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erabare_04

    

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   選ばれた者達

   No.4

   監視された少女、パーシア 1/3



 その日も、少女は暗い表情で学校からの家路に向かっていた。おとなしい性格の少女は、クラスにも溶け込めずいつも孤独で、いじめの対象になっていた。
 学校からの帰り道、不意に曲がり道で自転車が目の前を通り過ぎた。カバンに接触すると、少女はバランスを崩して倒れ込んでしまった。カバンは遥か遠くに弾き飛ばされ、中身が飛び散っていた。ノート、ペン、教科書は無残に道端に転がってしまっている。
「バカヤロウ! よそ見して歩いているんじゃねえ!」
 自転車の男は倒れている少女に一瞥をくれるとそのままの速度で走り去っていた。少女はしばらくうつむいていたが、ゆっくりと立ち上がると散らばっているカバンの中身を集め出した。
 しばらくして後方からやかましい声が聞こえてくる。クラスメイトの一つのグループだ。少女は荷物をまとめると、気づかれないように静かにその場を離れようとしていた。
「あ、あれってパーシアじゃない?」
「のろまのパーシア? 確かにそうみたいね」
 グループの一人が少女に向かって近づいてくる。背中に手をかけるとそちらに顔を向けさせられた。少女は先ほど倒れた時に顔をすりむき、頬から血がにじんでいた。
「やだ、こいつ顔が血まみれよ!」
 グループの一人はそう言うと、汚いものを捨てるようにパーシアを突き飛ばした。他の者もそばに近づいてくると、パーシアを見下ろして次々に罵声を浴びせる。
「全くいつも汚いわね。一緒のクラスにいるだけであんたの臭いにおいがこっちまで来るわ」
「あんたは血が好きみたいね。今日もそんな風に血まみれになっているんだから」
 少女は何も言い返さないまま、時が過ぎるのを待っていた。そのグループは少女を相手にするのに飽きてくると、その場を去った。少女は立ち上がると、先ほどまで血がにじんでいた頬に手を触れた。そこには固まった血が残っているだけで、傷痕はなかった。少女の傷は信じられないような早さで治ってしまうのだ。
 数年前のあの時もそうだった。



