を報告しに旅眼百貨店へ戻ろうじゃないか。ささ、夜も遅いし早く行こう」
 三人は現場を再確認すると、その場を離れた。



 吉吉さんは満足そうにパイプ煙草を吹かし、私達三人の報告を聞いている。
「フムフム。危険な目にも会ったようじゃが、無事で良かったよ。狐子君、急な呼び出しにすぐに対応してくれたこと、本当に感謝するよ」
「いえいえ。私もこれだけたくさんの音切草を手に入れられたことに感謝してますよ。だけどこれ、自然に生えてきたものではないのが気になりますけどね」
 鳥野狐子は何やら問題があるとでも言うような難しい表情になっている。
「何、それについては旅眼百貨店で調べていくよ。狐子君が気にすることじゃない。ワシらのチームはなかなか実力をつけてきたしのう」
 会話に加わっている私と走也、有須に目を向ける。

「それでは、私はそろそろ失礼しますよ。吉吉さん、後はよろしくお願いします。走也君、君はもうちょっと口の聞き方に注意したほうがいいね。有須ちゃんは、店長と一緒に難しい調べものをよくがんばったね。これからも応援するね」
 荷物をまとめると、鳥野狐子は鞄から音切草を一つ取り出した。吉吉さんは用意していた鉢植えに丁寧にそれを植えた。
「うむ。これでまたコレクションが増えたのう」
「店長、それ、大丈夫なんですか?」
 私は目の前にある音切草に不信の目を向けながら口にした。……この店の中のものを消してしまいだしたら手に負えない。その疑問には鳥野狐子が答えた。
「大丈夫。音切草は〝自らに危険が迫ってきたら周囲のものを消していく〟っていう性質だから。この店の中はとても安全ってこと。星司君もまあ、がんばりなさい。吉吉さんの元で働けるってことは、何か才能があるってことなんだから」
 土まみれの手袋で、励ますようにバンバンと肩を叩いてくる。私はあいまいに返事をして、鳥野狐子を見送った。
「……私に出来ること、か」
 私は最後の言葉に考え込んだ。確かに店で働いているのは楽しいが、自分ならではの何か、というものは残念ながらない。
 吉吉さんは横に並んで鳥野狐子がいなくなるのを確認すると扉を閉めた。
「悩んどるようじゃなセージ君。何、君はまだまだこれからじゃよ。アリスとソーヤは生まれた時からワシと行動しとる。君もそのうちに自分が出来ることに気づくじゃろう。……この間アリスと調査をしてもらったこと。今回ソーヤと調査をしてもらったことで、少しはヒントも得られたと思うがの」
「……そうですかね? なんだろう、私に出来ることは……」
「よし、教えてやろう。まずは……」
 吉吉さんは音切草の植わった鉢植えをぐっと前に突き出した。
「こいつの水やりじゃ。一日一回、忘れずに頼むぞ」
「は、はあ。がんばります」
 焦ることはない。吉吉さんも鳥野狐子も応援してくれているんだ。
 私は吉吉さんに頷くと、鉢植えを受け取り、とりあえずは飾る場所を考えることにした。
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