 パーシアはその日、家族と一緒にペットの散歩に出かけていた。広場で愛犬とボール遊びをしている。両親はそれを微笑ましく見守っていた。
「ほら、チャッキー!」
 愛犬はパーシアの投げるボールに向かって一直線に走ると、その大きな口にくわえてパーシアの元に戻ってきた。次にパーシアがボールを持ったまま愛犬の前を走り、声をかける。
「チャッキー! ここまでおいで!」
 愛犬はパーシアにぶつからないように速度を調節しながら一緒にくっついて広場を走り回った。一人と一匹は追いかけっこを続け、広場の出口の道路沿いにまで着いていた。道路の向こう側には他にも犬を散歩している人がいて、こちらに手を振っている。すると、向こう側の犬、茶色い毛皮のセント・バーナードはチャッキーを見て吠え出した。レトリバーのチャッキーは相手が吠え出すと、自分も負けじと吠え返し始める。
「駄目だよ、チャッキー!」
 しかしまだ小さなパーシアにチャッキーの勢いは止められなかった。その時、引き紐は外していたので、パーシアは必死にチャッキーに抱きついて暴れ出すのを抑えようとしていたが、チャッキーはそれを振りほどくと道路に飛び出した。その拍子に転んでしまったパーシアは、すぐに立ち上がってチャッキーを追った。大きなクラクションが耳に入ったのはその時だった。速度を出していた若者のスポーツカーが、突然パーシアの視界に飛び込んできていた。チャッキーは驚いてその場に立ちすくみ、パーシアは避ける間もなくスポーツカーにはねられていた。一人と一匹は軽い木の葉のように空中に吹き飛ばされ、脇のガードレールに激突した。
 その状況を見ていた人から悲鳴が放たれる。すぐに状況を察したパーシアの両親は現場に走り出すと、我が子の無残な姿を目にすることになった。髪は血でべっとりと染まり、右腕は妙な角度に曲がっている。左腕には愛犬チャッキーを抱きかかえ、ガードレールに寄りかかっている。
「パーシア! パーシア、しっかりして!」
「俺は救急車を呼んでくる!」
 父はそう言って近くの公衆電話の元へ走り出していった。パーシアは両親に気づくと、涙ながらにぐったりとした左腕の中のものを抱きしめていた。
「私の、私のせいでチャッキーが……。チャッキーが死んじゃうよ!」
 母の目にはチャッキーの助かる見込みはなかった。はねられたときに下半身が切断されていたのだ。はじめパーシアが抱いている時は気がつかなかったが、チャッキーは上半身しか存在しておらず、すでに呼吸は止まり、瞳も動いていなかった。しかしそれでもパーシアはチャッキーを離そうとはしない。
 パーシアはいつまでも涙を流し続けていた。母はそれを拭うと、パーシアの体を調べ始めた。頭部を調べると、傷は深くないが血が流れている箇所がある。それと右腕の骨折。体を見てみたが、奇跡的にも他に怪我は見つからなかった。この子は助かる。母は多少ほっとすると、服の袖を破り、パーシアの頭の傷に押し当てて止血をした。
「いい子だからもう少し待っていて。もう少しで救急車が来るわ」
「……チャッキーも、チャッキーも助かる?」
 パーシアの悲痛な質問に、母は答えることが出来なかった。
 そして数分後、連絡を聞きつけた救急車によってパーシアとチャッキーは近くの病院まで行くことになった。車内では二つのベッドにそれぞれパーシアとチャッキーが寝かされている。チャッキーはしばらく体を調べられた後、白い布を全身にかぶせられていた。パーシアは横で寝ていたチャッキーのその姿に再び泣き出していた。
「嫌だ……、嫌だよチャッキー。死んじゃ嫌だ……」
 病院に着いた後、パーシアはすぐに緊急治療室に連れて行かれた。待合室で待つ両親の二人。しばらくすると白衣の医師が緊急治療室から姿を現した。パーシアの両親に気がつくと、マスクを外し、軽く頭を下げる。
「先生、娘は、娘は大丈夫なんですか?」
 医師は少し困ったように眉をひそめると二人に答えた。
「大丈夫ですよ。命に別状はありません。後遺症なども残りません。……それで少し話しがあるんですが」
 医師の言葉に、何が含まれているかわからなかったが、両親は言われたまま医師についていき、診療室に入った。
「お宅の娘さんですが、事故当時、頭部からのひどい出血と、右腕の骨折が確認できたということでしたね?」
「はい。そうですが。あの出血はかなりひどく、止血に使った服の切れ端を三度も交換しましたし、右腕は誰が見てもはっきりと分かるほど折れ曲がっていました」
 医師は天井を見上げるとふうっとため息をついた。
「実はですね。私達は、実はほとんど治療らしい治療はしていないのです。……正確にいうと、手当てはしたが、手術はしていないということです。あの子は頭部に大量出血を認められるほどの切り傷も見受けられませんし、右腕についての外見面、レントゲン面での骨折も認められません。連れて来られた時は血塗れでしたが、それはあの子と犬の血が合わさったもので、全てがあの子の血というわけでもないので大量出血にも当てはまりません」
「……どういうことなんです?」
 父は医師の言葉がまだ飲み込めなかった。あれだけの惨事が起きたというのに、娘には手術を要する怪我が見当たらない?
「……私達も驚いているんです。はじめ、救急車内で応急処置を施した医師の話しでは、確かにひどい状態でした。あなた達の言葉に嘘は見つかりません。なのにあの治療室に来た時のあの子の症状は明らかに何かが違う。神の奇跡というものがあれば、あの子はその奇跡によって怪我が治ったとしか言いようがありませんよ」
 そして医師は二人の心配そうな顔を覗き込むように見つめると、こう言った。
「大丈夫です。あの子は元通りの健康な状態に戻れます。あと数日精密検査を受け、本当に事故の怪我がないかどうか調べるだけです。明日には面会も出来るでしょう。あなた達はとりあえず帰ってゆっくり体を休めてください。そして明日の昼にでも来ていただければ娘さんの声を聞くことも出来るでしょう」
 そして医師の言葉通り、翌日の両親の訪問ではパーシアの五体満足な姿を見ることが出来たのだった。
「パーシア。本当にほっとしたわ」
「でも、チャッキーが……。チャッキーはやっぱり死んじゃったの?」
「……ああ。だけどパーシア。お前が無事で本当によかったよ。今度は暴れ回ってしまうチャッキーのような大きな犬を飼うのはやめよう。ダックスフントやポメラニアンのような小さい犬にしようね」
「やだ! 私、チャッキーがいいの! チャッキーじゃなくっちゃやだよ……」
 パーシアは両親に背を向けると、ベットに潜ってしまった。
「ごめんよ、パーシア。明日また来るよ」
 両親は娘を傷つけないようにそっと病室から姿を消した。
 それから数日、パーシアはまだ病院から退院できないでいた。毎日毎日検査を受け、すでに両腕には検査の時に刺した注射針の跡がいくつも残っている。
「パーシア。今日はりんごを持ってきたよ。甘くておいしいぞ」
「パーシア。今日はあなたの好きなチョコレートケーキを持ってきたわ。駅前においしいケーキ屋さんがあるのよ」
 両親は始めはすぐにパーシアを家に連れて帰ると言い、医師ともめていたこともあったが、今ではそんなことも言わなくなっていた。
「パパ、ママ。私いつになったら家に帰れるの?」
「心配しなくてもいいよ。お医者さんがきちんとパーシアを診てくれているんだから」
「でも、もう注射はイヤ。ほら見てこんなに注射の跡があるのよ」
 パーシアは両腕の注射跡を見せた。ほとんど薄くなっているが、それでも片腕に十個ずつ以上は注射をされた跡が残っている。
「かわいそうに。……でも本当にもう少しで退院できるからもう少し我慢してね」
「……うん」
 パーシアは小さな声でそう答えた。それから間もなく退院できたパーシア。しかしパーシアには定期検診と称し、月に一回は病院へ足を運ばなくてはいけなくなっていた。始めの一年間は両親の言葉に特に疑問もわかず通院を続けたが、二年目、三年目になるとパーシアは恐くなりだしていた。もうあの事故の後遺症なんて何も残っていない。なのに何でまだ病院へ行かなくちゃならないの?
 ある日、両親に通院のことを尋ねたことがあるが、両親は何も言ってはくれなかった。ただ、
「パーシアの体を思って、病院へ行ってもらっているんだ。悪いことなんて何もないよ」
 とはぐらかされるばかりだった。



 そんな過去を思い出す。もう愛犬チャッキーを失ってから五年。月一回の通院は一年前にとっくに終わり、パーシアは自由になったはずだったが、通院が終わると同時期に両親の仲も急に悪くなっていた。ほぼ毎日のように夫婦喧嘩を繰り返している。

 ある時パーシアはそれを止めようとしたが、父の投げた食卓用の椅子が頭にぶつかり大怪我をしてしまったことがあった。その時は頭から大量の血が流れ、床に血の水溜りが出来るほどのひどい惨事になっていた。パーシアは、数年前の愛犬を無くした時の事故を思い出し、痛みよりも過去の記憶による恐怖に震えていたが、両親は救急車を呼ぶことはしなかった。それどころか病院に連れて行くこともしなかったのだ。その時の冷たい目を、パーシアは今でも脳裏にはっきりと焼き付けていた。そしてその時に両親がつぶやいた言葉も。
 ――どうせあの子は怪我なんてしても平気なんだ。研究施設からの補助金も止まった今じゃ、あの子の利用価値なんてないね……。


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